1. 『財界にいがた』が森裕子裁判の記事を掲載、2010年9月14日の民主党代表選の舞台裏は?

「森裕子VS志岐武彦」の裁判に関連する記事

2014年05月09日 (金曜日)

『財界にいがた』が森裕子裁判の記事を掲載、2010年9月14日の民主党代表選の舞台裏は?

新潟県を地盤とした経済誌『財界にいがた』 (5月号)が、「小沢一郎を強制起訴に追い込んだ検察審査会と最高裁の闇」と題する記事を掲載している。これは森裕子元参院議員が昨年、志岐武彦氏に対して起こした裁判について報じるレポートの第2回目である。

裁判の発端は、2010年9月14日に投票が行われた民主党代表選の当日に、東京第五検察審査会が候補者だった小沢一郎氏に対する2度目の起訴議決を行ったことに、小沢氏の支援者らが「策略ではないか」との疑いを抱いて、独自の調査を開始したことである。調査の先頭に立ったのは、森議員(当時)と、後に『最高裁の罠』を著す志岐武彦氏だった。

『財界にいがた』の記事は、調査の過程で判明した事実を紹介している。それは、小沢氏に対する起訴議決が架空だったという推論を裏付ける内部資料である。情報公開制度を利用して入手したものである。

■『財界にいがた』?

なお、検察審査会というのは、「検察」の名前を付しているが、最高裁事務総局が管轄する組織である。つまり森氏と志岐氏は、最高裁事務総局の「闇」を調査し、暴露したのであるが、その後、意見の相違から決別した。森氏は、検察を諸悪の根源と主張したのに対して、志岐氏は最高裁を諸悪の根源と主張した。そして意見の対立が高じ、森氏が志岐氏を提訴するに至ったのである。

◇小沢一郎VS菅直人の背景に何が? ?

小沢一郎氏と菅直人氏が代表を争った民主党代表選が行われた2010年9月はどのような時期だったのだろうか。当時の政界にスポットをあててみると、小沢氏が舞台裏の権力によって「排除」された背景が推測できる。

小泉政権が導入した新自由主義は、社会格差や貧困を生みだした。それに続く安倍、福田、麻生の3政権は、若干の軌道修正を行ったが、自民党は国民の信頼を回復することができずに崩壊。2009年9月、民主党・鳩山政権が誕生した。鳩山氏は消費増税を凍結したり、高等学校授業料無償化を進めるなど、福祉を重視した。さらには沖縄の米軍基地問題でも地元に配慮した政策を押し進めようとした。

ところが財界や米国の圧力に屈して自滅した。理想を掲げるだけでは政治はできないことを思い知らされたのである。

これに代わって登場した菅政権は、かつての市民運動家とは思われないほど、政策を自民党よりに軌道修正した。すなわち新自由主義への回帰を目指したのである。

こうした情況の下で、9月14日の民主党代表選に、政策的には鳩山氏に近い小沢一郎氏が、菅の対立候補になったのである。新聞は、菅の応援団と化した。世論誘導が進行したと言っても過言ではない。

財界がいかに新自由主義導入の再開を望んでいたかは、第一次菅内閣が発足した2010年6月に経済同友会が発表した提言、「地域主権戦略大綱の策定に向けて?地域主権国家の全体像の提示を求める?」にも色濃く現れている。提言の趣旨は次の通りである。

? 菅新政権の発足に際し、本年夏までに策定する政府の地域主権戦略大綱に おいて、国と地方の役割分担やそれに基づく税源移譲、広域行政のあり方 などの基本的考え方を国民に示し、地域主権国家の全体像を提示するよう 求める。

? 大綱に盛り込まれる予定の各項目については、「義務付け・枠付けの見直し」 「市町村への権限移譲」は地方分権改革推進委員会の勧告の実現を目指し、 「一括交付金化」「国の出先機関の抜本改革」は地域のことは地域が決める という地域主権の理念に沿った取り組みを進めるべきである。

? 全国経済同友会地方行財政改革推進会議は、基礎自治体?道州?国の三層 からなる道州制の導入なくして地域主権は実現できないと考えており、地 域主権戦略大綱において道州制導入とその工程を明示し、早急に「道州制 推進基本法」を制定するよう求める。

■経済同友会の提言

改めて言うまでもなく、地方分権改革は、新自由主義の典型的な政策のひとつである。福祉などを地方自治体に丸投げして、財源が不足すれば、地方自治体の責任で公共サービスを削減する政策である。

こうして「小さな」政府を作ることで、大企業の税負担を軽減していく大企業優先の政策だ。この提言からは、財界が菅政権に対して熱烈に新自由主義導入の再スタートを望んでいるさまが読み取れる。

小沢氏が排除された大きな背景である。ただ、小沢氏が新自由主義に反対しているかどうかは疑問の余地があるが、財界やマスコミはそんなふうに見ていたようだ。