雑誌『創』の新聞社特集、「押し紙」問題の隠蔽と誌面の劣化
『創』の3月号(2025年)が「新聞社の徹底研究」と題する特集を組んでいる。これは、延々と続いてきた企画で定評もあるが、最近は内容の劣化が著しい。新聞社に配慮しているのか、「押し紙」問題へ言及を回避している。肝心の問題を隠蔽すると、誤った新聞業界のイメージが拡散する。世論の形成においては、むしろ有害な企画だ。
「押し紙」は、今や公然の事実になっているわけだから、メディア専門誌である『創』がその実態を把握していないはずがないが、「押し紙」は存在しないという偽りのリアリティーを前提に新聞を論じている。
以前は、消極的ながらも「押し紙」について言及することもあった。たとえば、2011年度の新聞特集(『創』4月号)は、鼎談の中で、共同通信編集主幹の原壽雄氏が「押し紙」に疑問を呈している。次の発言である。
部数の話が出るたびに思うのだけれど、元々、新聞協会が発表しているのは、本当の部数ではないわけですよね。いわゆる「押し紙」といって販売店に必要以上の部数が送られていた。それをなんとかしないといかんと思っている経営者は多いわけで、部数減のデータの中には、押し紙の調整も含まれているわけですね。
この鼎談の2年前、2009年には『創』の篠田博之編集長がわたしに「押し紙」問題についての記事の執筆を依頼してきたこともある。ただ、このときは、弁護士で自由人権協会・代表理事の喜田村洋一らが、読売新聞から委託を受けてメディア黒書に激しい裁判攻撃を加えていた時期で、しかも、3件目の裁判(約5500万円を請求)を起こされた直後だったこともあり、筆者の方から執筆の依頼を断った。
つまり『創』は、かつて「押し紙」問題を認識していたのである。
◆1999年の新聞特殊指定の改訂で「押し紙」が容易に
なお、「押し紙」というのは、新聞社が販売店に対して配達部数を超える部数を送り付ける結果、過剰になる部数を意味する。抗議に残紙とも言う。厳密な法律上の定義も複数ある。1999年の新聞特殊指定の改訂以前は、新聞販売店が実際に配達している部数に予備紙(2%)を加えた部数を「必要部数」と位置づけ、それを超えて供給された部数のことを意味した。
たとえば配達部数が1000部で、予備紙が20部(2%)のケースでは、1020部が「必要部数」で、それを超えた部数は理由のいかんを問わず、すべて「押し紙」と見なされた。
ところが、1999年に改訂が行われた。改訂後は、販売店が外形的に注文した部数を超えて供給された新聞と見なされるようになった。予備紙2%も削除された。その結果、たとえば注文部数が1500部になっていれば、1500部を超えて提供された新聞が「押し紙」と見なされる。
しかし、ここから先が肝心なのだが、改訂後の注文部数(厳密には「注文した部数」と表記)の中には、新聞社が販売店に対してノルマとして課した部数が含まれている場合が多い。そのために、たとえば注文部数1500部の中に、400部のノルマが含まれていても、この400部は販売店が自主的に注文した予備紙と解釈され、「押し紙」行為とは認定されなくなったのだ。つまり1999年の新聞特殊指定の改訂は、新聞社の「押し紙」政策をより容易にしたのである。この改訂時に活躍したのが、当時の日本新聞協会・会長の渡辺恒雄と、公取委員長で後に、プロ野球コミッショナーに天下りする根来泰周である。
1999年の新聞特殊指定の改訂と「押し紙」の経緯については、次の記事に詳しい。
【参考記事】1999年の新聞特殊指定の改訂、「押し紙」容認への道を開く「策略」
1999年の新聞特殊指定の改訂後、「押し紙」の規模が急激に拡大した。販売店が「押し紙」による損害賠償を求める裁判の中では、新聞社が送付した部数の30%から50%ぐらいが「押し紙」になっていたケースも少なくない。
◆「押し紙」問題がジャーナリズムの根源的な問題である理由
新聞社は「押し紙」により莫大な販売収入を得る。「押し紙」による部数のかさ上げにより経営規模を大きく見せ、紙面広告の価格を高く設定することもできる。さらに販売店に卸される折込広告の枚数が、ABC部数(広義の「押し紙」が含まれている)に一致させる基本的な原則があるので、不正な折込広告料金が広告代理店や新聞販売店にも流れ込む仕組みになっている。最近は、広告主がこうした裏面を知って、折込広告の発注枚数を自主的に減らす傾向があるが、公共広告に関しては、従来どおり水増しの状態になっている。
このようなビジネスモデルを構築したのは、新聞発行本社にほかならない。新聞発行本社の傘下にある販売店は、本社の「押し紙」政策に従う以外に選択肢はない。ほとんど責任はない。
ちなみに、「押し紙」で新聞社が得る不正な金額がどの程度になり、それが新聞ジャーナリズムにどう影響するのかについては、次の記事を参考にしてほしい。
【参考記事】 「押し紙」問題がジャーナリズムの根源的な問題である理由と構図、年間932億円の不正な販売収入、公権力によるメディアコントロールの温床に
◆誌面の劣化
『創』(2025年3月)の「新聞社の徹底研究」が、「押し紙」問題に言及しなくなった理由は分からない。 『創』誌上に新聞社の広告も見あたらないので、自粛の可能性が強いと推測する。
しかし、『創』サイトにも、新聞の部数が激減している実態については、深刻な問題だという認識があるらしく、特集の劈頭(へきとう)で、次のように述べている。
毎年、3月号の新聞特集のこの総論では新聞発行部数を示す日本新聞協会発表の数字を紹介している。(略)
それによると、昨年10月時点の協会加盟の日刊106紙の総発行部数は2661万6578部だった。
この数字に「押し紙」が含まれていることは隠蔽している。つまり議論の前提である客観的な事実を提示せず、新聞の発行部数の減少を論じているのである。議論の前提が間違っているわけだから、記事を読んでもなんの参考にならない。
「新聞社の徹底研究」が主眼としているのは、新聞各社のPRではないか?。特集の傾向を掴むために小見出しを拾ってみよう。
・「裏金問題」報道で新聞協会賞を受賞(朝日)
・インパクトのある写真をどうやって入手したのか(朝日)
・総合編集システム 共同開発で新聞技術賞(朝日)
・臓器移植めぐる医療部の調査報道が大きな反響(読売)
・読売中高生新聞 創刊10周年(読売)
・書籍・雑誌とも好調 中央公論新社(読売)
・デジタル先行の連載 「追跡 公安捜査」(毎日)
・書籍の重版が増えた毎日新聞出版(毎日)
筆者は、業界紙の誌面を連想するのだが。