故・岩國哲人議員による質問主意書、ABC協会による立ち入り調査、「正常だったのは46店」のみ、「押し紙」や帳簿の改ざんが商慣行に
政府など日本の公権力機関は、どの程度まで「押し紙」問題を把握しているのだろうか。2009年7月10日、岩國哲人議員(故人、民主党)が提出した「新聞発行部数に関する質問主意書」は、日本ABC協会が公表している新聞発行部数の信頼性に真っ向から疑問を呈している。具体的には、ABC協会が断続的に実施してきた新聞販売店への立ち入り調査で明らかになった次の事実に触れている。核心部分を引用しよう。
ABC(黒薮注:日本ABC協会)が二〇〇七年九月までに全国七十九紙の販売店を調査した結果、「正常」だったのは四十六店のみで、残りの店では帳簿の改ざんや、本社からの配送部数と実際の配達部数に異常な隔たりが見つかったとのことである。
こうした事情を踏まえ、日本ABC協会は「今後、新聞社本社と販売店双方の実地調査に加え、工場から販売店を経て各戸配達される流通各段階で調査を行うことを検討している」としている。
販売店サイドからは、ABC協会が販売店に立ち入り調査を行う際、発行本社に対象となる販売店と調査日を通知し、その情報がさらに販売店へ伝達されているという内部告発が行われてきた。
岩國議員は、公表されている発行部数の信頼性に疑問を投げかけた上で、河野洋平・衆議院議長に対して次の三つの質問を提示した。
一 「押し紙」行為を右のように定義した場合、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第十九条(不公正な取引方法(第二条第九項)の禁止)及び公正取引委員会告示「不公正な取引方法」第十四項(優越的地位の濫用)等に抵触しうるか。
二 一九五八年以降、これまでに新聞各社の「押し紙」行為が公正取引委員会の指導、調査等の対象となったことがあるか。
三 経済産業省としては、通商産業省時代も含め、これまでに新聞各社の「押し紙」行為を把握したことがあるか。あるとすれば、新聞各社またはABCに対し行政指導等を行ったことがあるか。
右質問する。
これに対して当時の麻生太郎首相は、次のように回答している。
一について
御指摘の「「押し紙」行為」が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二条第九項の規定に基づき公正取引委員会が指定する、新聞業における特定の不公正な取引方法(平成十一年公正取引委員会告示第九号)第三項又は不公正な取引方法(昭和五十七年公正取引委員会告示第十五号)第十四項に規定する不公正な取引方法に該当する場合には、同法第十九条の規定に違反することとなる。
二について
公正取引委員会においては、株式会社北國新聞社に対し、その取引先新聞販売業者に同社が定める目標部数を提示してほぼその部数で取引することにより、当該新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた注文部数を超えてその日刊新聞を供給するという行為を行っていたものとして、平成十年二月十八日に、当該行為の取りやめ等を命じる審決を行った。
三について
経済産業省及び旧通商産業省が、社団法人日本エービーシー協会から、御指摘の「新聞各社の「押し紙」行為」を把握したとの報告を受けたことはない。
ちなみに岩國議員は、議員を退職した後の2010年、当時、自民党政務調査会長だった石破茂議員の要請を受け、自民党政務調査会顧問に就任している。本題から外れるので詳述しないが、民主党と自民党が同じ方向性を示した一例といえる。
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しかし、「押し紙」問題に言及してきた国会議員は岩國議員に限らない。「新聞の押し紙についての実態解明を求めることに関する請願」を提出した稲田朋美議員をはじめ、故・安倍晋三首相も「押し紙」に触れている。さらに1980年代前半には、共産党、公明党、社会党が超党派で15回にわたって国会質問を行っていた。その後も断続的に「押し紙」問題は国会で取り上げられている。
それにもかかわらず、この問題に本格的なメスが入る兆しは全くない。裁判所も「押し紙」問題に関する国の姿勢に歩調を合わせるかのように、新聞社を擁護するスタンスを維持してきた。
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「押し紙」により新聞社(特に中央紙)がどれほど莫大な利益を上げているかは、毎日新聞社の内部資料「朝刊 発証数の推移」を見れば一目瞭然である。
この資料によると、2002年10月時点で新聞販売店に搬入される毎日新聞の部数は約395万部であるのに対し、発証数(読者に発行される領収書の数)は251万部だった。差異の144万部が「押し紙」に相当する。この144万部には「朝刊・夕刊セット」も含まれているが、誇張を避けるためすべて「朝刊」単独として試算する。
一方、新聞1部の卸価格も誇張を避けるために、「朝刊」単一版の価格が1500円(定価の約50%)として計算すると、次のようになる。
1500円 × 144万部 = 21億6000万円(月額)
最小限に見積もっても、毎日新聞社全体で「押し紙」から月に21億6000万円の収益が上がる計算になる。年間では次の通りだ。
21億6000万円 × 12か月 = 259億2000万円
毎日新聞社は、販売店が「押し紙」を買い取るための補助金を支出しているとはいえ、不透明な収益規模は尋常ではない。
このような「押し紙」による「収入」は粉飾決算の一種ではないかと指摘する見方もあるが、現時点では、国税局は問題視していない。
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このように「押し紙」には重大な問題が含まれている。しかし、この問題は50年以上も放置されてきた。
なぜ日本の公権力機関は、「押し紙」を把握していながら、それを黙認しているのか。結論を先に言えば、それは新聞社を「政府広報」として利用するための国策である可能性が高い。