1. 連載「押し紙」④、広域における残紙量、新聞社の内部資料を公開

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2021年04月20日 (火曜日)

連載「押し紙」④、広域における残紙量、新聞社の内部資料を公開

折込媒体の水増し行為の温床となっている残紙はどの程度あるのだろう。
残紙量は時代によっても新聞社の系統によっても異なる。あるいは販売店により、地域により差がある。

残紙問題が国会質問で取り上げられるなど、事件として浮上したのは、1980年代である。しかし、それ以前にも残紙は問題になっていた。日本新聞販売協会(日販協)が発行している『日販協月報』には、たびたび残紙に関する記事が登場する。さらに厳密にいえば、残紙は戦前にもあった。たとえば、日販協が編集した『新聞販売概史』によると、1930年に新聞販売店の店員が残紙を告発した挿話が紹介されている。

しかし、戦前・戦後をとおして新聞が残紙問題を報じることはほとんどなかった。自社が「押し紙」裁判に勝訴した時などに、それを誇らしく報じたことはあっても、残紙がなぜ問題なのかをジャーナリズムの視点から掘り下げたことはない。テレビ局も、残紙に関しては報道を控える方針に徹してきた。その大半が新聞社と系列関係を持っているからだ。

週刊誌や月刊誌は断続的に残紙問題を報じてきたが、それらは商取引上の問題、あるいは倫理上の問題としての視点が中心で、公権力によるメディアコントロールのアキレス腱という視点を欠いていた。新聞社の経営上の汚点を理由として、公権力が暗黙裡に新聞社経営に介入する構図を指摘したことはない。

本章では、残紙量を検証する。最初に広域における残紙の実態を歴史軸に沿って紹介し、最後に個々の新聞販売店における残紙のうち、特徴的なものを紹介しょう。

◆日販協の調査、残紙率は全国平均で8.3%

日本で最初に広域にわたる残紙の実態が明らかになったのは1977年だった。この年、新聞販売店の同業組合である日販協(日本新聞販売協会)が全国の新聞販売店を対象に、アンケート形式による残紙調査を実施し、その結果を公表した。

それによると販売店1店あたりの残紙率は全国平均で8.3%だった。最も高かったのは近畿地区の11.8%、続いて中国・四国地区の11.1%、さらに関東地区の10%だった。都市部の方が地方よりも相対的に高い傾向が見られた。

最近のすさまじい残紙の実態を知っているわたしは、残紙率が10%程度であれば正常に近い数値のような錯覚を受けてしまう。

しかし、当時としてはたとえ8.3%でも見過ごせない数字だったようだ。実際、この調査結果を受けて日販協は、在京の新聞各社に要望を申し入れた。

要望書の中で日販協の幹部は、「この調査からの推計によれば、年間17.9万トン、207億円に相当する新聞用紙を無駄に消費し、これを新聞店に押しつけ、さらに莫大な拡材費(拡販に使う景品類の経費)をかけて、ほんの一部の浮動読者の奪い合いを演じている実態をみるとき、ひとり一社の損益計算に止まらず、わが国の新聞産業全体の大局からみても、その利害得失は果たしてどうであるのか、経営責任者である貴台には十分おわかりのことと存じます」(『日販協月報』、1977年12月30日)と述べている。

日販協は、調査で明らかになった残紙は「積み紙」ではなく、「押し紙」という認識だった。それゆえに要望を申し入れた可能性が高い。

◆北國新聞による残紙の一斉増紙

しかし、その後、広域における残紙問題の指摘は20年にわたり空白になる。個々の販売店で「押し紙」問題が浮上して、それが国会質問で取り上げられたことはあるが、広域をカバーする正確な残紙の実態は不明だった。公権力が残紙問題に警鐘を鳴らすこともなかった。

1997年12月になって、公正取引委員会(公取委)は北國新聞に対して残紙の排除勧告を発令した。北國新聞全体の残紙の実態が明るみになったのである。
公正取引委員会が交付した「株式会社北國新聞社に対する勧告について」と題する文書によると、北國新聞は朝刊の総部数を30万部にかさ上げするために、増紙計画を作成して新たに3万部を増紙した。その3万部の新聞を新聞販売店に強制的に割り当て、買い取らせたという。夕刊についても、同じ手口で搬入部数を増やしたというのである。

