2013年09月06日 (金曜日)

NTTドコモのウエブサイトに次のような記述がある。おそらく同社の株主を対象とした情報ではないかと思うが、誰でもアクセスできる。

(12)無線通信による健康への悪影響に対する懸念が広まることがあり得ること

世界保健機関(WHO)やその他の組織団体等、及び各種メディアの報告書によると、無線通信端末とその他の無線機器が発する電波は、補聴器やペースメーカーなどを含む、医用電気機器の使用に障害を引き起こすこと、ガンや視覚障害を引き起こし、携帯電話の使用者と周囲の人間に健康上悪影響を与える可能性を完全に拭い切れないとの意見が出ております。

無線電気通信機器が使用者にもたらす、もしくはもたらすと考えられる健康上のリスクは、既存契約者の解約数の増加や新規契約者の獲得数の減少、利用量の減少、新たな規制や制限並びに訴訟などを通して、当社グループの企業イメージ及び当社グループの財政状態や経営成績に悪影響を与える可能性もあります。

また、いくつかの移動通信事業者や端末メーカーが、電波により起こり得る健康上のリスクについての警告を無線通信端末のラベル上に表示していることで、無線機器に対する不安感は高められているかもしれません。研究や調査が進むなか、当社グループは積極的に無線通信の安全性を確認しようと努めておりますが、更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。

(アクセス先=ここをクリック)

引用した記述の最後の部分に注目してほしい。「更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。」と述べている。少し回りくどい表現だが、端的に言えば、「今後、電磁波による人体影響に関する調査や研究が進めば、両者の関連性を示す証拠が明らかになる可能性がある」と、言うことである。

NTTドコモは、なぜ、携帯電話やアイフォンの販売にマイナス要因として働く情報を、自社のウエブサイトで公表しているのだろうか。この記述の存在に気付くひとは、ほんの一握りではないかと思うが、それでも明確にマイクロ波による健康リスクを明記しているのである。その理由として考え得るのは、訴訟対策である。

欧米では、携帯電話と脳腫瘍の関連性が指摘されている。疫学調査では、ほぼ関連性が否定できないレベルにまで調査が進んでいる。当然、日本でも訴訟のリスクは高まっていく。

裁判になったとき、自社のウエブサイトでリスクを明記していれば、携帯電話の危険性に警告を発してきたという一応の「アリバイ」になる。こうした事情を考慮して、マイクロ波のリスクを公表しているのではないだろうか。

◇基地局周辺の住民は「モルモット」

しかし、別の問題がある。携帯電話やアイフォンを使うか否かは、住民が自分の意思で選択でき、たとえ電磁波が原因で病気になっても自己責任であるが、携帯基地局の周辺に住む住民は、容赦なくマイクロ波を浴び続けることになる。無線通信機器とは無縁な幼児や高齢者まで、巻き込まれてしまう。

しかも、無線で送信する情報量が増えるにつれて、基地局から発せられる電波の出力も高く再設定される傾向がある。それだけ健康リスクも高くなる。

NTTドコモに限らず電話会社は、政府が定めている電波の安全基準(電波防護指針)を守っていることを理由に、基地局の操業を正当化しているが、ドコモ自身が認めているように、「更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証」はないのが実態である。それに日本の電波防護指針は欧米に比べて、1万倍も10万倍も緩やかで、実質的には規制になっていない。

そうすると基地局周辺の住民は、「モルモット」扱いにされていることになる。基地局問題が重大な人権問題であるゆえんである。ただ、広告収入に依存したマスコミがそれを繰り返し報じないために、大半の人は、自分たちが置かれた状況を認識していない。

◇脳や生殖器にどのような影響が現れるのか?

広義の電磁波、あるいは放射線の分類は次のようになる。

【電離放射線】

原発のガンマ(γ)線、病院で使われるエックス(X)線 など・・・・

【非電離放射線】

太陽の紫外線、可視光線、携帯電話や電子レンジのマイクロ波など高周波電磁波、送電線や家電の低周波など・・・

これらはいずれも電磁波、あるいは放射線の仲間である。  電離放射線の危険性は、既に常識として定着している。

これに対して非電離放射線は、人体影響がないというのが、長い間の定説だった。ただし、紫外線の危険性は多くの人々が常識として知っいる。

ところが1980年代ごろから、非電離放射線も人体影響があるとする説が有力になってきたのである。携帯電話のマイクロ波についていえば、2011年、WHO傘下の国際癌研究機関が発癌の可能性を認定した。携帯基地局の周辺で、健康被害が相次いでいることは、今や周知の事実である。

が、問題は依然として非電離放射線をめぐる研究・調査は途上にある点だ。従って通学電車の中で、スマートフォンを使って勉強している高校生が、たとえば40歳になったときに、脳や生殖器にどのような影響が現れるのかは誰も知らない。

あるいは、基地局からのマイクロ波を1日24時間にわたって浴びた幼児が成人したとき、人体にどのような影響が現れるかは、誰も知らない。「みんなが気にしていないから、大丈夫」と思っているに過ぎない。

日本の裁判所は、住民の命を守ってくれない。それゆえにドコモが自社のウエブサイトで警告している次の言葉を忘れるべきではない。

? 更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。

情報提供先:xxmwg240@ybb.ne.jp?????? TEL:048-464-1413

 

2013年09月05日 (木曜日)

第二東京弁護士会は、9月2日付けで、2010年1月にわたしが喜田村洋一弁護士に対して申し立てた弁護士懲戒請求を棄却する決定を下した。主文は次の通りである。

対象弁護士につき、懲戒委員会に事案の審査を求めないことを相当と認める。

この懲戒請求事件を担当したのは、第二東京弁護士会・綱紀委員会第2部会の秋山清人弁護士らである。

わたしが懲戒対象にした喜田村弁護士は、ロス疑惑事件の三浦和義被告や薬害エイズ裁判の安部英被告を無罪にした人権派弁護士として有名だ。日本を代表する人権擁護団体である自由人権協会の代表理事も務める。また、読売新聞社の販売政策を一貫して支援して来ており、同社に「押し紙(新聞の偽装部数)」は1部も存在しないと主張している。

このようなある種の詭弁を裁判所が認定したことで、裁判に敗訴し、人生を狂わされてしまった販売店主やその家族も複数いる。

第二東京弁護士会の秋山弁護士らが下した決定の評価については、内容を再検証した上で、後日、わたしの見解を明らかにするが、以下、議決書を読んだ率直な感想を述べてみた。従って公式の見解ではない。

事件の概要につては、次の記事を参考にしてほしい。

http://www.kokusyo.jp/?p=2593

◇ 読売の販売政策を支えてきた喜田村弁護士

第2東京弁護士会が下した議決書によると、同会が喜田村弁護士を懲戒請求から救済した根拠としたものは、わたしと読売の間で続いてきた裁判の判決である。両者の間には、2008年から次の裁判があった。???の裁判は、読売が原告で、わたしが被告である。(ただし?については、『週刊新潮』も被告)?はわたしが原告で、読売が被告だった。

?著作権裁判:地裁、高裁、最高裁でわたしの勝訴。

?名誉毀損裁判1:地裁と高裁でわたしが勝訴。最高裁では、裁判所が全員一致で読売を逆転勝訴させる。

?名誉毀損裁判2:地裁、高裁、最高裁で読売が勝訴。

?損害賠償裁判:地裁と高裁で読売が勝訴。現在、最高裁で継続中。

?の損害賠償裁判は、読売が提起した???の裁判が、わたしが続けてきた「押し紙」報道などに対する「一連一体の言論弾圧」という観点から、損害賠償を求めたものである。メディアであれば、言論で対抗するのが当たり前だが、読売は、裁判攻勢をかけて、総額約8000万円の損害賠償を求めてのである。

これらの裁判に、読売の代理人としてかかわってきたのが、喜田村洋一弁護士である。

◇?弁護士倫理という観点からの検証の視点は不在

秋山弁護士らが裁決の根拠にしているのは、???の裁判で下された判決である。特に重要なのは、?。?の高裁判決が、読売と喜田村弁護士が行ったことは、言論弾圧に該当しないと結論づけた。それを根拠として、喜田村弁護士を処分する正当な理由はないと判断したのである。

?の裁判は、読売が敗訴しているが、それにもかかわらず、秋山弁護士らは、判決の中で喜田村弁護士に好都合な部分を取り上げて、「喜田村救済」の根拠づけにしている。

繰り返しになるが、詳細な見解については後日、明らかにする。それを前提に、以下、率直な感想を述べてみよう。

まず、議決書は、弁護士の団体としての視点から、喜田村弁護士の行為を検証した結果ではなく、???の裁判における判決を根拠にして、喜田村弁護士を救済した内容になっている。そこには喜田村氏の行為を、弁護士倫理という視点から検証しようという熱意が全く感じられない。自分の頭で考えずに、裁判所の判決に大きく依存しているのだ。

  ■この事件では、読売の江崎法務室長がわたしに送りつけた催告書の著作物性がひとつの争点になっている。しかし、弁護士倫理という観点からすれば、それ以前の問題として、催告書に書かれている内容が、弁護士倫理とは相いれない怪文書に該当しないか否かを検証しなければならないはずだ。そこに記された内容を度外視して、文章の形式だけを論ずるのは、木を見て森を見ないに等しい。

催告書の内容は、江崎法務室長が作成して、わたしが新聞販売黒書に掲載した次の文章が江崎氏の著作物であると述べている。江崎個人の著作物であるから、削除せよと。削除しないのであれば、刑事告訴を含む法的手段を考慮すると。

前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。 当社販売局として、通常の訪店です。

この文書が著作物であるがゆえに、新聞販売黒書から削除するように求め、それをわたしが拒否すると、実際に裁判を起こしてきたのである。  しかし、著作権法でいう著作物の定義は次の通りである。

 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

よほど偏屈な法解釈をする者は別として、普通、誰が判断しても、上記の回答書は著作物に該当しない。当然、削除の対象にならない。それにもかかわらず催告書を送付して、著作権法を理由に、削除を求めたのである。これが他人を著しく愚弄する行為であることはいうまでない。自分が法の専門家で、素人に著作権法の知識はないという、思い上がったエリート意識の裏返しである。

わたしが催告書を怪文書であると主張してきたゆえんである。

改めて言うまでもなく、この催告書の内容を喜田村弁護士が知っていたことはいうまでもない。?の裁判の判決で、知財高裁は、催告書の作成者を喜田村弁護士と認定したのである。

(参考:「だれが催告書の作者か?高裁の認定部分)

ちなみにわたしは最近、喜田村氏が作者とされる催告書の中で言及している文書(問題の起点となった江崎氏作成の文書)が著作物ではないことを知っていた事実を示す新証拠も入手している。これについては後日、公開する。

弁護士職務基本規定は、弁護士による次のような行為を禁止している。

【75条】弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

今回の懲戒請求の審理は、約2年半にも及んだ。通常は、半年ぐらいで決定を下す。2年半にも及ぶ審理を行ったわけだから、第2東京弁護士会として、自分たちの頭で考え、弁護士の倫理を高める観点から、自分たちの視線で、わたしの申立を審理するものと思っていた。が、結果は、裁判所の判決を借りて、喜田村弁護士を救済したことになる。

