2013年07月29日 (月曜日)

最高裁に対して行った情報公開請求に対する回答があった。そこで2回に渡って回答内容を検討したい。第1回目は、6月26日付けで行った次の情報公開請求に対する回答を取り上げる。

結論を先に言うと、最高裁は情報開示請求を拒否した。わたしからの請求内容は次の通りである。

上告人・真村久三と読売新聞西部の裁判(平成24年(オ)1604号・平成24年(受)1987号)で、2013年6月18日に、上告を棄却するに至る手続き、議論などのプロセスの内容を示す全文書を公開せよ。

回答は次の通りだった。

(回答=ここをクリック)??

文中の上告人・真村久三とは、YC広川(読売新聞販売店)の元店主・真村久三さんである。

◆検証期間は7カ月  

真村さんは2001年に読売から、店主としての地位を解任されそうになり、地位保全の仮処分を申し立てた。その後、本訴を提起。2006年9月に地裁で勝訴判決を受けた。さらに2007年6月に高裁でも勝訴する。同年12月には、最高裁が読売の上告(受理申立て)を棄却して判決が確定した。

ところがその7カ月後の2008年7月に、読売は真村さん経営のYC広川を一方的につぶした。そこで真村さんは再び、地位を保全するために仮処分を申し立てると同時に、本訴を起こした。これが第2次真村訴訟である。

まず、仮処分の申し立ては、1審から4審(最高裁への特別抗告)まで真村さんの勝訴だった。ところが不思議なことに本訴では、真村さんが敗訴。高裁と最高裁も、それぞれ下級審の判決を認定して、2013年に真村さんの敗訴が確定した。

第2次真村訴訟を検証するに際しては、次の大前提をおさえておかなければならない。

1、2007年12月に第1次真村訴訟が最高裁で決着して、真村さんの地位保全が確定したわけだから、第2次訴訟で審理の対象になるのは、2008年1月(厳密に言えば、最高裁判決の翌日)から、店主を解任された7月末までの7ヶ月の間である。この7ケ月の間に、店主解任が正当化されるような重大な「不祥事」を起こしたか否かという点である。

◆木村元昭裁判官が下した解任理由  

既に述べたように第2次訴訟は真村さんの敗訴である。わたしが疑問視しているこのは、福岡高裁の木村元昭裁判長が下した次の解任理由である。

被控訴人(読売)の指摘する黒薮の記事等には、別件訴訟における控訴人(真村)の主張のほか、被控訴人(読売)が、販売店に押し紙を押し付け、それが大きな問題となっていることなどが記載されているが、押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない(かえって、控訴人は、平成13年には、現実には読者が存在しない26区という架空の配達区域を設けていたところ、これを被控訴人[読売]も了解していたと認めるに足りる証拠はない。)

?そうすると、控訴人において、被控訴人による違法不当な行為の存在を指摘することが容認される場合があるとしても、本件は、これに当たらないというべきである。?

? そして、控訴人(真村)や控訴人代理人(江上弁護士ら)が、上記のような記事の執筆に利用されることを認識、容認しながら、黒薮の取材に応じ、情報や資料の提供を行ったことは明白であり、控訴人は、少なくとも、黒薮の上記記事等の掲載を幇助したというべきであるから、たとえ控訴人自身が、押し紙等の批判をウェブサイト等を通じて行ったものではないとしても、その情報や資料の提供自体が、被控訴人の名誉又は信用を害するというべきであり、本件販売店契約の更新拒絶における正当理由の一事情として考慮し得る 。

判決内容を予約すると、次のようになる。

?黒薮は、「押し紙」についての記事を執筆しているが、「押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由があると認めるに足りる証拠もない」。

?それゆえに真村さんや真村さんの弁護団が黒薮の取材に協力したことは、黒薮の名誉毀損的なジャーナリズム活動を「幇助」したことになる。

?それは読売の名誉と信用を害するものである。

?従って真村さんを解任する理由として正当である。

◆問題の根源は、「押し紙」  

最高裁(岡部喜代子、大谷剛、寺田逸郎、大橋正春)も木村裁判官の下した判決を認定した。

そこでわたしは、最高裁判事がどのような検証を経て、上記の恐るべき判決を認定したのかを確かめるために、情報公開を求めたのである。

たとえば何月何日に第2次真村訴訟の判決についての検討会を開催したことを示す司法行政文書の開示。その検討会に誰が参加したかなどを示す司法行政文書の開示。こうした資料の開示を求めたのである。

ところがこれらの基本情報さえも公開の対象には、ならないというのである。

通常、裁判のスケジュールや実施は、プロセスカードに記録されるはずだ。真村裁判のプロセスカードは存在しないというのだろうか。

(参考:プロセスカード・最高裁のホームページより)

かりに今回のような情報公開拒否が許されるなら、最高裁の職員が上告された裁判の関連資料を代理で作成して、判事が事務的に捺印することも可能になる。第2次真村裁判の判決を、最高裁判事らが真面目に検討したのか、疑わしくなる。

第1に「押し紙」が存在しないという認識は、完全に間違っている。もちろん「押し紙」の定義を、狭義に「押し売りされた新聞」と限定してしまえば、理論上は、「押し紙」が存在しないという論理も成り立つが、「押し紙」問題の本質は、新聞社が無駄な新聞を「押し付けたか否か」ではなくて、新聞業界が新聞の公称部数を偽っている事実である。この部分が本質的な問題なのだ。

最高裁判事は、このあたりの事情をまったく理解していない。真村さん側の弁護団が作成した綿密な書面を本当に読んだのか、疑問に思うのである。

ちなみに最高裁が認定した真村さんらがわたしに行った「情報や資料の提供」 が具体的に何を指しているのかも不明のままである。たとえ何らかの資料を受け取っていても、それは弁護団が裁判所へ提出したものだったと記憶している。つまり裁判所で誰でも閲覧できる資料である。それを提供したことが、なぜ、店主を解任する正当な理由になるのか、疑問がる。

あるいは第2次真村訴訟の審理対象になる7ケ月の間には、真村さんからは何も受け取っていない可能性もある。その前の期間には、受け取っているが。

わたしは第2次真村訴訟の判決は、完全に間違っていると思う。最高裁判事には、「押し紙」とは何かという問題から、再検証してほしい。

法律の専門家の皆様は、プロセスカードを公開できない最高裁の姿勢をどう評価されるだろうか?

2013年07月25日 (木曜日)

新聞の偽装部数(「押し紙」)や「折り込め詐欺」(折込チラシの水増し、あるいは「中抜き」)の何が問われるべきなのだろうか?新聞の商取引に不正な金銭がからんでいることは、誰にでもわかる。

しかし、商取引の諸問題とは別次元で、見過ごされがちな、もう一つの問題がある。結論を先に言えば、新聞の「闇」が、政府、警察、公取委といった権力の中枢にいる人々によるメディア・コントロールの恰好の道具になっている可能性である。

仮に次のような状況を想定してほしい。現在、憲法改正が国民的な関心を集めている。改憲に踏み切りたい政府に対して、(実際にはあり得ないが)中央紙が護憲のキャンペーンを展開しはじめたとする。

これに対して政府は警察庁に働きかけて、「押し紙」問題と「折り込め詐欺」を刑事事件として扱うように指示した。この点が新聞社の最大の泣き所であるからだ。

かりに日本全国の新聞社がかかえる「押し紙」が3割と仮定する。この場合、 公権力が「押し紙」を摘発すれば、単純に計算して、新聞社の販売収入は3割減る。さらに紙面広告の媒体価値を決めるさいに考慮される新聞の公称部数も、「押し紙」の排除に伴って減数されるわけだから、広告収入も激減する。

そうなるとバブル崩壊のような現象が起こりかねない。「押し紙」の存在を前提とした予算規模で行ってきた新聞社経営が不可能のなる。

このような構図を逆説的に考えると、公権力は、新聞ジャーナリズムをコントロールするために、「押し紙」や「折り込め詐欺」を故意に放置しているともいえる。ここに日本の新聞ジャーナリズムが徹底した権力批判ができない本当の原因があるのだ。

◆戦中と同じ言論統制の手口

これに関して思い出すのは、新聞研究者の故新井直之氏が『新聞戦後史』(栗田出版)の中で指摘している戦前から戦中にかけての言論統制の手口である。新井氏は、日中戦争の影響で新聞用紙の生産が減り続け、1938年に新聞用紙使用制限令ができたことを指摘した上で、次のように述べている。

