1. 【連載】「押し紙」問題⑧、ABC部数の恐るべき裏面、歌手の「島倉雄三」が読者名簿に

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2021年05月07日 (金曜日)

【連載】「押し紙」問題⑧、ABC部数の恐るべき裏面、歌手の「島倉雄三」が読者名簿に

第6章の一部を公開します。全文は、ウェブマガジンで公開されています。

■ウェブマガジン

 

残紙の性質が「押し紙」であるか、それとも「積み紙」であるかにかかわりなく、残紙の実態が社会問題として広く認識されてこなかった原因のひとつにABC部数の信頼性が高い事情がある。出版物の発行データとして権威があるのだ。

しかし、実情はそうではない。公査の過程でさまざまな問題がある。当然、データも信用できないが、大半の人は、それを知らない。ABC部数に残紙が含まれていることを知らない。

日本ABC協会が公査で残紙を摘発する方針を徹底していれば、第3章と第4章で紹介したような凄まじい残紙の実態は生まれなかったはずだ。

本章では、ABC公査の実態と、それによって生じるデータの信憑性を検証しよう。

ABC部数は、データが厳密なものであることを自称しているが、疑問が多い。これについて、まず日本ABC協会の見解を示そう。同協会のウェブサイトは、ABC部数について次のように説明している。

新聞や雑誌の広告料金は、部数によって決まります。ABC協会は、第三者として、部数を監査(公査)し認定しています。この認定された部数がABC部数です。対して、公称部数(自称部数)とは、ABC協会に参加していない発行社が自社発表しているもので、数倍から10倍以上の部数を自称している場合があります。合理的な広告活動を行うため、発行社の自称ではない、第三者が確認した信頼出来るデータであるABC部数をご利用ください。

この引用を読む限り、言外にABC部数は実配部数を反映していると説明している。

しかし、本書で検証してきたように、実際にはABC部数は残紙部数を含んでいるわけだから、実配部数を反映していない。しかも、その残紙部数は尋常ではない。海外でも日本の新聞の発行部数については疑惑が広がっていて、たとえば英語版のウィキペディアは、世界の新聞発行部数に関する記述の中で、日本の新聞社の発行部数について、次のような但し書きを付している。

一部の数字に関しては議論がある。日本の新聞部数は押し紙(過剰供給による誇張)に影響されているのではないかという主張にずっとさらされてきている。(Some figures are disputed; the numbers for Japanese newspapers have been subjected to claims of "oshigami" (exaggeration by over-supplying papers to businesses)

ABC協会が定期的に部数の公査(監査)を実施しているにもかかわらず、なぜABC部数は、実配部数を反映しないのだろうか。本章で、その原因を探ってみよう。

結論を先に言えば、ABC部数が実配部数を反映しないのは、ABC公査の際に新聞社と販売店が徹底した残紙の隠蔽工作を行っているからにほかならない。しかし、この点に踏み込む前に、ABC協会の運営体制に言及しておこう。

◆ABC協会と新聞社の深いつながり
ABC協会のウェブサイトによると、「ABC協会は、第三者として部数を公査(監査)し、発表・認定している機構」で、「広告の売り手である発行社と、買い手である広告主、仲介する広告会社の3者で構成」されている。

設立は1952年。「広告主・広告会社の熱心な要請と、発行社の積極的な協力により設立」された。

ローカル紙は別として、日刊紙を発行する新聞社のほとんどがABC協会へ加盟している。2020年2月時点における日本ABC協会の業種別の役員構成は次のようになっている。

会長:1名
専務理事:1名
新聞発行社:13名
雑誌発行社:3名
専門紙誌発行社:1名
広告主:12名
広告会社:5名
幹事:5名(新聞社1名、雑誌社1名、広告主2名、会計士1名)

