1. 佐賀新聞「押し紙」裁判、判決の公開と解説、佐賀新聞社の独禁法違反を認定

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2020年05月16日 (土曜日)

佐賀新聞「押し紙」裁判、判決の公開と解説、佐賀新聞社の独禁法違反を認定

既報したように佐賀新聞の「押し紙」裁判で、原告の元販売店主・寺崎昭博さんが勝訴した。佐賀地裁は佐賀新聞に対して、寺崎さんに約1066万円を支払うように命じた。

この判決の最大の評価点は、裁判所が単に寺崎さんが受けた被害だけではなく、86店ある佐賀新聞の販売店の大半で同じ被害が発生している高い可能性を具体的に指摘したうえで、「被告の原告に対する新聞の供給行為には、独禁法違反(押し紙)があったと認められる」と、認定したことである。佐賀新聞の販売店が一斉に「押し紙」裁判を起こせば、勝訴する道が開けたのである。

◆裁判所が下した賠償額について

請求額は約1億1600万円で、賠償額が約1066万円だから、原告が勝訴したとはいえ、原告の主張があまり認められなかったような印象もあるが、「押し紙」行為に関する肝心の部分では、原告の主張がほぼ認定されている。請求額に比べて賠償額が少ないのは次の理由による。主要なものを紹介しておこう。

①時効
請求は2009年(平成21年)4月から2015年(27年)12月までだが、平成2013年7月30日以前に支払った「押し紙」の仕入代金は、時効で消滅していると判断されたこと。

②逸失利益
逸失利益とは、「本来得られるべきであるにもかかわらず、債務不履行や不法行為が生じたことによって得られなくなった利益」(ウィキペディア)のことである。原告の寺崎さんは、「押し紙」で廃業に追い込まれたわけだが、仮に「押し紙」がなければ、65歳まで働けると想定される。原告弁護団は、それによって得られると推定される金額を請求したのであるが、認められなかった。

③慰謝料
慰謝料が認められなかったこと。

④弁護士費用
一部しか認められなかったこと。

⑤折込手数料
「押し紙」とセットになっていた折込手数料が、賠償額から控除されたこと。

 

◆原告販売店の「押し紙」を独禁法違反と認定した理由

裁判所が、佐賀新聞が原告販売店に行った「押し紙」行為を独禁法違反と認定した理由は、次のようなものがある。

1、実質的に佐賀新聞が年間目標を立て、それに沿って販売店に新聞の部数を注文させていた事実。年間目標を設定する際の具体的な方法は、次のようなものだ。

佐賀新聞は、毎年3月の定数(搬入部数)を基に次年度の年間目標を設置していた。たとえば3月の定数が1000部で、年間目標が72部とする。月に換算すると6部である。それを前提に、各月の目標定数(目標部数)を決める。たとえば次のように。

1月:1006部
2月:1012部
3月:1018部
4月:1026部
5月:1032部
6月:1038部
7月:1044部
8月:1050部
9月:1056部
10月:1062部
11月:1068部
12月:1072部
※これは実際の数字ではなく、説明の便宜上筆者が設定したものである。

1月から11月までの注文部数を1000部にして、12月だけ一気に1072部とすることは認められていない。

年間目標の設定に際しては、佐賀新聞の担当員が販売店を訪問して、店主と協議して決めるが、実質的には担当員の側に決定権がある。新聞の注文部数は、年間目標に沿った部数でおこなわれていた。

2、佐賀新聞が定期的に全店の一斉減紙を実施してきた事実があること。つまり佐賀新聞が全販売店の注文部数を決めていたのである。これについて判決は次のように述べている。

「販売店が購読部数に応じた部数を注文することができるのであれば、被告が販売店の救済のために一斉減紙を実施する必要はない。販売店の注文部数には、被告による拘束があったとみるほかない」(30P)

3、小城販売店の店主が申し立てた仮処分や本訴の中で、「押し紙」行為が明らかになった事実。佐賀新聞は、「年間販売目標に反する注文は普及努力義務に反するとして、年間販売目標に従った供給を続けた」(29)のである。2つの販売店が被害を訴えたことが功を奏した。

4、適正な予備紙の部数を、「原告が実際に原告販売店を経営する上で必要」とする部数と認定したこと。「本人尋問においては、(寺崎さんは)30部くらいで足りるし、予備紙率は2%あれば十分であると供述している」。

新聞社の見解は、残紙はすべて予備紙というものだが、「原告が実際に原告販売店を経営する上で必要としていた」部数とする見解が示されたのである。それ以外は、「押し紙」と認定されたのだ。

5、新聞1部の仕入価格が月額1692円で、折込媒体の手数料が月額750~1050円程度だったので、折込広告の水増しが目的で多量の残紙を購入していたのではないことが明確になったこと。

6、寺崎さんが残紙代金を支払うために、銀行から繰り返し借り入れをしていた事実があること。

7、ABC部数の公査対策を、佐賀新聞が指示していた事実があること。
佐賀新聞の販売局員は店主らに対して、残紙率が高いときは、帳簿類を改ざんして、実配部数との整合性を取ることを指示していたのである。

以上を理由として、裁判所は佐賀新聞の独禁法違反を認定したのである。

なお、原告が主張していた公序良俗違反や強迫などは認められなかった。

■判決文の全文

 

◆弁護団談話

2020年(令和2年)5月15日

佐賀新聞吉野ヶ里販売店「押し紙訴訟」原告弁護団談話
(文責 弁護士江上武幸)

本日午前11時、佐賀地裁民事部(達野ゆき裁判長)は、佐賀新聞社の独禁法違反の押し紙による経営政策を厳しく指弾する原告勝訴の判決を言いわたしました。

判決は、佐賀新聞社がABC協会の公査の際に押し紙の存在がわからないように販売店に偽装工作を指示していた事実や、販売店に対し年間販売目標に従った注文を求め販売店からの個別の減紙の申し出には応じない販売政策をとってきた事実を認め、これまでの経営姿勢を厳しく批判しました。

特に、新聞販売店経営に必要な部数は実配数とその2%程度の予備紙で足り、それを超える部数は独禁法の定める押し紙であり違法であるとの判断を示した点は、裁判所が独禁法の押し紙の公権的解釈規準を示したもので高く評価されます。

現在、新聞本社の意向に逆らえず大量の押し紙を購入させられている販売店にとって、押し紙返上に勇気と希望を与えられた名判決であり、全国的にもその影響は非常に大きいと考えます。佐賀地裁の裁判官の英断にあらためて敬意を表します。