1940年5月、内閣に新聞雑誌統制委員会が設けられ、用紙の統制、配給が一段と強化されることになったとき、用紙制限は単なる経済的意味だけでなく、用紙配給の実権を政府が完全に掌握することによって言論界の死命を制しようとするものとなった。

新井直之氏は、時の政府が新聞社経営のアキレス腱を抑えることで、新聞をコントロールしていたと主張しているのだ。 ? 現在の新聞社のアキレス腱が、「押し紙」問題が誘発する不透明なABC部数や「折り込め詐欺」であることは言うまでもない。

◆新聞社の不正行為を故意に放置  

改めていうまでもなく、日本の新聞ジャーナリズムの問題は、公権力がメディアをコントロールするための道具として、新聞の「闇」を認識していることである。新聞社を相手に政策論争しても、政治家には勝ち目がない。特に保守系の2世議員の中には、 職能そのものに問題があるバカ息子が多く、仮に新聞が特定の政策に対して批判キャンペーンを展開すれば、防戦一方になる可能性が高い。

そこで浮上しているのが、新聞社の不正行為を故意に「泳がし」、それにより不正な「企業活動」を「支援」する構図である。

こうした客観的な構造、問題点を無視して、いくら新聞を論じても、新聞ジャーナリズムは再生できない。記者個人の職能問題とは別次元の問題があるのだ。

2013年07月24日 (水曜日)

メディア黒書に匿名でブログが送られてきた。情報提供を呼びかける内容である。内容を確認したところ、事実関係に誤りはないので、読者に紹介することにした。

http://alpha-trend.info/

ブログの中で批判の対象になっているのは、アルファトレンドという広告代理店である。

この会社は読売広告社の元社員が設立した会社で、事業内容のひとつに新聞に折り込むチラシの営業がある。しかし、新聞販売店へのチラシの運搬・搬入作業は、他の広告代理店にゆだねているようだ。

匿名ブログの「被害者1」と「被害者2」で紹介されている被害のケースでは、次のようなルートで、発注・受注したチラシを新聞販売店に搬入している。その過程で「不正行為」が行われていたのだ。

1、アルファトレンド(チラシの受注)

?2、マーケティング読宣(チラシの印刷等)

?3、読宣(販売店へのチラシの搬入)

「1」から「3」で示すように、チラシの発注・受注から、販売店へ搬入するまでに3つの広告代理店が業務を担当した。これらのプロセスで何が行われたのだろうか?

【黒薮注】ただし、このケースで裁判所は、マーケティング読宣と読宣は潔白であると判断している。最下流のアルファトレンドの責任が問われたのである。

◆受注枚数が販売店に届いていなかった

正常な取引では、たとえば10万枚のチラシを発注・受注すれば、10万枚のチラシが販売店に搬入されるはずだ。そして、その大半が新聞に折り込まれて、読者のもとに届く。

ところがアルファトレンドなど3社がかかわった取引では、次のようになっていた。「被害者1」と「被害者2」のケースから一部を紹介しよう。

※「被害者1」:広告主は35万枚のチラシを発注したが、販売店には30万枚しか届いていなかった。差異の5万枚は、印刷すらされていなかった。

※「被害者2」:広告主は140万枚のチラシを発注したが、販売店には98万枚しか届いていなかった。差異の42万枚は、印刷すらされていなかった。

2件の被害ケースで見られるように、発注・受注したチラシを、物流のプロセスで抜き取る行為を、俗にチラシの「中抜き」という。

ちらみにこれら2件のケースは、大阪地裁で裁判になった。いずれのケースも広告主が和解勝訴するかたちで解決したが、事件を知った全国の広告主の関心はむしろ高まっているようだ。メディア黒書へも、電話で情報がたくさん寄せられている。

その中には、広告代理店の元事務員からの内部告発もあった。

こうした状況の下で、だれかが匿名ブログを作成して、情報収集に乗り出した可能性が高い。

もちろんメディア黒書への告発には全面協力する。情報提供は大歓迎です。連絡先は、(TEL048?464?1413。xxmwg240@ybb.ne.jp

◆問題の根底に「押し紙」問題の放置

わたしは1997年から、本格的に新聞販売問題の取材を始めたが、最初のテーマは、新聞社が公称部数を偽装している問題だった。いわゆる「押し紙」問題である。

たとえば1500人しか新聞購読者がいない販売店に、2000部の新聞を搬入して、卸代金を徴収すれば、差異の500部が「押し紙」(偽装部数)である。ところが問題はこれだけではない。

折込チラシの搬入枚数は、原則として新聞の搬入部数に一致させるルールがあるので、上記の例でいえば、500部の「押し紙」発生は、500枚のチラシが過剰になることを意味する。広告主は、この500枚についても、料金を払っているので、納得しない。

が、幸か不幸か、このような悪慣行は水面下で隠されてきた。ところが今世紀に入るころから、隠しきれなくなってきたのだ。破棄するチラシの量があまりにも多量になったからだ。

次の動画は、山陽新聞の販売店から、余ったチラシを詰め込んだ段ボールをトラックで搬出する場面である。

(参考1:山陽新聞・折込詐欺の実態)

(参考2:ユニクロの折込チラシ大量廃棄)
 これは完全な刑事事件ではないだろうか?

◆「中抜き」の手口が登場

そこで登場した新たな手口が、チラシの「中抜き」である。「中抜き」をすれば、水増しされたチラシの存在を広告主に知られることはない。それに「中抜き」分の枚数を印刷しなければ、広告代理店は印刷経費を浮かせることもできる。

かくて「中抜き」の手口は、現在、水面下で爆発的に広がっている可能性がある。匿名ブログは、こうした状況の下で、同じ被害に怒る広告主の手で作成されたものと推察できる。

改めていうまでもなく、広告代理店の多くは新聞社の別会社である。と、なれば新聞社も他人事として、この問題を無視するわけにもいかないのではないか。

2013年07月22日 (月曜日)

東京都目黒区でベネッセが経営する老人ホーム「グランダ八雲」の屋上にNTTドコモが携帯基地局を設置する計画が持ち上がり、それに反対する住民らが運動を広げるためのブログを立ち上げた。次のサイトである。

■グランダ八雲目黒(老人ホーム)にドコモが携帯基地局を建設、入居者から反対の声!!

既報したように「グランダ八雲」の地権者は、日本マクドナルドの元オーナー藤田商店である。藤田商店のビルを借りて、ベネッセが老人ホームを経営していたところ、屋上に基地局が設置されることになったのである。

つまり目黒区八雲の基地局問題には、日本を代表するベネッセ、NTTドコモ、藤田商店とう3企業がからんでいることになる。

◆懸念される電磁波の人体影響  

住民たちが憤りを感じているのは、携帯電磁波の危険性が世界的に指摘されている状況下で、ドコモが閑静な住宅街の中に基地局を設置する計画を進めているというだけではなくて、設置場所が老人ホームの屋上に選定された事である。

携帯電磁波(放射線)の人体影響は、高齢になるほど減少すると言われている。しかし、だからと言って老人ホームを候補地に選ぶのは、高齢者に対する侮辱である。

聞くところによると、入居者の中には、心臓ペースメーカを埋め込んでいる人も居るらしい。これらの人々は、以後、不安にさらされる。

入居料の額で人権の量が変化するわけではないが、1000万円を超える入居料を支払った後、頭上に基地局を設置されたのではたまらない。

電磁波の危険性については、加藤やすこさんの次のサイトが参考になる。

いのち環境ネットワーク

■参考記事:MNJ「ドコモがベネッセ経営の高級老人ホームに携帯基地局設置を計画、生活破壊リスク負わされる入居者と周辺住民」

2013年07月19日 (金曜日)

中米のニカラグアは、7月19日、34回目の革命記念日を迎える。1979年の7月17日の明け方、独裁者ソモサが、自家用ジェットでマイアミへ亡命した。その2日後の19日、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が首都マナグアに入城して新生ニカラグアが誕生した 。

わたしが最初にニカラグアを取材したのは1985年で、最後に取材したのは1995年である。2008年に取材を予定していたところ、読売新聞社(渡邊恒雄主筆兼新聞文化賞受賞者)から3件の裁判を仕掛けられて、取材は中止に追い込まれた。同じ出版人から、このような妨害を受けるとは、夢にも思わなかった。