第2東京弁護士会と裁判所が、協調関係にあることも大きな問題だ。

この程度の内容の議決書であれば、2年半の歳月を何に費やす必要があったのだろうか。しかも、秋山弁護士らが重要な根拠としている?の裁判の判決は、現在も最高裁で継続中である。結論はまだ出ていないのだ。最高裁で判決が逆転(現在の司法界の体質では、実際には、まず、ありえない)すれば、決議内容も見直さなければならなくなってしまう。

なぜ、今の時期に裁決を下したのだろうか。

このような重大事件の懲戒請求が認められないとなれば、ある文書類の名義を偽って、それを前提に裁判を起こして、著作物性(著作者人格権)を主張しても、罰せられないことになる。今後、日本の司法は破滅にむかいかねない。

当然、60日以内に日弁連に対して異議を申し立てることになる。

議決書は、なるべく多くの弁護士に読んでほしいと考えている。

2013年09月04日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

新部長が赴任したのは、7月1日です。私は、「完全に、建設省のウソは解明した。証拠も万全だ。説明したい。早く検討会を開いて、報道開始のゴーサインを出して欲しい」と、デスクを通じ即座に申し入れました。

しかし、部長は「とにかく今は忙しい。しばらく待て」の一点張りなのです。確かに新しい部長が来ると、直後は各方面の役所や団体などへの挨拶回りで、多忙な日程が組まれます。しかし、新聞社は何と言っても、報道・記事が大事です。重要な報道が正念場を迎えていたなら、何を差し置いても、そのことから優先的に進めていくのは、これまでの部長なら誰でもしていたことです。

◇「その話なら、おめぃの激励会も兼ねて・・」

「どうも様子がおかしい」と、思い始めたのは、その時からです。ただ、部長が「忙しい」と言う以上、待つしかありません。もう赴任して半月余りが経った頃です。やっと部長から私に「話がある。社に戻れ」と連絡がありました。

「やっと検討会を開いてくれる気になったのか」と、私は勇んで戻りました。でも、「ちょっと内緒で」と、別室に呼び込まれました。部長はうやうやしく「君には、9月から東京本社政治部に行ってもらうことになりました」と、言い渡しました。

もちろんこの話は前にもこの欄で書いたように、その年の正月前後に前部長から聞かされていたことです。だから私は、何とか早く河口堰を記事にしなければと、急いでいたのです。でも、部長はさも自分の努力の結果かのように、人事に恩を売る口ぶりでした。

9月転勤が本決まりなら、連載を実現するまでには、なおさら時間はありません。私は、人事の話はそそくさに、「とにかく、前からお願いしている河口堰報道の打ち合わせを」と、迫りました。

しかし、部長は「その話なら、そのうちゆっくり聞く。そうだ。今月末に人事発表の部会がある。そのあと、おめぃの激励会も兼ねて、飯を食いながらでも聞こうじゃないか」と、言ってきました。

最初はうやうやしく私に「君」を使いました。しかし、この部長は、もともと部下のことを「おめぃ」呼ばわりすることでも、社内で有名でした。新聞記者の言葉遣いは、私も含めて決して褒められたものではありません。しかし、朝日広しと言えども、部下に「おめぃ」呼ばわりする部長は、他にはいませんでした。

「なるほど、社内の評判通りだった」と、内心思いましたが、そんな言葉に腹を立てている余裕はありません。「それでは遅い。建設省にもかなり当たっています。一刻も早く、記事にしたい。調査報道のプロなら、いかにタイミングが大事か、お分かりでしょう」と、説得はしました。しかし、「今は忙しい」の一点張りです。

◇東京本社・政治部へ厄介ばらい

また、待つしかありません。7月末、人事発表の部会も終わり、私の政治部異動も知らされました。同僚、後輩には「何で県警キャップが今更、政治部?」とのいぶかる声もありました。中には「河口堰報道の中止と政治部転勤を引き換えにしたのではないか」という、嫉妬半分の心ないウワサも出ました。

でも、それが目的なら、もともと春の異動でほぼ決まっていたものを、何も9月まで延ばさず、取材が完了する前にさっさと転勤させれば済むことです。でも、「年初から話があって…」などと、人事の内情を社内で話すのは、ご法度。ウワサに私は耳を塞ぎ、ひたすら「河口堰報道を早く」とだけ、部長に訴え続けました。

8月に入り、やっと私には「打ち合わせ会」のつもりの、部長、デスクも出席する「激励会」が開かれました。これまでに収集した河口堰資料のうち、めぼしい資料のいくつかを取り出し、予定稿などとともに紙袋に入れ、会社近くの小料理屋に向かいました。

しかし、食事しながらの話で、詰まるはずもありません。私が本題に入ろうとしても、部長は「政治記者になるなら、参考になる」と、さも親切心のように調査報道で知りあった政治家の話を始め、はぐらかそうとしました。何とか引き戻し、私はひと通りの説明はしたつもりです。でも、それ以上の進展はあるはずもなかったのです。

◇追及を放棄した朝日のジャーナリズム観

社内に戻った私は、デスクともう一度話をして、「どうしたら記事になるのか。条件を詰めてほしい」と、頼みました。

「激励会」では、反論に会うからでしょう。部長は私の前では何も語りませんでした。しかし、デスクによると、部長は「建設省は新しい粗度係数が正しく、『今の長良川で洪水の危険がある』と反論して、非を認めていない。計算方法も建設省と同一だと、誰が保証するのか。とにかく相手が非を認めないものは駄目だ。すべてこちらのデータを相手に示し、建設省が非を認めたら記事にしてやる」と、言っているとのことでした。

しかし、考えてもみて下さい。新聞社が疑惑を指摘して、取材の最初からすんなり「悪うございました」と、非を認める素直な政治家や役所・企業がどれだけあるでしょうか。調査報道の標的にされた相手は、組織の存亡にかかわる死活問題に直面します。ほとんどの相手は、理屈になろうがなるまいが、すぐには認めず、反論して来ます。

そこを乗り越えるのが調査報道です。いかに社会悪を追放し、政策変更に繋げられるか。私は調査報道とは、読者・国民を巻き込む劇場型でなければならないと、常々思っていました。

取材したものが真実だと新聞社として確信出来れば、記事にします。相手の反論は談話の形にし、同時に掲載しておくのです。実はこれが調査報道劇場の幕開きです。相手が憎々しげに反論してきたところで、出鼻をくじくように数々の証拠・証言を小出しにしながら、相手のウソを暴く続報を書いて追い詰めて行きます。だから、私はその時のために前述の通り、10本もの続報を書き溜めておいたのです。

◇部長が必死に記事止めする理由は無くなったはずだが・・・

劇場全体がクライマックスに達したところで、決め手になる決定的な証拠を示し、報道と相手側の反論のどちらが真っ当か、観客である読者・国民に判断してもらいます。公開の劇場だから、相手の反論のウソ・矛盾は、すぐに観客にも判断出来ます。劇場はブーイングに包まれ、相手も観念。「悪うございました」と、公衆の面前に謝罪させてこそ、社会浄化・政策変更に繋がる成果が出せます。これでこそ、調査報道なのです。

何よりこの部長自身、数々の調査報道もその手法で進めています。私は「部長自身、記者時代、相手が非を認めなくても記事にしているではないか。最初から、すべての手の内を建設省に示せなどとの指示は、報道を潰すのに等しい」と、反論しました。

しかし、デスクは部長が屁理屈をこねてでも、記事にしないつもりだと分かっていたのでしょう。「相手が認めるまで記事にしないと、部長が言っている以上、あとは何を言っても無駄だ。指示に従い、これまでの取材で集めたこちらのデータ・手の内をすべて建設省に示し、相手側が認めるかどうか、とにかくやってみるしかない」と、戸惑いつつ答えました。

私は、「建設省の記者会見の手の内を完全に解明したら、載せてくれる約束ではなかったのか」とも食い下がりました。しかし、最後はデスクも「それは前部長時代のことだ」と、あくまで強硬でした。

私としても、何とか異動までに記事に仕上げなければ、名古屋から離れられません。部長命令がどんなに無茶でも従い、何とか異動までに記事に仕上げる以外になかったのです。

もう、転勤まで2週間余り。私は建設省取材を再開、まず学者に計算してもらった1990年2月の水位図と建設省が私の取材対策のため4月に算出した粗度係数で描いき出した水位図を比較、「描く水位の相違は粗度係数の違いだけによるものか」と、質問しました。

建設省からは「あなたが私たちの行政マニュアルである『河川砂防基準』を穴が開くほど読まれ、勉強されたのは、よく分かっています。計算式は、その中でお示ししていますので、その式でやられた計算なら、結果は誰がやっても同じです。

相違は言われる通り、係数の違いだけです」との言質を取りました。これで部長が記事を止める理由の一つとした「計算方法も建設省と同一だと、誰が保証するのか」に対し、建設省自身が「計算方法は同一」と、保証してくれたのです。つまり、部長はこの理由をもって、記事を止める理由はなくなったことになります。

あとは、90年4月の作り出した係数の値が、「実はまともなものではなく、私の取材対策のためのデッチ上げ言い訳係数ではないか」との私の追及に、建設省がどう答えるかです。

案の定、部長は建設省のこの言質だけでは、「建設省は『係数値が違う』と言って、『長良川は安全』とは認めていない」と、記事化を認めませんでした。私は翌日、1988年に言い訳でない本当の安八水害時の係数の値が記載されている建設省発行の記念誌『木曽三川』をカバンに忍ばせ、取材で出掛けました。まだ、私が『木曽三川』の存在を知っているか、相手も疑心暗鬼になっている時です。

◇へりくつに終始する建設省

取材のやり取りはざっとこんな具合です。

?――この前、6月の私の取材で示された係数が唯一の値」と言われたが、本当にこれ以外にないのですね?

「あるとも…、ないとも…」

10分ほど、こんな押し問答を続けた後、私はやおらカバンから『木曽三川』を取り出し、机の上にドンと置きました。「何を口ごもっているか、最初から分かっている。あなたたち自身で発行したこの記念誌に、あなた方が『唯一の値』と主張する係数とは違う値が、堂々と載っているではないか」と、目次を開き、大見得を切りました。

それでも「確かに、安八水害の後、一度、この粗度係数は算出し、『木曽三川』には載せました。しかし、もともと、1波目から算出したこの係数の値は低過ぎ、最初からおかしいと思っていました。だから、一度も治水計算に利用したことがないのです」と、苦しげな表情で答えました。

「それなら、なぜ、『木曽三川』に載せたのか」「『低過ぎる』根拠は」「駄目と分かっていたなら、なぜ、計算し直さなかったのか。堂々と『木曽三川』に載せているのは何故か」と、私は、矢継ぎ早に質問し、追い打ちをかけました。

相手からは、「とにかく、この時は、この数字しか……」「前にも言ったように、1波目で計算していたが、4波目で計算するのが妥当と……」「なぜ、『木曽三川』に載せたか、私には分かりません……」などと、しどろもどろの答えが返ってくるばかりです。

――「4波目で計算しないと……」と言われたが、『木曽三川』のこの部分をよく読みなさい。1波から4波の96時間を「計算期間」としている。最初から波目も考慮に入れているではないか?

「まぁ、とにかく、今回、4波目で計算したら、こうなるということで……」

――4波目は推定流量。「実測」がマニュアルの決まりだ。「推定」ならいくらでも、操作可能だ!

