2014年04月04日 (金曜日)

袴田巌氏が殺人で逮捕された事件の新聞報道を検証してみると、記者クラブや「サツまわり」を通じて、警察から得た話をもとに記事を書くことが、いかに危険であるかが浮かびあがってくる。事件が起きた1966年の新聞には、警察情報をうのみにして、袴田氏を犯人と決めつけた記事が並んでいる。

袴田氏が殺人で逮捕された事件は、静岡県清水市で起きた。6月30日の未明に味噌製造業を営む一家4人が殺害され、9月になって従業員の袴田巌氏が逮捕された。これが袴田冤罪事件の発端である。

◇皮切りは、「血染めの手ぬぐい押収」

一家殺害の5日後にあたる7月4日には、匿名とはいえ早くも袴田氏を容疑者とする記事が新聞に掲載された。『読売新聞』は、

「清水の殺人放火 有力な容疑者 血染めの手ぬぐい押収」

と、いう見出しで事件を報じた。また、『毎日新聞』は、

「清水の殺人放火 従業員『H』浮かぶ 血染めのシャツを発見」

と、報じた。

2つの記事は内容も見出しもそっくりだ。警察のリーク情報をもとに記事を書いたことが類似の要因にほかならない。

当時、警察がいかにしてマスコミを利用したかは、弁護士の秋山賢三氏が「精神障害者の獄中処遇?袴田巌氏の事例」(『精神神経学雑誌』2001年9月)の中で、次のように指摘している。「その事実(黒薮注:警察が自白を強要した事実)ができると、警察所長とか次席検事が大々的に記者会見して、『本日、袴田巌は自白いたしました』ということで、翌日の新聞やテレビ」で大きく報道された。

ちなみに秋山弁護士は、「精神障害者」として袴田氏を位置づけているが、これは死刑が確定した後、同氏が精神に異常をきたした事実を根拠としている。従って精神障害と犯罪の関係に言及したものではない。

参考までに、警察所長や次席検事に操られて、新聞はどのような記事を掲載したのだろうか。『読売新聞』の記事を検証してみよう。

◇早々に実名報道、「従業員『袴田』逮捕へ」

まず、逮捕前の8月18日の『読売(夕刊』)の記事である。タイトルは、「従業員『袴田』逮捕へ 清水の4人殺害」「令状とり、再調べ」「寝間着に油、被害者の血?」

(略) その後の調べで、袴田の自室から押収したパジャマには他人の血や放火に使われたと同じ油がついていることがわかり、同本部では逮捕状をとって、袴田を連行したもの。

袴田は、この朝六時三十分ごろ清水署に連行されたが、クリーム色の半ソデシャツ、茶色のズボンというさっぱりしたふだん着でうす笑いさえ浮かべ、むしろ連行した刑事の方が緊張した表情だった。そして間もなく同署調べ室で調べがはじまったが、犯行を全面的に否認した。

しかし、同本部では?科学研の鑑定で、パジャマには袴田と同型のB型のほか、藤雄さんのものとみられるA型と長男雅一郎君のものらしいAB型の血液が検出されている?パジャマには、油ようのものが付着しており、これも放火に使った混合油とほぼ同じとの鑑定が出ている?出火当時のアリバイが不確実で、袴田は消火にかけつけた、といっているが出会った人がない。(略)

◇「『袴田』自供始める」

次に9月7日の『読売(朝刊)』の記事である。タイトルは、「『袴田』自供始める」「清水の四人殺し放火」「逮捕から20日目」

(略)この日、取り調べ官が逮捕のきっかけとなったパジャマについていた血液について聞いたところ袴田は下を向いたまま涙をうかべ「血液は犯行のときについたものです」と、答えた。

「やっぱりお前の犯行ではないか」と厳しく追及すると袴田は、「あの事件はわたしが一人でやったことです」とうなだれた。

? このため正午から一時間昼食のため休憩し、そのあと犯行の動機、手口など本格的な取り調べをはじためが、放火に使ったガソリンについては「犯行前に藤雄さん方へしまっておいた」「侵入口は表のシャッターからはいったような気がする」「出るときは裏の開き戸だったと思う」など、検証結果と食い違うあいまいな返事をするだけで、七日午前零時近くまで続けられたが、核心については話さなかった。

しかし、捜査本部ではここまで自供すれば、全面自供も時間の問題とみている。(略)

◇推理小説なみの不自然な記述?

さらに、同9月7日の『読売(夕刊)』の記事である。タイトルは、「騒がれて逆上、犯行」「清水の四人殺し」「袴田、全面自供始める」。

(略)自供によると、袴田は前日の六月二十九日夕、犯行を決意、工場二階の自分の従業員寮で、寝ないで時間を待ち、三十日午前一時二十分ごろ起き出し、パジャマのうえに工場内の雨カッパを着て、東海道線線路向こうの藤雄さん方裏木戸からはいった。

表戸近くの店先まで侵入したとき、寝ていた藤雄さんに気づかれて大声をあげられ、あわてて裏口へ逃げたが、裏木戸付近でつかまって、体格のいい藤雄さんと格闘になり、持っていた小刀で藤雄さんを刺し殺してしまった。

 あとは夢中で藤雄さんの大声で目をさました妻ちえ子さん(三九)と長男雅一郎君(一四)の寝ている八畳間で二人を刺し殺し、起きてきた二女扶示子さん(一七)も殺してしまった。予想以上の大きな犯行となり、思案にくれたが、焼いてしまえばあとが残らないと考え、一人一人に手で油をかけ、藤雄さん方のマッチで一人ずつ火をつけて、裏木戸からにげた。(略)

 三流の推理小説のような、不自然な記述が目立つ。

◇「袴田元被告に『名誉ベルト』、WBCが贈呈へ」

逮捕から46年後、袴田氏は事実上無罪となり、釈放された。すると今度は袴田氏を英雄扱いにする記事が登場する。3月31日付けの読売(電子版)だ。 タイトルは、「袴田元被告に『名誉ベルト』、WBCが贈呈へ」。

「袴田事件」で再審が認められた元プロボクサーの袴田巌元被告(78)に対し、世界ボクシング評議会(WBC)が名誉王者のベルトを授与することが正式に決まった。??

? WBCから連絡があったことを31日、東日本ボクシング協会の大橋秀行会長が明らかにした。授与式は4月6日、ダブル世界タイトル戦に合わせて東京・大田区総合体育館で行われ、体調不良の袴田さんに代わり、姉の秀子さんが受け取る予定だという。

◇警察によるマスコミの利用

逮捕当時は袴田氏を犯人扱いにして、冤罪が判明すると、英雄視する新聞報道は、なにも読売に限ったことではない。

事実の誤認は、記者が人間である以上は、完全に避けることはできない。と、すればせめて間違った原因を明らかにして再発を防ぐべきだろう。

改めていうまでもなく、報道内容を誤ったのは、自分たちが警察に利用されているという認識がなかったからである。容疑者は隔離された状態におかれて、記者が直接取材できない事情は理解できるが、「役所」が発する情報にはウソが多分に含まれているという認識があれば、もっと違った書き方もできたのではないか。

なお、前出の秋山弁護士は、「精神障害者の獄中処遇?袴田巌氏の事例」(『精神神経学雑誌』2001年9月)の中で、袴田氏に対する取り調べの様子について次のように述べている。

多いときで1日に16時間30分という、長時間にわたる取り調べをやられたわけです。これは警察の文書にはっきり書いておりますし、一審の死刑判決を言い渡した静岡地裁も、判決理由で認定している事実です。その間、寝させない、あるいはトイレも、取調室に便器を持ち込んでやらせるというような、人権蹂躙した捜査の中で、彼は9月6日に初めて自白調書に指印させられました。それで、いわゆる最終日の23日目の9月9日に起訴ということになったわけであります。

こうした経緯は袴田氏の弁護士に取材すれば、簡単に分かったのではないだろうか?

2014年04月03日 (木曜日)

プロボクシング世界王者・亀田興毅と大毅の兄弟が昨年12月、対戦相手のグローブ選択をめぐるトラブル等を報じたフリージャーナリストの片岡亮氏に対し、2000万円の支払いを求める名誉毀損裁判を起こした。

亀田陣営の代理人は、TV出演で稼ぐ北村晴男弁護士だ。片岡側は、今年3月の第2回口頭弁論で、SLAPP(スラップ=恫喝訴訟)とする主張も展開、真っ向から対立している。

争点の記事は、片岡氏が主宰するウェブサイト『拳論』に掲載したもので、亀田兄弟がJBCの職員を監禁・恫喝した、とする内容。だが同じ趣旨を伝えた『東京スポーツ』は訴外だ。事実関係をめぐり双方が対立しているが、今年2月、今度は、そのJBC職員が亀田興毅らに対し、監禁・恫喝に対する1000万円の損害賠償を請求する裁判を起こしたことが分かった。

視聴率に固執するテレビ局の方針のもと、不祥事を起こしても重宝がられてきた亀田家の過去の汚点も、一連の裁判で検証されそうだ。(訴訟の対象とされた記事はPDFダウンロード可)【続きはMyNewsJapan】

2014年04月02日 (水曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

まともな回答がない以上、株主総会で実際に質問するべきか、私は悩みましだ。ただ、箱島社長は、年齢制限の内規でこの期での社長退任も既定路線でした。

朝日の社長は、タスキ掛け。経済部出身者と政治部出身者の順繰りだと、週刊誌はよく伝えています。でも、この話の半分は正しくても、半分は正しくありません。平和裏に順繰り人事が行われる訳ではなく、その度ごとに、経済部、政治部の現役を巻き込み、政党の党首選顔負けの血みどろの派閥抗争になります。円満に収めるため、落ち着くところに落ち着いた結果が、タスキ掛け人事というだけなのです。

キャスティングボードを握った社会部出身の経営幹部も、社長に次ぐ地位を得て、黒幕として社内に影響力を持ち続けるのも常でした。これも雲の上の話です。

私は詳しい内幕は知る立場にはありませんが、箱島社長誕生の時、少なくともキャスティングボートを握れる立場にいた一人が、私の記事を止めた社会部長に「名古屋・編集局長を約束した」という例の社会部出身経営幹部だったのです。様々な憶測が社内を飛び交っていましたが、この幹部が、後日、実質朝日ナンバー2のテレビ局社長・会長へと上り詰めたのは事実です。

社会部、政治部にしかいなかった私と、経済部出身の箱島氏との間で、深い確執があるはずもありません。まして、名古屋が初めてで、事情を知らないはずの名古屋代表が、私に何故、「信頼回復」を求めたのか。私は箱島社長を陰で操るこの人物の隠然たる力を嗅ぎ取っていない訳ではなかったのです。

◇週刊誌への内部告発も考えたが・・

箱島社長は退任時期が迫るほど、派閥人事をさらに強く推し進めていました。退いても自分の思い通りになる経済畑の後輩をその後釜に座らせ、「会長」ポストを作って君臨。院政を敷くためと言うのが、社内のもっぱらのウワサでした。しかし、武富士問題での風当たりは強く、さすがに「会長」職を諦め、次期社長に政治畑の秋山耿太郎氏の就任が内定していました。

箱島氏は取締役にしがみつき、「取締役相談役」で残ることにはなっていました。でも社長が政治畑に代われば、社内の雰囲気は少しは変わり、この幹部の影響力もそがれるはずです。私に、派閥意識はなかったつもりです。この程度の淡い期待は、正直ありました。

実は秋山氏と私は、名古屋社会部、東京政治部で、デスク、記者の関係。政治部を去る時、親身に私を心配してくれた一人でした。河口堰の記事を止めた経過もよく知っています。めでたい社長就任の株主総会で、私が大暴れするのも忍びません。

