裁判を提起することによって言論や行動を抑圧する「戦術」が、いつの時代から始まったのかを正確に線引きすることはできない。
たとえば1990年代に、携帯電話の基地局設置を阻止するために座り込みを行った住民に対して、電話会社が工事妨害で裁判所に仮処分を申し立てる事件が起きた。が、これが裁判の悪用に該当するかどうかは厳密には分からない。
言論抑圧という観点から裁判の在り方が本格的に検証させるようになったのは、今世紀に入ってからである。司法制度改革による賠償金の高額化の流れの中で、負の側面として、「戦術」としての裁判が浮上してきたのである。
◇武富士裁判
有名な例としては、サラ金の武富士がフリージャーナリストらに対して起こした武富士裁判がある。この裁判では、ロス疑惑事件の三浦和義被告や薬害エイズ裁判の安部英被告を無罪にした弘中惇一郎弁護士が、武富士の代理人を務めたことも話題になった。
その後、ジャーナリストの西岡研介氏が著した『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』(講談社)に対して、JR総連とJR東日本労組が、総計50件の裁判を起こす事件が発生する。
私自身も読売新聞社から、わずか1年半の間に3件(請求額は約8000万円)の裁判を起こされたことがある。この裁判では、言論の自由を守るという観点から、多く出版関係者や弁護士の支援を得た。
さらに直近では、作曲家の穂口雄右氏がレコード会社31社から、2億3000万円の損害賠償を求められる裁判を提起された。
もちろんこれら一連の裁判の原告は、裁判提起の目的が言論抑圧にあるとは言っていないが、結果として、裁判によって被告側の言論や行動が萎縮させられたことは否定できない。
最近になって言論抑圧につながる裁判に新しい傾向が現れてきた。それは裁判を起こす相手が報道関係者や有名人ではなく、一般市民にまで広がってきたことである。名誉毀損裁判は、裁判を提起した側が、圧倒的に有利な法理になっているので、弁護士にとっても収入源になりやすい事情がある。客観的にみると、それが名誉毀損裁判が多発する要因とも考え得る。
◇金銭請求方法に疑問
2013年4月5日、ある一通の訴状が東京地裁に提出された。原告は、山崎貴子さん(仮名)という著書もあり、雑誌にも写真入りで登場するなど比較的著名な女性である。訴えられたのは、小川紅子(仮名)さん、小川五郎(仮名)さんという夫婦である。請求額は、約3200万円。
わたしが最初この裁判に注目したのは、山崎貴子さんの代理人が弘中淳一郎弁護士らになっていたからである。実際にこの裁判を担当しているのは弘中絵里弁護士であるが、訴状に名を連ねている弘中淳一郎弁護士は、かつて武富士裁判で武富士の代理人を務めて、フリージャーナリストの間で批判の的になった。『無罪請負人』と題する本を出版するなど、「人権派」の弁護士としても知られている。
その弘中弁護士の事務所が、武富士裁判から10年が過ぎて、名誉毀損裁判の原告代理人としてどのような弁護活動をするのかを知りたいと思ったのである。
事件の概要は、血縁関係にはないが遠い親戚関係にあった山崎さんと小川紅子さんがウェブサイトでコメントやメールのやりとりをしているうちに、感情のもつれから、山崎さんが名誉毀損を理由に突然、小川さん夫婦を提訴したというものである。
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