1. 小選挙区制の矛盾を客観的に分析、自民党は2012年衆院選で得票数を減らしながら議席だけは175議席増、『安倍政権と日本政治の新段階』(大月書店)

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2016年01月25日 (月曜日)

小選挙区制の矛盾を客観的に分析、自民党は2012年衆院選で得票数を減らしながら議席だけは175議席増、『安倍政権と日本政治の新段階』(大月書店)

この夏の国政選挙で自民党が大勝するのではないかという予想が広がっている。たとえば、メディア黒書でも既報したように、三重大学の児玉克哉・副学長は、Yahooニュースで自民党が単独過半数を占め、これに公明党とおおさか維新を合わせると、改憲が可能になる3分の2を確保するだろうと予測している。

■(参考記事)世論誘導の危険、三重大学・児玉克哉副学長による裏付けがない参院選議席獲得の予想

他にも類似した予測を掲載しているメディアは少なくない。つまり大半のメディアが自民党の大勝を想定しているわけだが、これらに共通しているのは裏付け、あるいは証拠の欠落である。何を根拠に自民党の勝利を予測しているのかがよく分からない。

◇小選挙区制のマジック

わたしは現代日本の国政選挙においては、小選挙区制が生み出す不公正な仕組みを度外視して、選挙の投票行動を予想したり、あるいは選挙結果を分析することは、方法論として間違っていると考えている。小選挙区制の下では、有権者からあまり支持を受けていない政党であっても、大勝する場合があるからだ。

典型的な例は、安倍内閣を誕生させた2012年12月16日の衆院選である。この選挙についての評論は、政治学者の渡辺治氏が『安倍政権と日本政治の新段階』(大月書店)の劈頭(へきとう)で展開している。データに基づいたすぐれた分析である。

結論を先に言えば、渡辺氏は選挙結果から見た自民党の状況を、「たしかに自民党は議席で圧勝したが、その政治基盤はきわめて脆弱」と分析している。

◇自民党の得票数は大幅に減

2012年の衆院選で自民党は、294議席(小選挙区は237議席)を獲得した。改選前の議席が119議席であるから、一挙に175議席も増やしたのである。

この数字だけを見れば、自民党は完全に国民の支持を取り戻したかのような印象がある。国民は、民主党政権よりも、自民党政権への回帰を望んだような様相を呈している。事実、マスコミは、そんなふうに報道した。

ところが政党支持の度合いを判断するうえで、大きな目安になる比例区の得票率と得票数を見ると、大敗した前回・2009年の衆院選とほとんど変わっていない。次に示すのが2つの衆院選の数値比較である。

【議席数】
2009年衆院選:119議席
2012年衆院選:294議席

【得票率】
2009年衆院選:26・73%
2012年衆院選:27・62%

【得票数】
2009年衆院選:18,810,217 
2012年衆院選:16,624,457(-219万票)

■出展・2012年衆院選

■出展・2009年衆院選

得票率は横ばいで、得票数にいたっては、投票率が落ちたことも影響して、219万票も減らしているのだ。自民党ばなれの傾向が数値で明らかになっているのだ。

それにもかかわらず、自民党は議席だけは119議席から、一気に294議席に増やした。つまり有権者の支持はむしろ下落傾向にあるが、議席だけは逆に大幅に延びているのだ。

この矛盾の原因を渡辺氏は、次のように分析している。

 その最大の理由は、定数1という小選挙区制の条件のもとで、自民党に対抗して議席を争ってきた民主党が激減し、維新の会はじめ新党も、小選挙区では知名度、浸透の点で、自民党に遠く及ばなかったからである。民主党票の歴史的激減、これが自民党大勝の第一の理由である。

他にも民主党の政策転換の失敗や、自民党の戦略なども勝因として指摘されているが、これらはことごとく枝葉末節に過ぎない。小選挙区制という民意を正しく反映しない選挙制度の欠点が典型的に露呈して、自民党が大勝したのである。その結果、安倍政権が誕生したのだ。

◇世論誘導の危険性

安倍政権に対する不満がまん延していることは、ほとんど疑いの余地がない。このような評価は、安保法案をめぐる反対運動が前代未聞の規模で盛り上がった事実で示されている。新自由主義=構造改革により、非正規雇用が4割を超え、極端な格差社会になった。医療も福祉も切り捨ての方向へ向かっている。その一方で大企業だけは空前の利益を上げている。

しかし、「反安倍」の人々が、メディアの流す自民党大勝の予想をうのみにして投票に行かなければ、投票率が下がり、本当に自民党が大勝することになる。そのことを、渡辺氏による2012年の衆院選の分析が示唆している。

安倍政権を倒すには、投票に足を運ぶことが大前提になるのだ。

その意味で、根拠を十分に示さないまま、自民党の大勝を公言するメディアは、選挙権の放棄を誘発するための一種の世論誘導に荷担していると評価されても仕方がないだろう。

わたしは野党の選挙協力が実現し、しかも、投票率が上がれば、自民党政権が崩壊する可能性は十分にあると考えている。ただ、それを阻止するために、巧みな世論誘導はいうまでもなく、野党の選挙協力を妨害しようとする動きも相当強いようだ。特に維新と民主党には要注意だ。

基本的に「反自民」よりも「反共」の色合いの方が強く、新自由主義と決別するのではなく、自民党と同様に新自由主義=構造改革こそが、日本の正しい選択肢であると考えている勢力であるからだ。それに財界との関係も気になる。

ちなみに政治改革・小選挙区制の生みの親、小沢一郎氏は野党の選挙協力に賛成しているようだ。この人の真意はよく分からない。