公共事業は諸悪の根源? ジャーナリズムでなくなった朝日 その5 (後編)
◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)
何しろ今回は、特に朝日社内の説得こそ大事です。そのまま記事にはめ込める言質を文章の形で取って、編集幹部に見せて納得させる必要があります。相手に言い直す暇を与え、少々、トーンが落ちるのは、覚悟の上です。紙面に掲載する中部地建河川部長名の談話の文面をその場で詰めることにしました。
案の定、それまでのやり取りから私が作った原文に、建設省はいろいろと細かい注文をつけて来ました。「認めた」ことまでも、もう一度あいまいにし、必要以上に言質を落とそうとします。その都度、「建設省はタイムマシンを持っていると書こうか」と、攻め立てて押し返しました。
最終的には「着工時、現状の川で、どのくらいの大水まで流せるか、きちっとした数字を算出していなかったのは事実」と、まとめたのです。もちろん、相手に合意させ、双方が文面のコピーを取りました。その後、再度念を押して再確認する作業も怠りませんでした。
これで前任の社会部長が在任当時言っていた「相手が認めないものはダメだ」という無理難題さえ、完全にクリアしたことになります。先の予備取材で、3年前に書いておいた続報も、そのままで使えることも、確認済みです。名古屋本社に戻り、突破口となる最初の原稿を書き上げました。もちろん、この日のうちに記事にするつもりだったのです。
「建設省は『堰がなければ、洪水の危険のある』との根拠が、着工時には存在しなかったことを認めた」と、デスクに取材経過を話し、先の談話も盛り込んで仕上げた原稿を示しました。
出来るだけ読者に分かりやすくするため、88年の着工時、建設省に唯一あった係数値で描いた最大大水時の水位シミュレーションも、読者の視覚に出来るだけ分かり易く訴えられるイラストにしようと、「図案さん」と呼ぶ担当部門に発注しました。







































