郵政事件で浮彫になった博報堂の営業戦略、PR業務の1社独占と高額請求の手口、アスカの被害は氷山の一角か?
アスカコポーレーションと博報堂の係争を理解する上で欠くことが出来ないのは、俗にいう郵政事件の中身である。郵政民営化は、国策として推進された事情があるので、郵政事件に関する報道は、皆無ではないにしろ、極めて限定的で、その全容は報じられていない。
しかし、事件である以上は、完全に闇の中に消し去ることはできない。事実、事件に関する調査報告書の類は存在する。
改めていうまでもなく筆者が、郵政事件をクローズアップするのは、郵政を舞台に博報堂が繰り広げた策略と極めて類似した策略が、アスカに対しても適用されていたからだ。結論を先に言えば、企業方針を決める権限を持つ上層部と一般社員の間に、博報堂が介在して巧みに方針をねじまげ、PR業務を乗っ取ってしまう策略である。
が、この点に言及する前に、数少ないマスコミ報道の中から、郵政事件の異常さを物語る記事を紹介しよう。この記事は、はからずもPR業務の「乗っ取り」が招く恐るべき実態を描いている。2009年10月4日付けのAsahi.comの記事である。
記事が述べているように、博報堂は日本郵政グループ(持株会社を含めて4社)との間で、PR業務を独占する契約を交わしたが、「同社との間で覚書や合意書などの契約書類」は交わしていなかった。しかし、契約額は2年間に368億円にもなっていたという。
◇業務を独占する意味
広告代理店がある企業のPR業務を独占するメリットのひとつは、業務に対する報酬を高く設定できることである。競合相手がいれば、適正な価格を設定しなければ、業務から締め出されるが、独占の状態であれば、価格のコントロールが容易になる。特に担当の営業マンが、企業の上層部との太いパイプを構築したあとは、価格のつりあげが容易になる。
アスカの場合は、博報堂の営業マンが、社員に対して「社長の承諾を得ている」との文言を繰り返し、PR業務をほとんど自在にコントロールしていたようだ。特に請求方法に疑惑が多い。しかし、業務の方針に関しては、実際は社長の承諾を得ていなかったものも存在するが、それが社員にまで伝わっていなかったようだ。
一方、郵政事件の場合は、アスカのケースよりも一層露骨な工作が博報堂によって行われたことが、調査報告書に記録されいる。日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会の報告書の「別添」・検証総括報告書を紹介しよう。
◇博報堂の接待づけになった男C
この報告書には、博報堂が郵政グループのPR業務を独占するようになった経緯が記録されている。中心的な役割を果たしたのは、日本郵政のCという人物である。この人物が博報堂から繰り返し飲食などの接待を受けていたのだ。
接待の目的は、郵政グループのPR業務を独占できるように、取り計らってもらうことだったと推測される。
しかし、郵政グループとしては、当初からPR業務の発注をひとつの広告代理店だけに独占させる方針はなかったのである。独占に反対する意見もあった。ひとつの広告代理店が業務を独占すると、PR業務に対する価格が高く設定される懸念などが、その理由だったようだ。
が、博報堂から接待を受けているCにとっては、どうしても郵政グループのPR業務を博報堂に独占させる必要があった。接待だけ受けて、「恩返し」をしなければ、接待の事実を拡散される恐れがあったからだ。そのためにCが断行した「作戦」のひとつが、虚偽内容のメールだった。順を追って説明しよう。
◇CPTの設置
当時、郵政グループの中には、CPT(コミュニケーション・プロジェクト・チーム)が設置され、そこが広告代理店を選ぶ役を担っていた。CPTの中心メンバーは、Cを含めて以下の5名だった。
①A専務
②C(秘書役)
③広報関係者,
④X社から派遣されたD氏(博報堂の関係者)。
⑤さらにアドバイザーとしてX社の当時の監査役(元博報堂執行役員・平成19年11月X社取締役会長に就任・以下、単に「監査役」)
④と⑤が博報堂の関係者である。この2人がどのような経緯で、CPTのメンバーになったのかは不明だが、この時点で博報堂がPR業務を独占する条件がかなり出来上がっていたのである。
しかし、5人が中心になっていたとはいえ、CPTには郵政グループの事業会社の担当者も加わり、意見を述べる権利を保証されていた。
CがCPTのメンバーに対して送付したメールは、郵政の西川善文社長の承諾により、広告代理店を一社に絞って選ぶことが決まったとする内容だった。この虚偽内容は、報告書によると、
「西川社長の承諾により郵政民営化前後の4カ月間の宣伝広告に対応する広告代理店(以下、誕生期代理店)と、その後、平成20年1月以降の日本郵政グループの広告代理店の各一元化を実施」