それに、私は週刊誌に手記を発表する内部告発を何のために見送って来たか…です。前述の通り、靖国参拝、憲法改正なども口にする小泉政権全盛の中で、私が汚点を明らかにすれば、朝日の信頼感はさらに低下。ブレーキ役不在を作り出し、この国を危うくするのではないかとの危惧からでした。その状況に変化はありません。

週刊紙注視の中で行われる株主総会で、私が朝日が記事を止めた経過を発言することは、週刊誌に手記を発表することと同等です。と言うより、質問が週刊誌に面白おかしく書き立てられるくらいなら、むしろ私の思いを手記として発表する方が誤解を招かず、まだましです。

そんなこんなで、私は株主総会での質問を思い止まりました。もちろん、それが良かったことか、悪かったか。今から考えても、私には判断がつきません。ここで読者の審判を仰ぎ、ご意見を真摯に耳を傾けたいと思っています。

◇秋山社長へ質問状を送付

でも、質問を撤回する理由は何らありません。質問をちらつかせて、ひっ込める…。それでは「総会屋」もどき、変な下心があるかのように勘ぐられても仕方はありません。私は「総会外質問」と名付け、週刊誌に嗅ぎつけられない質問書を社長に就任したばかりの秋山氏に送りました。

もちろん、秋山氏だからと言って、私はへつらうつもりは毛頭ありません。箱島時代と変わらない毅然としたスタイルの文書を書きました。話し合いの経過を説明、議論が平行線に終わり、質問撤回の意志がないことはきちんと伝えたつもりです。その上で、「裁判で決着させるのが社会の常識ですが、報道機関なら透明性の観点から社内で審査する第3者機関を設置しては」と提案をしました。

しかし返事がないまま7月、私のブラ勤の成績査定が通知されました。「成果がやや不足」。5段階評価で下から2つ目でした。年俸はまたも大幅ダウン。夏のボーナスも前年より半期で数十万円減っていました。「金の問題ではない」と強がってみても、正直、住宅ローンの支払いにも困る始末です。

ブラ勤だから、もちろん仕事の成果がないのは事実です。私に非があると、朝日が本気で思っているなら、「やや不足」など中途半端にせず、正々堂々、「成果ゼロ」の一番下の評価をすればいいのです。「『やや』の根拠は何か」と、責任の所在を尋ねる「不服申立書」も出しました。しかし、これにも回答はありませんでした。

◇社長交代でも変わらない朝日の体質

その間にも箱島社長時代の後遺症は大きく、広島総局で記事の盗用、長野総局で取材していないメモが作られ、記事になるなど、恐れていた通り、若い記者による不祥事が週刊誌で相次いで報じられました。

そんな中で箱島氏は、しがみついてきた新聞協会長と朝日の取締役の退任も表明しました。しかし、自らに大きな責任のある武富士問題には触れず、若い記者の不祥事を挙げ、記者会見で一連の問題の背景を問われると、「朝日も126年と歴史も長くなると、硬直的なことがあるだろう」と、人ごとのような発言をしていました。

私の提案に答えのないまま、秋山社長は社内ホームページで、

情報流出を防ぐ処方箋は、社内の風通しを、さらに、さらに、よくすることだと思います。社内言論の自由は、リベラルな新聞社であるための基本的な条件です。もしも、それぞれの職場で自由に発言できない雰囲気や仕組みがあって、週刊誌にリークしているケースがあるなら、どこをどう改めればよいのか、是非、提案してください。

と、箱島氏と同様の美辞麗句を並べました。

それなら、ホームページに書く前に私の「質問」に真摯に答え、箱島時代の組織体質を検証、根本から組織を変えることから始めればいいのです。しかし、朝日の体質は、社長交代ぐらいでは変わるものではないことも、その時つくづく感じました。

私は「社長発言の通りなら」と、総会外質問に文書で真摯に答えるよう、催告書も送りました。11月に入りやっと、社長に代わり私の社員としての不服申し立ての回答も含め、管理本部から回答が届きました。

◇管理本部からの回答

管理本部は、労務や株主への対応など、朝日の総務部門です。文書による私への初めての回答ですので、全文を紹介しておきましょう。

貴殿から本社取締役会にあてた10月12日付け『株主としての申し入れ並びに質問書』が管理本部法務セクションに届きました。以下に述べる理由により、取締役会から直接お答えするのはふさわしくないと判断したため、管理本部からお返事申し上げます。

ご存知のように、商法の定めによれば、株主は、株主総会に法の定めた基本的事項についての意思決定を行い、株主総会で選任された取締役で構成する取締役会に業務執行に関する意思決定をゆだねる仕組みになっています。個々の株主の意見や提言を何らかの形でうかがい、業務を執行する際の参考にさせていただくことはともかく、会社の機関である取締役会として、個々の株主からの質問に逐一お答えすることは、法が想定している事態ではありません。どうぞご理解ください。

なお質問にある、貴殿から提出された『成績評価不服申立書』について申し上げます。同申立書に関しては、職掌上、名古屋本社代表が必要な調査を行い、7月下旬から貴殿と面談したうえで、この1年間の貴殿の仕事上の成果に照らせば本社が行った評価が適切である旨をお伝えしました。その際に貴殿が主張する『人材の効率的活用』を実現するために、今のような状態が続くことは本社としても好ましいこととは考えていません。名古屋本社代表と建設的な話し合いの場をもたれるよう、改めてお願いします。

「商法の定め」とあります。朝日は1988年2月の社説「会社はだれのものか」で、この「定め」について、こう書いています。

会社はだれのものかと問われれば、一応は株主のもの、と答える人が多いだろう。商法上も、そうなっている。

 しかし、それはあくまで建前の話である。実際には会社に貢献してきた役員や従業員のものであり、さらにはその会社を受け入れている社会のものだという受け止め方が、日本型企業社会の通念と言っていい。

 株主総会で取締役や監査役の退職慰労金を決議する際に、『退職慰労金の金額などの決定を無条件に取締役会に一任することは、お手盛りを招く恐れがあるので、許されない』と、決議の取り消しを命じる判決が東京地裁であった。   『金額の明示は個人のプライバシーにかかわる』といった反論もあるが、株主の要求を無視してまで隠さなくてはならないことなのかどうか。経営内容の細部はなるべく出さずに、株主総会を乗り切ろうとする経営者側の姿勢に問題がありそうだ。

 日本の経営者には、株主総会を活性化しようという気持ちがほとんどないと言っていいだろう。波風を立てずに、総会を早くおさめたいと思っているから、所要時間も、商法改正以前と同様、最近は短縮される一方だ。しかし、国際化時代の本格化を迎えて、これでよいはずがない。株主に対する説明義務を定めた改正商法の精神に沿って、ディスクロージャー(企業内容の開示)を一段と進めることは、株主の利益をできるだけ擁護しようという株式会社本来の姿に近づくことでもある。経営者側が株主総会を軽視して、経営内容の公開をしぶっていたのでは、株主と会社の距離が縮まるはずがない。

◇形骸化した社内民主主義

いかに朝日は建前と本音の違う、外に厳しく内には甘い組織か、これでもお分かり戴けると思います。私は報道機関の株主として、人々の「知る権利」を侵す経営幹部の行動は、いかに会社を危うくするかの観点で「総会外質問」を出したつもりです。しかし、経営幹部たちは、自分たちに耳の痛い質問には、何ら応えようとしないのです。

それに、この文書にある「名古屋本社代表が必要な調査を行い、7月下旬から貴殿と面談」など全くありません。

私は、「『商法の定め』を声高に持ち出されておられますので」と、社説を引き合いに、「面談」など事実無根であることなども含め、「再質問書」を提出しました。しかし、なしのつぶて。言質を取られ、都合が悪くなると沈黙するのも、箱島時代と何ら変わりがありませんでした。

こんなやり取りを延々と続けました。朝日の答も、この範囲を超えるものは一つもありませんでした。これ以上書いても、読者はうんざりされるだけです。ただこの通り、私の記事を止めたことや、私をブラ勤に追いやった理由を朝日は何一つ、まともに答えられなかったことだけは、読者に具体的に分かってもらえたのではないかと思います。

ここで、今回の紙数も尽きました。以降は次回に譲りたいと思います。私と朝日との文書のやり取りはまだまだ続きますが、次回は後の裁判に関係する二点に絞り、報告して行きたいと思います。次回も我慢して読んで戴ければ、幸いです。

≪筆者紹介≫ 吉竹幸則(よしたけ・ゆきのり)

フリージャーナリスト。元朝日新聞記者。名古屋本社社会部で、警察、司法、調査報道などを担当。東京本社政治部で、首相番、自民党サブキャップ、遊軍、内政キャップを歴任。無駄な公共事業・長良川河口堰のウソを暴く報道を朝日から止められ、記者の職を剥奪され、名古屋本社広報室長を経て、ブラ勤に至る。記者の「報道実現権」を主張、朝日相手の不当差別訴訟は、戦前同様の報道規制に道を開く裁判所のデッチ上げ判決で敗訴に至る。その経過を描き、国民の「知る権利」の危機を訴える「報道弾圧」(東京図書出版)著者。

2014年04月01日 (火曜日)

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

メディアの最大の仕事は「権力監視」。ジャーナリストなら常識であり、「見識」です。それに反し「政府が右と言えば、左という訳にはいかない」と公言しているNHK籾井勝人会長が居座ったままです。

メディアへの暴力行使を礼賛したとも取れる文章を発表した経営委員の長谷川三千子氏、都知事選の応援演説で対立候補を「人間のくず」呼ばわりした作家の百田尚樹氏も…です。

居座りの極めつけは、小松一郎・内閣法制局長官でしょう。政府の法案提出についてまで言及するのはご愛嬌としても、「憲法の番人」としての「見識」が全く感じられません。

憲法は国是であり、時の内閣の解釈で憲法が実質くるくる変わるようでは、「立憲国家」とは言えません。時の権力の意向と一線を画し、これまで法制局がなぜ集団的自衛権の発動を一貫して憲法違反として否定して来たか?