すでに18年もニカラグアの土を踏んでいないわけだから、わたしにはもはや現在のこの国について語る資格はない。せいぜいラテンアメリカから発信させるニュースを紹介するのが精いっぱいだ。

それにもかかわらずニカラグアは、わたしの原点である。わたしがルポルタージュを書こうと思って対象にした最初の国であるからだ。

取材といっても、公式のルートで取材先を紹介してもらい、それに沿ってインタビューをしたわけではない。わたしは公式の会見で発せられる言葉をほとんど信用していない。初対面の記者に対して、会見者がいきなり真実を語ることは、まずありえないからだ。

バイアスがかかっていると考えて間違いない。特に心に傷を負った人の中には、コミュニケーションの手段をみずから断ってしまうことも珍しくない。会見者の話はステレオタイプのことが多い。

◆取材の糸口が偶然に

既に述べたように、はじめてニカラグアを取材したのは1985年である。 それまで戦中の国に足を踏み入れた体験はなかった。そのためにニカラグアのあちらこちらで、銃撃戦が行われているかのようなイメージを持っていた。(実際に戦闘があるのは、山間部)。マイアミの空港へ向かう前から体がこわばり、身体の内部が震えているような感覚に襲われた。

焦りは慌てにつながる。そのためかわたしは早々にニカラグア航空のカウンダ―で登場手続きを終え、ゲートへ向かった。が、あまりにも時間が早かったので、客の姿はなかった。だだっぴろい待合エリアにいるのは、わたし一人だった。

しかし、わたしは早く空港へ到着したために、偶然にも極めて貴重は取材の糸口を掴むことになる。

まもなく待合エリアに40歳ぐらいの小太りした男性が、老人の手を引いて姿を現した。老人の歩き方はおぼつかない。病気だと分かった。やがて2人はわたしに近づいてきた。後に、この2人は親子であることが分かった。

「すみません、ニカラグアへ行きますか?」

息子さんがわたしに尋ねた。

「はい」

「これはわたしの父なんですが、目が見えないんです」

「・・・」

「ニカラグアの空港まで面倒をみてやってくれないですか」

「いいですよ」

2人の表情が和んだ。

「内戦はどんな様子ですか」

わたしが尋ねると、息子さんが顔に笑みを浮かべ、腰のあたりで機関銃を構えるポーズを取った。

「戦争だ」

「・・・」

「大丈夫だよ」

マイアミからニカラグアのマナグアまでは3時間の飛行だ。眼下にカリブ海が広がっていた。濃い緑の海が延々と広がっていた。海原の向こうにまた海原が広がっている。波間に光の粒が反射する。

◆われらがラテンアメリカ

わたしは30数年前にグラマン号で光の海を渡ったチェ・ゲバラやフィデル・カストロのことを思った。それはわれわれの世代が失った「冒険」と「挑戦」だった。同時にニカラグアの革命も、ラテンアメリカの先祖たちが歩いてきた道の延長線上にあるのだと思った。

操縦室の扉の前に戦闘服を着て銃を持った兵士が、尻もちをついて座っている。こんな光景を見るのも初めてだった。

ニカラグアに到着して、わたしは盲目の老人の手を引いてタラップを降りた。熱風のなか老人の手を引いて、徒歩で空港ビルに向かった。入国手続きを終え、空港のロビーに入ると老人の家族と思われる人々が近づいてきた。

「あんた、今夜、泊まるところはあるのか?」

「これからホテルを探します」

「うちに来なさい。泊めてあげるから」

われわれは乗合バスで空港を後にした。夜の帳が下りていた。その中に人々の鋭い眼が光っているような気がした。広がっているのは、貧困の光景だった。民家というよりも、ブリキや板切れの小屋が点在している。これが革命を経た国かと思うと衝撃を受けた。

ニカラグアの民家は、窓も戸口も開けっ放しにしているので、通りからでも中の様子がよく見える。老人の家に到着し、一息ついて、家族の人々が口にしたのは、驚いたことに、FSLNの批判だった。反体制派の家に紛れ込んでしまったのではないかと思った。

「じわじわと共産主義が近づいている」

「みんな空腹だ。食べ物がない」

米国はニカラグアに対して経済封鎖を断行していた。

翌日、息子さんたちがマナグア市内を案内してくれた。都市といっても、観光地のようなものは皆無である。中心街は、72年の大地震の後、そのまま放置されて、荒れ放題だった。唯一の例外は、コンチネンタル・ホテルだった。  ここには世界各国から新聞記者が集まっていた。庶民は水のシャワーを浴び、豆を中心とした質素な食事に終始するが、コンチネンタル・ホテルの記者たちは、湯のジャーワーを浴び、肉やカクテルを口にする。ここだけ別の経済圏になっているのだ。

ニカラグアに長期滞在する旨を告げると、盲目の老人は、親戚の家に部屋が空いているので、そこへ引っ越して、滞在するように言ってくれた。歩いて5分ほどの距離だった。この家は、FSLNの支持者で、同居させてもらったダニエルさんの部屋には、カルロス・フォンセカ(FSLNを再建した革命家)とサンディーノの肖像画が張ってあった。

サンディーノは、1927年、米国の海兵隊がニカラグアを占領した際、少数精鋭のゲリラ部隊を率いて、執拗なゲリラ戦を展開して、海兵隊を撤退させた英雄である。

参考:ミゲル・リティン監督「Sandion」

◆読売の記者に期待

・・・・ニカラグア取材の原稿は、現在も出版には至っていない。ほんの一部を『バイクに乗ったコロンブス』(現代企画室刊)に使ったにすぎない。2008年の取材が実現していれば、ニカラグアの過去と現在をつなぐルポになっていたかも知れない。その仕事を読売の記者にお願いしたいものだ。

幸いにコンチネンタル・ホテルは昔よりももっと快適になっているはずだ。もちろん銃弾が飛んでくることもない。安全地帯である。

2013年07月18日 (木曜日)

NTTドコモは、過去に住民との間にどのようなトラブルを起こしてきたのだろうか?福岡県の三潴(みずま)町(現在は、久留米市に編入されている)のケースを紹介しよう。

三潴町の生岩地区で、NTTドコモによる基地局を設置計画が発覚したのは、1999月である。現地の人々は、住民運動を組織して、反対署名に乗り出した。同時に別の候補地を探す作業にも着手した。

両者は延々と話し合いを重ねた。 ? 2001年5月に、ドコモは工事現場に重機を持ち込んだ。 ? 結局、双方が納得できる結論には至らなかった。

『隠された携帯基地局公害』(緑風出版)は、NTTドコモが工事を再開したころの様子について次のような重要な事実を記録している。

 工事再開が告げられ、当日は、ドコモは約30人の作業員、ガードマン、カメラマン等を引き連れて工事に来て住民を写真・ビデオを撮りまくって1時間ほどで早々に引き上げていった。

問題はドコモが次に取った行動である。同書によると、

2001年の師走の12月26日、突然裁判所から2002年1月9日に出頭命令が届き、ドコモから工事妨害で訴えられていたことが判明。弁護士事務所は正月休みに入っており、やっと1月7日に馬奈木昭雄弁護士に代理人を引き受けて頂いた。ドコモの姑息で卑劣な手口を知って住民の結束が固まり、2002以降、ドコモを告発した裁判を開始した。

このところSLAPP(訴訟を起こすことで、経済的にも精神的にも住民運動体を追い詰め、言論や集会結社の自由を抑圧する戦略。小泉内閣主導の司法制度改革の時代に浮上してきた。)が流行しているが、2001年ごろには、すでにそれに類似した事件が起こっていたのである。

結論を先に言えば、この裁判は住民側の敗訴だった。本サイトで既に述べたように、結審の日に裁判官が交代した。新任の田中哲郎裁判官は、三潴訴訟よりも先に結審した裁判で、住民を敗訴させた人物である。その田中裁判官は、三潴訴訟でも、住民を敗訴させたのである。

◆チラシによるピンポイント反撃を

NTTドコモの基地局に限らず、携帯基地局の設置を阻止する方法として、有効なのはピンポイントで特定地域に、集中的にチラシを配布して、携帯電磁波のリスクを知らせることである。?? ピンポイントとは、具体的には、携帯基地局である。たとえばあるマンションの上に携帯基地局が立っているとする。この場合、チラシ配布のエリアは、マンションとその周辺ということになる。