「お分かりの通り、4波目は流量が測れていなかった。4波目で計算しなければならない以上、流量を『推定』するしかありません。そこから今回は、係数を導き出したということで……」

――流量の推定方法は極めてアバウトだ。正確な粗度係数を求めるのに使う手法ではないことは、水理学の常識ではないのか?

「実測流量がない以上……、これを使う以外になかったということです」

――私たちが取材を始めたから、言い訳の係数を急遽、デッチ上げたのではないのか?

「いゃ?、そんなことではなく……。たまたま時期が一致したということで……」

――新たな係数値では、隣接する木曽、揖斐川の値に比べ突飛に高くなる。もともと流れが交差、一つの川だったはずだ。長良川だけ高いのは不自然だ!

「とにかく高くなるものは、高くなるとしか……」

――長良川では河川改修を続けてきたにもかかわらず、新しい値は、以前より高く、わざわざ建設省は改修で長良川を流れにくく、危険な川にしてきたことになる。どんな改修をしたのか?

「そうなるとしか……」 もう、しどろもどろ。私は前述したように、このやり取りを調査報道劇場の幕を開けた後、読者から見える公開の場でしたかったのです。それでも相手とは、了解を取り合い、この一問一答はすべて録音してあります。

◇官僚「ここだけは読んでもらっては困ります」

浮き足立った相手なら、普段は絶対出さない資料でも追い詰められて、出すことがあります。私は、ここで手綱は緩めず、聞いていた『木曽三川』記載の係数を実際に算定した『コンサルタント報告書』を要求しました。報告書には、流量水位曲線を使い、4波目の流量は、「1波目とほぼ変らない」との記載があることは事前の取材で、私は知っていたからです。

しかし、そこはさすがにキャリア官僚です。追い詰められても、なかなか出しません。小1時間も「出せ」「出せない」で、押し問答を続け、「建設省は最初の係数は、『計算方法に問題があった』としている以上、本当に問題があるかどうか、コンサルの報告書を読めば分かる。税金を使って作った報告書だ。何故出せないのか」と迫ると、渋々出すことに応じました。

でも、「出す」と言ってからも、しばらく裏でゴソゴソ。やっと出てきた報告書を読むと、コンサルでは、『河川砂防基準』通りの極めて正当な方法で、係数の値を求めていたのが分かりました。でも、ページをめくっていくと、一部、ざら紙で封をして、読めないようにしている部分がありました。

「何故」と聞くと、「ここだけは読んでもらっては困ります」との返答です。また、「見せろ」、「見せない」で、押し問答になりましたが、絶対に封を破ることを許しませんでした。裏でゴソゴソしていたのは、封をするこの作業だったのです。

しかし、私は事前の取材で、この部分に何が書かれているかは、とっくの昔に知っていました。「4波目の流量も1波目は、ほぼ変らず、安八水害の係数の値として、1波目のデータを4波に当てはめてもいい」との水位流量曲線を使った検証結果から詳しく書かれ、1波目が正しいことが自ら認証した最も肝心な部分だったのです。

建設省とはどこまでも往生際の悪い役所です。「すべてお見通しだ」と、言ってやろうかと思いましたが、今回は、「ざら紙で封をした部分は見せられない」との言質を取って、そのまま引き揚げることにしました。

何故なら、このやり取りの録音を聞けば、朝日に限らず、何処のメディアでもごく当たり前に記事にします。いくらなんでもこの部長も、記事にすることを許さない訳には行かないだろうと、思ったからでもありました。

報道を開始すれば、世間の建設省に対する風当たりはさらに強まります。いやでもコンサルタント報告書は、出さざるを得なくなるからです。その時、「最も肝心な部分は封をして記者に見せなかった」と報じれば、ますます建設省を袋小路に追い詰めることが出来ます。

◇腐敗した建設省追及から逃げた調査報道の「神様」

しかし、この部長にそんな常識は通じませんでした。「相手の論理矛盾は明らかだ。報道を開始できる状況に十分ある」と、テープをもとに説明しても、記事化を一切認めませんでした。

「建設省は現状の長良川が『治水上、安全』とはっきり認めた訳ではない。認めていない以上、今すぐ記事には出来ない」「おめぃは、もう、転勤間近だ。この報道は長期戦なる。転勤前の記者にまかせる訳にはいかない。とにかく後は、引き継げ」。建設省同様、またも理屈にならない屁理屈を部長は並べ立てたのです。

私は、取材経過のすべてをもう一度話し、記事の裏付けがこれほど十分な調査報道のないことを何度も何度も主張し、食い下がりました。しかし、後は何を言っても、「引き継げ」の繰り返しです。「原稿にまだ取材不足がある」と言うなら、まだ「どこが不足か」などと論争のしようはあります。でも、「引き継げ」では取りつく島もなかったのです。デスクはお手上げの表情でした。

「あいつは、転勤だ。いなくなれば、何とでもなる。何を言ってきても議論を平行線にして、一切記事にさせるな」との指令が、部長の赴任直後からデスクに出ていたという話を聞いたのは、ずっと後のことでした。

政治部への異動で東京本社に向かう新幹線の中でも、私は後ろ髪を引かれました。でも、記者もサラリーマン。異動が会社命令である以上、受け入れざるを得ません。「引き継げ」と言われた以上、精魂込めて書いた予定稿や取材資料をデスクに託し、名古屋を離れるしかなかったのです。

その後、この仕事を引き継いだはずの若い記者には、取材中止が言い渡されたと、東京で聞きました。託したはずの予定稿は、跡形もなく消えていました。

申し訳ありません。ここまで書いたところで、今回もまた紙数が尽きました。私は、東京本社でも何とか取材した内容を読者に知らせようと、もがき続けました。しかし結果的には、朝日は私の東京在任中も記事にすることは認めませんでした。

どう止めたか。次回はその経過から書こうと思います。今回も難解な内容で申し訳ありません。これに懲りず、ぜひ次回もご愛読頂ければ幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2013年09月02日 (月曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

いよいよ来年度の予算編成作業が始まりました。参院選で自民が圧勝。恐れていた通り、概算要求では各省庁に上限を示さず、青天井です。一応、公共事業は今年度、10%削減とされてはいます。でも、「新しい日本のための優先課題枠」と言う特別枠が設けられ、3.5兆円まで要求が認められます。

震災被災地への復興費までいろいろ名目を考え出し、流用したのがこの国の官僚です。特別枠に見合う名目など難なく見つけ、公共事業の大復活が目に見えています。来年度、予定通り消費税を増税しても、4.5兆円。その大半が公共事業に食い潰され、借金減らしに回らないまま、また増税と言うことになりかねません。

◇「水害から住民の命を守る」というウソ

これまで4回にわたりこの欄で、多額の税金を注ぎ込み、官僚・政治家が利権目当てに進める大型公共事業の内実がいかなるものだったのか、私が解明しながら朝日が記事を止めたことで、読者・世間の皆さんに伝えることが出来なかった長良川河口堰事業の「真実」について書いてきました。

当時の建設省は水余りの中、もともと利水目的が主だった河口堰事業を、1976年9月の長良川安八・墨俣水害を格好の理由づけに、「水害から住民の命を守る」として推し進めました。でも、この水害での最高水位は、堤防下2メートルに建設省が定めた安全ライン(計画高水位)より、さらに1メートル以上も下。堤防上からは3メートル以上下にしか水は来ていなかったのです。

このことを手掛かりに、実は治水上も堰は必要ないのではないかと考え、建設省の数々の極秘資料を入手。同省の行政マニュアル『河川砂防技術基準〈案〉』通りの結果を打ち出すウソ発見器のパソコンを完成させ、解明を進めました。

その結果、90年に1度(90年確率)の毎秒7500トン(計画高水量)の大水でも、堤防の安全ライン以下しか水が来ないのを、建設省は十分承知しながら公表していなかったのです。しかも、私の取材に気付き、川底の摩擦の値(粗度係数)まで改ざん、長良川を「水害の危険のある川」との偽装工作までしていました。

朝日が明文化している記者に求める仕事の第1は、「権力監視」です。それに何より、ジャーナリズムの基本中の基本は、国民の「知る権利」に応えることです。応えないジャーナリズムはジャーナリズムではないのです。

例え、利権に目がくらんだ官僚・政治家が無駄な公共事業をしようとしても、ジャーナリズムが健全で権力監視の役割りを果たせば、歯止めが出来ます。事実を知らせていけば、やがて国民・住民による自浄作用が働くはずです。

ジャーナリズムが腐敗、監視の役割を放棄すれば権力は野放し、やりたい放題です。実際、長良川河口堰では、朝日は恣意的に記事を止め、「権力の陰謀」を知らすことが出来ませんでした。その結果、工事に「待った」がかからず、その後のバブル崩壊で、「不況対策」の名の下に無駄な公共事業が際限なく続きました。この国が1000兆円を超える借金を抱え、今日の苦境に迎えたのも、そのためだと言えなくもないのです。

◇報道・表現の自由を守る厳しさ

「報道・表現の自由を守れ」は、御念仏のようによく語られます。腐敗したメディアも建前論を言うので、白々しく感じる方も多いと思います。でも、本当に「『報道・表現の自由』を守る」言うことは、抽象論ではなく、国民・住民自らの権利と生活を守ることなのです。ぜひ、私の実例からそのことを分かって戴きたいのです。

私に「『報道・表現の自由』を守る」気概・勇気があったなら、朝日を辞めて、個人でも出来たことだったかも知れません。「何を今更」とのご批判があるなら、甘んじてお受けする以外にありません。その点では、皆様に大変申し訳なく思ってもいます。

古巣を批判するのも、私の勇気のなさを正直に告白するのも辛いものがあります。でも、黒薮哲哉氏が主宰するこのブロクは、「MEDIA KOKUSHO」です。ジャーナリストなら、あらゆる分野でタブーを作らず、知った事実を報告する義務があります。メディア内部の腐敗も例外ではないのです。

どのように朝日が記事を止めたか。拙書「報道弾圧」(東京図書出版)に詳しく書いています。でも、サイトの趣旨に沿い、今回からこの欄でも恥を忍んで概要の報告をして行きたいと思います。それが「報道・表現の自由」と、人々の「知る権利」を守ることに真剣なジャーナリズムがいかに大切か。最も具体的に分かって戴ける早道と考えるからです。

前回のおさらいです。私が取材で解明した建設省の記者会見のウソの系譜・手の内は、時系列・年代で整理すると、以下のようになります。

◇長良川河口堰問題の年表

1962年 建設省は、治水ための必要浚渫量を「1300万トン」、利水からの必要量を「3200万トン」と算出。極秘の「長良川河口堰調査報告書」を作成。

1968年 建設省は「治水」、「利水」を区別することなく、「治水・利水に必要な浚渫量は3200万トン」として、閣議決定に持ち込む。

1972年 「河口堰建設事業」の一環の長良川川底の土砂を浚渫する事業開始(1990年までに900万トンの浚渫と地盤沈下で300万トンの同様効果)。  1976年 安八水害発生。建設省は水余りの中、「治水のために、堰建設は不可欠」と大宣伝を始める。 1984年 安八水害のデータから、コンサルタント会社に依頼して、長良川の最新の現況粗度係数を算出。マニュアルではこの値で直ちに治水計算しなければならない。しかし結果は、最大大水時の水位は完全に安全ラインを下回り、「治水のためには堰不要」との結論になる。公表せず、ひた隠しにした。

