1. 連載・「押し紙」問題③、 ビジネスモデルに組み込まれた残紙

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2021年04月16日 (金曜日)

連載・「押し紙」問題③、 ビジネスモデルに組み込まれた残紙

連載・「押し紙」問題③、 ビジネスモデルに組み込まれた残紙

連載の3回目である。全文は、ウエブマガジン(有料)で閲覧できる。

■ウエブマガジン

メディア黒書で紹介するのは、この章で最も肝心な最後の節である。

◆特殊指定でいう注文部数とは何か?

以上、述べたように残紙はその性質上、「押し紙」と「積み紙」に分類される。
最近、その「押し紙」の定義を補足して、「押し紙」問題の解決へ道を開く新しい論理が登場している。とりわけ次に説明するこの論理は、「押し紙」裁判で、必要不可欠な観点として浮上している。

この点に言及する前に、独禁法の新聞特殊指定が定めている「押し紙」の定義を確認しておこう。新聞特殊指定は次のように「押し紙」を定義している。

[3]発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。

一、販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む)。

二、販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。

ここで読者に注意してほしいのは、「注文した部数」、あるいは「(新聞社が)指示する部数」とは何かという点である。新聞の発注書やそれに類する書類には、販売店主が注文部数を書き込む欄がある。この欄に記入される数字が、広義の注文部数である。当然、この欄に店主が実配部数を超える部数を書き込めば、配達予定のない部数も搬入される。その結果、残紙が発生する。

ところが、たとえこれらの注文部数が新聞社に強制された部数であっても、発注書は販売店主が作成して捺印(実際には、コンピュータ処理なので、捺印は省略されているが)しているわけだから、法的には店主が承知した公式の注文部数ということになる。

この捺印こそが「押し紙」問題の解決を阻んでいた決定的な要素だった。少なくとも半世紀にわたって、「押し紙」問題に司法のメスが入らなかった要因にほかならない。つまりいくら販売店が新聞を押し売りされたと主張しても、注文部数を記入した発注書に捺印していれば、よほど明確な押し売りの証拠がない限り、販売店は勝訴できなかったのである。司法は、なによりも捺印を重視してきたのである。

ところが「押し紙」問題に取り組んできた江上武幸弁護士が、新聞特殊指定の成立過程を歴史的にさかのぼって注文部数の定義を調査したところ、新聞特殊指定の下では、その定義が一般的な定義とは異なっていることが分かったのだ。残紙部数を含んだ注文部数は、「押し紙」であっても、「積み紙」であっても、新聞特殊指定の下では、原則として注文部数とは認められないことを確認したのである。

江上弁護士が確認した注文部数の定義は、原則的に「実配部数+予備紙部数」の総計である。つまり新聞特殊指定でいう注文部数とは、販売店経営に真に必要な部数の意味する。それを超えた部数は、特例を除いて、注文部数には該当しない。

従って新聞の発注書に、店主が実配部数を超える注文部数を記入して捺印していても、注文部数とみなされるのは、「実配部数+予備紙部数」だけである。それを超えた部数は、注文部数には含まれない。新聞が特殊指定の商品であるがゆえに、このような特殊な解釈が採用されているのだ。

これまでの「押し紙」裁判では、店主が発注書に捺印していれば、そこに記されている注文部数は店主の自己責任になっていた。「押し紙」とは認められなかったのである。

◆佐賀地裁が独禁法違反を認定

2016年の夏、ある「押し紙」裁判が起こされた。この裁判では、「実配部数+予備紙部数」を超える部数は「押し紙」とみなす販売店サイドの主張が認められた。歴史的な判決だった。

裁判の原告は、佐賀新聞・吉野ヶ里販売店の元店主、寺崎昭博さんである。寺崎さんは、2009年4月に佐賀新聞・吉野ヶ里販売店の経営者になり、2015年12月末で廃業した。負担させられていた残紙の割合は、当初は10%程度だったが、ピーク時の2012年6月には約19%になった。その後、佐賀新聞社が全販売店を対象に「押し紙」を減らしたこともあり、廃業時には約14%だった。

寺崎さんは、繰り返し佐賀新聞社に対して残紙を減らすように求めたが、同社は申し出には応じなかった。担当員や販売局長らを交えた面談の際には、販売局長が、「残紙があって苦しいのはわかるが、『残紙』は販売店の責任だから切ってやることはない」と発言するなど、佐賀新聞社は残紙政策を改めようとはしなかった。

その結果、新聞代金の納金が遅れるようになり、販売局長から、「これ以上納金の遅れが続き、その金額が信認金を超えれば改廃になる」と告げられた。実際、納金が遅れるようになり、2015年の12月末日付で廃業に追い込まれた。