携帯基地局の所有会社を特定する必要はない。1社が強引に基地局設置を行えば、他社にも「迷惑」が及び、基地局に反対する人々がネズミ算式に増えていくシステムを構築する必要があるからだ。交渉が長引けば、ピンポイントはどんどん増えていく。

新聞にチラシを折り込む戦略は、ほとんど効果がない。受注しない可能性や、チラシの一部を破棄する可能性があり、予算が限定されている住民運動にとっては、得策ではない。

(参考:馬奈木昭雄弁護士 講演要旨『人体実験を許すな。携帯電磁波の危険性』)

2013年07月17日 (水曜日)

このところ下火になっていた携帯電話基地局の設置を巡る電話会社と住民の間のトラブルが再燃している。

今年の2月、わたしはMNJ(マイニュースジャパン)に「NTTドコモがベネッセ経営の高級老人ホームに携帯基地局設置を計画、生活破壊リスク負わされる入居者と周辺住民」http://www.mynewsjapan.com/reports/1769 と、題する記事を掲載した。

これは東京都目黒区でベネッセが経営する老人ホーム「グランダ八雲・目黒」の屋上にNTTドコモが携帯電話の基地局を設置する計画が浮上し、住民たちが反対運動に乗り出したことを伝えたものだった。

確かに老人になると、若年層と比較して、電磁波による人体影響(遺伝子毒性)は少ない傾向にあるらしい。(ただし心臓ペースメーカを使用している人は別)。だからと言って老人ホームの屋上に基地局を設置するのは、非常識ではないかとの声が上がった。企業コンプライアンスが問題になったのである。

住民らが署名を集めて、NTTドコモに提出したところ、設置計画は一時的にストップした。ベネッセは、基地局の設置は認めない方針に転換したようだ。 少なくとも住民に対しては、そんなふうに説明したという。

しかし、ベネッセはホームを経営しているとはいえ、ビルの地権者ではない。地権者は、日本マクドナルドの元オーナーである藤田商店である。そのために藤田商店とNTTドコモが、計画を進める可能性があった。

7月に入ってNTTドコモが、住民たちにお盆明けに設置工事を再開すると通知してきた。

◆NTTドコモの手口??民主党への政治献金  

NTTドコモや親会社には、様々な問題がある。MEDIA KOKUSYOは今後、それを公にしていくことにした。第1回は政治献金である。

NTTグループの労働組合(民主党支持)の政治団体「アピール21」の政治資金収支報告書を紹介しよう。

(「アピール21」の終始報告書(2011年度)=ここをクリック)???

6/38ページからの記述は、アピール21が集会、フォーラム、セミナー、推薦料、寄付などの名目で、多額の政治献金を行っていることを示している。

たとえば野田内閣の下で環境委員長を務めた生方幸夫議員に10万円。出費名目は、「環境委員長就任を祝う会」である。

北海道議会議員の林大記氏に160万円を寄付。

額こそ少ないが、多数の議員に対して献金が行われている。【続】

参考記事:「1人3千万円も…NTTマネーに歪められる政策決定、公共事業50億の見返り」

参考記事:「田嶋、菅、原口、仙谷、枝野…NTT労組から総額1億円超 企業と政界つなぐ労組マネー」

2013年07月15日 (月曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

参院選の投票日が近付いてきました。私はもう、投票所に足を運ぶ気力さえありません。「利権政治を変える」のが、民主だったはずです。でも、既得権益を持つ団体や労組に媚びを売りました。

?そこをしたたかな官僚に取り込まれ、この有様です。維新も官僚と対決するよりも、憲法改正にご執心では、今の惨状は最初から予想されました。結果、ブーメランで元祖利権政治の自民一党支配に戻るなら、ここ何十年、国民と野党政治家は何を学んだかです。

責任は幻想を振りまき、失望させた民主、維新にもあります。でも、何より有権者である国民が政治家任せで、自ら定見を持たずに政策を検証して来なかったことにあると思います。

G8でも、日本の財政再建が急務であると、釘を刺されました。国際社会の方が、この国の現状を余程客観的に見ています。足元を見れば、「異次元の金融緩和」との振れ込みにかかわらず、長期の国債金利は高止まりしています。このまま金利が上がり続ければ、巨額の借金を抱えるこの国は沈没しかありません。

問題は、溜まり溜まった官僚・政治家の腐敗により肥満化した財務体質からいかに脱却し、強靭な筋肉質にこの国を変えられるかです。「国土強靭化」などと称して、自民の進める公共事業の大盤振る舞いなど、もってのほかです。

財政再建のために増税が不可避なら、官も身を切る。私は「強靭化」という「肥満化法案」ではなく、増税するなら、増税分と同額の政策経費削減を義務づける法案を提案します。つまり、1兆円増税するなら、これまでの予算からも1兆円削る法案です。それなら2兆円の財政改善効果が生まれ、改革が加速します。そんな法案作ってくれる党があれば、私は喜んで投票所に行きます。

◆長良川河口堰事業

前々回、前回とこの欄で、官僚・政治家がいかに利権目当てに税金をくすね、国民・住民を欺いたか。無駄を承知で押し進めた長良川河口堰事業を例に書いてきました。私が解明しながら朝日が記事を止めたことで、読者・世間の皆さんに伝えることが出来なかった「真実」です。公共事業を推し進める政策の内情とは、どんなものか。参院選投票日を前にぜひ、多くの皆さんに知って欲しいからです。今回はその続き、3回目です。

今回も、前回までのおさらいをしておきます。

建設省は水余りの中、「利水のため堰は必要ない。税金の無駄遣い」との建設反対運動の高まりに対抗。1976年9月に起きた長良川安八・墨俣水害を格好の理由づけに、「水害から住民の命を守るためには、河口堰は不可欠」と主張してきました。私の取材の出発点は、この建設省の言い分が正しく、本当に「治水のために堰が必要か否か」、先入観を持たずに検証することでした。

台風の影響でシャワーのような大雨が4日間も降り続いて起きたのが、安八水害です。でも、取材で分かったのは、4日間通した最高水位でも、実は堤防下2メートルに建設省が定めた安全ライン(計画高水位)より、さらに1メートル以上も下。つまり、堤防上から見れば、3メートル以上下にしか水は来ていなかったのです。その時の実測最大流量は毎秒6400トンです。

それでも大量の濁水が家屋や田畑を飲み込み大水害になったのは、堤防に弱い個所があり、その場所に穴が開き、もろくも崩れたのが原因です。長良川には毎秒6400トン流れる大水程度では、堤防の高さ,河道容量には十分な余裕はありました。

つまり、河道容量を増やすための堰を造らなくても、建設省が堤防の欠陥を見つけ、補修していれば、十分防げたのが、安八水害です。しかし、自らのミスには口を塞ぎ、河道容量が足らず、あたかも堤防から水が溢れて水害になったように大宣伝していたのです。民間なら「悪徳商法」と指弾されても、仕方ないはずです。私は1987年、このことを記事にしました。

◆強引に本格工事に着工した建設

でも、こんな報道程度で無駄な事業を諦める素直な官庁・官僚は、この国にはいません。治水のために長良川河口堰を建設する目的は、安八水害の毎秒6400トンの大水に備えるためではなく、90年に1度(90年確率)の毎秒7500トン(計画高水量)の大水でも水害を起きないようにするためだったからです。

6400トンの大水なら安全に流せることは、私の記事で証明出来ています。でも、7500トンではどうなのか。私の取材では、その点がまだ解明・立証出来ていません。それをいいことに建設省は、私の報道にもかかわらず、強引に本格着工に向けて、事業を進めたのです。

「7500トン流れた時の水位は、安全ラインを越えるか、超えないか」。そこから私の本格的な解明が始まりました。学者の見方程度を並べても水掛け論です。そうしないためには、建設省の内部資料から動かぬ証拠を見つけ出す。その方法で立証する以外にありません。

◆決定的な証拠を入手

どうしたらいいか。探り続けるうち、建設省が治水計画を進める手順を定め、自らが監修、市販もしている行政マニュアル『河川砂防技術基準〈案〉』(山海堂)の存在に、私はたどり着きました。

