【書評】『メディアに操作される憲法改正国民投票』、国民投票に介在してくる電通、改憲派が圧倒的に有利に
国際平和協力法(PKO法)が制定・施行され、日本が戦後はじめて、海外へ自衛隊を派遣したのは1992年である。アンゴラとカンボジアへ自衛隊を投入したのである。その時、これが憲法9条「改正」への最初の一里塚であることに気づいた人は、ごく限られていただろう。自衛隊の活動が、選挙監視など武力とは関係ないものに限定されていたからだ。
ところがその後、自衛隊の海外派兵や安全保障に関する法律が次々に制定され、現在では、日米共同作戦を展開できる段階にまで達している。このような体制の維持を支える特定秘密保護法や共謀罪法も制定・施行された。そして今、安倍内閣は、北朝鮮のミサイル・核問題を巧みに利用し、2020年までの改憲を視野に入れて、憲法9条をドブに捨てようとしている。
この25年を振り返ると、自民党は憲法9条の「改正」をゴールとして、日本の軍事大国化を進めてきたとも解釈できる。改めていうまでもなく、改憲の最後の「儀式」は、憲法改正国民投票である。
が、憲法9条の支持は依然として根強い。実際、今年の4月に毎日新聞が実施した世論調査では、憲法9条を「改正すべきだと『思わない』が46%で、『思う』の30%を上回った」。護憲派の人々の間には、国民投票になれば負けないという楽観論も広がっている。しかし、これはとんでもない誤解である。逆に全く勝ち目がないと言っても過言ではない。「無党派層」を世論誘導する恐るべきあるカラクリが隠されているからだ。
本間龍氏の『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)は、憲法改正国民投票の致命的な欠点を指摘している。欠点とは、投票に先立つ運動期間中に、テレビCMなどのPRに関する規制がほぼ存在しないことである。テレビCMなどを制限なく流すことができる制度になっているのだ。
◇公平なルールが必要
国政選挙や地方選挙では、候補者によって不公平が生じないようにポスターの枚数やテレビでの政見放送の回数を統一するなど、さまざまな規制が定められている。その結果、一応は公平な条件の下での選挙運動が担保されている。
ところが国民投票では、そのような規制はほぼ存在しない。となれば、財界や右翼団体など、有力な組織がバックにいる改憲派が資金力で圧倒的に優位に立ち、改憲へと世論を誘導できる公算が高い。
たとえ護憲派がカンパなどで、豊富な資金を集めることが出来たとしても、別の障害が立ちはだかる。それは日本の広告代理店のアンバランスな力関係である。
周知のように、電通は日本の広告代理店の中では、圧倒的な勢力を誇る。広告代理店の勢力とは、具体的に言えば、テレビCMの放送枠や新聞広告の掲載枠の占有状態の大小である。この点で電通は他社を圧倒している。つまり電通を味方にできた陣営が、PR活動も圧倒的に優位に展開できるのだ。
本間氏によると、「電通は戦後一貫して自民党の広告宣伝を担当しているので、国民投票においても自民党を中心とする改憲派の広告宣伝を担当することはほぼ間違いない」という。
ちなみに広告枠やCM枠は、短期のうちに確保できるわけではない。他の広告主との調整が必要なので3カ月前から行うという。従って国会で改憲案が可決されてから、広告代理店と交渉しても手遅れなのだ。
当然、自民党は改憲スケジュールを電通と共有しながら、PR戦略を進めるだろう。これに対して護憲派は正確な改憲スケジュールを知ることができないわけだから、PR活動そのものがスタート時点から遅れをとる。しかも、電通とは比較にならない小規模な広告代理店と契約せざるを得ない。つまりPR戦略に関しては、護憲派は不利な立場に追い込まれるのだ。勝ち目がない。
広告やCMは、メディアの大きな収入源である。憲法改正国民投票によって莫大な広告費が大手メディアへ流れ込むことになる。そうなるとメディア企業側も、広告主の意向に反した記事は掲載できなくなる。むしろ改憲を支持する論調が増えていく可能性が高い。こうして「無党派層」が改憲論に靡いていく。
欧米では公平な国民投票を担保するルールが定められているが、日本ではそれが欠落している。本書は護憲論でも改憲論でもなく、真に公平なルールを制定する必要性を主張している。
■タイトル:メディアに操作される憲法改正国民投票
■著者:本間龍
■版元:岩波書店