1. ABC部数改ざんの恐るべき手口の全容、PC上で過去の読者を現在の読者として再登録して部数を水増し(1)

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ABC部数は、俗にいう新聞の公称部数のことである。ただ、日本ABC協会は、ABC部数が公称であることを否定している。同協会のウェブサイトは、ABC部数について次のように説明している。

新聞や雑誌の広告料金は、部数によって決まります。ABC協会は、第三者として、部数を監査(公査)し認定しています。この認定された部数がABC部数です。対して、公称部数(自称部数)とは、ABC協会に参加していない発行社が自社発表しているもので、数倍から10倍以上の部数を自称している場合があります。合理的な広告活動を行うため、発行社の自称ではない、第三者が確認した信頼出来るデータであるABC部数をご利用ください。

この引用を読む限り、ABC部数は実配部数を反映している説明している。と、言うのも対比の論法を採用して、「ABC協会に参加していない発行社が自社発表している」部数は、「数倍から10倍以上の部数を自称している」場合があると述べることで、ABC協会に参加している新聞社の部数、すなわちABC部数は実配部数を反映していると仄めかしているからだ。

しかし、実際にはABC部数は残紙を含んでいるわけだから、実配部数を反映していない。しかも、その残紙量は尋常ではない。

ABC協会が定期的に部数の監査(公査)を実施しているにもかかわらず、なぜABC部数が実配部数を反映しないのか、その原因を探ってみよう。

結論を先に言えば、新聞社と販売店が徹底した残紙の隠蔽工作を行っているからにほかならない。しかし、この点に踏み込む前に、ABC協会の運営体制にふれておこう。

◆◆◆
2020年2月時点における日本ABC協会の業種別の役員構成は次のようになっている。

会長:1名
専務理事:1名
新聞発行社:13名
雑誌発行社:3名
専門紙誌発行社:1名
広告主:12名
広告会社:5名
幹事:5名(新聞社1名、雑誌社1名、広告主2名、会計士1名)

役員総数は41名で、そのうち新聞社の所属である役員は14名いる。広告主の役員数、16名には劣るが、ABC協会の中で新聞社は強い影響力を持っていることがうかがわれる。

役員は、基本的に所属企業からの出向という形を取っている。役員を送り込んでいる新聞社と役員名は次の通りである。

広 瀬 兼 三 (北海道新聞社 代表取締役社長)
 一 力 雅 彦 (河北新報社 社主・代表取締役社長)
 小 林   剛 (朝日新聞社 取締役販売戦略・出版担当)
 扇 谷 英 典 (産業経済新聞社 取締役販売担当 東京販売局長)
 稲 宮 豊 明 (日本経済新聞社 常務執行役員 販売担当)
 寺 島 則 夫 (毎日新聞社 取締役 販売担当)
 芝 間 弘 樹 (読売新聞東京本社 専務取締役 販売担当)
 小 坂 壮太郎 (信濃毎日新聞社 代表取締役社長)
 大 石   剛 (静岡新聞社 代表取締役社長)
 島   直 之 (中日新聞社 常務取締役 販売担当)
 山 内 康 敬 (京都新聞社 代表取締役社長・主筆)
 岡 畠 鉄 也 (中国新聞社 代表取締役社長)
 柴 田 建 哉 (西日本新聞社 代表取締役社長)

各社とも新聞社経営のトップをABC 協会へ送り込んでいる。それだけABC協会を重要なビジネスパートナーとして位置づけているのである。

なお、新聞の残紙問題を指摘すると、「雑誌も実配部数を反映していないのではないか」と新聞関係者が反発することがあるが、新聞部数と雑誌部数では、基本的に性質が異なる。

確かに、雑誌部数も水増しされているという話はよく聞く。しかし、たとえそれが事実であっても、両者の間には決定的な違いがある。それは新聞社が残紙からも卸代金を徴収しているのに対して、雑誌社は「残誌」の卸代金を徴収していない点である。新聞の場合は、残紙を介して資金が動いているのである。しかも、その額は尋常ではない。

