「『化学物質過敏症』の原因は、本当に化学物質だけなのか――見落とされる別の病因」、『週刊金曜日』の加藤やすこ氏の記事について
『週刊金曜日』(9月26日付)が、「化学物質だらけで医療や介護が受かられません」と題する記事を掲載している。執筆者は環境ジャーナリストの加藤やすこ氏で、化学物質や電磁波による人体影響に詳しく、市民運動も組織している人物である。
この記事は、化学物質過敏症を考える際の重大な視点が欠落しているので、指摘しておく。なお、私は環境問題を取材してきた立場ではあるが専門家ではない。したがって、以下に述べることは、私が取材を通じて学んだ考察であることを付記しておく。
加藤氏は記事の中で、化学物質過敏症が原因で介護や医療を受けることに支障を来している人の事例をいくつか紹介している。医療や介護の現場にはさまざまな化学物質があふれており、そのために医療機関を利用できなかったり、介護士との接触が困難になっているという。例えば次のような事例である。
【小林さんのケース】
「小林さんは化学物質過敏症と電磁波過敏症を併発しており、ごく微量の化学物質や電磁波で頭痛や目まいに苦しむ。以前は症状を理解し、香料や化学物質を身につけない看護師がいたが、退職したため介護を受けられなくなった」
「(略)介護士には家に入る直前に下着や靴下を交換してもらい、小林さんはようやく介護を受けられる状態になる。」
【Aさんのケース】
「愛知県に住むAさん(58歳)も、介護士を見つけるのに苦労した。10年前に脳神経疾患を発症し、焼けるような痛みやひどいめまいに襲われるようになった」
「その後、柔軟剤やシャンプーなどの香りに敏感になり、介護士や看護師の制服の香料など、さまざまな化学物質や電磁波に反応するようになった。そして、化学物質過敏症と電磁波過敏症だと診断された」
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加藤氏が紹介した2人の症状は、おそらく客観的な事実である。本人には加藤氏が描写したような症状が実際に現れている可能性が高い。
ただし問題は、こうした症状の原因を単純に化学物質や電磁波に結び付けている点である。たとえばAさんの場合、「10年前に脳神経疾患を発症し、焼けるような痛みやひどいめまいに襲われるようになった」経緯がある。したがって体調不良の原因は脳神経疾患にある可能性の方がはるかに高い。
この点について、化学物質過敏症に詳しい舩越典子医師は、何らかの原因で神経が傷つくことで、加藤氏が指摘するような症状が現れるケースがあると指摘している。従って、傷ついた神経を修復すれば症状は改善する。従来、化学物質過敏症は「不治の病」とされてきたが、必ずしもそうではないという考えである。実際、舩越医師は、化学物質過敏症と自己診断していた患者を根治した症例も報告している。
【参考記事】化学物質過敏症は不治の病気ではない。舩越典子医師インタビュー
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舩越医師の理論を裏付ける公的文書も存在する。東海大学医学部の坂部貢医師(写真)は、「平成27年度 環境中の微量な化学物質による健康影響に関する調査研究業務」と題する報告書の中で、化学物質過敏症と同じ症状を示す患者には精神疾患の症状が見られる場合があると述べている。精神疾患との併症率はなんと80%にも達するという。
この報告書が公表されたのは平成27年、すなわち2015年である。つまり9年前にはすでに、化学物質過敏症の伝統的な解釈に疑問が提起されていたのである。
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私の取材経験からすると、微量な化学物質や電磁波に反応する人は確かに存在するが、その割合は少ない。少ないからといって無視できる問題ではないが、電磁波過敏症を訴える人の中には、実際には別の病気に罹患している人もいるのだ。不可解な症状を訴える人に対して、安易に化学物質過敏症の診断を下し、他の治療を避けてしまうと、悲劇的な結果になりかねない。
加藤氏が指摘するように、化学物質が有害であり、日本政府による規制が欧米に比べて緩いのは事実である。しかし、それを理由にアンケートなどを実施して、体調不良の原因を安易に化学物質過敏症に結び付けることには問題がある。