1. 書評『世界終末戦争』(バリガス=リョサ著)、ラテンアメリカで内戦が止まなかった理由

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2016年07月24日 (日曜日)

書評『世界終末戦争』(バリガス=リョサ著)、ラテンアメリカで内戦が止まなかった理由

  ラテンアメリカ文学といえば、日本ではコロンビアのノーベル賞作家、『百年の孤独』(新潮社)の著者、ガルシア=マルケスが最もよく知られてるが、海外では『世界終末戦争』(新潮社)の著者、バリガス=リョサも同様に高い評価を受けている。

この作品を通じて、「権力構造の地図と、個人の抵抗と反抗、そしてその敗北を鮮烈なイメージで描いた」としてバリガス=リョサも、2010年にノーベル文学賞を受賞している。ラテンアメリカで6人目の受賞者である。

前世紀までのラテンアメリカの政治を象徴するキーワードといえば、「軍事政権」である。ラテンアメリカは、軍隊を持たない中米・コスタリカのような例外はあるとはいえ、軍部が強い政治力をもつ地域だった。

◇収奪された大地

これに対抗するように、各地でゲリラ活動の火がくすぶっていた。軍事政権と左翼ゲリラの対決構造があったのだ。この作品には、なぜラテンアメリカ諸国で内戦が絶えなかったのかという問いの答えがある。

しかし、『世界終末戦争』は1990年ごろまで頻繁に見られた軍事政権と左翼ゲリラの対決を小説化したものではない。それよりもはるか前の時代、1896年にブラジルの奥地で起こったカヌードスの反乱をモデルにした作品である。これは、狂信的な宗教集団と政府軍が衝突を繰り返した事件である。

ブラジル奥地に生まれた原始キリスト教の共同体。人々は理想郷の実現を唱える宗教リーダーにひかれていく。ラテンアメリカの大地がスペインによって収奪された後、征服した者と制服された者の間には、完全に断絶された2つの世界が出現していのだが、この部分に異議を唱え、反旗を掲げたからである。

征服者はみずからの利益を守る政府を打ち立て、被征服者は「近代化」から完全に取り残された。西洋の光と新大陸の影が鮮明に対比したのだ。こうした状況のもとで、平等や自由の旗を掲げた理想郷を唱える宗教リーダーの存在は人々の心を狂信的に捉えた。

まったく同じ構図が前世紀に見られた政府軍と左派ゲリラの間にも存在した。

ラテンアメリカは古代と近代が共存していると言われてきた。もちろんこれは比喩的な言い方なのだが、前世期まで著しい社会格差があったことは紛れのない事実である。

たとえば内戦中のエルサルバドルで、FMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)の解放区で、ボランティアとして働いた米国人医師が次のような趣旨の報告をしている。

「私がゲリラ兵になぜ、FMLNに加わったのかを尋ねたところ、自分の体験を話してくれました。自分はもともと地主の家にやとわれていた。仕事のひとつに番犬の世話があった。自分は番犬のところに毎日肉を届けた。しかし、自分が肉を食べたことはほとんどない。番犬が病気になると獣医のところへ連れていき診察させた。しかし、自分の子どもが病気になったときは、薬を買ってやることもできなかった。こうした実態を見なくては、本当の暴力とはなにかが分からない」

『世界終末戦争』は、つい最近までラテンアメリカの現実だった。
まもなくオリンピックを迎えるブラジルは、未だに「古代」と「近代」が共存している国である。「古代」の人々をカメラの餌食にしてはいけない。