1988年 木曽三川の改修100年記念事業として『木曽三川?その流域と河川技術』を発刊。頭隠して、尻隠さずで、安八水害のデータで算出した本物の「長良川の現況粗度係数」を掲載。

1989年 岐阜県は、建設省から渡された72年の河床データと「計画粗度」で計算した水位シミューレーションをパネルにして県庁正面に掲げ、「堰を造らないと、洪水の心配がある」と、住民を説得。

1990年2月 建設省が記者会見。計算根拠を明らかにしないまま、「現況の長良川は最大大水時、水位は安全ラインを1メートル弱上回り、洪水の危険がある。治水のためにあと1500万トン以上の浚渫が必要で、堰は不可欠」と説明。

1990年3月 私たちが取材で、『河床年報』を要求。「不等流計算」され、結果が露見するのを恐れた建設省は、さらなる取材対策のために、新しい「粗度係数」の算出にとりかかる。

1990年4月 新しい「粗度係数」の値を作り上げる。「4.9」の日付でペーパーを作成。この係数で計算すると、安全ラインを上回り、「堰必要」との結論にひっくり返る。 1990年6月 私たちが取材。建設省は「待ってました」とばかり、新しく算出した「粗度係数」のペーパーを示し、「この係数が正しい」として、堰建設の論拠とする。

◇「役所が無茶なウソまでつくとは思えない」

私は1990年4月、社会部長から「建設省も役所だから、無茶なウソまでつくとは思えない」として、補足取材を命じられたことも、前回のこの欄に書きました。

具体的な補充点は、?「治水上必要ない」との結果について、もう少し別の学者の意見を聞き、実名で計算結果を発表してくれる学者を探す?少なくとも,計算結果が,水理学的に正しいとのコメントを出してくれる学者を見つける?建設省がどのような計算をし,記者発表をしたのか。これまでのルートを通じて、その手の内をさらに深く探る――の3点です。このどれか1つでも条件を満たせば、記事にしてくれる約束でした。

私はまず?を満たす学者を見つけました。6月末までさらに取材を続け、いかに建設省が記者会見でウソをつき続けて来たか、建設省が記者会見で並べたウソの根拠も突き止め、前記時系列の通りの手の内をすべて解明しました。?が分かれば、??は蛇足に過ぎません。それに?は、私が入手した極秘資料で全て裏付けられていて、「真実性」の証明も十分です。

6月末に社会部長が異動、私はその間も時間を惜しみ、皮切りになる原稿のほか、その後連日キャンペーンがはれる10本ほどの続報原稿も書き終えました。もちろん水害の危険のない長良川を、あるかのように見せかけ、「治水のため」と強引に堰を着工しようとする建設省の姿を、解明。ウソの系譜・時系列に沿い、読者の皆さんにあますところなく知らせるものです。

自然と人命のどちらが大事か。このようなテーマであれば、意見は様々に分かれます。「自然」に対して思い入れの強い記者が書いた原稿をどう扱うか。朝日の編集方針、組織・上司の考えで、記事にするか否かでは様々な議論になり、正直、上司がブレーキを掛ける時もあります。 しかし、私が求めたのは、そんな次元の問題ではないのです、無駄を承知で建設省は2500億円もの公共工事をしようとしているとの事実を、人々に知らせる記事です。「権力監視」が「ジャーナリズムの使命」で、人々の「知る権利」に応える責務がある朝日なら、当然のこととして紙面を使い、人々に知らせなければならない「事実」です。

◇リクルート報道の立役者・調査報道の神様が・・

前任は、慎重の上にも慎重を期す官僚タイプの部長でした。でも、7月に着任した新部長は、「談合」「公費天国」など数々の調査報道で名を馳せ、何より、未公開株による政官界工作を暴いた「リクルート事件」報道の立て役者、ベテラン調査報道記者でもあったのです

「調査報道の達人なら、私の手法、証拠の万全性は良く分かるはずだ」と、私も期待していました。でも半面、「この人物は何を言い出すか分からない」との一抹の不安も感じていたのです。

何故なら新部長は、内情を知らない若い記者の中には「調査報道の神様」と、素直に信奉する者もいました。しかし、近くで一緒に仕事した人であればあるほど、評判は決して好ましいものではなかったからです。

「○○氏はアンタッチャブル」「あの○○が……」「○○さんのやることなら」……。人・立場によって呼び方は異なっても、華々しい調査報道の戦果とは裏腹にそんな枕詞のつく毀誉褒貶の多い人物です。建設省に強い影響力を持つ大物政治家との親密な関係や、同僚・先輩との聞くに耐えない確執のいくつかは、私も耳にしていました。

何より、私が社内で理不尽な体験をし、その糸を手繰っていくと必ずと言っていいほど影がちらついて見えた当時の社会部畑の経営幹部と、「急接近している」とのウワサも流れていました。

◇愛知県警の裏金問題も闇に葬る

私がこの経営幹部と最初にぶつかったのは、私が殺人や強盗などの凶悪事件を追う愛知県警1課担当の警察記者時代です。その時、東京・社会部からこの部長と並んで調査報道で誉れの高いベテラン記者が愛知県警の裏金資料を持って、名古屋に現れました。

私もその記者とはそれまでも親しい関係でした。「これを記事にしたい」と見せてくれた資料を見ると、警察幹部のよく出入りする飲食店名が並んでいました。私は一目で信ぴょう性が高いと判断、「裏付けを取り、記事にしましょう」と、答えました。

ただ、その時確かに「時期が悪い」と思わないでもなかったことも事実です。当時、警察官から奪った拳銃を使った連続殺人事件など一面で報じる重要事件が目白押しで、取材競争も過熱。一つでも特ダネになる警察情報が欲しい時でした。捜査情報を独占、小出しに報道各社にばら撒き、裏金など警察の痛い腹を、記者たちに嗅ぎまわらせないように報道機関対策をしていたのが県警幹部です。

朝日が「裏金」を記事にしたら、県警幹部の怒りを買い、どんな嫌がらせを受けるかも知れません。少なくとも幹部からの情報は入らず、事件報道で遅れを取ることは覚悟しておく必要があります。

ただ、私は本当に警察の仕事を愛し、出世にも興味もなく、事件の解明だけを純粋に目指す、何人ものたたき上げの刑事(デカ)さんと親しくしていました。

◇「こんなネタは、警察との取引に使えばいい」

こんなデカさんは、幹部の腐敗を常々苦々しく思っています。裏金が記事になり、私や朝日が幹部に嫌われることになっても、その時はこんなたたき上げのデカさんが、私を助けてくれるとの確信もありました。 ? 資料の裏付け取材もほぼ終わり、この記者が記事にしようとした時です。当時、名古屋の編集局長だったこの幹部は、「こんなネタは、警察との取引に使えばいい」と、露骨に記事を止めたのです。

事件取材に正面に立っている警察担当記者として、私は「事件は事件。この問題はこの問題。きちんと記事にすべきではないですか」と、もちろん反論しました。すると、幹部は気色張り、「生意気言うな。これからお前は、事件で他社に抜かれるなんてことは一切ないのだろうな」と、私を一喝しました。

名古屋編集局長は、朝日の取締役に昇任するための最終関門です。幹部は、大事件の報道で遅れを取れば、自分の昇任にも響くと考えていたのかも知れません。

テレビ局も含めて10数社がしのぎを削る警察取材です。5勝5敗なら、よほど優秀な事件記者。3勝7敗、2勝8敗でもまあまあです。全部勝つという自信は、私にもありません。でも、親しいデカさんが支えてくれるので、何とか他社と対等の勝負は出来るとの自信はあります。私は、「裏金を記事にしよう」という主張を曲げませんでした。

幹部は私が抵抗すると、上司の県警キャップやデスクに指示。キャップは、最後は渋々従い、県警幹部のところに出掛けて行きました。よほど嫌な思いをしたのでしょう。キャップは戻っても多くを語らず、県警幹部とどんな話になったのか、私も詳しくは知りません。ただ、裏金が記事として日の目を見ることはなく、先輩は悔しい思いで、東京に帰りました。

◇愛知県政のマスコミ接待取材も没に

2度目は、私が県警から愛知県政へ担当替えとなった時です。「県庁各部署の中に、億単位の裏金を作る仕組みがある。金の使途も、部署ごとにあらかじめ役割が決められている」という県庁の裏金情報を入手しました。

情報には、「マスコミ関係者を接待する金を捻出する部署も、各社ごとに複数ある」「朝日の担当部署で捻出した金は、記者にまんべんなくということではなく、特定の人物が大半を使っている」という話もありました。

もちろん、こんな組織です。朝日の問題に触れたら、記事にしてもらえるはずはありません。県庁全体の裏金にメスを入れれば、朝日への裏金もなくなり、社内浄化も進むだろう……。そんな思いで私は社内にも知られないよう、潜行取材を始めました。ところが、キーマンとなる関係者に当たり始めてまもなくの頃です。社会部長から「遊軍に移って欲しい」と通告され、私は県政担当から突然外されたのです。

県政担当とは、県庁の行政などを追いかけるとともに、選挙取材がもっとも重要な仕事です。総選挙が目前に迫っていた時期です。そんな時に3人いる担当のうち、1人をはずすことは通常考えられません。私は理由を尋ねましたが、「とにかく、とにかく……。悪いな」と言うだけ。それ以上、部長は何も語らず、それ以降、私と会うと伏し目がちになりました。

この時、例の幹部は、編集局長から名古屋本社代表に昇任していました。私は県警の時のように、直接この幹部から怒鳴られた訳ではありませんから、背後にこの幹部がいたと言う確証はなく、そう決めつけるつもりもありません。

ただ、この社会部長は、記者としての華々しい実績は、それまで聞いたことがありませんでした。「幹部が自分の思い通りに社会部を操縦するため、引っ張ってきたのだろう」との部内のウワサや露骨な派閥人事が絶えず、この問題に限らず、「何でも上の言いなり」と、部員の評判は決して芳しいものではなかったのは事実です。

私は、こんなこともあり、飲み屋で同僚・先輩にこの幹部を批判することもありました。でも、その話を幹部にご忠信する人物がいるのも、朝日と言う組織です。

幹部が東京・編集局長に移る時、「俺の目の黒いうちは、あいつは絶対に東京本社には来させない」と言い残したと、当時の上司の一人から聞きました。こんな訳で、私の名古屋本社在籍は10年近くになっていました。

私はウワサ通り新部長がこの幹部と繋がっているのなら、何でもあり。たとえ建前でも、朝日社内でまだ語られている「ジャーナリズムの使命」とか「倫理」と言う言葉さえ、まともに通じる相手ではないと思わざるを得なかったのです。当たり前に記事になるはずのこの河口堰報道もどうなるか。実はこの時から強い不安を感じ始めました。結論から先に言うと、残念ながらこの不安が現実になりました。(後編へ続く)

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2013年08月30日 (金曜日)

神奈川県の海老名市でも、NTTドコモが住民との間でトラブルを起こしている。2011年に同市杉久保4丁目で、ドコモが基地局を稼働させたところ、住民たちの間に体調不良が現れた。住民たちは、「携帯基地局による健康被害を考える会」を結成して、現在も基地局を撤去する運動を進めている。