◆◆◆
ABC公査は抜き打ちで行われると言われているが、厳密に言えばこれは正しくない。ABC協会は、公査対象の販売店名を決めたあと、それを販売店が属する新聞社へ通知する。それが慣例になっている。

ABC協会から通知を受けた新聞社は、公査対象に指定された販売店に公査の日時を通知する。それを受けて販売店は、残紙を実配部数として「事務処理」するための改ざん作業を行う。ABC協会に所属している新聞社のすべてが、この「事務処理」をやっているとは限らないが、わたしが取材した限りでは、半ば一般化しているのが実情だ。

「事務処理」の中身は、読者名簿の改ざんやニセの領収書の発行などである。しかも、それは昨今に始まったことではなく昔から行われていた。合理化された部分は、昔は手作業だったのに対して、現在はパソコンを使って迅速に実施することである。

まず、昔の「事務処理」方法を紹介しよう。1990年代、パソコンがまだ十分に普及していない時代の手口である。大阪府の元店主(故人)が生前に語った証言である。

「残紙を実配部数に見せるために、ニセの読者名簿を作成していました。新聞社がABC公査の対象になったことを知らせてくると、近隣の販売店の支援も受けて、総手でニセの読者名簿と、それに整合したニセの順路帳(注:新聞の配達順路を示した地図)を作っていました」

残紙には読者がいないわけだから、それを実配部数として処理するためには、まず読者名簿に架空の名前を加える必要がある。その作業を迅速に、あまり頭を使わず機械的に進めるために、複数の著名人の名前と姓をいくつも組み合わせて、名簿上の偽名読者にしていたという。

たとえば「加山雄三」と「島倉千代子」を組み合わせて、「加山千代子」とか、「島倉雄三」としたり、「佐藤栄作」と「吉田茂」を組み合わせて、「佐藤茂」とか、「吉田栄作」にしたり、ブラックユーモアを呈するような作業を強いられたのだという。

ニセの読者名簿に整合した領収書も準備する。さらに順路帳も作成する。実配部数として処理する残紙の「読者」の自宅位置を順路帳に適当に書き込むのだ。デタラメの情報だが、ABC協会の職員が自分の足で順路帳を実地検証することはまずないという。

その結果、ニセの読者名簿とニセの順路帳に齟齬はないと認定してくれるのである。当然、ABC部数と実配部数に乖離が生じる。

現在では、こうした改ざん処理のうち、読者名簿と領収書は販売店のコンピューターなどの機器類を使って簡単にできるようになっている。手作業は過去の時代になった。販売店は、新聞社からABC公査の連絡を受けると、数日のうちにこれらの作業を完了するのである。

次にABC部数と実配部数の整合を取るために行われている現在の改ざんの手口を紹介しよう。どのように不正な「事務処理」が行われているのだろうか。話を聞くために、元販売店主を訪ねた。

◆◆◆
兵庫県西宮市は、春と夏に高校野球の全国大会が開催される阪神甲子園球場の地元である。大阪市の中心部から電車で20分。人口49万人の中核都市だ。

ニセの読者名簿やニセの領収書などの改ざん方法を暴露したのは、この町で毎日新聞の鳴尾販売所など2店を経営していた板見英樹さんある。板見さんは、現役販売店主だった2016年9月、改ざん作業を担当していた「実行者」から、その手口を聞き出し録音した。

販売店主であれば、噂として一応は聞いたことがある方法だったが、悪質な行為なので、その手口を録音することで不正の裏付けを取ったのである。

改ざん作業の実行者は、新聞販売店が使っているコンピュータや折込広告の自動折込機などの納品とメンテナンスを業務としている会社の社員である。

既に述べたように日本ABC協会は、公査を行う販売店と日程が決まると、それを新聞社へ連絡する。それを受けて新聞社は、公査の実施を販売店へ通知する。昔はこの時点で店主は人力で読者名簿などの改ざんを行う態勢を整えていたが、現在は、メンテナンス会社の社員が、新聞販売店からの依頼を受けて、コンピューター上で改ざん作業を実施する。