それは、いかなる理由があろうとも「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」との9条に明確に違反するからです。これが「立憲国家」としての法制局の「見識」であり、時の権力に安易に迎合しない「節度」と言うものでしょう。

◇「ナチスの手口を学んだら」

「欧州でもっとも進んだ憲法」と言われていたのは、ドイツのワイマール憲法でした。それがナチスによって都合よく解釈され、歯止めのない軍事国家にひた走りました。「ナチスの手口を学んだら」と発言したのが、麻生副総理です。その意向を受けて、小松長官が「頭の体操」で、これまでの法制局の「見識」「節度」をかなぐり捨て、解釈を180度転換するなら、ナチスの二の舞です。

自民は昔から金にだらしなく、数を頼んだ横暴も数多くありました。しかし、少なくとも歴代内閣には、政府が任命権を持つ重要ポストは、それなりの「見識」を持った人を任命するという最低限の「節度」はあったように思います。

それでも世間の批判を強く浴びる不適任な人と判明した場合、トカゲの尻尾切りではあっても、辞任を求めたりする「見識」もありました。自民が戦後政治の中で、長期政権たりえた秘訣も、こんな「節度」「見識」を辛うじて持ち合わせたことにあったようにも思います。

しかし、安倍政権にそんな「節度」「見識」を求めても無理なようです。自分たちの考えを同じくする「節度」のない「お友達」を集め、憲法まで自分たちの思い通りに解釈を変えて、運用する。これでは、立憲国家でなく安倍独裁国家です。

確かに中国や韓国の指導者の発言にも、「見識」「節度」は感じられません。しかし、この国が両国と対抗するのは、決して軍事力でなく、憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」する「見識」「節度」であるべきだと思っています。

曲がりなりにも国際社会でこの国が積み上げてきた「節度ある外交」…。それを安倍政権が根底から崩してしまうなら、その先にこの国の未来は見えて来ないのではないか。私は最近そんな絶望感に襲われています。

◇派閥、保身、利権に縛られた新聞経営者

安倍首相の動静を見ていると、メディアの経営者とかなりの頻度で懇談している様子が見て取れます。この国が歩んできた道を説き、大幅に逸脱する政権運営を諌める…。そのためにメディア幹部がその「見識」に基づいて安倍首相と会うことを、私は頭ごなしに批判するつもりはありません。

しかし、安倍首相にそうした話をし、「国民の危惧」を伝えても、素直に耳を傾けるのか。私には、「節度」「見識」を身につけた人物だとは、到底思えません。その証拠に籾井会長、長谷川、百田経営委員の擁護にも努めています。むしろ、彼等の考え方の方が正しく、その考えでNHKを席巻したいと、今でも思っているのでしょう。

一方、報道機関幹部はどうでしょう。建前では立派な言葉を吐いています。しかし、実態は本欄で報告している通りです。派閥、保身、利権…、そんな権謀術策ばかりにうつつを抜かしている組織で上り詰めた人たちが、経営幹部です。ジャーナリズムとしての不退転の「見識」「節度」を身に着けているとは思えません。

◇私が朝日を告発した理由

多くのメディアが加盟する日本新聞協会は、消費税が10%に増税された時、新聞にかかる消費税の減免措置を政府に陳情しています。もちろん、多数の国民に多くの事実、その裏にある社会情勢を読み解いてもらうには、新聞の役割りは欠かせません。そのためには、消費税が少しでも安いにこしたことはありません。

しかし、それは新聞が国民の「知る権利」に応える義務を忠実に果たし、国民多数の支持に基づいて政府に正面から要求する事柄です。間違っても、こそこそ政府に陳情する性格の問題ではありません。

私の長良川河口堰報道が何故、記事として陽の目を見なかったのか。これまで本欄で明らかにしてきたように、朝日は訳の分からない言い訳を繰り返すだけで、一切まともな理由を明らかにしていません。そうである以上、記事の差し止めと引き換えに朝日は、「異能分子」を仲立ちに権力者との何らかの取引に使ったのではないかとの、疑念が私には消えないのです。

もし、権力者としての「節度」「見識」を持ち合わせない安倍首相と、ジャーナリストとしての「節度」「見識」を持たないメディア幹部が懇談し、その場で消費税減免に話が及んだ時、人々の「知る権利」を侵害する私のケース同様の事態が起きないのか? 私はそれを心配します。

私がなぜ記事を止められたかをこれほど詳しく報告しているのか? 「異能分子」がからんだ権力との取り引きではないかとの疑念が消えない長良川河口堰報道の差し止め、ジャーナリズムとしての「不見識」が、社会、個人にどれほどの影響をもたらしたかを、具体的にこの欄の読者に検証してもらうためです。

それは過去の一時期な問題・誤りでは済まされません。むしろ安倍首相とメディア幹部との懇談で、こんなケースがさらに多発しないか。切迫した危機でもあるから、皆様に分って戴きたいのです。

◇長良川河口堰問題の本質

また、前置きが長くなりました。私の朝日に対する「不服従の闘い」を報告している「公共事業は諸悪の根源」のシリーズも、13回目です。今回も前回までのおさらいからです。

建設省(現国交省)が、ありもしない洪水の危険をあるかのようにみせかけ、「命の問題」と脅し、「無駄な公共事業」に反対する住民の反対運動をはねつけ、強引に着工に漕ぎ着けた…。これが長良川河口堰問題の本質です。

私は1990年、朝日・名古屋社会部の記者としてこの問題に取り組みました。建設省が住民を脅した嘘のカラクリを、同省の極秘資料を入手することによって、完全に解明。同省の定める行政マニュアル通りに計算しても、想定される最大の大雨で毎秒7500トンが流れても、堤防の安全水位以下にしか水が来ず、「洪水の危険」がないことを動かぬ証拠によって完璧に立証したのです。

しかし、当時の社会部長はまともな理由も告げず、とっくに内定していた東京・政治部への転勤を理由に「後輩にデータを引き継げ」と、記事にすることを認めませんでした。政治部でもこの記事の復活を目指し、一旦は記事化が認められました。でも、直後にこの部長から横ヤリが入り、結局ボツ。私は名古屋本社管内の豊田支局に左遷されました。

豊田支局でも、何とか記事にしようともがき、1992年、私が取材した内容を記事にするよう、編集局長に異議を申し立てた文書を出したことを発端に、人事・待遇差別が始まりました。記者の職を剥奪され、苦情処理係の広報へ左遷。その後、2004年9月からは、全く仕事がないブラ勤になりました。今回はここからです。

◇ブラ勤と白紙の書面

前回も書いたように、朝日の部長級以上には、仕事の成果で給料の額が決まる年俸制が敷かれていました。ブラ勤の私も一応、この対象者です。この制度では、新しいポストに変わると、自ら仕事の目標を設定し、年度末に目標通りに遂行できたかを、自己申告。それを基に上司と面談し、年俸が決まる仕組みになっています。

10月になると、代表からこの制度に基づき「業績評価目標設定」用紙が配られてきました。しかし、私は、人事に不同意。実際、仕事もないのですから、目標の設定など立てようもありません。

設定用紙は、もちろん白紙にしました。その上で、「人事について何の説明責任も果たされず、言葉さえも通じないことは、言葉を生業とする報道機関に所属する者として、極めて残念というより、情けなく思っています」から始め、白紙の理由を詳しく書いた文書を添付、ブラ勤にした私の人事に正当性があるかどうか、回答を求めました。

しかし、これにもなしのつぶてです。翌2005年3月、私は、業績申告も白紙にする以外にありませんでした。

付属文書で、「私が裁判沙汰にしていないのは、有り体に言えば、『裁判に訴えるには、余りにも恥ずかし過ぎる問題』という一点に尽きます。報道機関内部の倫理問題を国家機関たる裁判所に判断してもらっていいのか。自殺行為を意味します」などと、改めて人事の正当性について回答を促すとともに、「このままでは、さらなる不祥事が起きる」と警告したのです。

◇サンゴ事件から武富士問題へ

でもその時、私も予言がすぐに当たろうとは、夢にも思っていませんでした。あまりの偶然ですが、文書を提出した翌日発売の週刊誌で、「武富士問題」が暴露されたのです。

「武富士問題」と言っても、もう覚えておられる方は少ないかも知れません。サラリーマン金融の「武富士」から、「編集協力費」の名目で、「週刊朝日」が5000万円を受け取っていた問題です。サラ金でなくても、対価性がはっきりしている広告費以外の訳の分からない金を、新聞社が企業から受け取るなどもちろん論外です。

私がまだ、危機管理を担当する名古屋広報室長時代、朝日中枢部で問題になっていたらしいのです。しかし、もみ消されていたようで、危機管理のために2ヶ月に一度、東京本社で開かれる広報責任者会議にも報告されていませんでした。だから私も何も知らず、週刊誌の記事を読んで初めて分かりました。

朝日の不祥事でよく週刊誌で引き合いに出されるのが、沖縄のサンゴをダイバーが傷つけている写真を撮りたくて出張した東京本社のカメラマンが、その場所が見つからず、自らサンゴに傷つけたサンゴ事件です。

住民から指摘があったにも拘わらず、朝日幹部が事件を闇に葬り去ろうとしたのではないかと世間で強く非難され、当時の朝日社長は引責辞任しました。その時、朝日では紙面に謝罪・検証記事を掲載、今後問題が発覚したら、?きちんとした調査?組織の検証と自浄作用の発揮、再発防止策の作成?公正な処分、適正かつ透明性のある人事??などを教訓として挙げ、読者に約束しました。

しかし、この武富士問題は、一人のカメラマンの出来心が発端の事件ではありません。新聞社の根本倫理にかかわる深刻な問題です。

でも、私の問題同様、社外に漏れなければ済むと考えていたのでしょう。真摯に調査するという読者との約束も反故にされ、サンゴ事件の教訓は何一つ、生かされていません。

表沙汰になっても、当時の箱島社長は、わずかな期間、自らを減俸にしただけ。まともに責任を取る気などさらさらなかったのです。「何を言われても、居座った方が勝ち」。箱島氏がサンゴ事件から学んだのは、私の河口堰報道を止めた社会部長と親密だった経営幹部の処世術の方だったのかも知れません。

ただ、箱島社長は、表向き、社内外の批判をかわす必要があったのでしょう。週刊誌の記事が出た直後に、「言論・報道に携わる新聞社が外部の不当な干渉や圧力から自由でなければならないことは言うまでもありません。

しかも『自由』であることは、当事者である私たちが確信するだけでなく、読者に信頼してもらえる努力が絶えず求められています」「こうした事態が二度と起きないよう、ネガティブ情報や多様な意見がもっと素早く流れ、迅速で的確な経営判断ができる体制を作ることに全力を挙げることが急務と思っています」と、自らの社内ホームページに白々しいご託宣を載せています。

◇NHKと朝日の酷似

箱島社長がきれい事ではなく、本気で反省しているなら、この通り実行。私の指摘した問題にも、真摯に対処するのが当たり前です。しかし案の定、いくら待っても、私の質問には何の回答もよこさず、ほおかぶりしたままでした。   正直、私はこの時も、どこかの雑誌で内部告発することを考え、文章を書き始めました。拙書「報道弾圧」もその時の原稿を下敷きにしています。しかし、書いてみると、恐ろしくなりました。当時、靖国参拝した小泉首相人気はますます高まり、武富士問題で強い批判を浴びている中、私が追い討ちをかければ、朝日の地位がさらに低下。国民性からもブレーキ役をなくしたこの国が、どこへ突っ走るのか?

私は引き金を引くのが怖くなり、悩んだ末、書いた文書をパソコンの中にしまい込みました。

しかしその分、社内で闘うことが、私の読者への責任です。ちょうど当時、NHKの不祥事が世間を騒がせていました。朝日は2005年3月の社説でNHK会長の退職後の処遇、退職金支給問題に触れ、次のように高説を垂れています。

「NHKの一連の不祥事を理由にした受信料の支払い拒否・保留が、3月に70万件に達する可能性がある。NHKは前代未聞の窮地に追い込まれている。  視聴者のNHK不信は、チーフプロデューサーの番組制作費の着服がきっかけだった。その後、職場の金銭スキャンダルが次々に発覚した。それに対するNHKの対応のまずさが批判の火に油を注いでしまい、視聴者のNHK離れといえる不払いは猛烈に広がった。

NHKにすれば、信頼回復への道を踏み出しているつもりだったろう。  ことし初めには前会長が任期途中に辞任し、新会長の体制が発足した。だが、いまなお続く不払いは、こうした対応が全く評価されていない現実を物語っている。

会長の辞め方は、いかにも遅すぎた。おまけに、内部昇格した新会長は、前会長をいったん顧問に据え、批判を浴びて撤回する失態を演じた。内向きの論理を優先させるNHKの体質が端的に現れ、改革のイメージを打ち出すことに失敗した。

NHKは不払いへの明確な対応策を示せないばかりか、前会長の退職金の扱いも明言を避けるなど、信頼回復に向けた努力にも疑問を感じさせた。朝日新聞はこれまでも、NHKの会長には高いジャーナリズム精神を持つ人物がふさわしいと主張してきた。だが、残念ながら新会長からは、政治との距離を保つ強い意思や改革に向けての意欲が伝わってこない。