理不尽な処遇に納得がいかなかった寺崎さんは、江上武幸弁護士に相談し、佐賀新聞社を提訴するに至ったのである。請求額は、約8186万円だった。

この裁判の中で江上弁護士は、「実配部数+予備部数」が真の注文部数であって、それを超える部数は、「押し紙」とする定義を持ち出したのである。予備部数の部数は、搬入部数の2%とした。この数字は、新聞業界内の自主ルールとして、2009年まで定められていたものである。新聞業界がそれを廃止した理由は、わたしの推測になるが、残紙が2%を超えても、それを「予備紙」と定義すれば、新聞特殊指定が定めた「押し紙」の定義をすり抜けることができるからである。残紙は、すべて予備紙という詭弁が通用すると考えた結果だろう。

しかし、残紙は古紙回収業者によって回収されているわけだから、予備紙としての実態はない。寺崎さんも、2%で十分に足りる主張した。

判決は、2020年5月に言い渡された。佐賀地裁の達野ゆき裁判長は、佐賀新聞社に対して約1066万円の支払いを命じた。判決で注目すべき最大の点は、適正な予備紙の部数を、「原告が実際に原告販売店を経営する上で必要」とする部数と認定した点である。

この裁判では、寺崎さんが注文部数を減らすように繰り返し要請していたのは明白だった。しかし、従来の判例からすれば、注文部数を寺崎さんが記入していたために、自己責任が認定される可能性も多分にあった。しかし、裁判所は忠実に独禁法の新聞特殊指定に沿った判断を下したのである。江上弁護士が提起した注文部数の定義を採用したうえで、「被告の原告に対する新聞供給行為には独禁法(押し紙)違反があったと認められる」と明確に言い切ったのである。

この裁判例に見るように、「押し紙」の定義は、「押し紙」裁判では、特に重要な意味を持っている。単に、「押し売りした」新聞というだけでは不十分で、独禁法の新聞特殊指定でいう注文部数の定義を明確にする必要があるのだ。さもなければ、捺印がもつ法的効力に太刀打ちできない。

◆残紙の責任は新聞社にある

日本経済が好調で折込媒体の需要が多かった時代には、特に中央紙で残紙が「積み紙」の性質を帯びていたことは疑いない。それは元店主らの証言や新聞販売店の繁栄ぶりからも推測される。この時代に起きた「押し紙」は、わたしの推測になるが、折込定数を減らされるなど、嫌がらせを受けた結果である可能性が高い。店主を解雇する場合、折込定数を減らして、補助金をカットすれば、「積み紙」が「押し紙」に代わり、販売店経営は破綻する。そんな仕組みになっていたのだ。実際、昔の「押し紙」事件は、新聞販売店の強制改廃事件と連動しているケースが多い。

しかし、PR媒体としての折込媒体自体の需要が減っていくと、新聞社の方針とはかかわりなく、「積み紙」が「押し紙」に変質したのである。

その意味では、残紙を受け入れてきた販売店にも、責任の一端はある。しかし、このようなビジネスモデルを構築したのは新聞社サイドである。そもそも販売店に新聞社の販売政策を決める権限はない。販売店は、新聞社経営の歯車になる以外に選択肢はないのである。

新聞社は残紙による販売収入で、新聞社経営の規模をバブル化している。残紙が「押し紙」であろうと、「積み紙」であろうと、読者がいない新聞から、販売収入のかなりの部分を得ているのである。

日本新聞協会のデータによると、2018年度の日本の新聞社91社の総売り上げは1兆6619億円(2018年度)だった。このうち販売収入は57.2%、 広告収入は19.93%、不動産運用やイベントなどその他に分類されている収入は22.9%である。 販売収入が全体の約6割を占めていることが分かる。この6割を占める販売収入の一定割合、おそらく15%から40%ぐらいが残紙による不透明な収入なのである。

新聞社はそれを認識した上で事業を展開している。従って、たとえば公正取引委員会が残紙を一斉に摘発すれば、著しいリストラを強いられることになる。

残紙を排除するということは、ABC部数の減部数をも招くわけだから、紙面広告の媒体価値も相対的に低下する。

このようなリスクを伴う新聞社経営の構図を新聞社自身が把握していないことはまずありえない。販売店に大量の残紙があり、広報紙やチラシなどの折込媒体が廃棄されていることも認識しているはずだ。それが新聞社自身が構築したビジネスモデルであるからだ。

そのビジネスモデルの基盤となってきた残紙は、どの程度あるのだろうか。