マニュアルでは、想定される最大大雨の時、水位が安全ラインを上回るか否か。次の手順で検証することを求めています。

?? 河道容量を細かく測量、数値化した『河床年報』を作成?大水時に実測した水量とその時の水位かの相関関係から川底の摩擦の強さを示す『粗度係数』の値を、『不等流計算式』を使って割り出す?算出した『粗度係数』と『河床年報』のデータを用い、『不等流計算式』で逆算。最大大水時の水位をシミュレーションした水位図を作成し、安全ラインを上回るか上回らないかで、その川の治水対策の必要性を判断する。

――以上です。

建設省ではこの計算を、パソコンを使ってしていました。パソコンに入力しなければならないのは?『河床年報』記載の河道容量データ?『不等流計算式』?『粗度係数』の3点セットです。

つまり、この3つのカギが手に入れば、建設省がどんなにウソをついても、3つのカギを入力したパソコンは、長良川に最大水量の7500トン流れた時、建設省がひた隠しにしている行政マニュアル通りのシミュレーション水位をミリ単位で正確に計算し、再現します。パソコンが建設省の欺瞞を暴く最強のウソ発見器になるのです。

そこで私が建設省のバリアをくぐり抜け、極秘扱いになっていた?の『河床年報』を入手。匿名を条件に?の『不等流計算』に協力してくれる学者も見つけ出し、2つのカギまで揃えたことまでを、前々回、前回に書きました。今回はここからです。

◆建設省、「堰は必要不可欠」

学者の協力をやっと取り付けた1990年2月、建設省取材で一つの進展がありました。建設省が記者会見を開き、「現在の長良川に堰を造らない場合、安全に流せるのは、毎秒6400トン。想定される最大大水の7500トンを流そうとすると、あと1500万トンの土砂を長良川の川底から浚渫する必要がある。堰は必要不可欠」と、明らかにしたのです。

渋る建設省に何とか会見を開かせたのは、長良川の環境・生態系への悪影響を心配する堰反対派の人たちの成果でもありました。「安八水害程度の6400トンの水量では、堤防さえ欠陥がなければ水害にならない」との1987年の私の先の記事もきっかけになり、反対派の人たちは、「治水でも建設省はインチキな説明をしているのではないか」と疑念を強め、建設省に強く回答を迫っていたからです。

建設省は、私に対する答え同様、最初はのらりくらりと逃げ続けていました。しかし、情報公開を強硬に求める住民団体の力はだんだん大きくなり、無視できなくなっていました。その圧力に屈し、建設省が「情報公開に消極的ではない」と、やっと重い腰を上げたのが、この会見だったのです。

建設省にここまで言わせただけでも、大進歩です。でも、「安全に流せるのは、毎秒6400トンまで」と言うのは、どう考えてもおかしい。何故なら、6400トンでは、安八水害の最大流量です。この時は前述の通り、堤防下2メートルの安全ラインのさらに1メートル下しか水は来ていません。

7500トン流せるかどうかはともかくとして、もう少し多くの水量は安全に流れるはずです。辻褄が合わないので、もちろん私は会見で、「詳しい計算根拠は?」と聞きました。しかし、建設省は、前言の「情報公開に消極的ではない」はどこへやら。また、あいまいな答えに終始するばかりでした。

ただ、私は、ここでの深追いは避けました。まだ、学者の計算結果も手に入っていません。そんな時、私の取材の狙いを建設省に悟られては、相手に対策を立てられるだけに終わってしまいます。

最近、若い人の記者クラブでの会見を見ていると、私は大いに疑問を感じます。官庁発表や政治家の発言に、ろくに質問せず、鵜呑みで下を向いたままパソコンを叩き、記事にする記者…。一方で、政治家と同次元で、口汚く罵り合う記者もいます。

◆専門家による水位の計算

時として、まともに答えない権力者の口を開かせるため、挑発が必要なこともあります。でも、記者なら会見では、こちらの手の内が相手に悟られないよう注意深く、理詰めで権力者の言い分を聞き、相手の動かぬ言質を取っておくことです。会見で相手のウソを徹底的に追及するにはデータが揃い、勝算が立った時です。

そんな訳で私は、「現状の7500トンは流せないと言うなら、この時の水位は、安全ラインを何センチ上回るのか」とだけ聞き続け、やっと建設省からその後、「1メートル弱上回る」との言質を取っておきました。

それから間もなくです。前回のこの欄の最後に書いた学者から約束通り、私宛に郵便物が届きました。私が渡した建設省極秘資料の『河床年報』を使い、行政マニュアル通りの方法で、大水時の長良川の水位を計算した結果です。

封筒の中には、計算ソフトのフロッピーとともにパソコンから打ち出された水位シミュレーションのデータシートが入っていました。結果は、私と学者の推察していた通りでした。

想定される最大大水の7500トン(計画高水量)が流れても、長良川河口から上流に向かって30キロまでの水位は、ほとんどの地点で、堤防2メートル下の安全ライン(計画高水位)をさらに下回っていたのです。

ただ、河口から20キロほど上流に行ったところのわずかな1キロの区間でのみ、ほんの少し安全ラインを上回る場所がありました。でも、最大で23センチです。安全ラインは堤防の2メートル下です。最も堤防の危険箇所でも、堤防より1.77メートル下までしか水が来ないことになります。

さらに、学者から重要なアドバイス・コメントが二つ添えられていました。

一つは粗度係数に関してでした。これも前回の最後に書いたように、この時点で私が手に入れられたのは、『河床年報』と『不等流計算』の二つのカギだけです。まだ『粗度係数』という3つ目のカギは、見つかっていませんでした。

では、どうして学者が計算出来たかと言うと、『河床年報』には『計画粗度係数』の値が、記載されていたからです。

『計画粗度係数』とは、堰を造るなど大規模な河川改修ではなく、流れをまっすぐに補正するなど、通常の小規模改修で、どの程度まで流れの抵抗を落とせるかという見通しで、建設省自身が作った推定値です。保険をかけて、実際の見積もりよりもやや高めに設定しておくのも建設省の常でしたので、これで計算しても何ら問題はなかったのです。

ただ、マニュアルでは直近の大水時の水位と水量の相関関係から割り出した『現況粗度係数』を使うことになっています。学者は「計画粗度係数の値は20年も変わっていない。その間も、通常の河川改修を続けている。現況の係数は、計画係数より実はもっと小さいのではないか」「そうでなければ、多額の税金を長年かけて、何のために改修してきたのかということになる。現況の係数が分かるなら、大水時の水位はもっと低く計算され、すべての地点で安全ラインを下回る可能性が高い」と、コメントしていました。

もう一つは計算結果で、「わずかな地点ながら最大23センチオーバー」になる点に関してです。私がこの結果を記事にしても、建設省は「危険な個所がある以上、堰による洪水対策は必要」と、反論して来るのは、目に見えています。

しかし、前述の通り、たった1キロほどの区間です。地図と重ね、調べてみると、この間には、鉄道や道路の橋も架かっていませんでした。それなら、この区間の堤防に、わずか30センチ足らず土を盛り、かさ上げすればいいだけです。堰を造るのに比べれば、工事費は数百、数千分の1程度以下で済むのは、私のような素人にも分かります。

でも、学者の懇切丁寧な手紙では、「その必要もない」と教えてくれていました。堤防内側も、普段は水が流れていない「河川敷」があります。堤防の強度に影響のない範囲でこの部分の土を少し削り、河道容量を増やせば済むと言うのです。

なるほど、川底を深くえぐるなら、海水の逆流を防ぐ塩止めの堰が必要になります。でも、深さを変えないで河川敷を少し狭め、川幅を広げることぐらい、いとも簡単です。これなら用地買収の必要もなく、費用はほとんどかかりません。どこをどう削ればいいか。パソコンのゲーム感覚で、いくつものやり方が提案されていて、建設省の反論への対処方法が記されていました。

この結果なら、『現況粗度係数』の値が分からなくても、「現状の長良川で、堰を必要とするほどの治水工事は必要ない」と記事に書けます。第一、私が言質を取っておいた「最大大水時、安全ラインを1メートル弱上回る」という建設省の公式見解と、大幅な開きがあります。建設省がウソをついて来たことは明白で、その点を突くだけで、十分記事として成立します。

◆不可解な社会部長の態度

私はこれまでの取材結果を社会部長に伝え、すぐに記事にするよう願い出ました。

私には時間がないこともありました。実は、この年の正月前後に東京本社政治部への転勤が内々知らされていたからです。春の異動なら、1990年4月発令です。あと1か月余り。その間に建設省のウソを暴く何本もの記事を書き続けて河口堰工事を中止に追い込む。