国会審議では、集金担当者が家々を回り、受信料を払うよう頼んでいることが取り上げられた。そうした現場の努力を無にしないためにも、古い体質をひきずった経営陣の刷新をはかり、これまで以上に優れた番組を放送していくことだ。不払いという経営を揺るがす危機を乗り切るには、生まれ変わったことをだれが見てもわかるように示すしかない」

さすが、朝日の社説です。不祥事に対処する報道機関とそのトップのあり方を過不足なく指摘しています。私も若い頃、こんな社説を書ける論説委員にあこがれていました。ならば、この「NHK」を「朝日新聞」と読み替えて見ては、どうでしょう。取り巻く状況も、酷似しています。

◇メディア企業に許されないダブルスタンダード

言葉を仕事とするジャーナリズムなら自ら発した言論には、一般企業以上に、責任があります。言行不一致、外には厳しく、内には甘くのダブルスタンダードは、本来、通用しません。

私は社説に何らの異論はありません。何より朝日がやらねばならないことは、「人のふり見て我がふり直せ」であり、NHKのことより社説に沿って、自らの在り方を検証することにあったはずです。

私は箱島社長宛に、武富士や私の問題とともに、社説も引用。「NHK前会長の退職金の放棄等、責任・処遇について厳しく指摘されています。その考え方を踏まえるなら箱島社長は朝日の責任者たりうるか、取締役会としてその対処、基本的な考え方をお示しください」と質問、回答を迫りました。   幸い私は、わずかながら朝日の株を持っていました。それまでこの問題に株主権を使うのは邪道と控えて来たのですが、ここまでくればやむを得ません。回答がなければ、株主総会で質問することを臭わせました。

それでやっと、朝日は動きました。私の質問を無視続けて来たのに、社長側近の取締役から「会いたい」と、私に電話がありました。

◇「現に私だって、記者ではない」

実は、社長に最初に文書を送った直後に「話をしたい」と、この人物は私に連絡して来たことがありました。しかし、待てど暮らせどなしのつぶて。1年ぶりの電話です。私に株主総会で質問されたら、週刊誌に書き立てられ、武富士問題に続く痛手になります。だから、話をする気になった。何とも情けない組織です。

株主総会直前、2005年6月に入って間もなくのことでした。側近は、社内で会うことを避け、夜、宿として予約した名古屋本社近くのホテルの一室に私を呼び出ましした。

「何でこそこそ」と思いました。でも、河口堰報道をまともに記事にしなかったことが正当かどうか、それまで朝日経営陣の見解を一度も聞いたことがありません。ぜひ一度は肉声で、聞いておかねばなりませんから、応じました。

私は、言われるままに指定の部屋に行き、コーヒーをすすりながら話をしました。側近は「次の予定もある」と急いだ様子。NHKに関する社説や武富士問題には一切触れません。私の問題に絞り、社会部長が代わり1993年12月、取材したうち、ほんの一部を記事になったことを持ち出しました。

何と「君は報道弾圧があったと言うが、記事になっている。決着済みの問題だ」と、言い放ったのです。私に「信頼回復せよ」と求めるなど一連の差別・報復には、当時の小泉首相の言葉をなぞり、「人事権者もいろいろ」と言い訳、「その時その時の事情があるではないか」と、付け加えました。

私の質問書を受け取りながら放置していた箱島社長の行為には、「社長は名古屋代表に、君と話し合って解決するよう指示している。放ったらかしにしたのでも、話し合いを拒否したのでもない」と、答えました。   私の取材・原稿に取材不足などの問題があって記事に出来なかったのなら、その点を具体的に指摘し「報道弾圧がなかった」と正面から堂々と論争すればいいのです。それがジャーナリズムの掟です。これでは、ただただ質問をはぐらかし、逃げまくったとしか言いようがありません。もちろん、私は、反論しました。

「確かに取材した内のほんの一部は記事になりました。でも、取材したこと、続報の大半はボツです。調査報道では続報を積み重ね、相手を追い詰めていくのが常道です。私の件に限って、なぜボツにしたのですか」

「まがりなりにも『記事にした』ことで、『決着』と言うなら、私の取材は記事として成り立つ正当性は認められているはずです。なら、報道を止めて来た当時の社会部長・編集局長の行為こそ不当であり、『報道弾圧』です。だから私は編集局長に異議を申し立てたのです。弾圧した側の責任を問わず、この『異議申し立て』を不当として私に『信頼回復』を求めるなら、いかなる『決着』なのですか。理由を明らかにして下さい」

「私の人事は記事を止められたことに抗議した1992年を境に、左遷、昇格の大幅遅延など人事差別が始まっています。『管理職もいろいろ』で、済むのですか。『社長は解決を指示している』と言われるなら、何度文書を出しても対応をしなかったのは、社長自身です。本当に話し合いを指示したなら、どう話し合ったか確認するのは、当り前でしょう」

しかし、側近は、余計なことは言わないように、指示されていたのでしょう。私の質問には一切反論する訳でもなく、「これが会社の公式見解だ」で、押し通しました。

最後に「ヒラでいいから」と、私は記者への復帰を求めました。側近は、「年齢がいけば、記者の仕事から外れる。現に私だって、記者ではない」と答えたのには、正直、あきれ果てました。同期の中にも、論説、編集委員など、立派に記者として活躍している人も多数います。「取締役になり、記者を卒業したあなたと、『信頼回復』を求められ、中退させられた私とは、立場が違うでしょう」と反論もしました。でも、この答えを繰り返すばかりだったのです。

2014年03月31日 (月曜日)

日弁連は、3月19日、わたしが申し立てていた喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求(第二東京弁護士会が下した棄却決定に対する異議申立)を棄却した。喜田村側からの反論は提出されていなかった。

※なお、この事件の経緯を知らない方は、下記、紫文字で記した【事件の経緯】を最初に読むことをお勧めします。前出記事に加筆した内容です。

日弁連の決定書には、形式的には棄却理由が綴られているが、具体的な理由は何も記録されていない。「理由」と称する記述は次の通りである。驚くべきずさんな書面だ。

異議申出人の対象弁護士に対する本件懲戒請求の理由及び対象弁護士の答弁の要旨は、いずれも第二東京弁護士会綱紀委員会第2部会の議決書に記載のとおりであり、同弁護士会は同議決書記載の認定と判断に基づき、対象弁護士を懲戒しないこととした。  

本件異議の申出の理由は、要するに、前記認定と判断は誤りであり、同弁護士会の決定には不服であるというにある。  

当部会が、異議申出人から新たに提出された資料も含め審査した結果、同議決書の認定と判断に誤りはなく、同弁護士会の決定は相当である。  

よって、本件異議の申出は理由がないので棄却することを相当とし、主文のとおり議決する。

 平成26年3月19日

 日本弁護士連合会綱紀委員会第1部会    

部会長 松田耕治

■決定書PDF

松田弁護士が「理由」と称しているものが、理由説明の体をなしていないことはいうまでもない。理由書は、結論に至る経緯を具体的に説明するものである。ところが松田氏が言及する理由とは、「異議申出人から新たに提出された資料も含め審査した結果、同議決書の認定と判断に誤りはなく、同弁護士会の決定は相当である」と判断したことである。

が、これは理由ではなくて、結論を述べているにすぎない。理由とは、結論に至るプロセスの説明である。

大学や専門学校の入試に小論文という科目があるが、この決定書は、誰が採点しても小論文のレベルにすら達していない。このようなものを決定書と称して、弁護士が送付してきた事自体が驚きに値する。不誠実で他人を卑下しているとしかいいようがない。

わたしが第二東京弁護士会の議決を不服として、日弁連に再検証を求めたのは、次の2点である。

問題となった文書(催告書)に書かれた内容そのものが、支離滅裂、デタラメだった事実である。喜田村弁護士がそれを知りながら、裁判所に提出した事実である。それを裏付ける新たな資料を、わたしは日弁連に提出している。

■新証拠PDF(喜田村弁護士執筆の記事。同氏が考える著作物の定義と催告書の中で採用されている著作物の定義が異なる)

著作権裁判をめぐる事件であるにもかかわらず、著作権裁判所で下された判決(黒薮勝訴)を無視して、著作権裁判の勝訴を前提にその後、わたしが起こした損害賠償裁判(読売勝訴)の判決の方を根拠にして、第二東京弁護士会がわたしの申立を退けた事実である。繰り返しになるが、わたしは著作権裁判の勝訴(最高裁で判決が確定済み)を前提として、今回の懲戒請求を申し立てたのである。それにもかかわらず、第二東京弁護士会は著作権裁判の判例を故意に無視し、副次的な意味しかもたない損害賠償裁判の判決を根拠に、喜田村弁護士を「救済」したのである。

わたしは、?と?に基づいての再検証を求めるために、日弁連に異議を申し立てたのである。と、すれば、?と?について、日弁連の見解を明確にするのが、松田氏の任務であるはずだ。なぜ、著作権裁判の判決を無視しているのかという疑問と、催告書の内容がデタラメだった事実をどう評価するのかを問うたのである。それについての判断を示し、その理由を説明するのが、日弁連の役割だったはずだ。

このような書面を配達証明で受け取ると、そもそも最初から異議申立を真面目に検証する気などなかったのではないかと、疑わざるをえない。弁護士会という一種の「村社会」の中で、仲間を仲間が処分することのむずかしさを痛感する。

懲戒請求制度も、弁護士の正義をPRするための儀式に過ぎないと受け取らざるを得ないのである。結局、弁護士会の体質も、利権集団的な傾向が強いのかも知れない。事実、同会は、政治連盟を通じて、政治献金を支出している。

■参考記事:政界進出狙う宇都宮健児氏、日弁連も政界へ献金 献金先の政治家同士で国会質疑の茶番劇も

改めて言うまでもなく、棄却決定に抗して日弁連に綱紀審査を申し立てることになる。

以下、事件の経緯を説明した後、『弁護士職務基本規程』に照らし合わせて、今回の懲戒請求を再検証してみたい。わたしが従来から主張してきたのは、

75条 弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

と、いう条項だったが、細かに検討してみると、ほかにも今回の事件に該当するのではないかと思われる条項が多数ある。

さらに日弁連による弁護士の処分例を紹介しよう。第3者からみると、適正な処分を受けている弁護士もいるようだ。

最後の「資料編」として、書面などをリンクした。

【事件の経緯】

複雑なようで、実は単純なこの裁判。どのような経緯で何が争われたかを秩序だて、整理するためには、著作者人格権とは何かを理解することが大前提になる。逆説的に言えば、著作者人格権とは何かを理解すれば、この裁判で何が争点になり、何を理由に裁判所は江崎氏を敗訴させ、何を根拠に喜田村弁護士が懲戒請求にかけられたかが輪郭を現す。??

