【報道と人権8】武富士から読売まで、メディアを被告とする高額訴訟、その背景に何があるのか?

真村訴訟に端を発した一連の事件について記述すれば、際限がない。連載「報道と人権」で7回にわたって取り上げた裁判のほかにも、さまざまな裁判が派生して起きている。
しかも、真村事件に関連したほとんどの裁判で、喜田村洋一・自由人権協会代表理事が読売の代理人として登場した。喜田村弁護士は、法廷が開かれるたびに東京から福岡へ足を運んだ。その情熱は並大抵ではない。
筆者は、護憲派の自由人権協会を代表する人物が、改憲派の読売に対して誠心誠意を尽くし、「押し紙」は一部も存在しないと繰り返す姿に違和感を覚えた。喜田村弁護士がどのような思想と心情の持ち主なのか、好奇心を刺激された。
◆◆
喜田村弁護士は、過去にどのような裁判に関わってきたのだろうか。よく知られている例としては、1980年代に問題となった薬害エイズ事件がある。これは、加熱処理をしなかった血液凝固因子製剤を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者やエイズ患者を生み出した事件である。
非加熱製剤によるHIV感染の薬害被害は世界的に発生したが、日本では全血友病患者の約4割にあたる1800人がHIVに感染し、そのうち700人以上が死亡したといわれている。
起訴されたのは、帝京大学医学部附属病院第一内科の責任者だった安部英、ミドリ十字の代表取締役であった松下廉蔵・須山忠和・川野武彦、そして厚生省官僚だった松村明仁である。
一審判決では、ミドリ十字の3人に実刑判決が、松村明仁に執行猶予付きの有罪判決が下されたが、安部は無罪だった。安部の代理人を務めたのが、喜田村弁護士と、はやり自由人権協会の弘中淳一郎弁護士である。
弘中弁護士は、消費者金融の武富士がフリーランス・ジャーナリストに高額訴訟を起こした際にも、武富士の代理人を務めた。巷では、弘中氏を「無罪請負人」と評価する声もあるが、同時に「訴訟ビジネス」ではないかという批判もある。裁判は、武富士の敗訴だった。
喜田村弁護士や弘中弁護士は、ロス疑惑事件の三浦和義氏を無罪に導いたことでもよく知られている。事件の詳細は省略するが、三浦は、事件後に米国領サイパンで殺人罪及び殺人の共謀罪の容疑で逮捕された。その後、1981年に獄中で自殺した。この事件は、日米で見解が異なり再検証が必要なのである。
◆◆
2025年に読売が経済誌『ZAITEN』を提訴した事件でも、喜田村弁護士が読売の代理人として登場している。現在の権力機構と新聞社を巨大でグレーな資金で結び付けている「押し紙」や、読売の販売政策について、喜田村洋一・自由人権協会代表理事が、法廷どのような見解を示すのか、注目したい。ジャーナリズムは、それを記録しておくべきだろう。(終)