それを置き土産にして、長年世話になった名古屋社会部を離れる…。私なりに描いたタイムスケジュールで考えると、最初の皮切りなる記事を書くタイムリミットが迫っていたのです。

しかし、社会部長の態度は「本当に一人の学者の計算に頼って大丈夫かね」と、煮え切りませんでした。今から考えると、この頃から朝日に変な力学が働き始めていたのかも知れません。転勤の話も持ち出し、「早く記事にしないと…」と言うと、部長は「転勤は夏に延びそうだ。時間はある。じっくり裏を取って欲しい」とのことでした。

時間があれば、3つ目のカギ、『現況粗度係数』も手に入るかも知れません。私は転勤が延期になったことも、素直に喜びました。ただ、部長の態度には、どうしても解せないものがありました。

「では、どこまで詰めたら、記事にしてくれるのか」と、その条件を問いました。しかし、部長はのらりくらり。なお強く迫ると、4月になってやっと以下の条件が部長から示されました。

「実際に長良川で、また水害が起きた時のことを考えると、学者一人の計算に頼って記事にするには、危険が大き過ぎる。建設省も役所である以上,無茶なウソをつくとは考え難い。学者も建設省以上の専門家とは言えないのだから,計算に抜け落ちがあるとも限らない。もう少し慎重に建設省がどう計算し,記者発表をしたのかを見極める必要がある」とした上で、具体的な補強点を指示しました。

※ もう少し学者の意見を聞き、実名で計算結果を発表してくれる学者を探す。

※ 少なくとも,計算結果が,水理学的に正しいとのコメントを出してくれる学者を見つける。

※ 建設省がどのような計算をし,記者発表をしたのか。これまでのルートを通じて、その手の内をさらに深く探る。??です。

一人の学者の協力を得るだけでも、相当の苦労がありました。何とも気楽にというか、無理難題の類をこうも簡単に押し付けて来るのか。記事にさせないのが目的ではないのか。そう思うと、正直、腹も立ちました。しかし、部長の裁断である以上、この条件をクリアーしない限り、記事には出来ません。

 私は条件を呑み、補強取材を始めました。実名を出してくれる学者も見つけ、「これで…」と思った途端、名古屋で朝日の阪神支局が襲われ、記者2人が死傷した116号事件の関連事件が起こりました。そのため、一時、この取材を中断せざるを得ない時期もありました。でも、6月になり、やっと本格的な取材を再開する時間が出来ました。

未だ『現況粗度係数』の値は分かっていません。でも、部長指示の「実名を出してくれる学者」は確保。記事になる最低限の条件は満たしてあります。ただ、この間ブランクがあり、取材に勘付いた建設省が、私への対策を打ち始めたことも、内部情報で知っていました。「先に動いた方が負け。こちらの手の内は出来るだけ隠し、焦らず、まず相手がどう対策を立てたか。その手の内を知ろう」と、戦略を練りました。

◆中部地建の決定的ミス

私は、建設省の中部地区の拠点、中部地建に行き、建設省マニュアル『河川砂防技術基準』を、カバンからやおら取り出して、内容を相互に確認していくことから始めました。河道容量の測量→河床年報の作成→粗度係数の値の確定→不等流計算という手順でいいかどうか、キャリア官僚である担当者に一つ一つ同意を求めたのです。手順も確認せずに、最初から論争を挑めば、当然相手は逃げ腰になり、認めるものさえ認めなくなるからです。

相手は私が基礎的に質問を続けているのに焦れた様子。狙い通り、先に動いてくれました。

「朝日さんは、『計画粗度係数』で計算し、疑問に思われているかも知れません。『現況』の係数で計算してもらわなくては」

「『現況』って、あるんですか」。私はすっとぼけました。相手は待ってましたと、用意していた1枚のペーパーを私たちに示しました。実はこの時、建設省は、ペーパーの左上の隅に記載された作成日の日付け、「90・4・9」の数字を消し忘れる決定的なミスを犯していたのです。

「長良川の現況粗度係数」と書かれたこの文書には、河口から18キロまでの地点が「0.025」、24.3キロまでが「0.030」、30.2キロまでが「0.032」と書かれていました。18キロより上流では、「計画粗度」の値すら上回っています。

私には、パートナーになってくれた優秀な理科系の若い科学記者がいました。彼は、係数の値を入れ替え、繰り返し計算していました。その結果、0.01違うだけで、摩擦抵抗に大きな違いがあり、計算水位は上にも下にも大幅に変動。この係数なら18キロより上流で、安全ラインをかなり上回るシミュレーションになることも、すぐに分かりました。

私たちが探し求めている3つ目のカギ、本物の『現況粗度係数』ではありません。私たちは偽物のカギを掴まされて喜んで帰るほど甘くはありません。「これが私たちへの対策だったのか」と、すぐピンと来ました。でも、おくびにも出さず、「こんな値だったのですか」と、私は努めてがっかりしたように見せかけました。

◆書類から日付が消えた

この日は、相手の手の内を出来るだけ一方的に喋らせるのが目的です。ペーパーの内容を出来るだけ詳しく聞きました。持ち帰ってじっくり検討すれば、化けの皮は必ず剥がれますから、コピーも要求しました。

しかし、担当者は渋り、なかなか出しません。強く迫ると、裏で何かごそごそ。「まぁ…、お見せした資料ですから」と渋々出してきたペーパーからは、作成日の「90・4・9」の文字が消えていたのです。

目ざとく見つけた若い記者が、珍しく声を荒げました。「どうしてこの数字を消して渡すのか」。

相手には、「気付かれてしまった」との困惑の表情がありありです。そこを一気に攻め、この係数の作成は、その年の「4月9日か、その前後」との言質を取りました。私たちが本格的な取材を始めたのは、前述の通りこの年の2月です。この点からも、私たちへの取材対策であることは明白です。

私はこの欄で「『優秀な官僚が国を支えている』と言うのはウソ。彼ら自身が作った神話に過ぎない」と、何度も書きました。根拠なしに言っているのではないのです。所詮、官僚とは、この程度の人たちなのです。

社内に戻ると早速、若い記者はペーパーにある係数値をパソコンに入力、シミユーレーションさせました。今までの『計画粗度係数』を建設省の主張する値に入れ替え、計算するだけ。この記者なら数分の作業です。結果は、私たちが予想した通りでした。

この係数でのシミュレーションでも、河口に近くは安全ラインをわずかに上下する程度の水位です。でも、上流に向かうほどはね上がり、29.6キロ地点が最高。ラインを61.5センチ上回るカーブを描きます。「建設省も随分知恵を絞ったはず。でも『1メートル弱』とは、随分違うな」。顔を見合わせ、苦笑しました。

ペーパーの内容は学者にも伝えたところ、「結局、建設省は、その対策で来ましたか。今頃になって、係数の値を入れ替えたのでは、いくら建設省寄りの学者だって信用しない。君たちの追及で建設省は墓穴を掘りましたね」と、笑い飛ばしました。

建設省に出させたペーパーをファクスで送り、この値を導けた根拠・カラクリについても尋ねました。

4日間、大量の雨が降り続いたことで起きた安八水害は、4回の出水ピークがあったことも前述した通りです。ピークでは、流量を実測することになっているのですが、実測流量が測り切れていないピークを使い、「推定流量」から係数の値を計算していたのです。

粗度係数は、大水時の水位とその時に実測した流量との相関関係から不等流計算式を介して値を導き出します。水位が同じなら、分母となる流量を少なく「推定」すれば、係数値は大きくなります。つまり、水量を少なく「推定」することによって高く導き出した係数値を使って水位シミュレーションをすれば、建設省は都合よく、自分たちの主張に沿う「長良川は大水時、水害の起きる危険な川」と見せかけることが出来ます。

事実、ペーパーでは、安八水害時、実測では毎秒6400トン流れたのに、推定流量は「5800トン」とし、高い粗度係数をデッチ上げて、水位シミュレーションしていました。

こうなれば、意地でも私は本物のカギ・『現況粗度係数』の値を見つけ出す以外にありません。でも、記者が走り回り、念ずれば、何とかなるものです。「灯台下暗し」というひょんなところからの言葉がヒントになって、見つかったのです。

