2014年10月14日 (火曜日)

NTTドコモが茅ヶ崎市で、住民の反対を押し切って携帯基地局を稼働、隣接するマンション住民らの怒り心頭に

マンションやオフィースビルの屋上に携帯基地局が設置された場合、マイクロ波の影響を直に受けやすいのは、隣接するビルに住む人々である。

もっとも実際に電磁波密度を測定すると、基地局の真下で高い数値が測定されることもあり、厳密にはどの位置が高リスクであるかは一概に断定できないが、少なくとも理論上は、基地局があるビルの住民よりも、むしろ隣接するビルの住人の方が被害を受けやすい。マイクロ波に直撃されるからだ。

◇工事のペンディングを申し入れ

神奈川県茅ケ崎市は、人口24万人。湘南海岸に面した首都圏のベットダウンである。

茅ヶ崎市の○○地区で携帯基地局の設置をめぐる問題が勃発したのは、2012年の10月だった。住民の鈴木直人(仮名)さんが、自らが住むマンション群と境界を接する6階建てマンションの屋上に、工事用の足場が組まれているのを発見し、作業員に事情を尋ねたところ、NTTドコモが基地局を設置する計画が判明したのである。鈴木さんが言う。

「常識的に考えて強い電波を発するものを、住居のすぐ近くに設置するのは、危険ではないかと思い、工事を一旦ストップするようにお願いしました」

鈴木さんが住むマンションは、1棟を除いてすべて5階建てである。このうち基地局が設置されたマンションと通路や庭を挟んで向き合っている棟は、基地局からのマイクロ波を直射される可能性が高い。それにもかかわらずNTTドコモは、基地局設置についての何の通知もしなかったことに、鈴木さんらは納得できなかった。

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2014年10月13日 (月曜日)

公共事業は諸悪の根源⑰ デッチ上げまでした司法【その3】

◆吉竹幸則(フリージャーナリスト・元朝日新聞記者)

 従軍慰安婦、原発報道をめぐる誤報問題で、朝日は今、バッシングの嵐を受けています。慰安婦記事を書いた元記者が在籍する大学には、嫌がらせとも取れる大量のメールが届き、ネット上には朝日記者の殺害予告らしきリストまで流されています。

「『報道の自由』を守れとは、朝日社員なら誰でも言います。しかし、『本気で言えば唇寒し』との空気がこの組織に流れて、もうどれほどの時間が経ったのでしょうか。このままにしておけば、やがて取り返しのつかない事態になります」。

私がこの手紙を当時の箱島信一社長に送ったのは、2005年。週刊朝日がサラ金会社から「編集協力費」名目で訳の分からないカネを受け取った武富士問題や若い記者による記事盗用など不祥事が相次ぐ直前のことでした。

今回もまた、朝日の紙面には「読者の声に謙虚に耳を傾けます」との幹部の言葉が朝日の紙面に載っています。しかし、私にはそれも白々しく響きます。ジャーナリズムなら、正すべき誤報は正し、謝罪すべきものは謝罪する。その上できちんとした論陣を張れる体制を整え、不当な批判があるなら、毅然と対抗すべきです。

でも、それが出来ず、朝日が何故、バッシング勢力につけ込まれる弱々しい体質になってしまったか。私は誰よりもよく分かっているつもりです。この欄の読者も、私の報告した具体論からとっくにお分かり戴けているのではないかと思います。

最初に慰安婦報道をし、バッシングを受けている記者に多くの責任はありません。「ダブルスタンダード」などと言うと難しく聞こえますが、外には厳しく高邁な論理で人や組織の在り方を説くのに、自分には甘く、発した言葉で自らを律しきれない二枚舌…。責任を取りたくない幹部の官僚体質が何一つ是正されていないのが、問題を大きくした原因です。

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2014年10月10日 (金曜日)

読売新聞の77万部減、本日(10日)発売の『週刊金曜日』で報道

本日(10月10日)発売の『週刊金曜日』が、読売新聞社の部数減について書いた記事(黒薮執筆)を掲載している。タイトルは、「昨年11月から77万部以上、部数減に歯止めなし」、「読売新聞が朝日叩きに熱心なわけ」。