「杉久保住民の皆様へ」と題するチラシによると、基地局が稼働した後、住民たちの間に頭痛、耳鳴り、頭鳴、睡眠障害、肩こり、吐き気などの症状が現れたという。

幸か不幸か、杉久保地区は住民相互の絆が比較的強い土地柄で、コミュニケーションをはかるなかで、体調の異変が広がっていることに気付いたようだが、都市部では隣のマンションに誰が住んでいるかすらも把握されていないケースがままあり、それが被害の実態を客観視しがたいものにしている可能性がある。体調がおかしくなっても、携帯電磁波の人体影響についての知識がなければ、なにか別の原因が体に異変をもたらしているものと勘違いする。

当然、医師も専門家を除いて、診断の下しようがない。

「携帯電話はだれもが使っているから安全。」「危険なものを総務省が許可するはずがない。」こんな先入観が水面下で被害を拡大しているのだ。

◇電磁波による人体影響  

なぜ、携帯電磁波(高周波)の危険性が認識されにくいのだろうか。その主要な理由のひとつに、電磁波とは何かについての不十分な認識がある。たとえば、原発のガンマ線やレントゲンのエックス線、それに紫外線に遺伝子を傷つける作用があることは、常識として定着している。これらも電磁波の仲間であるが、実際には、放射線と呼ばれることが多い。

これに対して携帯電磁波や高圧電線から漏れる電磁波、さらには家電から漏れる電磁波は、通常は放射線とは呼ばない。しかし、厳密に言えば、ガンマ線、エックス線、紫外線などと比較して、エネルギーや周波数が高いだけで、放射線の仲間である。当然、性質も似ている。

◇原発同様にNTTドコモは一旦、操業停止を  

ガンマ線などは危険だが、俗に電磁波と呼ばれている携帯電磁波(高周波)や送電線や家電からもれる電磁波は、危険がないと考えている人が大半を占めている。しかし、繰り返しになるが、これらは放射線の仲間である。

これらの電磁波(高周波、低周波)は、かつては安全だとする説が有力だった。

ところが1979年に米国のワルトハイマーが、配電線(低周波)の近くに住む人々の間に小児白血病が多いとする研究論文を発表した。これを機に検証作業がはじまり現在では、疫学的には送電線の近くに小児白血病が多いことが定説になっている。日本でもWHOの依頼を受けて、兜博士が調査した。その結果、送電線と白血病、脳腫瘍などの相対関係が裏付けられたのである。しかし、当時の文科省は、これを酷評した。

携帯電磁波(高周波)の危険性が指摘されはじめたのは、改めて言うまでもなく、携帯電話の普及が始まった1990年代以降である。携帯電話が普及し、基地局が乱立し、健康被害を訴える人々が増えた結果、携帯電磁波による人体影響についての研究が活発化したのである。当然、研究に費やした時間が短いわけだから、医学的な因果関係を完全に解明するまでには至っていない。

が、それが「安全」を意味するものではない。これまで実施された疫学調査の結果が、深刻な被害の実態を示している。当然、公害では、被害の事実を優先して、対策を取らなければならないはずだが、日本ではほとんど何の規制もない。

かねてから危険とされてきたガンマ線、エックス線、紫外線などは、「電離放射線」と呼ばれている。これに対して携帯電話に使われる電磁波(高周波)や送電線・家電から漏れる電磁波(低周波)は、「非電離放射線」と呼ばれる。

すでに述べたように、「非電離放射線」は、かつては安全と考えられていた。ころが今は、「電離放射線」と同様に、危険とする説が有力視されてきたのである。

その理由は、極めて単純で素人でも推測できる。「電離放射線」と「非電離放射線」の大きな違いは、エネルギー、あるいは周波数が異なることであって、性質そのものは類似しているからだ。

NTTドコモも「非電離放射線」についての新見解を無視できないらしく、自社の株主向けの情報には、次のように記している。

「研究や調査が進むなか、当社グループは積極的に無線通信の安全性を確認しようと努めておりますが、更なる調査や研究が、電波と健康問題に関連性がないことを示す保証はありません。」

(参考:株主向け情報。(12)参照?)

NTTドコモは、一旦、原発同様に稼働を停止すべきだろう。

2013年08月29日 (木曜日)

東京都目黒区八雲町にあるベネッセ経営の老人ホーム「グランダ八雲」の屋上にNTTドコモが携帯基地局を設置する計画が浮上しているなか、地元の住民らでつくる「携帯電話基地局設置に反対する八雲町住民の会」は、8月26日、目黒区の橋本欣一区議会議長に対して、陳情書を提出した。陳情の内容は、次の3点である。

1、グランダ八雲への携帯基地局設置について、NTTドコモが住民説明会を開催するように区からドコモに対して指導すること。

2、住民の合意を得ないうちは、工事を着工しないようにNTTドコモに対して区から指導すること。

3、区議会として、今後、基地局設置をめぐる電話会社と住民のトラブルを回避するための方法を検討すること。

携帯基地局の設置をめぐる電話会社と住民のトラブルは、2011年にWHO(世界保健機構)の傘下にある国際癌研究機関(IARC)が携帯電磁波を含む高周波電磁波に発癌性がある可能性を認定して以来、全国各地で急増している。しかし、目黒区のケースでは、電磁波問題だけではなくて、健康に不安を持つ高齢者の集合住宅の上に基地局を設置してはばからない電話会社の倫理観にも批判が集まっている。

自民党や民主党の目黒区議もこの問題を重大視しており、住民を支援する方向で動いている。目黒区議会で議題になる可能性が浮上している。

携帯基地局をめぐる電磁波問題は、中央政界でも超党派で住民を支援する動きがあり、山谷えりこ議員(自民)、大河原まさこ議員(民主)、紙智子議員(共産)らが、質問主意書を提出している。中央の流れが、そのまま地方に波及する流となっている。

【参考サイト】

?●山谷えりこ:ホームページ 

●大河原まさこ:ホームページ

●紙智子:共産党機関紙

◆ ドコモに対しては再び内容証明

また、「住民の会」は、8月27日、事前にNTTドコモの加藤薫社長に対して送付していた申入書の回答を催促するための内容証明を送付した。住民側とNTTドコモの間で、電話による交渉は行われたが、文書による回答は、8月29日時点では到着していない。

ちなみに「住民の会」が事前に加藤社長に送付していた申入書の内容は、住民説明会の開催と、住民の合意を得ないまま基地局を設置しないことの2点である。

◆陳情書の全文  

陳情書は次の通りである。

 現在、NTTドコモが目黒区八雲3丁目4番21号にある老人ホーム・グランダ八雲の屋上に携帯電話の基地局を設置する計画を進めています。基地が稼働した場合、わたくしたち周辺住民は、基地局が365日24時間発する電磁波による健康被害の発生を強く懸念しています。

 携帯基地局から発せられる電磁波による人体影響については、2011年5月に世界保健機構(WHO)の傘下にある国際がん研究機関(IARC)も、携帯電磁波を含む高周波電磁波に発癌性がある可能性を認定しました。

また、バイオイニシアティブ・ワーキング・グループ(著名な14名からなる電磁波の人体影響の研究や公衆衛生の政策に関する専門家の集まり)が2013年に、従来の勧告値(0.1μW/?)よりも更に低い、0.0003〜0.0006μW/?という厳しい値を勧告しました。これに対して日本の電波防護指針では、2GHz(主に第3世代携帯電話で使用されている) に対して1000μW/?で、想像を絶する開きがあります。

これは日本の規準が、携帯電話や電磁レンジで使われる高周波電磁波による人体影響の評価について、加熱によるダメージだけを考慮し、加熱以外のダメージ(遺伝子の破壊など)はほとんど発生しないという前提で設定された結果にほかなりません。

しかし、日本全国さまざまなところで、携帯基地局周辺の住民の間に、耳鳴り、不眠、鼻血といった症状が現れ、宮崎県延岡市のように健康被害を理由に住民30名が提訴に踏み切った事例もあります。残念ながら、電磁波による健康被害が発生するリスクがあるという認識が定着していません。

そのため携帯電磁波で体に障害は発生しても、北里研究所病院など、一部の医療機関を除いて、その原因を特定できるとは限りません。その結果、対策が取られないないまま、問題が放置されているのが実態です。

この社会問題は、今後、新しい「公害」として、一刻も早く対峙しなければなりません。

 繰り返しになりますが、電磁波に関する日本の安全基準は、欧米と比べて、きわめて緩やかなものです。また基準値を設定する段階で、基礎資料の根拠となった研究そのものが何十年も前の古いものであるうえに、公害で最も重視される疫学調査を十分に取り込んでいないなどの問題があることも指摘されています。

広範囲で長期にわたる人体影響の懸念が払拭できない場合や、住民が選択の余地なく公害の影響下に置かれるようなケースでは、予防原則にもとづいた対応と、住民への十分な説明、それにコンセンサスの形成が必須だと考えます。公害と健康被害の因果関係が医学的に立証されるまで、携帯基地局の操業を続けることが許されるのであれば、高周波電磁波を被爆する住民は、モルモットということになります。

 基地局設置には住民の健康被害を誘発しかねないこれだけ、大きなリスクが伴うにもかかわらず、NTTドコモは、昨年10月付の形式的な文書による工事内容と日程の通知をおこない、工事について問い合わせた集合住宅■■■の理事会(数名)への説明会はおこなったものの、同集合住宅のその他の住民や一戸建ての住民を対象とした説明会は開いていません。当然、地域住民も基地局の設置には合意していません。

わたしたち地域住民で作った「携帯電話基地局設置に反対する八雲町住民の会」は、八雲地区全体の住民を対象とした説明会の開催を要求していますが、NTTドコモ側は、8月26日の時点では、開催に応じていません。こうした状況の下、わたしたち住民は、工事の強行を警戒して、強いストレスを募らせています。

一度基地局が設置されてしまうと、近隣住民は365日24時間たえず携帯電磁波を浴びて生活することになります。ホームのお年寄り方はもちろんのこと、携帯電話やスマートフォンを利用しない、胎児や赤子、小さな子どもたちも被害を受けます。彼らは外出の機会も少なく最も携帯電磁波の被爆を受ける層です。特に若年層への人的影響を懸念しています。

消費者、ユーザーの利便性のみを優先するのではなく、真に社会的な公共性の観点からも、住民への十分な説明と了解のないままの基地局設置は許されません。このようなことを続けていては、未来世代にまでわたって持続可能な地域社会を作ろうという住民の意欲は失われ、真に民主的かつ共同的な社会は実現できなくなってしまいます。

地域住民とNTTドコモとの間のトラブルを回避するために、わたしたちはNTTドコモに対して基地局設置に際しては、住民説明会を開催して、同意が得られないまま基地局設置工事に着工しないことを求める次第です。

陳情事項 1.グランダ八雲への携帯基地局設置について、NTTドコモが住民説明会を開催するように区からドコモに対して指導をしてください。

2.住民の合意を得ないうちは、工事を着工しないようにNTTドコモに対して区から指導をしてください。

3.今後、基地局設置をめぐる電話会社と住民のトラブルを回避するための方法を検討してください。

◆ドコモに対する回答要請の全文

8月27日付けでNTTドコモの加藤薫社長に宛てた内容証明の全文は次の通りである。

貴社宛平成25年8月8日付弊内容証明郵便参照。本書状に貴社が計画している「グランダ八雲」の屋上に携帯電話基地局設置に関し、多くの地域住民の強い要望に基づき貴社に対し、トラブル回避の観点より住民への説明会の開催及 び住民の合意を得ずして工事を強行せぬよう強く要請しました。