「灯台下暗し」。そんなに外を走り回らなくても、朝日の名古屋本社に、私がどうしても知りたい現況係数の本物の値を記した資料が眠っていると言う意味です。

私は、「えっ」と耳を疑いました。しかし、新聞社には記事を書くために必要な様々な本・資料を集めたミニ図書館があります。『県史』『市史』など役所などが何かの機会に、記念誌的なものを作ると、宣伝も兼ねて報道機関には一冊ずつ、無料で配って来ます。あるとしたら、この本棚です。

◆3つ目の決定的証拠が朝日社内に

行ってみると、案の定、棚には中部地建から寄贈された本が数冊ありました。片っ端から、本の目次に目を通すと、それらしいものが見つかったのです。

『木曽三川?その流域と河川技術』。発行は安八水害後の1988年9月。発行者にはズバリ、「建設省中部地方建設局」とあります。「木曽三川」とは、長良川と木曽川、揖斐川の総称です。全国に先駆けての近代的河川改修が行われてから100年を記念して、出版されていました。

A4判960ページ。作るのに1冊数万円はかかったと思える超豪華本です。本を繰ると、ずばり「長良川の粗度係数」の項目がありました。まぎれもなく私たちが探し続けていた本物の3つ目のカギです。

記念誌に記載されていた76年の安八水害で計測した長良川の粗度係数の値は、次の通りです。参考までに、建設省が私に渡したペーパーの値も()内に並べてみます。

河口からの距離(キロ)  2.4  12.8 18.0?24.3 30.2

粗度係数             0.020      |   0.027

(90・4・9作成値    0.025    |0.030|0.032)

計画粗度係数                  0.027

(参考:毎秒7500ドン流れた時のシミュレーション水位=ここをクリック)

これで、『河床年報』、『不等流計算』、本物の『現況粗度係数』の3点セット、つまり3つのカギが完全に揃ったことになります。私たちは、3つのカギを差し込んで、ついに完成に漕ぎ付けたウソ発見器のパソコンにかじりつきました。

◆危険個所は1カ所も無かった

『木曽三川』に記載された本物の係数の値によりパソコンが打ち出した、最大大水時の水位シミュレーションが別表のグラフです。

 長良川河口から30.2キロまでの下流部、つまり、「堰を造らない限り、洪水の心配がある」と建設省が主張している全区間で、堤防下2メートルの安全ラインを下回り、危険個所は1ヶ所もないことが分かります。

『計画粗度係数』で学者が計算した23センチ上回っていた29.6キロ地点でも、ラインの1センチ下。堤防からは2.01メートル下を水が流れるシミュレーションとなります。

しかし、新しく建設省が作り出した係数値での計算では前述の通り、18キロ地点から先で急激に水位が高まり、29.6キロ地点で最大61・5センチ余り上回る曲線を描きます。「0.030」、「0.032」などと建設省が「推定流量」を使い、デッチ上げた高い係数値を使ったことが効いているのです。

なるほど。私が1987年から何度も「毎秒7500トン流れた時の水位はとの程度か」と聞いても、建設省は言葉を濁し、答えなかったはずです。これでウソのカラクリも明らかになりました。

しかし、私たちの解明はこれで終わりではありませんでした。むしろ、ここから大きく進化したのです。これまで疑問を感じて来たものが、次々と繋がり、建設省の手の内の全容が分かったからです。

申し訳ありません。ここまで書いて来たところで紙数が尽きました。じらすつもりはないのですが、この続きは次回の本欄で続けます。今回も大変、難解な内容で恐縮至極です。

ただ、私は「治水オタク」でも何でもありません。相手が専門領域に逃げ込んでも、にわか勉強で武器を手に入れ、そのジャングル奥深く入り込み、敵をあぶり出す。それが調査報道記者の日常でもあるのです。

次回は、私が解明した建設省・官僚の際限ないウソの全容がいよいよ明らかになります。これに懲りず、ぜひ次回もご愛読頂ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2013年07月12日 (金曜日)

「木を見て森を見ない」とは、物事の本質を見極める代わりに、枝葉末節の部分を取り上げて、それを全体像とみなす論法である。いわゆる揚げ足取りである。真村裁判では、さまざまな面で、「木を見て森を見ない」現象が観察できる。

たとえば真村事件の本質は何かという問題である。本サイトで繰り返し説明してきたように、事件の発端は2001年に読売が真村さんに対して、営業・配達区の一部を返上するように求めたことである。

新聞は再販商品であるから、各販売店の営業・配達区は厳密に区割りされている。そのために店主になるに際しては、前任者にお金を支払って営業・配達区を買い取る。真村さんも、販売店開業の準備資金を含めると1000万円を優に超える額を投資している。

従って読売の申し入れを断る権利がある。真村さんはそれを行使したに過ぎない。しかも、真村さんが申し入れを受け入れた場合、返上された営業・配達区は、地元の有力店主の弟が経営するYCへ譲渡される予定になっていたという。

理不尽な要求を断ったところ、「改廃」カードを突き付けられ、やむなく裁判所へ訴えたのである。これが真村事件の本質である。

ところが裁判の結果は、1次裁判では完全勝訴したが、2次裁判で敗訴したあげく、約3600万円の間接強制金返済を読売から迫られ、自宅兼事務所を仮差押えされる状態になっている。これだけでも異常なことである。

真村さんに謝罪して、慰謝料を支払うのは、読売の側ではなだろうか?

◇欠落した想像力、エリートの悲劇

だれが現在のような泥沼に真村さんを追い込んだのだろうか。結論を先に言えば、読売新聞社と読売弁護団、それに裁判所である。日本を代表するエリートたちである。受験競争を勝ち抜いて、社会の頂点に立った人々である。

かつてわたしは空手の師範から次のような話を聞いたことがある。

「最も危険なのは、勉強ばかりして子どものころに喧嘩をしたことがない人が、路上などで逆上して、他人に殴り掛かる時です。まったく手加減を知りませんから、偶然に体重が乗ったパンチが顔面の急所に的中すると、死に至ることがあります。本当にあぶないですよ」

受験競争の弊害は、昔から指摘されてきた。漠然とではあるが、エリートは想像力に乏しく「冷酷」だといった指摘がなされてきた。しかし、具体的にその冷酷さがどのようなかたちで表に現れるのかは、曖昧にされてきた。実生活の中で、その実態を観察するジャーナリズムの役割は果たされていない。

真村事件を通じて、わたしは社会病理を見た。真村事件の異常さを短絡的にエリートにありがちな性質に結び付けるつもりは毛頭ない。例外も多い。知力を社会正義に結び付けている人々もいる。が、何人もの弁護士が手を変え品を変え、一介の店主に過ぎない真村さんを執拗に攻撃し、全財産を剥ぎ取ろうとしている様には、深刻な社会病理を感じる。想像力が欠落していないだろうか?今後、教育問題の脈絡の中で再検証する必要がある。

このような実態を裁判所が是認しているのも異常だ。

2013年07月11日 (木曜日)

【10日付け記事の続編】

木村元昭裁判官が判決の中で示した真村久三さんの店主解任理由を順を追って整理すると次のようになる。

1、読売新聞販売店には「押し紙」が存在しない。

2、それにもかかわらず真村と彼の弁護団は、黒薮が書く「記事の執筆に利用されることを認識、容認しながら」情報提供を行った。ただし、具体的にどのような情報を提供したのかは、明記されていない。また、何月何日付のどの記事を指しているのかも不明。

3、真村と弁護団は、「黒薮の上記記事等(?)の掲載を幇助した」わけだから、「その情報や資料の提供自体が、被控訴人の名誉又は信用を害する」。

4、従って読売が、黒薮を「幇助」した真村を失職させる「正当理由の一事情として考慮し得る」。

念のために、再度、木村元昭裁判官が執筆した判決の問題部分を引用しておこう。

被控訴人(読売)の指摘する黒薮の記事等には、別件訴訟における控訴人(真村)の主張のほか、被控訴人(読売)が、販売店に押し紙を押し付け、それが大きな問題となっていることなどが記載されているが、押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない(かえって、控訴人は、平成13年には、現実には読者が存在しない26区という架空の配達区域を設けていたところ、これを被控訴人[読売]も了解していたと認めるに足りる証拠はない。)。