?◇だれが作者なのかという問題

おそらく読者の大半は、著作権という言葉を聞いたことがあるだろう。文芸作品などを創作した人が有する作品に関する権利である。その著作権は、大きく著作者財産権と著作者人格権に分類されている。   

このうち著作者財産権は、作品から発生する財産の権利を規定するものである。たとえば作者が印税を受け取る権利である。この権利は第3者にも譲渡することができる。 これに対して、著作者人格権は、作者だけが有する特権を規定したものである。たとえば未発表の文芸作品を公にするか否かを作者が自分で決める権利である。第3者が勝手に公表することは、著作者人格権により禁じられている。

著作者人格権は、著作者財産権のように他人に譲渡することはできない。「一身専属」の権利である。 この「一身専属」は、江崎氏がわたしに対して提起した著作権裁判(2008年に提訴)を考える上で、重要な意味を持っている。江崎氏の提訴は、この著作者人格権に基づいたものだった。

江崎氏は、わたしが行ったある行為に対して、自分だけが持つ特権?著作者人格権を根拠として、裁判を起こしたのである。 ? ある行為とは、江崎法務室長がわたし宛にメールで送付してきた催告書を、新聞販売黒書(現、MEDIA KOKUSYO)に掲載したことである。江崎氏は、自分が著作者人格権を有する催告書を、わたしが無断で新聞販売黒書に掲載したとして、提訴に及んだのである。

代理人は、今回の懲戒請求の対象になった喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。

? ところが裁判の中で、問題の催告書には「作者」が別にいたらしいことが判明したのだ。著作者人格権を理由として起こした裁判そのものの正当性が問われることになったのである。

東京地裁は、催告書を執筆したのは喜田村弁護士か彼の事務所スタッフであった高い可能性を認定した。地裁、高裁、最高裁も、この司法判断を認定した。そして判決は確定したのである。 つまり、江崎氏はもともと著作者人格権を有していないのに、著作者人格権を根拠にして、わたしを法廷に立たせたのだ。

それが判明して、門前払いのかたちで敗訴したのである。 ? これに伴いわたしは、喜田村洋一弁護士の責任も、弁護士懲戒請求というかたちで問うことにしたのである。

◇新聞販売黒書に掲載した2つの書面??

著作権裁判の発端は、読売と福岡県広川町のYC広川の間で起こった改廃をめぐるトラブルだった。当時、「押し紙」問題を取材していたわたしは、この係争を追っていた。 幸いに係争は2007年の暮ごろに解決のめどがたち、読売はそれまで中止していたYC広川に対する定期訪問を再開することを決めた。

しかし、読売に対する不信感を募らせていたYC広川の真村店主は、読売の申し入れを受け入れるまえに、念のために顧問弁護士から、読売の真意を確かめてもらうことにした。 ? そこで江上武幸弁護士が書面で読売に真意を問い合わせた。

これに対して、読売は江崎法務室長の名前で次の回答書を送付した。

前略  読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。

わたしは、新聞販売黒書の記事に、事実の裏付けとしてこの回答書を掲載した。すると即刻に江崎氏(当時は面識がなかった)からメールに添付した次の催告書が送られてきたのである。

冠略 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。  貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

 そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を探ることとなりますので、この旨を付言します。

わたしは、今度はこの催告書を新聞販売黒書で公開した。これに対して、江崎氏は、催告書は自分の著作物であるから、著作者人格権に基づいて、削除するように求めてきたのである。が、作者は別にいたのだ。

◇知財高裁の判決

著作権裁判では、通常、争点の文書が著作物か否かが争われる。著作物とは、著作権法によると、次の定義にあてはまるものを言う。

思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

改めて言うまでもなく、争点の文書が著作物に該当しなければ、著作権法は適用されない。 ? わたしの裁判でも例外にもれず、争点の催告書が著作物か否かが争われた。ただ、催告書の著作物性を争った裁判は、日本の裁判史上で初めてではないかと思う。ちなみに、新聞販売黒書に掲載した回答書の方は、争点にならなかった。

裁判は意外なかたちで決着する。裁判所は、「江崎名義」の催告書の著作物性を判断する以前に、江崎氏が催告書の作成者ではないと判断したのである。つまりもともと著作者人格権を根拠とした「提訴権」がないにもかかわらず、催告書の名義を「江崎」に偽って提訴に及んでいたと判断したのである。

なぜ、裁判所はこのような判断をしたのだろか。詳細を述べると優に50ページを超えるので、詳しくは次に紹介する知財高裁の判決を読んでほしい。

■知財高裁判決

ただ、ひとつだけ理由を紹介しておこう。喜田村弁護士が書いた「江崎名義」の催告書の書式や文体を検証したところ、同氏がたまたま「喜田村名義」で他社に送っていた催告書と瓜二つであることが判明したのだ。同一人物が執筆したと判断するのが、自然だった。

◇弁護士懲戒請求

弁護士職務基本規程の第75条は、次のように言う。

 弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

喜田村弁護士は、問題になった「江崎名義」の催告書を執筆していながら、江崎氏の著作者人格権を前提とした裁判書面を作成し、それを裁判所に提出し、法廷で自論を展開したのである。

当然、弁護士職務基本規程の第75条に抵触し、懲戒請求の対象になる。わたしが懲戒請求に踏み切ったゆえんである。

◇弁護士倫理の問題

なお、裁判の争点にはならかなったが、喜田村弁護士に対する懲戒請求申立ての中で、わたしが争点にしているもうひとつの問題がある。ほかならぬ催告書に書かれた内容そのものがデタラメである事実である。

著作権裁判では、とかく催告書の形式ばかりに視点が向きがちだが、喜田村弁護士が書かれたとされる催告書の内容によく注意すると、内容がデタラメであることが分かる。怪文書とも、恫喝文書とも読める。

 端的に言えば催告書は、回答書が江崎氏の著作物なので、削除しろ、削除しなければ、刑事告訴も辞さないとほのめかしているのだ。それがウソであることを示す証拠は、新証拠として日弁連に提出した。

回答書は、本当に著作権法でいう著作物なのだろうか?再度、回答書と著作権法の定義を引用してみよう。

【回答書】前略? 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。

【著作物の定義】 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

誰が判断しても、著作物ではない。しかも、催告書を書いたのは、著作権法の権威である喜田村弁護士である。回答書が著作物ではないことを知りながら、著作物だと書いた強い疑いがあるのだ。しかも、催告書を削除しなければ、刑事事件にすることをほのめかしているのだ。

恫喝ではないだろうか?

◇弁護士職務基本規程 ? 『弁護士職務基本規程』の次の条項に照らして、この事件を検証してみよう。

1条:弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現にあることを自覚し、その使命の達成に務める。

この事件が「基本的人権の擁護と社会正義」に著しく反することは言うまでもない。

4条:弁護士は、司法の独立を擁護し、司法制度の健全な発展に寄与するように務める。

江崎氏に提訴の資格がないのを知りながら、提訴に及んだということは、裁判所を騙したということにならないだろうか?

10条:弁護士は、不当な目的のため、又は品位を損なう方法により、事件の依頼者を誘導し、又は事件を誘発してはならない。

喜田村弁護士がみずから催告書を執筆して、「江崎名義」の提訴を代行したとすれば、「事件を誘発」したことになる。

14条:弁護士は、詐欺的取引、暴力その他違法若しくは不正な行為を助長し、又はこれらの行為を利用してはならない。

江崎氏に提訴の資格がないことを知りながら、提訴を代行した事実は、「不正な行為を助長」したことにならないだろうか?

31条 弁護士は、依頼の目的又は事件処理の方法が明らかに不当な事件を受任してはならない。

江崎氏に提訴の資格がないことを知りながら、提訴すること自体、「事件処理の方法が明らかに不当な事件」に該当しないだろうか?

74条 弁護士は、裁判の公正及び適正手続きの実現に務める。 

江崎氏に提訴の資格がないこをと知りながら、提訴を代行した事実は、明らかに「適正手続きの実現に務める」義務に反している。

75条 弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。

喜田村弁護士が催告書を執筆して、「江崎名義」に偽り、それを前提に準備書面や証拠を提出した行為は、75条に抵触する。

◇処分の例

【退会命令の例】

登録番号:18147

所属弁護士会:東京

法律事務所名:榎本精一法律事務所

懲戒種別:退会命令

懲戒年度:2000年2月

処分理由の要旨:土地の競売をさせないために偽装登記をした。他事件あり

登録番号:11294

所属弁護士会:第二東京

懲戒種別:退会命令

懲戒年度:2000年5月

処分理由の要旨:多重債務債務処理で斡旋屋から紹介を受け事務員に処理させる、業務停止期間中に法律業務

【業務停止の例】

登録番号:8383

所属弁護士会:東京

法律事務所名:わかば法律事務所

懲戒種別:業務停止1年6月

懲戒年度:2000年2月 処分理由の要旨:多重債務債務処理で斡旋屋から紹介を受け事務員に処理させる

登録番号:13565

所属弁護士会:札幌

懲戒種別:業務停止1月

懲戒年度:2000年8月

処分理由の要旨:損害賠償事件受任裁判無断欠席、特別送達等郵便が事務所に到着しない

登録番号:11522

所属弁護士会:東京

懲戒種別:業務停止10月

懲戒年度:2000年9月

処分理由の要旨:依頼者の意思確認なしで訴訟提起

【戒告の例】

登録番号:15239

所属弁護士会:名古屋

法律事務所名:渡邉法律事務所

懲戒種別:戒告

懲戒年度:2000年6月

処分理由の要旨:合同事務所で同じ事件を扱う、利益相反行為

登録番号:17245

所属弁護士会:東京

法律事務所名:山脇法律事務所

懲戒種別:戒告

懲戒年度:2000年7月

処分理由の要旨:交通事故損害賠償請求で書類等不備及び速やかな対処せず

録番号:20431

所属弁護士会:富山 法律事務所名

懲戒種別:戒告

懲戒年度:2000年10月

処分理由の要旨:国選弁護人が被害者宅へ弁償に行くと刑が軽くしたいのかなどと言われキレタお前から金貰ってないと

【資料編】

■読売が黒薮に対して起こした著作権裁判の提訴行為が弁護士としてあるまじき行為だった高い可能性を認定した知財高裁判決。(7ページ[イ]参照)

■喜田村弁護士に対する懲戒請求・黒薮準備書面(1)

■第2東京弁護士会の議決書

■黒薮による異議申立書

■日弁連の決定書

2014年03月28日 (金曜日)

新潟県を中心に普及している月刊誌、『財界にいがた』(http://zaikainiigata.com)4月号で、「小沢一郎を強制起訴に追い込んだ検察審査会と最高裁の闇」と題する連載が始まった。第1回のタイトルは、「森裕子・前参院議員はなぜ一市民を名誉毀損で提訴したのか」。

森裕子氏は新潟県出身の前参院議員である。一方、「一市民」とは、『最高裁の闇』の著者で、森裁判の被告・志岐武彦氏のことである。

この裁判については、MEDIA KOKUSYOでも断続的に取り上げている。事件の概要は、小沢一郎氏を強制起訴した東京第5検察審査会が、実は審査員が存在しない「架空審査会」だったのではないか、というかなり客観性がある証拠が浮上し、この点をめぐって意見が対立した森氏と志岐氏の論争が、訴訟にまでエスカレートしたというものである。

志岐氏が東京第5検察審査会を管轄する最高裁事務総局の責任を強調しているのに対して、森氏は最高裁にも問題はあるが、むしろ検察の誘導により小沢氏の起訴議決が下されたとする説を展開してきた。

事件の経緯については、次のPDFを参考にしてほしい。

■PDF『森ゆうこ元参議院議員が「一市民」に起こした恫喝訴訟が明かす「最高裁の闇」』

■PDF『浮上する最高裁事務総局の闇 森ゆうこ元参院議員が一市民を提訴』

リンクした2つの記事は、『ジャーナリスト』と『紙の爆弾』にわたしが執筆したものである。このほか、MyNewsJapanにも次の記事を掲載した。

■生活の党・森ゆうこ氏が最高裁の闇を指摘した「一市民」を提訴、820万円と言論活動の制限求める?