増紙計画により発生した残紙部数は表向きには3万部(残紙率10%)ということになるが、北國新聞がそれ以前から「押し紙」政策を採っていたのであれば、残紙部数も残紙率もこれよりも高くなる可能性が高い。もともと残紙があったところに、さらに残紙を上乗せした構図になる。

さらに、公正取引委員会の排除勧告は、北國新聞まがいの「押し紙」政策が他の新聞社においても観察できると指摘している。次の記述である。

「また、当該違反被疑事件の審査過程において、他の新聞発行業者においても取引先新聞販売業者に対して『注文部数』を超えて新聞を提供していることをうかがわせる情報に接したことから、新聞発行業者の団体である社団法人・日本新聞協会に対し、各新聞発行業者において、取引先新聞販売業者との取引部数の決定方法等について自己点検を行うとともに、取引先新聞販売業者に対して、独占禁止法違反行為を行うことがないよう、本件勧告の趣旨の周知徹底を図ることを要請した」

残紙の中身が「押し紙」なのか、「積み紙」なのかは、個々の新聞社や販売店によって異なるが、少なくとも北國新聞に関しては、「押し紙」であった。

ちなみに公正取引委員会がこの排除勧告を発令する約半年前に、北國新聞の販売店主5名が総額で約2億1300万円の賠償を求める「押し紙」裁判を起こしている。請求額は1店に換算すると4260万円。この金額から察すると、北國新聞が新たに3万部の増紙を行う前から、「押し紙」が販売店の経営を圧迫していた可能性が濃厚だ。

この裁判は和解で決着したが、その内容は北國新聞が店主らに解決金を支払うことを除いて公表されていない。しかし、新聞社側が解決金を支払った事実は、裁判所が残紙の中身が「押し紙」であることを認定したことを意味する。

◆毎日新聞「朝刊 発証数の推移」

2004年、毎日新聞東京本社の社長室から「朝刊 発証数の推移」(■3の1)と題する内部資料が外部へ漏れた。この資料は、『FLASH』や『財界展望』など多くのメディアで紹介された。毎日新聞社は、これが自社の内部資料であることを否定しているが、流出元が社長室であることも、わたしの手に入るまでのルートもはっきりしている。

この資料によると、2002年10月の段階で、全国の新聞販売店に搬入されていた毎日新聞の総部数は約395万部だった。

これに対して、発証数(購読料を集金する際に読者に対して発行される領収書の枚数)は、約251万部だった。差異の144万部が残紙ということになる。残紙率にすると、36%である。

2002年10月のデータであるから、新聞社経営の情況は現在とは比較できない要素もあるが、残紙から不正な販売収入と折込媒体の手数料を生み出す構図はなにも変わっていない。

試しに「朝刊 発証数の推移」を基に、残紙による不正な販売収入をシミュレーションしてみよう。誇張を避けるために、残紙の144部の全文が「朝刊単体」と仮定して試算する。

毎日新聞の場合、朝刊単体の購読料は3007円(当時)だった。新聞の卸代金は社によって異なるが、ほぼ購読料の二分の一である。そこでシミュレーションに採用する卸代金を、仮に1500円に設定する。

新聞1部に付き1500円(月額)の卸代金を144万部に対して徴収した場合の試算は、次の計算式で示される。

 1500円×144万部=21億6000万円(月間)

これに12カ月をかけると、残紙による年間販売収入が明らかになる。次の計算式である。

 21億6000万円×12ケ月=259億2000万円

残紙により年間で、少なくとも259億2000万円の販売収益を上げていた試算になる。仮にこの金銭負担を販売店が折込媒体の水増しで相殺していたとすれば、
水増しされた折込媒体の額も同じ規模になる。残紙を媒体として、水面下で莫大な金額が動いているのだ。

なお、念を押しておくが、このシミュレーションは、毎日新聞の全部が朝刊単体と仮定した上のものである。実際には、「朝夕刊セット版」がかなりの割合を占めているので、不透明な販売収入と折込手数料の額はさらに高くなる。

◆佐賀県下の西日本新聞の残紙

地方紙の残紙にも言及しておこう。表(■4の4)は、2009年8月における西日本新聞の佐賀県内における販売店ごとの残紙の実態を示したものである。県全体でみると、搬入部数の総数は6万120部で、このうち実配部数は5万111部だった。残紙部数は、1万9部で残紙率は約17%である。