改ざん方法は単純だった。まず、読者名簿についていえば、販売店が保存している「過去の新聞購読者データ」を実際の読者名簿に流し込み、新しくニセの読者名簿を作成するのだ。そしてそれを基にして、自動で領収書を発行する。その領収書のバーコードを読み込むと、入金一覧表なども自動的に作成・更新され、複数の書類の整合性が取れる仕組みになっているのだ。

日本ABC協会の職員が公査するのは、この方法で改ざんされた書類である。その結果、ABC部数に残紙部数が含まれる現象が起きているのだ。

◆◆◆
板見さんが、改ざんの手口を内部告発しようとした発端は、メンテナンス会社の社員が板見さんが経営する販売店を訪れたことだった。この社員は板見さんに、領収書を高速で自動裁断(切り取り線を入れること)できる機械(「卓上シートバースターV-417」)を貸してほしい、と言うのだった。

新聞の扱い部数が500部にも満たない小さな販売店は、こうした高価な機械を備えていないが、板見さんの店は扱い部数が多いこともあって、同機を備えていた。板見さんが言う。

 「なんでわざわざ借りにきたのかと思って、問うてみますと、神戸市の新聞販売店にABC公査が入る予定があり、それに先だって、メンテナンス会社がデータを改ざんすることが分かったのです。大量のニセ領収書を作って、それを裁断するために、高速の裁断機が必要だったわけです」

ABC公査が入る予定になっていたのは、板見さんが新聞販売の仕事を始めたころに勤務していた神戸市内の新聞販売店だった。そんなこともあって、板見さんは要請に応じた。社員は、車に機械を積み込み、板見さんの店舗を後にした。裁断機を書類改ざんの舞台となる神戸市内の販売店へ運んだのである。

板見さんは、裁断機を貸した販売店にABC公査が入った日の夕方、実際に改ざん作業をした技師Sを自店に呼びつけた。メンテナンス会社としても、板見さんから裁断機を借りた手前もあり、また板見さんの販売店が自社の取引先だった手前、要請に応じざるを得なかったのだろう。

板見さんが、社員Sを呼びつけた口実は次のようなものだった。自店には残紙が多量にある。その自店にABC公査が入ることもありうるので、予備知識として、改ざんの手口を教えてほしいというものだった。

それに応えてメンテナンス会社の技師は、改ざんの手口の全容を語ったのである。この録音記録を仮に「坂田テープ」と命名しておこう。
改ざん方法について板見さんが、次のように問うた。

板見:あれは数字をやるわけ、あれはどうやるんですか?

技師S:過去読を起こす。

「過去読」とは、かつて毎日新聞を購読していた読者を意味する。これに対していま現在の読者は、「現読」という。従って、「過去読を起こす」とは、過去に毎日新聞を購読していた読者を、いま現在の購読者として改ざんするという意味である。新聞販売店のコンピュータ上には、発証台帳(一種の購読者一覧)があり、そこには「現読」はいうまでもなく、過去の読者の名前や住所などが保存されている。それをボタンひとつで、現在の読者に変更することが出来る。

板見:過去読は赤色で表示されます。死亡した人や転居した人は、抹消しますが、それ以外は、セールスの対象になるので保存します。今、他紙を取っていても、再勧誘の対象になるから保存しておくのです。

繰り返しになるが、改ざんの第一段階として、「過去読」を「現読」に変更する。この点について板見さんは、次のように技師Sに再確認している。

板見:まあいえば、現在(新聞が)入っていないお客さんでも、入っているようにして、それでデータを全部作ってしまう?

技師S:うん

(改ざんの手口、全録音)

改ざんの第2段階は、改ざんした読者名簿に基づいた領収書の発行である。

板見:一回証券も全部発証してしまう?