そうすると、控訴人において、被控訴人による違法不当な行為の存在を指摘することが容認される場合があるとしても、本件は、これに当たらないというべきである。 ? そして、控訴人(真村)や控訴人代理人(江上弁護士ら)が、上記のような記事の執筆に利用されることを認識、容認しながら、黒薮の取材に応じ、情報や資料の提供を行ったことは明白であり、控訴人は、少なくとも、黒薮の上記記事等の掲載を幇助したというべきであるから、たとえ控訴人自身が、押し紙等の批判をウェブサイト等を通じて行ったものではないとしても、その情報や資料の提供自体が、被控訴人の名誉又は信用を害するというべきであり、本件販売店契約の更新拒絶における正当理由の一事情として考慮し得る 。

読者は、引用した判決の記述を読んでどう感じられただろうか。随分、論理が飛躍しているという印象を受けなかっただろうか。

まず、読売新聞販売店に「押し紙」は存在しないと断定しているわけだが、「押し紙」をめぐる議論は、「押し紙」をどう定義するのかで大きく変わってくる。新聞社や喜田村洋一弁護士が主張してきた「押し紙」とは、押し売りの証拠がある新聞のことである。従って実際には、押し売りしていても、その証拠がなければ「押し紙」ではない。

これに対して大多数の人々は、販売店で過剰になっている新聞全般を指して、広義に「押し紙」と呼んでいるのだ。社会通念から単純に判断して、販売予定のない商品を仕入れるバカはいないので、残紙はおそらく押し売りの結果に違いないという推測に立って、「押し紙」と呼んでいるのである。

「押し紙」問題の本質は、この部分である。公称部数を偽っていることが最大の問題なのだ。

判決の論理が飛躍していると感じる原因は、「押し紙」についてのさまざまな考えが存在して、それが議論の大きなテーマになっている時代に、木村裁判官が、読売の優越的地位の濫用を認定した第一次真村裁判の判例を捻じ曲げたあげく、「押し紙」は存在しないと自分勝手に決め、それを前提にして、真村さんの解任理由にこじつけている点である。

木村裁判官の論旨からいうと、真村氏や弁護団が、取材の中でわたしに対して、「押し紙」の存在を主張し、情報を提供したことが「幇助」に該当することになる。かりに「押し紙」の存在を否定していたなら、「幇助」には当たらないことになる。

これは恐ろしい論理である。取材中の発言内容によっては、店主を解任しても許されることになる。憲法21条(1.集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。)は、取材中に自分の考えを述べる権利を保障しているはずだが。これでは、取材の中で「押し紙」の存在を肯定した者は、罰せられても仕方がないということになる。(続)

2013年07月10日 (水曜日)

下に引用したのは、第2次真村裁判の控訴審で、木村元昭裁判長が下した判決の核心部分である。読売によるYC広川(真村さん経営)に対する強制改廃を正当と認めた理由である。

被控訴人(読売)の指摘する黒薮の記事等には、別件訴訟における控訴人(真村)の主張のほか、被控訴人(読売)が、販売店に押し紙を押し付け、それが大きな問題となっていることなどが記載されているが、押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない(かえって、控訴人は、平成13年には、現実には読者が存在しない26区という架空の配達区域を設けていたところ、これを被控訴人[読売]も了解していたと認めるに足りる証拠はない。)。そうすると、控訴人において、被控訴人による違法不当な行為の存在を指摘することが容認される場合があるとしても、本件は、これに当たらないというべきである。

 そして、控訴人(真村)や控訴人代理人(江上弁護士ら)が、上記のような記事の執筆に利用されることを認識、容認しながら、黒薮の取材に応じ、情報や資料の提供を行ったことは明白であり、控訴人は、少なくとも、黒薮の上記記事等の掲載を幇助したというべきであるから、たとえ控訴人自身が、押し紙等の批判をウェブサイト等を通じて行ったものではないとしても、その情報や資料の提供自体が、被控訴人の名誉又は信用を害するというべきであり、本件販売店契約の更新拒絶における正当理由の一事情として考慮し得る 。

ここに示した解雇理由には、いくつかの重大な問題が含まれている。わたし自身、本稿を執筆する段階で、これまでに自分が書いた読売関連の記事を再検証したわけではないので、断定的なことは言えないが、事実を踏まえずに頭の中ででっち上げた判決の可能性が高い。

まず、あらかじめ判決を検証する大前提をおさえておこう。真村裁判は1次と2次に区別される。1次は、2001年から07年。07年12月に真村さんの勝訴が最高裁で確定した。最高裁が店主としての地位を保全したのである。

その半年後、2008年の7月末に読売がYC広川に対する強制改廃を断行して第2次裁判となったのである。つまり、第2次裁判で検証対象になった時期は、2008年1月から7月の7カ月である。この7カ月の期間に、真村さんが解任されるに値する不祥事を起こしたか否かが、法廷で争われたのである。

◇具体的にどの記事を指しているのか?

まず、第1に問題になるのは、次の記述である。

被控訴人(読売)の指摘する黒薮の記事等には、別件訴訟における控訴人(真村)の主張のほか、被控訴人(読売)が、販売店に押し紙を押し付け、それが大きな問題となっていることなどが記載されているが、押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない

木村裁判官が言う「黒薮の記事等」とは、具体的にどの記事を指しているのか分からない。2008年1月から7月までの間に公表された記事ということになる。木村裁判官は、明確に記事を特定すべきだった。少なくとも、証拠として読売が提出した記事の号証を示すべきだが、それも見当たらない。

この点については、現在、最高裁に情報公開請求のかたちで問い合わせているので、開示された時点で、追及を再開したい。第3者の裁判の判決で、名指しで誹謗中傷されたわけだから、当然の対処である。

◇『26区』問題の蒸し返し  

第2の問題点は、既に真村さんの地位保全が確定した第1次裁判の判例を持ち出し、我田引水に解釈を捻じ曲げ、それを根拠に改廃理由に認定していることである。(括弧)でくくった次の記述である。

(かえって、控訴人は、平成13年には、現実には読者が存在しない26区という架空の配達区域を設けていたところ、これを被控訴人[読売]も了解していたと認めるに足りる証拠はない。)

26区というのは、「押し紙」(偽装部数)を事務処理するために、真村さんがパソコン上に設置した架空の配達地区である。新聞の商取引では、「押し紙」が存在しないことが暗黙の了解になっているので、帳簿上に架空の配達地域と読者を設け、そこに新聞を配達しているかのように偽装して経理処理をすることがある。真村さんがこの方法で「押し紙」の処理(虚偽報告)をしていたことは事実である。

しかし、1次裁判の高裁判決(最高裁が認定)では、この「26区」問題について、次のように読売を批判しているのだ。

しかしながら、新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。(略)

このように、一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである

第1次裁判の高裁判決では、「26区」の問題は、真村さんよりも、むしろ読売の側に責任があると判断しているのである。最高裁も、この判例を認定している。ところが、木村元昭裁判官の判決では、十分な検証もしないまま、真村さんに非があるかのように、変更しているのである。

最高裁の判例を変更することが悪いとは言わない。しかし、変更するためには、十分な検証作業が必要ではないか。

それに第2次裁判の目的は、2008年1月から7月の限定された時期に、真村氏を解任する正当な理由があったか否かを検証することである。と、すれば、「26区」問題が、第2次裁判で持ち出されていること自体が不可解だ。

◇ 「押し紙」は本当に存在しないのか?

なお、判決は、「押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない」と述べているが、「押し紙」の定義を曖昧にして、このような論理構成は成り立たない。販売店の店舗で過剰になった新聞を「押し紙」と呼ぶのか、それとも新聞社が販売店に押し売りした証拠がある新聞を意味するのかで、全体像が異なってくる。

とはいえ、「押し紙」の有無については、まず、最初に自分の目で現場を見ることから考察すべきだろう。その意味では、次のサイトなどは随分参考になるのではないだろうか。日本の新聞業界の実態を如実に撮影している。(続)

2013年07月09日 (火曜日)

仮処分裁判で完全勝訴し、本訴で完全敗訴。これが第2次真村裁判で原告・真村さんに突き付けられた司法判断である。仮処分裁判の1審から3審までに要した時間と、本訴の地裁で要した時間は、ほぼ同じである。約2年半である。

裁判所へ提出された証拠や書面、争点や主張にもほとんど違いはない。ところが判決は仮処分裁判と本訴で180度異なる内容だった。

この事実ひとつを見ても、日本の裁判所がいかに頼りないかを物語っている。裁判官の主観で判決がどうにでも作成できることを物語っている。本来、小泉内閣主導の司法制度改革は、民事裁判を最優先して改革する必要があったのだが。