参考:10月10日号の目次

この記事では、「押し紙」問題にも言及している。読売の「押し紙」については、司法判断が異なる2つの代表的な判例がある。

■読売の「押し紙」を認定した判例

読売と新聞販売店の間で起きた訴訟-真村訴訟で、2007年に福岡高裁(西理裁判長)は、読売の「押し紙」政策を認定した。判決の一部を引用してみよう。

 このように、一方で定数(黒薮注:新聞の搬入部数)と実配数が異なることを(黒薮注:読売は)知りながら、あえて定数と実配数を一致させることをせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは、自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。

そうであれば、一審原告真村の虚偽報告を一方的に厳しく非難することは、上記のような自らの利益優先の態度と比較して身勝手のそしりを免れないものというべきである。

判決は2007年12月に、最高裁が上告を棄却するかたちで確定した。

参考:福岡高裁判決の全文

■読売の「押し紙」を否認した判例

読売が新潮社(黒薮)に対して起こした裁判で、読売の「押し紙」が争点になった裁判(村上正敏裁判長)。東京地裁は読売に「押し紙」は存在しないと認定した。また、被告が証拠として提出した「押し紙」についての記述がある魚住昭氏の『メディアと権力』などの書籍には、記述の裏付けがないと認定した。

控訴審、上告審とも読売が勝訴した

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2014年10月09日 (木曜日)

日韓関係が悪化した原因は朝日の「誤報」ではなく、日本の軍事大国化と右傾化、朝日バッシングを検証する、

朝日新聞の慰安婦報道に対するバッシングは、ようやく峠を越えた感がする。わたしは、週刊誌や月刊誌の報道を自分なりに検証してきたが、誤った歴史認識が随所にみうけられた。

■吉田証言の評価

まず、多くの識者が吉田証言は「嘘」という共通認識を前提に、議論をしていることに違和感を覚えた。彼らが「嘘」と判断した根拠は、①朝日新聞が記事を取り消した事実、②吉田証言についての第3者証言が得られなかったことなどである。

かりに「第3者証言の不在=史実の否定」という論理がまかり通るのであれば、歴史の詳細を記録する作業は成立しない。吉田証言そのものがたとえ事実ではないにしても、それは枝葉末節の誤りであって、旧日本軍による戦争犯罪全体を否定するものではない。

当時、中国大陸では、日本軍による「強制連行」が行われていた事実は否定しようがなく、たとえば、731部隊による「強制連行」については、野田正彰氏の『戦争と罪責』(岩波書店)などにその実態が描かれている。

吉田証言だけを切り離して、当時の植民地政策がどのようなものであったのかを論じないのは、「木を見て森を見ない」論法の域をでない。この点を無視して、吉田証言の評価はできない。まして吉田氏は、発言権を持たない故人である。

■朝日報道が国益を損ねたという暴論

朝日による「誤報」が国益を損ねたとか、日韓の友好関係を割いたといった論調にも違和感を感じた。この種の発言は、右翼の媒体はいうまでもなく、リベラル派の『週刊現代』などにも見られる。たとえば、次の発言である。

「いずれにしても、アジアの融和を説く朝日の過失が、結果として日韓両国において偏狭なナショナリズムを増長させることになってしまった」(河内孝氏、『週刊現代』)

はたして朝日の「誤報」が日韓関係を悪くしたのだろうか?
わたしは本質論として、このような論理は完全に誤っていると思う。結論を先に言えば、日韓関係を悪くしたのは、日本の軍事大国化である。それが、韓国に警戒心を起こさせ、反日感情を煽っている根本的な原因だと思う。

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2014年10月08日 (水曜日)

LEDのリスクを提起する視点が欠落、ノーベル物理学賞をめぐるマスコミ報道の盲点

サバンナに生息するシマウマの先頭が銃声に反応し、地を蹴って東へ駆けだすと、群れ全体が東へ突進する。先頭が西へ急転回すると、後続の群れも西へ急転回する。これをスタンピード現象という。