証券を発証するとは、領収書をプリントアウトするという意味である。このプロセスについて板見さんは念を押したのである。これに対して技師Sは「します」と答えた。

ちなみにプリントアウトするニセ領収書の対象月数については、板見さんが質問する前に、技師Sがみずから説明している。

技師S:お店によってちがうんですけど、まあ3カ月ぐらいを。

板見:ほーおー。

板見さんの驚きの声が録音されている。あまりにも露骨な不正行為に面食らっているようだ。

◆◆◆

さらに坂田テープは、驚くべき事実に言及する。このメンテナンス会社が改ざん作業をしているのは、毎日新聞の販売店だけではなく、朝日新聞、神戸新聞、産経新聞の販売店でもやっているというのだ。次の会話である。

技師S:9月の1週に朝日さん、2週に神戸さん、3週に毎日さん、4週に産経さん、そんなふうに割り当てて。読売さんは抜けていますが、そういうかたちで、2年に1回、9月前後にやっています。

次に板見さんの妻が、販売店にABC公査が入ることが分かった場合、販売店の店主がメンテナンス会社に対して読者数の改ざん作業を依頼するのかどうかについて、次のように質問した。

板見さんの妻:もしそうなったら、わたしらがSさんを呼ぶん?

技師S:基本的には。

さらに技師Sは、新聞社がメンテナンス会社に改ざん作業を依頼することは都合が悪いので、販売店がメンテナンス会社にそれを依頼するのだとも述べた。しかし、改ざん作業を引き受けることは、メンテナンス会社にとっても企業コンプライアンスにかかわる。ある意味で迷惑なことなのだ。

そこで改ざん作業の当日は、メンテナンス会社の社員が有給を取って販売店に赴き、個人的に改ざん作業をするのだという。技師Sの説明に板見さんは驚きを隠さない。

板見:ほーおー。

ここで板見さんの奥さんが、改ざん作業当日の社員の勤務形態につい次のように再確認した。

板見さんの妻:出勤していないということにして?

技師S:そのへんちょっとやえこしい・・

板見さんの妻:ああそうなんですか。

全作業が終わると、作業開始前にあらかじめ保存していたバックアップデータを再入力してコンピューターを元の状態に戻す。

念のために技師Sが所属するメンテナンス会社と毎日新聞社に問い合わせてみた。メンテナンス会社は、事実関係を認めたうえで、「今後、こういうことがあったらやらない」と答えた。一方、毎日新聞(大阪本社)からは、次のような回答があった。

2018年11月14日付の「質問状」を拝受致しました。
 貴殿がご質問にあたり前提とされている「録音」がそもそも如何なるものか知り得る立場になく、また貴殿のご判断を前提に「疑惑」があるとされ、ご質問をいただきましても、お答え致しかねるところです。

上記、取り急ぎ、ご回答申し上げます。

また、坂田テープの中で、メンテナンス会社が改ざん作業を請け負ったしている新聞社として名前があがった朝日新聞、神戸新聞、産経新聞の社名は、それぞれ次のようにメントした。

神戸新聞:口頭で回答しないとのコメントがあった。)

朝日新聞:具体的な指摘でなく、根拠も不明なご質問には、お答えしかねます。

産経新聞:取引先販売店の業務に関する事案であり、コメントする立場にありません。

坂田テープは、日本の新聞業界の恐るべき堕落を物がたっているが、新聞社にそれを自己検証しようという姿勢はまったくない。

「坂田テープ」が物語る書類の改ざんが行われていることを日本ABC協会が把握しているかどうかは不明だ。しかし、少なくとも改ざんが行われていることは、新聞業界の内部では暗黙の事実になってきたわけだから、その手口が具体的に浮かび上がったいま、調査する必要があるのではないか。公査方法の見直しが必要だろう。

もちろん全新聞社が残紙の存在を把握したうえで、板見さんが内部告発した方法でABC公査に対応しているとは限らない。たとえば熊本日日新聞などは、自由増減の制度を導入していることで知られている。

自由増減というのは、新聞社が販売店に対して搬入部数を指示するのではなく、新聞販売店の側が新聞の注文部数を決める制度のことである。

このような方法では、「押し紙」は存在しないので、新聞社はあえてABC公査の対策を取る必要はない。ABC公査でABC部数と実配部数が著しく乖離していた場合は、残紙は「積み紙」ということになり、販売店が何らかの責任を負うことになる。

が、このような健全な体制を敷いている新聞社は、わたしのこれまでの取材経験からするとむしろ少数派である。