1. 【書評】『暴力・暴言型社会運動の終焉』、反差別運動の表と裏、師岡康子弁護士の危険な思想「師岡メール」を公開、マスコミが報じない事件の特徴を浮き彫り 

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2021年02月10日 (水曜日)

【書評】『暴力・暴言型社会運動の終焉』、反差別運動の表と裏、師岡康子弁護士の危険な思想「師岡メール」を公開、マスコミが報じない事件の特徴を浮き彫り 

ジャーナリズム活動を評価する最大の要素は、テーマと視点の選択と設定である。とりわけテーマの選択は決定的だ。それを決めるのが編集者の感性であり、問題意識なのである。

同時代で起きている事件から、どの事件をクロースアップするかが決定的な鍵になる。たとえばこのところ、マスコミは森喜朗氏の女性差別発言を重視して徹底取材を行い、ニュース番組はいうまでもなく、ワイドショーでも連日のように差別問題の報道を続けている。森氏の発言内容そのものはおかしいが、相対的に見ると炎上させるほどのレベルではない。完全にスタンピード現象を起こしている。

その一方で、同じ五輪・パラがらみの事件でも、時価にして約1300億円の選手村建設用地(公有地)を、東京都が約130億円で開発業者へ「たたき売り」した事件は、ほとんど報じない。この事件は住民訴訟にまで発展している。しかし、森失言ほど重要ではないと判断して、沈黙しているのである。

日本のマスコミの能力は、実はこのレベルなのである。

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』で鹿砦社の取材班が取り上げたのは、反民族差別運動(以下、カウンター運動)の活動家が起こした組織内部のリンチ事件である。しかも、その事件の現場には、(裁判では「潔白」になったものの)カウンター運動の女性リーダー・李信恵氏が、酒に酔った状態で居合わせ、被害者の胸倉を掴むなどの行為に及んだ。

M(注:仮名)が、本件店舗に入店した直後、原告(注:李氏)がMに詰め寄り、その胸倉を掴んだ。それに対し、普鉉氏は、「まあまあ、まあリンダさん、(原告のあだ名)、ごめんな。」などと言いながら、Mから原告を引き離し・・・・(裁判判決の認定

しかし、李信恵氏をカウンター運動の騎士としてクローズアップしてきた新聞・テレビは、この事件を報道しない道を選択したのである。それどころか、事件後も李氏に記者会見の場を提供し続けたのである。これに対して鹿砦社には、記者会見の場すらも提供しない方針に徹し続けたのである。

こうした条件の下で鹿砦社の取材班は事件取材を継続して、書籍のかたちで、次々と新事実を明らかにしていった。書籍ジャーナリズムが本領を発揮したのである。

『暴力・暴言型社会運動の終焉』は、その第6弾である。わたしも含めて、鹿砦社に協力するかたちでこの事件を取材したライターが本書に寄稿している。リンチ事件の被害者本人も手記を寄せた。

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この事件を通じて見えてくるもうひとつの側面は、インテリ層と言われる人々の姿勢である。鹿砦社のスタンスが、李信恵氏を擁護してきたメディアを批判するものなので、鹿砦社に協力すると、自分自身が「反権力」のレッテルを張られるリスクを生むのを警戒したのではないか。マスコミは基本的には、権力構造の歯車である。おそらくは処世を優先して、多くの識者がこの事件に背をむけたのである。

なかには積極的に事件の隠蔽に奔走した面々もいる。たとえば弁護士の師岡康子氏である。師岡氏は、事件を隠蔽するためにある人物にメールで、指示ともお願いともつかない文面を送付している。国会でヘイトスピーチ解消法が論議されている時期だったので、師岡氏は被害者による刑事告訴を止める必要性を感じたようだ。

『暴力・暴言型社会運動の終焉』には、被害者による刑事告訴を止める必要性を綴った師岡氏の文面が公開されている。このメールを取材班に提供した人がいたのだ。メールの一部を引用しておこう。

 しかし、その取り組みが日本ではじめて具体化するチャンスを、今日の話の告発が行われれば、その人は自らの手でつぶすことになりかねません。在日コリアンへの差別は、戦後の日本の体制の根幹の一部であり、そこに手をつける法制度を作ることは現時点でも容易ではありません。しかし、カウンターを契機として、オリンピックがらみもあり、国連勧告、最高裁決定などなど、今ははじめてのチャンスだと思いますが、告訴が必然的に導く運動バッシングによりそのチャンスがつぶれれば、次はいつそのチャンスがくるか分かりません。

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なお、リンチ事件の現場にいた「同志」のうち、伊藤大介氏は、昨年の11月25日の深夜、極右活動家の荒巻靖彦氏を呼び出して暴行を加え、逮捕された。荒巻も逮捕された。この件に関する最新の報告も、『暴力・暴言型社会運動の終焉』に収録されている。

マスコミが一斉に口を閉ざして鹿砦社の取材班だけが報じたこの事件。新聞研究者の故・新井直之氏は、『ジャーナリズム』(東洋経済新報社)の中で、ある貴重な提言をしています。

「新聞社や放送局の性格を見て行くためには、ある事実をどのように報道しているか、を見るとともに、どのようなニュースについて伝えていないか、を見ることが重要になってくる。ジャーナリズムを批評するときに欠くことができない視点は、『どのような記事を載せているか』ではなく、『どのような記事を載せていないか』なのである」

本書は、日本の権力構造の闇を浮き彫りにしている。言論規制が強まる状況下で、ジャーナリズムとは何かを再考するうで必読の書にほかならない。

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『暴力・暴言型社会運動の終焉』の内容は次の通りである。

1、歴史は繰り返した!反差別運動に重大な汚点(鹿砦社取材班)

2,伊藤大介による合田夏樹脅迫事件(合田夏樹)

3,カウンター大学院生リンチ事件(鹿砦社取材班)

4,「M君リンチ事件」を見てきて(尾崎美代子)

5,権力構造の中の司法と記者クラブ(黒薮哲哉)

6,暴力・暴言路線の運動に未来はない(森奈津子)

7,危険なイデオローグ・師岡康子弁護士(黒薮哲哉、松岡利康)

8,平気で嘘をつく人たち(松岡利康)

9,〈M君の顔〉から目を逸らした裁判官たち(山口正紀)

10,リンチ事件から六年(被害者M生)

出版社:鹿砦社

タイトル:暴力・暴言型社会運動の終焉

編集者: 鹿砦社特別取材班