今回、『財界にいがた』に掲載された記事の最大の特徴は、森氏の反論が掲載されていることである。

※『財界にいがた』の記事は、黒薮が執筆したものではありません。

森氏の反論の趣旨は、

?志岐氏がインターネットで悪質なデマを拡散しているので裁判を提起した。

?小沢無罪を勝ち取るために最高裁と裏取引をしたことはない。

?検察の捏造報告書を流出させたのは自分ではない。

◇公益性のあるテーマ  

名誉毀損裁判では、次の3段階の法理が適用される。

①争点の表現が「公共の利害に関する事実」か否か。(真実の公共性)。

②争点の表現行為が「もっぱら公益を図る目的」で行われたか否か。(目的の公益性)。

③摘示事実が真実か(真実性)、あるいは真実であると信ずるについて相当の理由があるか。(真実相当性)。理由があれば、名誉毀損にはならない。

森裁判では、背景に最高裁問題があることに加えて、森氏が極めて影響力が大きい前国会議員であり、生活の党の幹部であった事情から察して、?と?の要件は間違いなく満たす。

とりわけ最高裁事務総局の「闇」は、元裁判官・瀬木比呂志氏の内部告発『絶望の裁判所』が暴露したように、きわめて公益性の高いテーマである。最高裁事務総局が前近代的な組織であれば、日本の戦後民主主義をゼロから問い直す作業が不可欠になるからだ。

こうした事情を考慮すれば、志岐氏の推論(森氏が主張するように、事実の摘示ではない)が、真実に相当するかどうかが、裁判の争点になりそうだ。もっとも、最近の裁判所は、言論抑圧を意図して、真実相当性を軽視して、真実性を重視する傾向があるようだが、志岐氏が提示した推論は、その司法の腐敗を考える上できわめて大きな意味を持っている。

たとえばだれが検察の捏造報告書を外部へ流出させたのかという問題である。違法なかたちで流出したのであれば、当然、検察内部を捜査しなければならない。一方、合法的に外部に出たものを誰かが、歌手の八木啓代氏に「電気通信回線」(Eメール)を通じて送ったとしても違法行為である。

【刑事訴訟法】 第二百八十一条の四 被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは 電気通信回線を通じて提供してはならない。

  一 当該被告事件の審理その他の当該被告事件に係る裁判のための審理

  二 当該被告事件に関する次に掲げる手続

   イ 第一編第十六章の規定による費用の補償の手続

   ロ 第三百四十九条第一項の請求があつた場合の手続

   ハ 第三百五十条の請求があつた場合の手続

   ニ 上訴権回復の請求の手続

   ホ 再審の請求の手続

   ヘ 非常上告の手続

   ト 第五百条第一項の申立ての手続

   チ 第五百二条の申立ての手続

   リ 刑事補償法の規定による補償の請求の手続

   前項の規定に違反した場合の措置については、被告人の防御権を踏まえ、複製等の内容、行為の目的及び態様、関係人の名誉、その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか、当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか、その取調べの方法その他の事情を考慮するものとする。

この事件では、捏造報告書が「電気通信回線」を通じて提供されたのである。

このように極めて公益性の高い問題で、志岐氏が推論を展開したことは、日本が形式的には言論の自由が保証された国であることを考慮するとあたりまえの手段である。それに公人が反論して論争を展開することで、国民の間に検察や最高裁のあり方についての認識を深めることができる。ところが森氏は、公益性のある問題を裁判所に持ち込んだのだ。しかも、500万円を請求している。

あえて司法判断を求めるのであれば、1万円程度の請求に抑えるべきだった。

森氏が「普通の人」であれば、提訴行為を頭から批判するわけにはいかない。しかし、世論を啓蒙すべき立場にある公人が、論争よりも裁判を選んだのは解せない。

が、いずれにしても『財界にいがた』で森氏が反論したことで、論争が再スタートした。歓迎すべきことだ。次号では、志岐氏の主張が掲載される。

2014年03月27日 (木曜日)

新聞ばなれが進むなか、強引な新聞勧誘が増えている。24日付けの産経(電子版)は、読売新聞の販売員が強制わいせつ未遂と住居侵入の疑いで逮捕されたニュースを掲載している。タイトルは、「契約断られた直後に… 強制わいせつ未遂容疑で読売勧誘員の男逮捕」。

新聞購読の勧誘で訪れたマンションで、女子大生(19)にわいせつな行為をしようとしたとして、京都府警北署は24日、強制わいせつ未遂と住居侵入の疑いで、京都市北区大宮北林町、読売新聞販売員、堀茂樹容疑者(38)を逮捕した。同署によると「行ったことは間違いない」と話しているが、わいせつ目的については否認している。

 逮捕容疑は2月11日午後8時20分ごろ、新聞購読の勧誘で訪れた同区のマンションで、一人暮らしをしていた女子大生の部屋に入り、わいせつな行為をしようとしたとしている。

 同署によると堀容疑者は犯行前にも勧誘に訪れ、女子大生は4日間の試し読みをしていた。試し読み後に購読契約を断ると、犯行に及んだという。

 読売新聞大阪本社広報宣伝部の話 「取引関係にある販売店の従業員が逮捕されたことは誠に遺憾。事実を確認のうえ、厳正な対処を販売店に求める」

疑問を呈したくなるのは、読売の広報宣伝部のコメントである。「取引関係にある販売店」という表現は、販売店が不祥事を起こしたときの常套句になっている。が、これは商取引の契約上、新聞社は販売店との「取引関係」にあるということに過ぎない。読売に限らず新聞社は販売店に対して、販売政策を徹底させている。むしろ実態からすると、販売店は、新聞社販売局の実働部隊と解釈することもできる。

◇真村高裁判決の判例

そのことは実質的に新聞社の優越的地位の濫用を認定した真村裁判・福岡高裁判決にも現れている。同判決には読売の販売政策について次のような認定がある。

※文中の「虚偽報告」とは、「押し紙」(残紙、あるいは偽装部数)を実配部数に含めて、新聞社に報告する行為を指す。販売店がこうした行為に走るのは、「押し紙」が独禁法に違反するので、帳簿上は「押し紙」が存在しないことにする必要があるからだ。そこで「押し紙」を実配部数として報告するのだ。

新聞販売店が虚偽報告をする背景には、ひたすら増紙を求め、減紙を極端に嫌う一審被告の方針があり、それは一審被告の体質にさえなっているといっても過言ではない程である。

一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。

これらの認定から、読売は自社の販売政策にしたがって、販売店の業務を指導していることが読み取れる。と、すれば「取引関係にある販売店」を強調することで、新聞拡販員が起こしたトラブルの責任を販売店に転嫁するのは、誤っている。

改めて言うまでもなく、景品を使わなければ購読してもらえない紙面では、ジャーナリズムの価値がない場合が多い。

2014年03月26日 (水曜日)

日本人(子供を除く)の83%が「新聞を読む」習慣があるという日本新聞協会の調査結果を、読者の皆さんはどう感じるだろうか?

同協会は18日、自らが主催した「全国メディア接触・評価調査」の結果を公表した。ところがこの調査は、厳密にいえば新聞協会とは無関係の第三者に依頼して実施したものではないことが分かった。本来、「身内」以外に発注するのが常識なのだが。

調査は、新聞協会の会員社である時事通信の西澤豊社長が会長を務める中央調査社が実施したものである。西澤氏は、少なくとも昨年の1月までは、新聞協会の監事だった。

この調査の結果を伝える新聞協会のウェブサイトをご覧いただきたい。調査概要の最終項目に「実査・レターヘッド:中央調査社」と、明記されている。これが実際に調査を行った組織である。

■http://www.pressnet.or.jp/adarc/data/rep/

つまりこの調査では、意図的な情報操作をおこなうことができる余地があったのだ。新聞を読む習慣がある人が83%を占めるという信じがたい数字が出たゆえんではないか。

かりにこの数字が、新聞の公称部数と同様にまったく実態を反映していないとした場合、情報操作の背景に、新聞に対する消費税の軽減税率の適用を勝ち取りたいという新聞経営社(以下、新聞人)の思惑があるのではないか。

◇実態と離れた感覚

調査結果は、読売や毎日の紙面とウェブサイトなどでも紹介された。次のような結果だった。

日本新聞協会広告委員会は「2013年全国メディア接触・評価調査」の結果を発表した。新聞を読んでいる人は83.6%だった。電子版の新聞を読んでいる人は7.7%で、紙と電子版を併読している人は6.3%だった。新聞社が発行する電子版の認知度は49.2%で、半数が「知っている」と答えた。(毎日新聞) ?  

データを要約すると次のようになる。

新聞を読んでいる人:83.6%

電子版の新聞を読んでいる人:7.7%

紙と電子版を併読している人:6.3%

新聞社が発行する電子版の認知度:49.2%

わたしの予想とはかけ離れていた。わたしは次のように予想していた。

新聞を読んでいる人:50%

電子版の新聞を読んでいる人:70%

紙と電子版を併読している人:80%

新聞社が発行する電子版の認知度:90%

ちなみに読売の渡邉恒雄会長は、今年の読売賀詞交換会で新聞離れについて次のように述べている。渡邉氏の推測では、新聞を読んでいる人は50%である。

もうひとつの悲観要因は活字離れです。東京23区の無購読者層は約5割です。日本の中心の23区で新聞を読まない世帯が50%近いということは、新聞界の将来に響く大きな問題です。

■PDF出典

◇新聞に対する消費税軽減税率の適用を問う調査でも・・

実は、日本新聞協会は、今回とまったく同じ手口の世論調査を過去にも行っている。新聞に対する減税率適用の是非を問う世論調査を主催するさいに、やはり中央調査社に調査を発注している。これについては、昨年の1月にMyNewsJapanで実態を明らかにしたので、掲載記事のリードの部分を紹介しておこう。

新聞社が新聞に対する消費税の軽減税率適用を求めて紙面を使ったPRを展開している。その根拠として記事などに引用しているのが、日本新聞協会が実施したとされる世論調査の結果で、実に、国民の8割が生活必需品に対する軽減税率適用を求め、新聞・書籍に対しても、その4分の3が賛成している、というものだ。

ところが、実際にこの調査を行ったのは、中立な第三者どころか、新聞協会の監事・西澤豊氏が会長を務める中央調査社。しかも、実際に面接調査をしたのは、4000人の候補者のうち1210名だけで、新聞の定期購読率が極めて高いと思われる層のみに聞いた“イカサマ調査”といえる。

新聞と書籍をごちゃ混ぜにして質問するなど、質問内容にも結果を誘導した跡がある。新聞業界は「押し紙」分まで増税されてしまうことを極端に警戒し、世論調査・世論誘導すべくしゃかりきに走り出した。

■MyNewsJapanの記事全文

◇住所も電話も同じ

新聞協会がアンケート調査を発注してきた中央調査社と、新聞協会の会員社である時事通信の親密な関係は否定のしようがない。

中央調査社の地方事務所の所在地を調査したところ、大阪事業所、名古屋事業所、広島事業所の住所がいずれも、時事通信の支社と一致することが分かった。以下のとおりである。

時事通信大阪支社: 大阪市中央区備後町4-1-3(御堂筋三井ビルディング6F)

中央調査社大阪支社:大阪府大阪市中央区備後町4-1-3 御堂筋三井ビル6F

時事通信名古屋支社:名古屋市中区錦2-2-13(センタービル8F)

中央調査社名古屋支社:名古屋市中区錦2-2-13 センタービル

時事通信広島支社:広島市中区基町5-44(商工会議所ビル5F)

中央調査社広島支社:広島市中区基町5-44 商工会議所ビル

また、大阪事業所の電話番号(6231-6340)と時事通信大阪支社・調査部の電話番号(6231-6340)が同じであることも分かった。

写真:産経新聞の偽装部数。古紙回収業者ウエダの伝票によると、四条畷販売所から10日で11トンの偽装部数(広義の「押し紙」)を回収している。

2014年03月25日 (火曜日)

【訂正】昨日(24日)付けのMEDIA KOKUSYOで、TBSのドキュメンタリー「追跡クロス『小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言』」が放送された日を、2010年9月14日と記載しましたが、正しくは2012年4月26日でした。TBSと読者の皆様にお詫びします。原因は、メモの取り間違いでした