役員総数は41名で、そのうち新聞社の所属である役員は14名いる。広告主の役員数16名(注:会長と専務理事の2名はいずれも広告主のカテゴリーに入る)には劣るが、ABC協会の中で新聞社は強い影響力を持っていることがうかがわれる。

しかも、新聞社の場合は、大半の役員が自社では取締役の肩書を持つ経営幹部である。それだけABC協会を重要なビジネスパートナーとして位置づけているのである。

◆ABC公査をかいくぐる伝統的手法
ABC部数は、新聞社がABC協会に申告した新聞の発行部数である。部数の申告制度を採用した上で、ABC協会は定期的に公査を実施しているのだ。公査は、販売店に対しては、抜き打ち方式で行う。

しかし、それは体面上のことで、ABC協会は公査対象の販売店を決定すると、それを公査対象の販売店が属する新聞社へ通知する。通知を受けた新聞社は、当然、それを販売店へ知らせる。しかし、これでは本当の意味での抜き打ち調査にはならない。

公査対象に指定された販売店は、帳簿上で残紙を隠すための各種の事務処理を行う。「事務処理」の中身は、読者名簿の改ざんやニセの領収書の発行などである。

しかも、これらの不正行為は昔から行われて来た。昔と今が異なる部分は、かつては手作業によるデータの改ざんだったものが、パソコンに代わっただけである。そのために近年は改ざん作業に手間がかからない。簡単にできる。

◆昔の改ざん方法
まず、昔の「事務処理」を紹介しよう。1990年代、パソコンがまだ十分に普及していない時代の手口である。『闇の新聞裏面史』(花伝社)の著者で、毎日新聞販売店の元店主・高屋肇さんは生前に次のように話していた。

「残紙を実配部数に見せるために、わたしはニセの読者名簿を作成していました。新聞社がABC公査の対象になったことを知らせてくると、近隣の販売店の支援を受けて、総手でニセの読者名簿と、それに整合したニセの順路帳(注:新聞の配達順路を示した地図)を作っていました。」

残紙には読者がいないわけだから、それを実配部数として処理するためには、まず第一に読者名簿に架空読者を加える必要がある。その作業を迅速に、しかも機械的に進めるために、複数の著名人の名前と姓を組み合わせて、名簿上の偽名読者にしていたという。実際には存在しない残紙の「購読者」である。

たとえば、歌手の「加山雄三」と「島倉千代子」を組み合わせて、「加山千代子」や「島倉雄三」といった偽名読者を作る。政治家の「佐藤栄作」と「吉田茂」を組み合わせて、「佐藤茂」とか、「吉田栄作」の偽名にする。さらに「加山栄作」、「島倉茂」などで幾通りにも組み合わせる。この作業に高屋さんは、ブラックユーモアを感じていたという。近隣の販売店の支援を得て、多人数でこのよな作業を行ったこともあるという。

ニセの読者名簿に整合した領収書も準備する。さらに残紙の「読者」の自宅位置を順路帳に適当に書き込む。デタラメの情報だが、ABC協会の職員が公査の際に自分の足で順路帳を実地検証することはなかったという。

現在では、こうした改ざん処理のうち、偽の読者名簿と領収書は販売店のコンピューターなどの機械類を使って簡単に作成できるようになっている。手作業は行わない。

◆コンピュータを使ったABC公査対策
現在の改ざん作業を紹介しよう。どのようにニセ書類は作成されるのだろうか。その詳細を取材するために、わたしは兵庫県西宮市にひとりの元販売店主を訪ねた。

板見英樹さんは、毎日新聞の販売店を2店を経営していた。現役の販売店主だった2016年9月、ABC部数関連の帳簿類の改ざん作業を、日常的に代行していた「実行者」から、その手口を聞き出し録音した。