然るに貴社からは本日に至るも何らの返答も無く、担当部署に問い合わせたところ、当方の書状は書面による回答を求めていないので文書による返答をする必要は無いとの発言がありました。

貴社のごとき大企業の担当者が、かかる発言をすることは極めて誠意を欠くものであり、誠に遺憾であると言わざるをえません。当方が要請した二点に関しては、ドコモとしての見解を文書にして回答することは最低限の企業責務であると思料します。

私達「携帯電話基地局設置に反対する八雲町住民の会」には、その後も多くの地域住民より設置による健康不安を訴える声が届いています。

これらの住民の声に対して、貴社として誠意ある対応を改めて強く求めるものであり、今回の当方書状に対しては、9月5日迄に貴社の返答を要請致します。

 

2013年08月28日 (水曜日)

今年の5月24日付けで、最高裁に対して申し立てた情報公開に対する回答が届いた。「文書の探索及び精査に時間を要しているため」、2カ月程度の回答期限延長を通知する内容だった。6月26日にも、回答延期の回答を受けているので、今回で2度目の延長である。

(参考:最高裁からの回答文書=ここをクリック)

情報公開の請求内容は、読売新聞社、朝日新聞社、それに日本経済新聞社が上告人、または被上告人になった裁判(最高裁)の判決を示す文書を過去10年に渡って開示するように求めたものである。

巨大メディアに対して日本の司法当局は、特別な配慮をしているのではないかという疑惑をかなり多くの人々が抱いており、その真相を確かめようというのが、今回の情報公開の意図である。

◆謎だらけの真村訴訟

たとえば奇妙な判決の典型のひとつとして、読売に対してYC広川(読売新聞広川販売店)の店主・真村久三さんが、2002年に起こした地位保全裁判がある。この裁判の発端は、2001年に読売が真村さんの配達地区の一部を返上するように求めたことである。返上させた上で読売は、この地区の営業権を、ボス的な人物(スナックでの暴力行為で逮捕歴あり)の弟に移譲する予定にしていた。

真村さんは、読売の申し出を拒否した。これに対して、読売は真村さんに対して強制廃業をちらつかせ、最後には、真村さんの店を「飼い殺し」にする策に出た。販売局員の訪店も中止した。

裁判は真村さんの勝訴だった。地裁、高裁と勝ち進み2007年に最高裁で勝訴が確定したのである。

ところがその7ケ月の2008年7月、読売は真村さんとの商取引を一方的に打ち切った。新聞の供給をストップしたのである。そこで真村さんは、再び地位保全裁判を起こした。俗にこの裁判は、第2次真村裁判と呼ばれている。

第2次真村裁判の審理対象になったのは、第1次裁判の判決が確定して真村さんの地位が確定してから、真村さんが解任されるまでの7ケ月の間である。この期間に解任が正当とみなされるような不祥事を真村さんが起こしたか否かという点が争点になった。経営者として極めて優秀な真村さんに、失職に値するような不祥事があるはずがなかった。

ところが裁判所は読売による強制廃業を正当と判断し、真村氏を敗訴させたのである。その主要な理由のひとつが、黒薮の取材を受けるなど、ジャーナリズム活動を「幇助」したという奇妙なものだった。福岡高裁も、最高裁も、それそれ下級審の判決を認定した。

参考までに、判決文とその主旨を紹介しておこう。

◆取材に応じたらクビ

被控訴人(読売)の指摘する黒薮の記事等には、別件訴訟における控訴人(真村)の主張のほか、被控訴人(読売)が、販売店に押し紙を押し付け、それが大きな問題となっていることなどが記載されているが、押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由がると認めるに足りる証拠もない(かえって、控訴人は、平成13年には、現実には読者が存在しない26区という架空の配達区域を設けていたところ、これを被控訴人[読売]も了解していたと認めるに足りる証拠はない。)?

?? そうすると、控訴人において、被控訴人による違法不当な行為の存在を指摘することが容認される場合があるとしても、本件は、これに当たらないというべきである。 ? ??

そして、控訴人(真村)や控訴人代理人(江上弁護士ら)が、上記のような記事の執筆に利用されることを認識、容認しながら、黒薮の取材に応じ、情報や資料の提供を行ったことは明白であり、控訴人は、少なくとも、黒薮の上記記事等の掲載を幇助したというべきであるから、たとえ控訴人自身が、押し紙等の批判をウェブサイト等を通じて行ったものではないとしても、その情報や資料の提供自体が、被控訴人の名誉又は信用を害するというべきであり、本件販売店契約の更新拒絶における正当理由の一事情として考慮し得る 。??

判決内容を予約すると、次のようになる。

?黒薮は、「押し紙」についての記事を執筆しているが、「押し紙の事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人(真村)及び黒薮において、押し紙の存在が事実であると信じるにつき正当な理由があると認めるに足りる証拠もない」。

?それゆえに真村さんや真村さんの弁護団が黒薮の取材に協力したことは、黒薮の名誉毀損的なジャーナリズム活動を「幇助」したことになる。

?それは読売の名誉と信用を害するものである。

?従って真村さんを解任する理由として正当である。

◆真村さん提供の資料とは???

真村さんらがわたしに提供したと認定された情報が具体的に何を指しているのか、判然としないので、わたしは裁判官(地裁)に質問状を出して問い合わせたが回答はなかった。最高裁に対しては、情報公開制度を通じて、真村さんがわたしに提供したと認定した情報を開示するように求めたが、これも拒否された。

従って真村さんの解雇理由の原因とされている情報提供の中味は、わたし自身も把握できていない。判決に嘘を記した可能性を疑っているゆえんにほかならない。

ちなみにわたしの推測になるが、真村さんが提供した資料というのは、第2次裁判の審理の対象外の期間である第1次裁判の時期に、真村さんが裁判所に提出した訴状や準備書面のことではないかと思う。1次裁判の検証期間と2次裁判の検証期間を、裁判官が混同して、第2次裁判の間に真村さんがわたしに情報を提供したものと勘違いし、それを前提に判決を下した可能性がある。

ちなみに、たとえ2次裁判の期間に真村さんが、準備書面など裁判関連の情報を提供していたとしても、これらの資料はすべて裁判所の閲覧室で公開されているものである。従ってそのことをもって、解雇理由にはならない。

さらに問題なのは、わたし本人に対する事実検証の作業を裁判所が怠っている点である。わたしは真村裁判に関しては訴外者である。当事者ではない。従って判決の中で、わたしの行動を事実認定するのであれば、それに先立って、法廷に呼び出して、事実関係について尋問すべきだった。

その作業を怠って判決の中で、事実を誤認し、第3者の名誉を毀損したのである。さらに最高裁は、この判決を認定して、真村さんの敗訴を確定したのである。

◆裁判をインターネットで公開

この裁判に象徴されるように、大新聞に対する裁判所の判決には、極めて不透明な部分がある。そこで朝日、読売、日経がかかわった上告審の結果を、10年前までさかのぼって開示するように求めたのである。

ちなみに第2次真村裁判の判決の中で、わたしが名誉を毀損された問題については、時効になる前に個人訴訟を起こして、審理のプロセスをインターネットで公開する対抗策を検討中だ。裁判の勝敗よりも、審理の内容を公衆に問いたい。

改めて言うまでもなく、真村さんがメディアから取材を受けて、自分の意見を述べる権利は、憲法21条が保障している。新聞社の「押し紙」を批判しても、それが解任理由としては認められない。

2013年08月27日 (火曜日)

日本の紙新聞を電子新聞へ切り替えることはできるのだろうか。電子化は米国からの流であるが、両国には、新聞社経営の制度に決定的な違いがあり、日本で電子化が成功する見込みはほとんどない。新聞販売網の違いや、英語と日本語の市場規模の問題、さらには新聞社のコンテンツ制作能力にも問題がある。

◆米国では、販売網の未整備が電子化を助ける

◆日本語とデメリットと英語のメリット

◆コンテンツで一部ブログに劣る日本の新聞

「アメリカで起こっている現象は、やがて日本にも上陸する。」これは具体的な根拠もなく、昔からよく言われてきた一般論である。実際、この推測どおりになったことも多い。たとえば政界を例にあげれば、構造改革=自由主義の導入は、米国と英国の経済政策に追随するかたちで浮上した。

メディアの分野に焦点を当てると、新聞の電子化が「米国追随」の典型にほかならない。紙の新聞から、インターネットを利用した電子新聞への切り替えである。いずれ紙新聞は、電子新聞にかわる。

しかし、日本の新聞社が紙新聞から電子新聞への切り替えに成功する可能性はほとんどない。そのことを新聞社も自覚しているのか、新聞社の方針も、新聞の電子化とはほど遠いところにあるようだ。少なくとも、紙新聞に見切りをつけられないようだ。

たとえば、昨年、国民生活センターに対して、新聞拡販に関する苦情が約1万件も寄せられたという。新聞の電子化が難しいことを認識した上で、新聞社が現有読者のつなぎとめを徹底した結果にほかならない。

ちなみに米国のNYT(ニューヨークタイムス)やWSJ(ウォールストリートジャーナル)は成功の兆しが見えている。日本でも日経新聞に関しては、軌道に乗っていると聞く。

なぜ、日本の一般紙は、電子化が難しいのだろうか。日米の両国では、制度上の決定的な違いがあるのだ。

◆米国では、販売網の未整備が電子化を助ける  

本の新聞社は、日本の通津浦々まで販売網を持っている。この販売網が読売の(自称)1000万部をはじめ、巨大な新聞王国を築き上げてきた要因にほかならない。しかし、景品類を使って部数を維持しているために、自発的に新聞を読むというよりも、一種の習慣として新聞を購読している人が大半を占めると想像できる。

これらの読者層をネットに切り替えるのは、至難の業である。みずからの主体性で情報を探すタイプではないからだ。

高齢者の中には、パソコンの使い方を知らない人も多いわけだから、電子化の市場そのものが、60才以下ぐらいに限定される。

これに対して米国の新聞社は、もともと配達網を日本ほど整備していない。新聞少年が夕方に、新聞配達する程度で、僻地では新聞配達は行われていない。

しかし、このような新聞販売網の不完全さを逆手に取ると、かえって電子新聞の勧誘はやりやすい。新聞が届かない地域では、むしろ電子化によって、タイムリーにニュース配信を受けることが可能になるからだ。

ここに日米の決定的な違いがある。電子化にするには、むしろ販売網が整備されていない状況の方が優位なのだ。

◆日本語とデメリットと英語のメリット

第2に言語の問題がある。日本の新聞は、日本語で書かれ、日本人を対象にしたメディアである。これに対して米国の新聞は英語なので、電子化することで、むしろ市場を米国の一地方(米国の新聞は、USA・TODAYを除いて地方紙)から、米国全土に広げることができる。さらに国境を超えることもできる。

NYTやWSJは、日本でもヨーロッパでも購読できるようになった。つまり英語圏の新聞は電子化により、日本語新聞とは比較にならないほど、市場を拡大できるのだ。これが米国と日本の決定的な2点目の違いである。

日本の新聞社が電子化で成功するためには、「翻訳部門」を設けて、世界規模の市場で競争しなければならない。インターネットに国境はないわけだから、市場を日本に限定するのは間違っている。それではインターネットの利点を享受できない。