さて、「訂正」した上で、改めて「追跡クロス『小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言』」をどう解釈するかを、わたしなりに論評してみる。既にのべたように、わたしが問題としているのは、TBSが何者かによりガセネタを掴まされた可能性である。

と、いうのもTBSは検察審査会の審査員による証言を報じていながら、石川克子氏(市民オンブズマンいばらぎ事務局長)や志岐武彦氏(森ゆうこ裁判の被告)らが行った調査により、「審査員」そのものが架空だった疑惑が持ち上がっていたからだ。しかも、この疑惑は、憶測ではなく、裁判所、検察、会計監査院などに対する情報公開請求により入手した客観的な裏付け資料に基づいたものである。

小沢検審に検察審査会の審査員がいたのか、それとも審査員は架空であり、最高裁事務総局が小沢起訴を決め、審査員が起訴議決したかのように装ったのか?この問題は、特に小沢一郎氏の支持者の間で大きな話題になり、両者の説が激突して、裁判(森ゆうこ氏が志岐氏を提訴)にまでエスカレートした。

審査員がいたと主張する人々は、「不正な小沢起訴」の責任を捏造報告書を小沢検審に送った検察にあるという世論を形成しようとした。これに対して「不正な小沢起訴」の責任は、最高裁事務総局の謀略と主張する人々は、「検察諸悪の根源派」の言動を批判した。

「検察諸悪の根源派」が、不正な起訴議決の責任を検察に転嫁することで、結果的に最高裁を前代未聞のスキャンダルから救済していると考えた。彼らのマスコミ批判もこの点に重きがある。

※検察審査会は検察の管轄ではなく、最高裁事務総局の管轄

こうした対立軸が存在するとき、マスコミの影響力は大きい。

小沢裁判の無罪判決(東京地裁)が下る直前に、まず、週刊朝日が「小沢一郎を陥れた検察の『謀略』」と題する記事を掲載した。それからまもなく検察批判を展開している歌手の八木啓代氏に、何者かによりロシアのサーバーを使って発信元を隠し、検察による捏造報告書が送られた。八木氏はそれをウエブサイトで公開した。

結果、小沢氏の不正起訴の責任は、検察にあるとする世論が広がった。

さて、TBSが「追跡クロス『小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言』」を放映したのは、2012年4月26日である。この日はどんな日なのか?

改めて言うまでもなく、小沢氏に無罪判決が下った日である。TBSは無罪判決が下った日の夜に、小沢検審に審査員は実在したことを証言する人物(ただし肉声も画像もない)を登場させたのだ。いわば架空審査会の疑惑を否定するアリバイを示したのである。

◇森ゆうこ氏が志岐氏を提訴

既に述べたように、その後、この論争は炎上して、検察による誘導説をより強調すると森氏が、最高裁事務総局を諸悪の根源とみる志岐氏を提訴するに至ったのである。志岐氏が一時的に萎縮したことはいうまでもない。

ちなみに志岐氏は、小沢氏を批判していたわけではない。裁判所が小沢氏に無罪判決を下したことに対しては率直に歓迎した。しかし、不正起訴の責任は、最高裁事務総局にあると見ている。審査員も架空だったと考えている。この点は、区別して考える必要がある。

参考までに再度、小沢検審の審査員は架空だったとする説の8つの根拠を紹介しておこう。

? ■“小沢検察審査会“架空議決8つの根拠 証拠資料

2014年03月24日 (月曜日)

昔から後を絶たないのがテレビ番組のヤラセである。たとえば古い事件では、1992年にNHKスペシャル『奥ヒマラヤ 禁断の王国・ムスタン』にヤラセ場面(スタッフが高山病になった芝居等)があったことが問題になった。

次にリンクするTBS「ニュース23」の画像を見たとき、わたしはTSBのスタッフが報道内容の裏付けを取ったのかを疑った。ガセネタを掴まされた可能性を考えたのだ。なぜ、そんなふうに感じたか、わたしの意見を述べよう。

タイトルは、「追跡クロス『小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言』」。ところがこの事件では、もともと検察審査会の審査員が架空だった疑惑が、市民オンブズマンなどの調査を通じて浮上しているのだ。しかも、憶測ではなくて、審査員が不在だったことを証す客観的な裏付け資料が明らかになっているのである。「架空審査員」の疑惑である。

■追跡クロス「小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言」

裏付け資料は、いずれも情報公開請求により検察や裁判所、会計監査院などから入手したものである。審査員が架空だった疑惑が調査により指摘されているのに、あえてこのようなドキュメンタリーを放映したのだ。

この番組は、視聴者に対して、審査員が存在したという主張を広げる役割を果たしている。その裏付けとして審査員の証言をクローズアップしたのだ。少なくともわたしはそんなふうに解釈した。

ところが番組のタイトルとは裏腹に、審査員を自称する男の画像はどこにも現れない。男の声も収録されていない。ナレーションが読み上げられるだけで、ドキュメンタリーとして最低限必要な要素すらも欠落しているのだ。このようなものをあえて放送した意図そのものが不自然だ。

TBSといえば調査報道に定評がある。それゆえに世論誘導の「装置」としては申し分がない。

それだけに「追跡クロス『小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言』」は検証を要する。

◇事件の背景と森ゆうこ裁判  

この番組の信ぴょう性を検証するためには、どうしても小沢事件とそれに連座した東京第5検察審査会(以下、第5検審)の起訴議決により、小沢一郎氏が起訴された事件の経緯を把握しなくてはならない。この事件では、週刊誌やネットメディアを利用して、巧みに世論誘導が行われた可能性があるのだ。

(経緯をご存知の方は、この節[紫文字]をスキップしてください。また、次の参考記事でも、黒薮が事件の経緯を書いています)

■PDF『森ゆうこ元参議院議員が「一市民」に起こした恫喝訴訟が明かす「最高裁の闇」』 

■PDF『浮上する最高裁事務総局の闇 森ゆうこ元参院議員が一市民を提訴』

●事件の経緯1

事件の発端は、小沢一郎氏が2010年に東京第5検察審査会(以下、第5検審)の議決で起訴され、最終的には無罪になった件である。メディアでも大きく報道され、喜びを露呈した小沢氏の映像はわれわれの記憶に新しい。

?ところが第5検審の起訴議決には、当初から不可解な点があった。起訴議決を行った日が、小沢氏が立候補していた民主党代表選の投票日と重複したのだ。故意なのか、偶然なのか、いずれにしても不自然さを払拭できない。

そのために、何者かが「小沢排除」をたくらみ、なんらかの裏工作を行ったのではないか、という噂が広がったのだ。特に小沢氏の支持者の間で、第5検審に対する漠然とした不信感が広がった。

ちなみに検察審査会は、「検察」という名前を付しているが、検察の組織ではなく、文字通り「検察」を「審査」する最高裁事務総局の機関である。

?従って小沢氏の支援者らが抱いた不信感は、最高裁事務総局に向けられたものだった。

●事件の経緯2  

 こうした状況の中で、最高裁事務総局の闇、具体的には第5検審による小沢起訴の舞台裏をさぐる動きが生まれた。その先頭に立ったのが、森ゆうこ参議院議員と志岐武彦氏だった。この2人に市民オンブズマンいばらきの石川克子事務局長が加わった。

?結論を先に言えば、3人は綿密な調査と、チームワークにより、第5検審についての恐るべき事実を次々と浮かび上がらせていく。その辣腕ぶりは、ジャーナリストの比ではなかった。森氏は、情報公開制度で石川氏らが入手した資料を使い、国会で最高裁事務総局の責任を追及した。

?3人の調査により浮上した重大疑惑は、第5検審はもともと架空の審査会だったのではないか、という驚くべきものだった。架空の審査会で、最高裁事務総局が小沢起訴を「議決」したのではないか、という疑惑が浮上したのだ。 その根拠として、志岐氏と石川氏は、次にリンクする8つの根拠を示している。

?■“小沢検察審査会“架空議決8つの根拠 証拠資料

●事件の経緯3

?かりに最高裁が検察審査会を舞台として、偽りの起訴「議決」を行い、「狙い撃ち」にする人物を法廷に立たせ、みずから被告に有罪判決を確定する策略が水面下で行われたとすれば、日本の戦後民主主義そのものもが仮面に過ぎなかったことになる。

 軍事政権の国とあまり変わらないという評価にもなりかねない。それゆえに、森、志岐、石川の3氏による調査は、日本の権力構造の一側面を暴いたに等しい価値があるのだ。

?ジャーナリズムのテーマとしても超一級である。 が、その後、3人は方針の対立を露わにする。そしてネット上での応戦が始まり、森氏が志岐氏のブログにより名誉を毀損されたとして提訴する事態に発展したのである。決別の発端となったのは、次に言及する「ある事件」である。

●事件の経緯4

 「ある事件」とは、『週刊朝日』(2012年5月4日、11日合併号)によるスクープである。同誌は、検察が「小沢は黒」と印象づける捏造報告書を第5検審に送っていたことをスクープしたのだ。

 これにより検察=悪の世論が広がる。それから数日後、東京地裁は、小沢氏に無罪の判決を下す。 さらに捏造報告書はロシアのサーバーを通じて、検察批判の先鋒に立つ歌手の八木啓代氏に送付された。八木氏はこれをネットで公開。その後、森氏と一緒に「司法改革を実現する国民会議」を立ち上げる。 ?こうした一連の動きが志岐氏の不信感をかったのである。舞台裏の巨大な力で、最高裁事務総局の第5検審にまつわる謀略が隠蔽され、それに代わって第5検審に捏造報告書を送った検察の「悪」がクローズアップされ、世論もこれに踊らされ始めたと感じたのである。

 森氏が、最高裁の追及から逃げたとも感じ、その思いがプログに反映された。 一方、森氏としては、志岐氏のブログが事実無根に感じられたのである。それゆえに提訴に踏み切ったのである。

 志岐氏は、小沢氏が無罪になったことはよかったが、それとは別に第5検審の疑惑解明は続ける決意のようだ。 改めていうまでもなく、検察の謀略をPRするためには、検察追及の第一人者である八木氏のサイトはうってつけだった。

 何者かが、発信元を隠して意図的に八木氏に捏造報告書を送付したとすれば、検察の謀略をPRするのが目的だった可能性が高い。 このあたりの経緯を裁判で正確に検証するためには、誰が何の目的で捏造報告書を八木氏に流したのかを調査しなければならない。その疑惑がかかっているのが、X氏という人物なのだ。森側の弁護士は、4月にX氏の陳述書を提出するという。

◇メディアの悪用ー意図的に世論を誘導

事件の概略の中で、言及した八木啓代氏のブログと週刊朝日は、結果的には検察誘導説とそれに連座した第5検審の審査員がいたとする説をPRする役割を果たしている。逆説的に考えれば、本来は最高裁事務総局の責任であるはずの不祥事を、検察の責任にすりかえて、司法権力の転落を防ごうとしている人々が世論誘導をはかるために、これらのメディアに情報提供したとも考えうる。

最高裁事務総局の実態を暴露することは、日本の戦後民主主義を根本から問い直す作業を誘発しかねないからだ。

TBSの「追跡クロス『小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言』」も、こうした脈絡の中で、審査員実在説をPRする目的で放映された可能性も考慮に入れる必要がある。重要な評論の論点である。

前出のX氏は、これらの事情を知っている可能性がある。それゆえに4月に提出されるX氏の陳述書は重要な意味を持つ。

◇絶望の裁判所ー裁判官による内部告発が始まった

最近、瀬木比呂志氏が『絶望の裁判所』(講談社現代新書)を出版した。この本は最高裁事務総局の実態を知る元裁判官による冷静沈着な内部告発である。近々にMEDIA KOKUSYOでも内容を紹介するが、あまりにも衝撃的な内容なので、新聞の書評程度のスペースでは扱いきれない。