改ざん作業の実行者は、新聞販売店が使っているコンピューターや折込広告の自動折込機などの納品とメンテナンスを業務としているD社(仮名)の社員である。

改ざん方法は単純なものだった。まず、最初にコンピュータに登録されている現在のデータのバックアップを取っておく。それから本格的な作業に入る。

作業の中心は読者名簿の改ざんである。作業員は、販売店がコンピューターに保存している「過去の新聞購読者データ」を現在の読者名簿に流し込み、データを更新する。ニセ講読者の人数は、残紙部数に整合させる。

こうした改ざんした名簿を基にして、領収書をプリントアウトする。その領収書のバーコードを読み込むと、入金一覧表なども自動的に更新され、複数のニセ書類の整合性が取れる仕組みになっているのだ。作業が終わると偽のデータを削除してバックアップデータを元に戻す。

日本ABC協会の職員は、この方法で改ざんされ、プリントアウトされた書類を公査するのである。その結果、ABC部数に多量の残紙部数が含まれていても、適正な部数として認定されてしまうのだ。

◆録音された改ざん手口の全容
板見さんが、改ざんの手口を聞きだそうと考えた発端は、D社の社員が板見さんの販売店を訪れたことだった。D社の社員は板見さんに、領収書を高速で自動裁断(切り取り線を入れること)できる機械(「卓上シートバースターV-417」)を貸してほしい、と言うのだった。

新聞の扱い部数が500部にも満たない小さな販売店は、こうした高価な機械を備えていないが、板見さんの販売店は扱い部数が多いこともあって、この機械を備えていた。板見さんが言う。

「なんでわざわざ借りにきたのかと思って問うてみますと、神戸市の新聞販売店にABC公査が入る予定があり、それに先だって、D社がデータを改ざんすることが分かったのです。大量のニセ領収書を作って、それを裁断するために、高速の裁断機が必要だったわけです。」

ABC公査が入る予定になっていたのは、板見さんが新聞販売の仕事を始めたころに勤務していた神戸市内の新聞販売店だった。そんなこともあって、板見さんは要請に応じた。社員は、車に機械を積み込み、板見さんの店舗を後にした。書類改ざんの舞台となる神戸市内の販売店へ裁断機を運んだのである。

この販売店へABC公査が入った日の夕方、板見さんは改ざん作業を代行した技師Sを自店に呼びつけた。改ざん方法を技師Sから聞き出すことが目的だった。

D社としても、板見さんから裁断機を借りた手前もあり、また板見さんの販売店が自社の取引先だった事情もあって、要請に応じた。

板見さんが、技師Sを呼びつけた口実は次のようなものだった。自店には残紙が多量にある。その自店にABC公査が入ることもありうるので、予備知識として、書類を改ざんする手口を教えてほしいというものだった。

それに応えて技師Sは、改ざんの手口の全容を語ったのである。

改ざん方法について板見さんが、次のように問うた。

板見:あれは数字をやるわけ、あれはどうやるんですか?

技師S:過去読(かこどく)を起こす。

「過去読」とは、かつて新聞を購読していた読者を意味する。元読者のことである。これに対して現在新聞を購読している読者は、「現読」という。従って、「過去読を起こす」とは、過去に新聞を購読していた読者を、現在の購読者として読者名簿に再登録するという意味である。

新聞販売店のコンピューターには、「現読」はいうまでもなく、「過去読」の名前や住所なども保存されている。それをボタンひとつで、現在の読者に変更することが出来る。板見さんが、わたしに説明した。

「過去読は赤色で表示されます。死亡した人や転居した人は、抹消しますが、それ以外は、セールスの対象になるので保存します。今、他紙を取っていても、再勧誘の対象になるから保存しておくのです。」
繰り返しになるが、改ざんの第一段階として、「過去読」を「現読」に変更する。この点について板見さんは、次のように技師Sに再確認している。

板見:まあいえば、現在(新聞が)入っていないお客さんでも、入っているようにして、それでデータを全部作ってしまう?

技師S:うん

改ざんの第2段階は、改ざんした読者名簿に基づいた領収書の発行である。

板見:一回証券も全部発証してしまう?