この数値の出典は、「平成21年8月度 佐賀県地区部数表B」と題する内部資料である。ある販売店主がわたしに提供したものである。そこからわたしが数字を拾った。
地方紙で広域における残紙の実態が外部にもれたのは、このケースが初めてである。

◆2014年度ASA経営実態調査報告

2015年にわたしは、朝日新聞の広域における残紙の実態を示す資料を入手した。「2014年度ASA経営実態調査報告」というタイトルの朝日新聞の内部資料である。この資料は週刊誌などのメディアにも内部告発者によって送付された。一部の新聞販売店にも送り付けられた。

わたしは資料の信憑性について、複数の新聞販売店に確認したが、販売局の残紙に反対しているグループのだれかが流出させたものだとの見方で共通していた。ただ、朝日新聞の広報部は「お尋ねの件につきましては、お答えを差し控えさせていただきます」と回答した。

この資料は、全国の朝日新聞販売店から260店を抽出して、朝日新聞の担当者が店主に面談するかたちで販売店の経営実態を調査し、発証率の変化を示したものだ。
表(■4の1)はセット版である。セット版というのは、「朝・夕刊セット」の購読を意味する。また、表(■4の2)は「統合版」である。「統合版」というのは、朝刊だけの購読を意味している。

「発証」とは、領収書を発行することである。つまり販売店が読者に対して発行した領収書の枚数が「発証数」。そして搬入部数のうち、「発証」対象となった新聞部数の割合が「発証率」である。従って、100%から発証率を引いた数値が残紙率ということになる。残紙率は、2014年度の場合、セット版で29%、統合版で25%である。

 

◆大阪府における産経新聞の残紙

産経新聞も広域における残紙の実態を自社で把握している。表(■4の3)は、「平成28年(注:2016年)7月度、カード計画表」と題する産経新聞の内部資料を基に、わたしが作成したものである。大阪府の寝屋川市、門真市、池田市などで構成される「北摂3支部」と呼ばれる区域にある各販売店における新聞の搬入部数(定数)と実配部数を示したものである。店名は、A、B、C・・で示した。

この資料によると、産経新聞が7月に「北摂3支部」の販売店に搬入した新聞の総部数は、4万8899部だった。このうち実配部数は3万5435部だった。両者の差異にあたる1万3464部が残紙である。残紙率にすると約28%である。

不可解なのは、搬入部数は記録されているが実配部数がゼロの販売店が4店あることだ。I店、N店、R店、T店である。産経新聞に事情を問い合わせてみたが回答はなかった。
この資料はコンピュータが自動作成しているので、オペレーターが何らかの事情でデータの入力を怠ったか、それともI店、N店、R店、T店が架空の販売店で、そこへ産経新聞が新聞を搬入することで、ABC部数をかさ上げしたかのどちらかだと推測される。

ちなみにこの資料は、販売店を訪問した産経新聞の担当員が、店舗に忘れたものである。「押し紙」に苦しむこの販売店の店主が、わたしにこの資料を提供したのである。

以上のデータをまとめると、残紙率は、おおむね17%(西日本新聞)から36%(毎日新聞)である。ただ、残紙量には同じ新聞社でも販売店によってばらつきがあり、中には残紙率が70%を超えていた例もある。逆に、熊本日日新聞のように「押し紙」政策を採用していない新聞社もある。同社の場合、残紙率(予備紙)を搬入部数の1・5%に設定している。

新聞社は経営戦略の観点から、残紙の実態を正確に把握しておく必要がある。と、いうのも経営が、戸別配達制度に依存しているので、販売店の経営悪化で販売網が崩壊すると、その影響が自分たちを直撃するからだ。ここで紹介した資料は、たまたま外部に流出したものであって、他の新聞社も残紙の実態を把握している可能性が高い。自分たちが受け取っている販売収入の性質がどのようなものであるかを、把握しているのである。ただ、慣行化している上に、記者クラブを通じて企業体そのものが公権力と親密な関係にあるために、このようなビジネスモデルがメディアコントロールの温床になることに気付いていない可能性が高い。気づいていても、そこから脱却すれば、著しい収入源を招くので、放置しているのである。