この本を読めば、日本の裁判がいかにデタラメであるかが分かる。最高裁事務総局は、監視する機関がいない。本来であれば、ジャーナリズムがその役割を担うべきだが、新聞人は、最高裁に設置された各種委員会の委員になるなど、最高裁とは親和的な立場にある。ジャーナリズムの役割は期待できない。

こうした状況の時に、『絶望の裁判所』が世に出たのだ。瀬木氏は、自分が裁判官を辞めて学者に転身したことを公表した上で次のように述べている。

 私は、学者の役割の一つは、たとえそれが苦いものであるとしても、事実、真実を人々に告げ知らせることであると考えている。

この言葉どおり、この本は最高裁事務総局の実態を克明に告発している。森ゆうこVS志岐武彦氏の裁判の背景を考える上で参考になる。

2014年03月21日 (金曜日)

6年におよんだ対読売裁判(1年半の間に、読売による提訴が4件、黒薮による提訴が1件+弁護士懲戒請求)を通じて、わたしの内部で生じたジャーナリズムのテーマは多岐にわたる。裁判の舞台が最高裁に移ってから、とりわけ疑問に感じるようになったのは、裁判を担当する調査官の氏名が裁判の当事者にも公表されていないことである。

意外に知られていないが、最高裁では口頭弁論(法廷)はほとんど開かれない。大半の上告(憲法違反を理由とした異議申立)事件、あるいは上告受理申立(判例違反を理由とした異議申立)は、調査官と呼ばれる最高裁事務総局に直属する裁判官により処理される。

と、いうのも上告事件と上告受理申立事件の件数は、年間で優に4000件を超えるにもかかわらず最高裁判事の数が14名なので、物理的に処理しきれないからだ。そこで調査官の出番となるのだが、その調査官も50名に満たない。

たとえば次に示すのは、2011年度の調査官リストである。補佐人を含めても42人しかいない。

■2011年度の調査官リスト

◇最高裁で本当に審理が行われているのか?

最高裁判事と調査官を総動員して(広義の)上告事件を処理するとしても、1年に4000件を超える事件を精査することはまずできない。と、なれば当然、重大で、かつ十分な根拠のある疑惑が生じる。

最高裁は本当に全事件の検証を実施しているのか?上告人から印紙代だけを徴収して、ろくに書面を読みもせずに、適当に決定を下しているのではないか?

対読売裁判では、最初の仮処分申立事件を除く、すべての事件が最高裁まで進んだ。このうち調査官や最高裁判事が精査したことに疑いの余地がない事件は、名誉毀損裁判1(原告・読売、被告・黒薮)である。

この事件はMEDIA KOKUSYO(当時は、新聞販売黒書)の記事に対して、約2200万円のお金(このうち、200万円は、喜田村洋一・自由人権協会代表理事の弁護士費用)を支払うように請求したもので、地裁と高裁はわたしが勝訴した。読売によるお金の要求は退けられた。

ところが最高裁は、わたしを敗訴させ読売を勝訴させる決定を下し、判決を高裁に差し戻した。これを受けて加藤新太郎裁判官が、わたしに110万円のオカネの支払いを命じたのである。

この事件を調査官と最高裁判事が精査したことは、判決が覆った事実で証明される。そこでわたしは、担当した調査官の氏名を公表するように、最高裁に対して情報公開を請求した。しかし、驚くべきことに、最高裁は担当調査官についての記録は保持していないと答えたのである。もし、あるとすれば原審のさいたま地裁の閲覧室に保存されているので、そちらで調べてほしい、と返答してきたのである。

これについては今後、調査する予定にしている。

◇裁判の公開と憲法82条は

わたしは伊方原発訴訟を担当した調査官についても名前を公表するように最高裁に対して情報公開を請求した。が、これについても、該当する資料が存在しないとのことだった。

本当に存在しないのか、それとも隠しているのか?この点だけは判断のしようがないが、わたしは実質的な裁判官である担当調査官を隠して、上告事件を処理するのは、憲法の観点からしても、重大な問題があると思う。

憲法82条は次のように述べている。

第八十二条  裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。

○2  裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

ちなみに文中の「第三章」は、「国民の権利及び義務」に関連した条項で、対読売裁判のケースでは、21条がこれに該当する。

第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

憲法の趣旨からすれば、日本全国の裁判所であたりまえに行われている「弁論準備」も憲法に違反しているのではないだろうか。「弁論準備」は非公開、密室で行われるからだ。違憲訴訟を起こすべきでは?

2014年03月20日 (木曜日)

最高裁は12日、わたしが2009年に提起した読売に対する損害賠償訴訟(原告・黒薮哲哉、被告・読売3社、江崎徹志)の上告を棄却した。これにより読売との間で起きた5件の係争は、すべておわった。残っている係争は、読売の代理人、喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求だけになった。

13日付けの読売新聞(ネットは12日付け)は、「黒薮氏の上告を棄却、読売側の勝訴が確定」 と、題する記事を掲載している。しかし、情報が乏しく著しく客観性を欠いた記事なので、補足しておきたい。

この裁判は読売がわたしに対して、1年半あまりの間に起こした4件の訴訟(賠償請求額は約8000万円)が、「一連一体」の言論弾圧にあたるとして、約5500万円の損害賠償を求めたものである。

4件の裁判の勝敗は次の通りである。改めて言うまでもなく、原告はいずれも読売、あるいは読売の社員である。

1、著作権裁判の仮処分申立:読売の勝訴

2、著作権裁判:地裁、高裁、最高裁で黒薮が勝訴

3、名誉毀損裁判1:地裁、高裁は黒薮の勝訴 最高裁で読売が逆転勝訴

4、名誉毀損裁判2:地裁、高裁、最高裁で読売が勝訴

勝敗は、5勝5敗である。わたしが5連勝した後、5連敗に転じた。

わたしはこれら4件(実質的には、「1」と「2」は継続性があるので3件)の提訴が、スラップに該当するとして、読売に損害賠償を求めたのである。

それぞれの裁判の判決について、わたしは独自の見解をもっているが、詳細を語るには、スペースに限界があるので、関心があるかたは、拙著『新聞の危機と偽装部数』(花伝社)を読んでほしい。

ただ、結果についてひとつだけコメントすれば、名誉毀損裁判ではわたしが敗訴したとはいえ、著作権裁判では勝訴しており、しかも、読売側のあるまじき行為が司法認定されたにもかかわらず、それに対する賠償が認められなかったのは、不当だと考えていることを付け加えておきたい。「読売側のあるまじき行為」については、次の記事を参考にしてほしい。

■読売・江崎法務室長による著作権裁判6周年 「反訴」は最高裁で、喜田村弁護士に対する懲戒請求は日弁連で継続

これが不当訴訟に該当しないとなれば、司法の秩序は崩壊する。

◇ 裁判の公平性と弁護士活動の思想

6年にわたる裁判を通じて、わたしは特に2つの問題を考えた。裁判の公平性とはなにかという問題と、弁護士活動とは何かという問題である。

まず、裁判の公平性については、「3」の名誉毀損裁判で不公平感を味わった。この裁判は地裁と高裁でわたしが勝訴し、最高裁が読売を勝訴させ、わたしを敗訴させる決定を下し、判決を東京高裁へ差し戻した。これを受けて加藤新太郎裁判官が、わたしに110万円の支払いを命じた。

ところが加藤新太郎裁判官について、調べたところ、過去に少なくとも2回、読売新聞に登場していたことが分かった。つまり読売との距離が近い人物であることが判明したのだ。

■加藤裁判官が登場した読売の記事??

さらにこの裁判の控訴審から登場した読売の弁護団・TMI総合法律事務所に元最高裁判事が3名も再就職(広義の天下り)している事実がわかった。その3名とは、次の方である。

泉?治(元最高裁判所判事・東京高等裁判所長官)

今井功(元最高裁判所判事・東京高等裁判所長官)

才口千晴(元最高裁判所判事)

その他にも次の経歴の方が、再就職している。

頃安健司(元大阪高等検察庁検事長)

三谷紘(元公正取引委員会委員・横浜地方検察庁検事正)

相良朋紀(元広島高等裁判所長官)

今井功(元最高裁判所判事・東京高等裁判所長官)

塚原朋一 (元知的財産高等裁判所長[裁判当時])

樋渡利秋(元検事総長)

松山隆英(元公正取引委員会事務総長)

川北 力(元国税庁長官 )

さらに最高裁の各種委員に読売関係者が抜擢されていることも判明した。次の方々である。

桝井成夫(元読売新聞社論説委員)

金丸文夫(読売新聞社調査研究本部主任研究員)

最高裁事務総局が法曹人としての良識に満ちた人々で占められているのであればともかくも、最近出版された元裁判官・瀬木比呂志氏の著書『絶望の裁判所』によると、最高裁事務総局は伏魔殿のようなところらしい。当事者の内部告発だから、尊重する必要がある。瀬木氏は言う。

 裁判所が、行政や立法等の権力や大企業等の社会的な強者から国民、市民を守り、基本的人権の擁護と充実、人々の自由の実現に務めるという「大きな正義」については、きわめて不十分にしか実現されていない。

◇調査官の名前を公表せず

上告事件は、実質的には調査官(裁判官)によって判決が方向づけられる。と、なれば裁判の当事者が、調査官を務めた裁判官がだれかを知るのは当然の権利である。日本国憲法でも、裁判は公開で行うことが義務付けられている。

そこでわたしは、「3」の裁判の調査官の名前を公開するように、情報公開請求を行った。しかし、信じがたいことに、これに関する記録はない、とのことだった。つまり密室で審理が行われたということである。

どのようなプロセスを経て、読売が逆転勝訴することになったのか、未だに分からない。謎だ。これについては、今後も調査する。

◇「護憲派」自由人権協会に対する疑問

弁護士活動のあり方についても、裁判を通じて考えた。  これら一連の裁判で読売の代理人を務めたのは、喜田村洋一弁護士である。この人の経歴を調べてみると、自由人権協会の代表理事であることが分かった。自由人権協会は、日本を代表する人権擁護団体である。同協会のHPは、改憲について、次にように述べている。

いま、自民党が提案している憲法改正草案は、世界の民主主義国家が共通に大切にしている考えを真っ向から否定するものです。JCLUは、自由と人権の擁護を旗印に60年以上活動してきました。その活動の基礎は、憲法にあります。その大切さを、自民党の憲法改正草案の根本的問題点を指摘しながらあらためて研究することにしました。

強く護憲の立場を表明しているのだ。  ところがその代表理事である喜田村弁護士は、改憲派の先鋒・読売の代理人を務めている。「3」と「4」の裁判では、出版関係者の表現の幅を制限する道につながりかねない判例も作っている。

弁護士の仕事は、クライアントを支援する立場で働くことであるという考えもあるが、同時にみずからの行動に対する責任をどうするのかという問題もある。読売をサポートし、結果として読売新聞の影響力を強めることが、改憲勢力を活気ずけることはいうまでない。読売新聞により、世論も改憲へと誘導される。

護憲運動にみずからの時間とお金を割いている人々、特に出版関係者は、読売裁判に現れた弁護士のあり方をどう考えるのだろうか。わたしの個人的な考えを言えば、自由人権協会の関係者には、護憲運動には参加してほしくない。控えるべきだ。仲間同士の信頼関係に亀裂が生じ、運動が崩壊へ向かうリスクがあるからだ。

わたしの代理人を務めて下っさった馬奈木昭雄弁護士であれば、改憲派の読売をサポートすることはまずありえない。