10月8日付けの新聞各紙は、3人の日本人がノーベル物理学賞を受賞したことを伝えた。これに先立って、テレビやインターネットがこのニュースを報じたことは言うまでもない。メディアを通じて祝賀ムードが生まれた。

3人の日本人が、世界で最も権威がある賞を受賞したのであるから、メディアが祝賀ムードを煽るのも、やむを得ないが、ジャーナリズムとしての視点が完全に抜け落ちている。

それはLEDの安全性の検証である。科学技術の進歩には、たいてい負の側面も付随している。人間が人工的につくりだしたものが、生態系の中に侵入してきたときに、人体や環境に影響が現れないのかどうかに着眼するのは、科学ジャーナリズムの常識である。

が、今回のノーベル賞受賞に関する報道には、こうした視点がまったく見られない。単に歓喜に浸っているだけだ。そのうち日本人の優位性をPRする記事が登場するのではないか?

LEDが人体に及ぼす影響については、最近になって、ようやく指摘されるようになっている。たとえば岐阜薬科大学の原英彰教授の研究グループが LEDから発せれるブルーライト(青色光)が目に障害を及ぼすメカニズムを解明して、今年の6月に英国の学術誌Scientific Reportsに論文を掲載している。

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2014年10月07日 (火曜日)

『財界にいがた』が森裕子裁判の総括特集、旭化成で鍛えた志岐氏の調査手法

『財界にいがた』が、森裕子裁判の総括特集を組んでいる。13ページを割いた大掛かりな企画で、タイトルは、「総括・最高裁と検察審査会の闇」。次の3編の記事から構成されている。

■勝訴した被告担当弁護士が語る″名誉毀損裁判″で敗訴した原告・森裕子の大誤算

■正義の実現のために今こそ国民は最高裁に厳しい監視の目を

■福島原発事故の刑事責任追及でカギを握る″霞が関の検察審査会

同誌の読者が多い新潟県は、森裕子前参院議員の地元である。その意味では、政治家などの公人を監視するジャーナリズムの役割を果たす価値ある特集だ。

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2014年10月06日 (月曜日)

文科省の「全国学力・学習状況調査」、露呈した旧世代の教育観、新聞を読む中学生は8.2%

文科省が8月に発表した「平成26年度全国学力・学習状況調査」の調査項目のひとつに、「児童生徒のメディア・社会との関係」と題する項目がある。

この中に「新聞を読んでいますか」という質問項目がある。
回答は、次の通りである。

【小学校】

ほぼ毎日:10.1%
週に1~3回程度:17.2%
月に1~3回程度:22.3%
ほとんど・全く読まない:50.2%

【中学校】

ほぼ毎日:8.2%
週に1~3回程度:13.3%
月に1~3回程度:19.1%
ほとんど・全く読まない:59.1%

■「児童生徒のメディア・社会との関係」PDF

調査の結果を踏まえて、一部の新聞業界紙が「新聞を読む生徒ほど正答率高く」といったタイトルの記事を掲載している。しかし、調査結果を見る限りでは、新聞を読む行為と学力の向上の関係は読み取れない。

新聞を読んでいる生徒がたったの10%程度で、しかも多用なメディアが存在する状況下で、新聞を読む行為と学力の向上を調べること自体が難しい。第一、学力とは何かという問題もある。

ちなみに「小説やエッセイ、ルポを読んでいますか?」という設問はなく、新聞だけをことさらに質問項目としてクローズアップしている点も不自然だ。新聞を読んでいる生徒は、もともと文字に親しんでおり、新聞も読むが、書籍も読んでいる可能性が高いからだ。

かりに「活字を読むこと=学力の向上」であれば、どのような文字媒体が学力の向上につながったのかを突き止めなければ、調査の意味はない。

なぜ、児童を対象とした調査で新聞に関連した項目が入ってくるのだろうか。答えは簡単で、小学生のころから、「新聞=信頼できる情報」という先入観を植え付けることである。

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