◆コンテンツで一部ブログに劣る日本の新聞

米国の電子新聞ハフィントンポストの記事が、2012年度に米国報道界で最も権威のあるピュリツァー賞を受けた。調査報道が高い評価を受けたのである。

かつて新聞の電子化が話題になりはじめたころ、日本では、こんな意見が大半を占めていた。新聞社の強みは、コンテンツを制作する職能である。この点では、「素人」が手掛けるブログや電子新聞は、遠く及ばない。実際、大半のネット記事は、新聞記者が執筆している。

「餅屋は餅屋」という見方が強かったのである。しかし、現在では新聞報道の質が極めて低くなり、権力と対峙する姿勢が完全に失われた記事が出回っていることは論を待たない。権力批判を展開すると、再販制度を取り上げあげられたり、新聞の偽装部数(「押し紙」)問題を刑事事件として扱われる恐れがあり、自由なジャーナリズム活動が出来なくなっているのだ。

さらに、これはわたしの私見になるが、大半の記者は日本の政治がどのようなカラクリになっているのかが、よく理解できていないようだ。そのために主観的な記事が多い。

たとえば25日の朝日に記者の著名で、自民党の中での「宏池会」の流を組む議員を保守のリベラル派と捉え、民主党と共闘して、2大政党制の再構築を提言したものがあったが、この論説などは、自民と民主のいずれもが、構造改革=新自由主義推進党であることと、軍事大国化を基本方針にしている点を、完全に見落としている。

両者に枝葉末節の違いはあっても、根本的には対立構造にはなっていない。

つまりわたしから言わせれば、新聞記者の多くは政界の構図がよくわかっていない。この程度の記事であれば、ネット上のブログでも読める。

2013年08月26日 (月曜日)

【取材ノート】  このところ携帯電話の基地局問題を取材している。  8月は長野県と兵庫県で起きているケースを取材した。このうち神戸市の東灘区では、NTTドコモが老人ホームの屋上に携帯基地局を設置して、周辺住民との間でトラブルが発生している。しかも、アンテナの数は、わたしの観測に間違いがなければ、6本。

すぐ近くには子供ホームがある。老人ホームがなだらかな山の斜面に立っている関係で、ホームよりも高い位置にある民家や集合住宅の中には、アンテナの高さと窓の高さがほとんど同水準になるものもある。

ちなみにNTTドコモは、東京目黒区でも、老人ホームの屋上に基地局を設置する計画を進めようとしている。現在は、住民の反対で計画がストップしているが、今後、NTTドコモがどのような方針を取るかは不明だ。

◇原発問題と基地局問題は同じ ?

携帯電磁波の問題を報じる場合、その危険性をどう説明するのかという課題が付きまとう。電磁波の専門家に話を聞いてみると、原発のガンマ線やレントゲンのエックス線との関連で、マイクロ波(携帯電磁波)の危険性を説明すると分かりやすいという。

日本では放射線と電波は、別のカテゴリーに分類されている。大半の人々は、両者を厳密に区別している。これが携帯電磁波の問題を深刻に受け止めない風潮を生みだした最大の要因かも知れない。

周波数とは、電波のビートを数える単位である。配電線を流れる電波の周波数は、東日本では1秒間に50(回)サイクル、西日本では60サイクルである。これらは極めて緩やかなサイクルである。

これに対して電子レンジで使われるマイクロ波は、1秒間に約25億サイクルである。これにより熱を発生させるのである。ちなみに携帯電話(第3世代)の周波数もほぼこの領域に属している。

マイクロ波よりもさらに周波数が高くなったものとしては、紫外線、エックス線、ガンマ線がある。つまりガンマ線もマイクロ波も、周波数が異なるだけで同じ仲間にほかならない。周波数の違いで名称が異なっているのだ。

ただ、日本ではガンマ線やエックス線などを「放射線」と呼び、それよりも周波数の低い領域のものを「電波」と呼んでいる。両者は仲間である。

ちなみに携帯電話のマイクロ波は、「電波」として分類されている。

放射線と呼ばれている領域の電波(電磁波)に、遺伝子を破壊する作用があることはかねてから周知の事実となってきた。福島原発で作業員が線量計を着けて普及作業を行うのは、放射線の危険性が常識として定着しているからだ。

「放射線=危険」の認識は、すでに定着している。

ところが最近になって、放射線と呼ばれていない領域の電磁波にも、遺伝子を破壊する作用があるのではないかという説が有力視されてきたのである。事実、2011年、WHOの傘下にある国際癌研究機関は、マイクロ波(高周波電磁波)に発癌性の可能性があることを認定した。

◇総務省の電波防護指針はデタラメ  

次に示すのは、高周波の電磁波に対する防護指針の比較である。日本の数値とザルツブルグ(オーストリア)の数値(目標値)は次のような開きがある。

日本:1000μW/ cm2

ザルツブルグ:0.0001μW/ cm2

ちなみにバイオイニシアティブ・ワーキング・グループ(著名な14名からなる電磁波の人体影響の研究や公衆衛生の政策に関する専門家の集まり)は2013年、従来の勧告値(0.1μW/ c?)よりも更に低い、0.0003?0.0006μW/ cm2という厳しい値を勧告した。

欧米と日本でなぜ、これほど歴然たる数値の違いが生じているのだろうか?答えは簡単で、日本では放射線と呼ばれていない領域の電磁波には、遺伝子を破壊する作用はないという学者の説を採用しているからだ。

どちらの説が正しいのか、まだ、最終結論は出ていない。それにもかかわらず、日本では、次々と携帯基地局が設置されている。政府は歯止めをかけようとはしない。いわば基地局周辺の住民に、マイクロ波による人体影響を検証するための「人間モルモット」になるように強要しているのとあまり変わらない。

それが嫌なら自費で引っ越しなさいという論理である。

2013年08月22日 (木曜日)

ソフトバンクが制作した次の報告書の存在を御存じだろうか。この報告書はわたしの知人が発見したもので、87ページには、NTTグループへの歴代天下り一覧表が掲載されている。

(ソフトバンクの報告書=ここをクリック)

総務省が定めている携帯電磁波(高周波)の防護指針が、欧米に比べて1万倍、あるいは10万倍も緩やかになっている背景や、総務省が基地局問題を放置している背景を考える上で、参考になるのではないだろうか。

なお、NTT労組の「アピール21」は、政界に対して多額の政治献金をおこなっている。参考までに、次の記事を紹介しておこう。

(参考記事:田嶋、菅、原口、仙谷、枝野…NTT労組から総額1億円超 企業と政界つなぐ「労組マネー」)

【ソフトバンク公表のNTTグループ・天下りリスト】

貝沼孝二(政策統括官) NTTコム監査役

野欣司(郵政大学校長) NTTドコモ監査役

高橋幸男(郵政省郵務局長) NTT 常勤監査役

杉山栄亮(通信政策局情報管理課長) NTTドコモ取締役

西井烈(簡易保険局長) NTTデータ取締役副社長

小野沢知之(放送行政局長) NTTドコモ代表取締役副社長

村瀬龍児(郵政大学校長) NTTドコモ代表取締役副社長

舘野忠男(関東電気通信監理局長) NTT都市開発常勤監査役

志村伸彦(東海郵政監察局長) NTTドコモ東北代表取締役社長

白井太(事務次官) NTTデータフロンティア会長

磯井正義(関東電気通信監理局長) NTTデータ常務取締役

高木繁俊(前郵政省簡易保険局長) NTTデータ代表取締役副社長

松野春樹(事務次官) NTT 代表取締役副社長

松本利太郎(郵政大学校校長兼中央郵政研修所所長) NTTデータ監査役

加藤豊太郎(郵務局長) NTTドコモ代表取締役副社長

結城淳一(大臣官房首席監察官) NTT西日本代表取締役副社長

阿部邦人(局長) NTTドコモ取締役

中野礼一(郵政省東京郵政局長) NTT都市開発常勤監査役

寺西英機(局長) NTTデータ副社長執行役員

有村正意(通信政策局長) NTTドコモ関西代表取締役社長

品川萬里(郵政審議官) NTTデータ代表取締役副社長

井上陽二郎(東海郵政局長) NTTドコモ取締役

中西冨美夫(東京簡易保険事務センター所長) NTTドコモ取締役DIG推進室長

中山治英(東京郵政局長) NTTドコモ中国代表取締役社長

柳衛寛重(大臣官房首席監察官) NTTデータ取締役

栗谷川和夫(局長) NTT東日本監査役

田中征治(技術総括審議官) NTTドコモ取締役

足立盛二郎(郵政事業庁長官) NTTドコモ代表取締役副社長

金澤薫(総務事務次官) NTT 代表取締役副社長

新保智(郵政公社郵政総合研究所長) NTTデータ常勤監査役

関口純一(総務省郵政研究所次長) NTT東日本監査役

庄司一郎(簡易保険事業本部副本部長) NTT東日本取締役

蝶野光(東海総合通信局長) NTT東日本監査役

松井浩(総務審議官) NTTドコモ代表取締役副社長

須田和博(郵政行政局長) NTTデータ常務執行役員内部監査担当

2013年08月21日 (水曜日)

NTTドコモが東京・目黒区の老人ホーム「グランダ八雲」(ベネッセ経営)の屋上に、携帯基地局を設置する計画を進めている問題で、周辺に住む住民3名は、17日、連名でNTTドコモの加藤薫社長に内容証明郵便を送付した。本サイトで既報したように、同地区の住民運動体である「携帯電話基地局設置に反対する八雲町住民の会」は、既に加藤社長に内容証明を送付している。

今回の動きは、住民個人がみずからの意思に基づいて行った抗議である。それだけ住民の間に、携帯電磁波に対する不安が広がっていることを印象ずける。

内容証明の内容は、NTTドコモに対して、説明会を開くこと、その上で住民の合意を得ること、基地局設置に際しては、公害の予防原則を重視することなどを求めたものである。(内容証明の全文は、文末に引用した。)

目黒区の基地局問題は、これまで指摘されなかった新しい問題をはらんでいる。 高齢者の人権という問題である。

◆高齢者が生きる権利

老人ホームの屋上に基地局を設置する行為をどう評価すべきだろうか。以下、わたしの私的な見解になるが、結論を先に言えば、これは高齢者に対する甚だしい侮辱である。

老人ホームには、身体が衰弱して、ほとんど外出しない人もいる。寝たきりの人もいる。基地局が設置された場合、これらの人々は、24時間、電磁波を浴びるリスクにさらされる。昼間は電磁波の直撃を受けない職場で働き、夜間に自宅で被爆するといった一般住民に典型的なパターンではない。

しかも、高齢者の大半は、携帯電話はともかくとして、スマートフォンなどパソコン化した移動通信機器とは、縁もゆかりもない人々である。

こうした人々が、電磁波に直撃されるリスクにさらされるのである。一般論からすれば、電磁波の影響は、基地局の直下よりも、周辺の方が顕著に現れるが、電磁波は反射するので、一概にどの地点が最も危険とは特定できない。

携帯基地局が立っているマンションの下階に住む住民が大きな被害を受けたケーとしては、新城哲治医師の調査が有名だ。

(参考:携帯電話基地局について)

念を押すまでもなく、老人ホームに医療機器は付き物である。この点を考慮しても、老人ホームの屋上に携帯基地局を設置するのは非常識の極みだ。現に老人ホームを経営するベネッセも設置には反対している。

ただ、物件の所有者がベネッセではなく、藤田商店なので、ベネッセは法的には第3者ということになるらしい。基地局設置を断る権限はない。ただし藤田とベネッセの間でなんらかの特約が存在すれば、状況が異なってくる可能性もあるが。

◆携帯に反対する者は携帯を所持してはいけないのか? ?

