1. 「押し紙」70年⑤、1977年の日販協による「押し紙」調査、搬入される新聞の約1割が「押し紙」に、粉飾決算の疑惑も

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2015年08月04日 (火曜日)

「押し紙」70年⑤、1977年の日販協による「押し紙」調査、搬入される新聞の約1割が「押し紙」に、粉飾決算の疑惑も

【サマリー】「押し紙」を排除する最初の全国的な動きは1977年に始まった。日販協(日本新聞販売協会)が全国の新聞販売店を対象に、「残紙」の実態調査を実施したのである。その結果、販売店へ搬入される新聞の8.3%(全国平均)が「残紙」になっていることが判明した。

 この数字を基に部数を試算すれば1日に380万部にもなる。これらの新聞は販売されていないにもかかわらず、販売されたものとして経理処理されている可能性が高く、粉飾決算の疑惑も免れない。

「押し紙」問題に最初の転機が訪れたのは1977年(昭和52年)である。日販協(日本新聞販売協会)が全国規模で「押し紙」の実態調査を行ったのである。

調査に際して同協会は、全国の新聞販売店に「残紙及び拡材使用の実態調査にご協力をお願いします」と題する文書を送付している。調査の目的について、この文書は「販売正常化の決め手は自由増減の厳守にある」が、実際には「自由増減が徹底」されていない実態に対処するためとしている。

ちなみに「自由増減」とは、新聞販売店の側が自由に仕入部数を決める権利のことである 。商品を仕入れる側が商品の仕入れ量を決めるのは、普通の商取引では議論の余地がない当たり前の慣行だが、新聞の場合は必ずしもそうはなっていない。

各販売店に新聞拡販のノルマが課せられ、新聞社が一方的にノルマを上乗せした新聞部数を搬入する。こうした慣行によって発生する過剰な新聞が、俗に言う「押し紙」である。

従って「押し紙」をなくすということは、販売店主に自由増減の権利を保証することにほかならない。しかし、戦後70年が過ぎても、多くの新聞社でそれが実施されていないのが実情である。新聞業界が前近代的な業界と言われてきたゆえんである。

◇「押し紙」と粉飾決算

1977年11月30日付けの『日販協月報』は、第1面で「残紙に関する実態調査」の結果を発表した。それによると、全国平均1店あたり8・3%の残紙が発生していることが分かった。

同時に日販協は、1日に全国で約380万部が残紙になっていると試算した。これをトン数に換算すると13万トンである。

地域別にデータを見ると、近畿(11.8%)・中国=四国(11.1%)で「残紙」の比率が高い。

■残紙に関する実態調査PDF

改めて言うまでもなく、これらの新聞は販売されたものとしてABC部数に加算され、それに基づいて経理処理も行われてきた。当然、粉飾決算の疑惑もある。「押し紙」と粉飾決算は常に表裏関係にある。

1970年代の中期には、搬入される新聞の1割ほどが「押し紙」になっていたのである。この数字は搬入される新聞の5割が「押し紙」という実態がある現在の感覚からすれば極めて低い。しかし、当時は大きな問題になっていて、日販協は調査結果を踏まえて日本新聞協会へ「残紙排除の要請」を行っている。