1. 【書評】『一流の前立腺がん患者になれ』、治療方法を選ぶための手引き、客観的なデータで構成された患者のためのやさしい専門書

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2021年12月02日 (木曜日)

【書評】『一流の前立腺がん患者になれ』、治療方法を選ぶための手引き、客観的なデータで構成された患者のためのやさしい専門書

東洋人は、90歳を超えると約半数が前立腺がんになるといわれている。前立腺がんの患者は年々増えている。患者数はいまや胃がんを上回っている。

2019年の冬、わたしは『一流の前立腺がん患者になれ!』の著者である安江博さんを、茨城土浦市にあるつくば遺伝子研究所に訪ねたことがある。滋賀医科大付属病院事件を取材することが目的だった。これは、前立腺がん治療の著名な開発者・岡本圭生医師を病院から追放した事件で、当時、岡本医師の患者だった安江さんも影響を受けた。

わたしは事件の経緯だけではなく、前立腺がん治療そのものについても尋ねた。何を根拠として安江さんは、岡本医師の治療法を選択したのかを尋ねたのである。

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病院相互の「市場競争」の中で、インフォームドコンセントが常識となり、患者が自分で治療法を選択する時代になっている。しかし、それは逆説的に言えば、患者が治療法を主治医に委ねてしまった場合、病院の経済上のメリットを最優先た治療法へ誘導されかねないリスクを孕んでいる。軽々しく、

「前立腺を摘出してさっぱりしましょう」

などと言われてかねない。

医療界のこのあたりの事情にも詳しい遺伝子研究者の安江さんは、前立腺がんを告知された後、みずからの卓越した語学力を生かして、前立腺がんの治療に関する世界中の論文に目を通した。そしてどの治療が最も最適かを自分で見極めたのだ。

たどり着いた答が小線源治療を進化させたTen-Step法(岡本メッソド)だった。この治療法では、中間リスクの患者の7年後非再発率は99.1%である。ほぼがんを根治できる。

小線源治療は放射性物質を包み込んだカプセル状のシード線源を前立腺に埋め込んで、そこから放出される放射線でがん細胞を死滅させる治療法だ。1970年代に米国で誕生した。その後、岡本医師が改良を重ねてTen-Step法と呼ばれるものに進化させた。滋賀医科大が岡本医師を追放したのは、Ten-Step法の輝かしい業績に対する上司らの妬みだったのではないか?。

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本書は、安江さんがTen-Step法を選択するまでの足跡を記録したものである。それゆえに治療法や治療成績、メリットとデメリット、合併症など、前立腺がんのすべてが客観的に記述されている。さながら専門医学書を一般向けに分かりやすく書き換えた印象がある。しかも、患者がデータを読み解く祭に陥りやすい注意点などにも言及している。

たとえばある医科大病院におけるロボットを使った全摘手術の場合、非再発率は次のように公表されている。

低リスクの患者:95.5%
中間リスクの患者:82.5%
高リスクの患者:65%

しかし、手術後の平均観察期間が15.7カ月しかない。これでは正確なデータとは言えないのである。数字のトリックである。また、高リスクの患者を最初から手術しない治療方針にして、表向きの治療成績を上げるなどの例も紹介されている。

本書は、情報の客観性を極めて重視して執筆されている。このあたりの事情について、安江さんは次のように書いている。

「病院も学会も悪しき医局制度の因習により動いていることは、残念な事実です。そういった利権の渦巻く中で、医師は一定の同調圧力を受けながら患者の診察をしている、ということを知っておくべきでしょう。こういった背景の中から出される医療側の提案に対して、患者側の正確な判断が重要です。ここでのエンドポイントは患者の『命』です。自分で最適で、正確な判断をするためには、人任せにするのではなく、自分で情報を収集し、判断する必要があります」

本書は、前立腺がんの教科書であると同時に、現代医療との向き合い方の手引きである。

タイトル:『一流の前立腺がん患者になれ!』
著者:安江博
版元:鹿砦社