携帯基地局を撤去しようとしている人々に対して浴びせられる批判のひとつに、「基地局の撤去を求めていながら、なぜ、あなたは携帯電話を使っているのですか」という批判がよくある。

的外れな論理である。無論、使わないことにこしたことはないが、政府がユビキタス社会の構築を目指している状況の下で、連絡の手段が携帯電話になってしまっている状況がある。特に企業で働いている人は、迅速に連絡が取れる体制を整えておかなければ、リストラの対象にされかねない。日本社会の構造の中に、移動通信のシステムが組み込まれているのだ。

携帯に反対する人は、携帯を使うべきではないという論理は、現在の自由競争の社会を非難する者は、私企業に就職してサラリーを得るべきではないと主張しているのと同じことである。

国策を変えることで、安全に携帯電話を使用したり、他人に迷惑がかからないようなルールを作り、固定電話と公衆電話の存在を再考していこうというのが、住民運動をしている大半の人々の考え方である。

【内容証明】  平成25年8月17日

東京都千代田区永田町2丁目11番1号 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ 代表取締役社長 加藤 薫殿

 わたくしたちは、東京都目黒区八雲3丁目の住民です。  貴社は目黒区八雲3丁目4番21号にある老人ホーム・グランダ八雲の屋上に携帯電話の基地局を設置する計画を進めておられますが、わたくしたち周辺住民は、基地局が365日24時間発する電磁波による健康被害の発生を強く懸念しています。

この件につきましては、すでに他の住民の方々が組織する「携帯電話基地局設置に反対する八雲町住民の会」が説明会の開催要請と、住民の了解抜きでの工事着工をしない旨の要請を貴社におこなっていますが、わたくしたちもあわせて同様の要請をおこなう次第です。

 携帯基地局から発せられる電磁波による人体影響については、2011年5月に世界保健機構(WHO)の傘下にある国際がん研究機関(IARC)も、携帯電磁波を含む高周波電磁波に発癌性がある可能性を認定しています。また日本全国さまざまなところで、携帯基地局周辺の住民の間に、耳鳴り、不眠、鼻血といった症状が現れ、裁判になっている事例もあります。この社会問題は今後新しい「公害」として、ますます認知されていくと思われます。

 日本での安全基準は、たとえばEUの提言値などと比べて、きわめて緩やかなものです。また公害で最も重視される疫学調査を十分に取り込んでいないなどの問題があることが指摘されています。同時代科学には限界があり、いつの時代も先端技術が人体に与える影響の把握については、後手に回る傾向が見られます。白黒はっきりとした結果が出せないグレーゾーンが存在することは否めません。

しかし、そうであればこそ、広範囲で長期にわたる人体影響の懸念が払拭できない場合や住民が選択の余地なく公害の影響下に置かれるようなケースでは、予防原則にもとづいた対応と、住民への十分な説明、それにコンセンサスの形成が必須であるでしょう。

日本弁護士連合会も2012年9月に、「電磁波問題に関する意見書」を作成し、「携帯電話中継基地局等の電磁波放出施設を新設する場合、当該基地局周辺の住民に対する説明を行った上、新設することの是非について住民との協議を行う制度の実現を図るべきである」と述べています。

 しかしながら、今回の貴社のグランダ八雲における基地局設置については、昨年10月付の形式的な文書による工事内容と日程の通知が一方的になされただけで、その後少なくとも、わたくしたち近隣の戸建て住民たちには説明会も開かれていません。わたくしたち近隣住民は、一度基地局が設置されてしまうと、365日24時間たえず携帯電磁波を浴びて生活することになります。当然、携帯電話やスマートフォンを利用しない、胎児や赤子、小さな子どもたちも被害を受けます。

彼らは最も携帯電磁波の影響を受けやすい層です。消費者、ユーザーの利便性のみを優先するのではなく、真に社会的な公共性の観点からも、住民への十分な説明と了解のないままの基地局設置は、社会的な「つながり」を大切にする貴社の精神を裏切るものではないでしょうか。

 貴殿におかれましては、八雲3丁目の近隣住民への説明会を開くとともに、住民の合意を得ずして工事を強行しないよう強く要請します。

2013年08月20日 (火曜日)

訴訟の性質がSLAPPとの見方で一致して、それを前提として、被告の支援が行われた裁判としては、オリコン訴訟が代表格である。被告は、元朝日新聞の記者で現在はフリージャーナリストとして活躍している烏賀陽弘道さんだった。烏賀陽さんは、みずから米国におけるSLAPPの状況を調査し、自分が被告にされた裁判もSLAPPに該当することに気付いた。SLAPPという言葉も、烏賀陽さんを支援する活動の中で日本全国に広がっていったのである。

国境なき時代に突入したことを考慮すると、本来、裁判官は海外の司法状況も把握しておかなければならないはずだが、その仕事をSLAPPの被害者にゆだねてしまったのである。職能の問題である。

オリコン訴訟の地裁判決(綿引穣裁判長)は、オリコンの勝訴だった。しかし、控訴審で烏賀陽さんに追い詰められたオリコンが訴訟を放棄するかたちで、裁判は終結した。

オリコン訴訟の次に起こったのが、わたしと読売の裁判である。従ってわたしを支援してくれた出版労連と出版ネッツ、15名を超える弁護団には、当初からSLAPPという認識があった。

本サイトで繰り返し報じたように、読売(渡邊恒雄)は2008年2月から1年半の間にわたしに対して、3件の裁判を起こした。請求額は、総計で約8000万円である。詳細は次の通りである。

■1 著作権裁判 ウエブサイトに掲載した読売の文書の削除を求めた裁判。地裁から最高裁まで黒薮の勝訴。

■2 名誉毀損裁判1 ウエブサイトに掲載した記事に対して損害賠償を求めた裁判。地裁、高裁は黒薮の勝訴。最高裁で読売が逆転。

■3 名誉毀損裁判2 『週刊新潮』に掲載した記事に対して損害賠償を求めた裁判。地裁から最高裁まで読売の勝訴。

これら一連の裁判には、司法制度の信頼にかかわる著しい特徴がある。2010年5月に『週刊新潮』の裁判で敗訴(地裁)するまでは、全ての裁判でわたしが勝訴してきた。しかし、この敗訴を境に、わたしが全敗に転じたのである。

しかも、めったに起こり得ないことが実際に起こった。それは名誉毀損裁判1における出来事だった。民事裁判の場合、地裁と高裁で勝訴した場合、その判決が最高裁で覆ることはめったにない。ところが最高裁は、読売を逆転勝訴させることを決定して、高裁へ判決を差し戻したのだ。

そして東京高裁の加藤新太郎裁判長がわたしに110万円の支払いを命じたのである。加藤新太郎裁判長について調査したところ、過去に少なくとも2回、読売新聞の地方版に登場(インタビュー)していたことが判明した。(この件については、現在、調査中である)

(参考:加藤裁判長が登場している読売サイト)

◇裁判攻勢にどう対処するか  

読売が提起した3件の裁判に対して、わたしは弁護団の支援を得て対抗策を取った。これら3件の裁判が、「一連一体の言論弾圧」に該当するとして、読売に対して5500万円の損害賠償を求める裁判を起こしたのだ。

この裁判の詳細については、拙著『新聞の危機と偽装部数』(花伝社)の第7章に記録している。わたしに対する本人尋問の実施を、福岡地裁(田中哲郎裁判長)が拒否するというおよそ常識では考えられない裁判だった。

地裁と高裁はわたしが敗訴して、現在は最高裁で継続している。

◇催告書の名義人の偽って提訴

読売による一連の提訴をサポートしたのは、人権擁護団体・自由人権協会の代表理事を務める喜田村洋一弁護士である。喜田村弁護士に対しては、2011年1月に、彼が所属する第2東京弁護士会に対して、弁護士懲戒請求を申し立てた。通常は、半年ぐらいで、結論が出るが、本格的な調査を行っているのか、弁護士会はいまだに結論を出していない。

喜田村弁護士の何を問題にしているのだろうか?それは著作権裁判における提訴のプロセスである。

この裁判は、厳密に言えば、読売の江崎法務室長が個人として、わたしを提訴したものである。訴因は、江崎氏がわたしに対して送付してきたある催告書をウエブサイトに掲載したことである。掲載した理由は、催告書の内容が新聞人にあるまじき怪文書と判断したからである。

これに対して江崎氏は、催告書の著作者は自分であるから、わたしに公表権はないと主張して、ウエブサイトからの削除を求めたのである。

確かに著作権法では、著作物を第3者が無断で公表する行為は禁じられている。ところが裁判の中で、催告書を書いたのは、江崎氏ではなく、喜田村弁護士か彼の事務所スタッフであった高い可能性が認定されたのである。

素人の感覚からすれば、喜田村弁護士が「代筆した」という言い訳が通用するようにも思われるが、法的にみれば、そうはならない。著作権には、著作者財産権と著作者人格権がある。

著作者財産権:著作物から発生する財産を保護するための諸権利の総称で、他人に譲渡することができる。

著作者人格権:著作物の作成者が有する諸権利の総称で、たとえば、作成者以外には、作品を公表する権利がない。著作者人格権は、一身専属性を有する権利で他人に譲渡することはできない。

江崎氏は、著作者人格権を根拠として、わたしに対し、催告書の削除を求めて提訴したのである。当然、その大前提として、江崎氏が自分で催告書を作成した事実がなければならない。

ところが催告書の作成者は、喜田村弁護士だった。つまり裁判所に対して催告書の名義人を「江崎」偽って、裁判を起こしていたのである。それが発覚して、敗訴したのである。

知財高裁の判決は、次のように江崎氏や喜田村弁護士の行為を認定している。

上記認定事実によれば、本件催告書には、読売新聞西部本社の法務室長の肩書きを付して原告の名前が表示されているものの、その実質的な作成者(本件催告書が著作物と認められる場合は、著作者)は原告とは認められず、原告代理人(又は同代理人事務所の者)の可能性が極めて高いものと認められる。

?(参考:認定箇所=ここをクリック)?

◇弁護士懲戒請求へ  

しかし、事件はこれだけでは終わらなかった。自由人権協会の喜田村弁護士の責任を問うことになったのである。『弁護士業務基本規程』の第75条に次のような条項がある。

? 弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

喜田村弁護士は、催告書の作成者が江崎氏ではないことを知っていながら、江崎氏が作成者であるという虚偽を前提に、訴状や準備書面を提出したのであるから、『弁護士業務基本規程』の第75条に違反している。そこでわたしは、喜田村弁護士が所属する第2東京弁護士会に対して、喜田村弁護士の懲戒請求を申し立てた。次に示すのが、わたしの主張である。

(参考:弁護士懲戒請求の理由・準備書面2

かりに虚偽を前提に他人を法廷に立たす行為が罰せられないとすれば、司法の秩序は崩壊する。最も厳しい処分?除名処分を下すべきだというのがわたしの考えである。

SLAPPの代償がいかに大きなものになるかを示すことは極めて重要だ。