証券を発証するとは、読者名簿(厳密には発証台帳)を基に領収書をプリントアウトするという意味である。このプロセスについて板見さんは念を押したのである。これに対して技師Sは「します」と答えた。
ちなみに、プリントアウトするニセ領収書の対象月数については、板見さんが質問する前に、技師Sがみずから説明した。

技師S:お店によってちがうんですけど、まあ3カ月ぐらいを。

板見:ほーおー。

板見さんの驚きの声が録音されている。あまりにも大胆不敵な不正行為に面食らっているようだ。

◆改ざん作業の日は有休の形式
さらに、技師Dは、驚くべき事実に言及する。D社が改ざん作業をしているのは、毎日新聞の販売店だけではなく、A新聞、B新聞、C新聞の販売店でもやっているというのだ。次の会話である。

技師S:9月の1週にAさん、2週にBさん、3週に毎日さん、4週にCさん、そんなふうに割り当てて。読売さんは抜けていますが、そういうかたちで、2年に1回、9月前後にやっています。

次に板見さんの妻が技師Sに質問した。ABC公査が入ることを新聞社から通知された販売店は、直接、D社に対して読者数の改ざん作業を依頼することになっているのか、という質問である。

板見さんの妻:もしそうなったら(注:もしABC公査が入ることになったら)、わたしらがSさんを呼ぶん?

技師S:基本的には。

さらに技師Sはその理由として、新聞社が改ざん作業を依頼することはジャーナリズム企業という立場上、都合が悪いからだとも述べた。しかし、改ざん作業を引き受けることは、D社にとっても企業コンプライアンスにかかわる。ある意味で迷惑なことなのだ。

そこで改ざん作業の当日は、D社の担当者が有給を取って販売店に赴き、社員としてではなく、個人の立場で改ざん作業をするのだという。技師Sの説明に板見さんは驚きを隠さない。

板見:ほーおー。

ここで板見さんの奥さんが、改ざん作業当日の社員の勤務形態について次のように再確認した。

板見さんの妻:(注:D社の社員が)出勤していないということにして?

技師S:そのへんちょっとやえこしい・・

板見さんの妻:ああそうなんですか。

全作業が終わると、作業員はあらかじめ保存していたバックアップデータを再入力してコンピューターを元の状態に戻す。これで改ざん作業は完了する。
念のためにわたしは、技師Sが所属するD社と毎日新聞社に問い合わせてみた。D社は、事実関係を認めたうえで、「今後、こういうことがあったらやらない」と答えた。一方、毎日新聞(大阪本社)からは、次のような回答があった。

2018年11月14日付の「質問状」を拝受致しました。

 貴殿がご質問にあたり前提とされている「録音」がそもそも如何なるものか知り得る立場になく、また貴殿のご判断を前提に「疑惑」があるとされ、ご質問をいただきましても、お答え致しかねるところです。

 上記、取り急ぎ、ご回答申し上げます。

 また、D社が改ざん作業を請け負ったとしている新聞社として名前があがったA新聞、B新聞、C新聞の広報担当者は、それぞれ次のようにコメントした。

A新聞:具体的な指摘でなく、根拠も不明なご質問には、お答えしかねます。

B新聞:(口頭で回答しないとのコメントがあった。)

C新聞:取引先販売店の業務に関する事案であり、コメントする立場にありません。

坂田さんが録音した技師Sの説明は、日本の新聞業界の恐るべきモラルハザードを物語っているが、新聞社にそれを自己検証しようという姿勢はまったくない。

もちろん全ての新聞社に残紙があり、板見さんが内部告発した方法でABC公査に対応しているとは限らない。たとえば、既に述べたように熊本日日新聞などは、販売店が自分で注文部数を決める「自由増減」の制度を導入している。残紙問題とは無縁なので、ABC公査の対策を取る必要もない。