と、いう部分である。
「一元化」とは、一社による独占を意味する。
しかし、CPTの設置を決めた時には、このような話はなかった。それどころか、その後のCPTでは、 グループ会社がそれぞれ広告代理店を選ぶ方針が示されていたのである。
この点について、報告書は、西川社長の承諾を得ることなく「C秘書役が他の1部CPTメンバーと相談して事実上の決定をし、それをあたかも既定方針でもあるかのように」公言して、CPTの方針にしたと結論づけている。
◇博報堂が選ばれた経緯
こうしてCを中心に、博報堂に郵政グループのPR業務を博報堂に独占させる方針が動き始めたのである。
ちなみに広告代理店の選定は、2回行うことになっていた。まず、最初は「誕生期代理店選定」である。これは郵政の民営化が完了するまでの時期を対象として、PR活動をする広告代理店の選定を意味する。
次に郵政の民営化が完了した後にPR業務を独占する広告代理店の選定がある。
2つの選定で、選ばれたのは、いずれも博報堂だった。電通もADKも敗れて撤退したのである。当然、選考のプロセスにもおかしな部分が見受けられる。たとえば報告書は、最初の選定では、「正式な稟議・決裁手続きは行われなかったものと思われる」と結論付けている。また、2回目の選定も公正なものではなかった。報告書は次のように述べている。
「事前の段階では拡大CPTのメンバーである各事業会社の担当者も当事者として参加することが予定され、実情としても同各担当者から強い参加希望が出されていたのであるが、その後、同プレゼンが実施された際には、同各担当は発言権・投票権のないオブザーバーとしての参加が許されたに過ぎなかったとの事実が認められる」
問題の多いCPTにより、博報堂が郵政グループのPR業務を独占するようになったのだが、その結果、Asahi.comが報じたように、2年間で博報堂から368億円もの請求を受けることになったのである。
◇アスカの被害は氷山の一角か?
郵政事件では、郵政グループのCPTに入り込んだ博報堂関係者と、接待を受けていたCが同社を攪乱したことになる。攪乱して巨額の請求を行うようになったのだ。これに類似した手口が、アスカでも行われたのだ。
メディア黒書で既報したように、博報堂は、まず、競合相手だった電通と東急エィジェンシーを排除した。郵政のケースと同様に、業務の独占を狙ったのだ。そのために採用した戦略のひとつが、担当営業マンがアスカのために広告契約を取り付けて、博報堂の営業力を誇示するというものだった。が、その広告契約が真っ赤な嘘だったことが、後日、発覚する。次の記事が参考になるだろう。
■博報堂の広告マンに電通も歯が立たずに撤退、京都きもの友禅とHISを巻き込んだ奇妙な「広告事件」
2008年ごろから、博報堂は、アスカのPR業務を独占した。それからは、後に裁判の争点になる数々の疑惑のある請求を繰り返すようになったのである。南部社長と社員の間に、博報堂の営業マンが介在していたために、意思の疎通が不十分だったことが、被害を大きくした。
アスカ側も、この点については、不注意だったことを認めている。
上層部から下への確認は直ぐに取れるが、下から上層部への確認は取りにくい。博報堂が請求のタイミングを数ヶ月遅らせれば、責任者の記憶は薄れる。その結果、不正な請求がまかり通ってしまう。
しかし、アスカが事前に承認していない業務に対する請求項目があることは、業務以前に見積もりが提示されていない事実でも判明する。事前に見積もりを提示するようにアスカが指示しても、見積書の名称だけは「事前御見積書」に変更して、実際には相変わらず、後付けの日付けで見積もりを提示し、しかも、その内容が請求書の項目と一致している。
さらに驚くべきことに、「事前御見積書」の日付けすら、従来どおり月末日のままという怠慢ぶり、不注意ぶりだった。
これでは最初から徴収の手口も徴収額も決まっていて、それに整合するように書類を作成しているようなものだ。被害額が増えても不思議はない。実際、アスカはCM関係だけで、約48億円の損害を受けている。
郵政事件という観点から、アスカと博報堂の係争を見ると、この係争は氷山の一角に過ぎない可能性もある。営業マンだけの責任というようりも、博報堂という組織が背後にいると考えるべきだろう。本質的な部分では、郵政事件と同じなのだ。
今後、アスカと同様に被害を訴える企業も現れるのではないかという気がする。
Cが受けた接待の詳細については誰も知らない。
■日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会の報告書の「別添」・検証総括報告書
【情報提供窓口】048-464-1413(メディア黒書)