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今世紀に入ってから退官した最高裁判事30人のその後を調査したところ、半数が弁護士事務所や企業、それに大学などに天下っていることが分かった。大学はよしとして、問題なのは、前職が弁護士でないにもかかわらず弁護士事務所へ天下りした4人を含む、TMI総合法律事務所など特定の弁護士事務所と最高裁との関係で、これでは公正な判決は到底、期待できない。また、下級裁判所の判事や検事などその他の司法官僚の中にも、弁護士事務所に天下りする例が多数みられたほか、逆に弁護士事務所から官庁へ多くの弁護士が出向していることも判明した。司法制度改革で先にやらねばならないのは、法律事務所と裁判所の癒着の温床を一掃する作業であろう。(続きはマイニュースジャパン)

「後から後から出てくる」
そんな言葉が口をついて出る。マイニュースジャパンで最高裁判事がTMI総合法律事務所へ天下っている問題を取り上げたのを機に、他のマンモス法律事務所の実態も調べてみた。その結果、判事の天下りの例が次々と浮上してきた。
たとえばアンダーソン・毛利・友常法律事務所には、最高裁の元判事・河合 伸一氏が天下っている。
西村あさひ法律事務所の福田博氏も元最高裁判事である。
同じく西村あさひ法律事務所の鬼頭季郎氏は、東京高等裁判所の元部総括判事である
他にも調査すれば、次から次へと天下りが出てくる可能性がある。
なぜ、判事の法律事務所への天下りが問題なのだろうか。それは天下りの司法官僚には裁判所に人脈があり、公平な裁判の妨げになるからだ。
判事の天下りがもたらす弊害について、たとえばTwitterで次のような実態が暴露された。
●●法律事務所については、東京地裁民事8部(通称商事部)元判事●●●弁護士の事例があります。●●氏は自分が判事だった民事8部の法廷にいわいる会社側の弁護士としてよく登場します。民事8部が経営者寄りなのは、天下り等癒着が背景にあると思いますので、取材をお願いします。(1100/1800文字)

ネット上の百科事典「ウィキペディア」に読売新聞と文春の確執についての記述がある。それによると「2004年の鈴木編集長の就任以来、読売新聞および渡邉恒雄会長を徹底的に批判しているが、読売から損害賠償請求や謝罪広告を求める訴訟を起こされ、ことごとく文春側が敗訴し、全て賠償命令が下った。支払った賠償金は総額1000万円」だという。
(ウィキペディア:週刊文春)
週刊誌が取材の裏取りをしていないというわけではない。しかし、結果として、鈴木編集長の時代、対文春の裁判では、読売が全勝している。
判決が間違っていたかどうかは知らないが、判事が弁護士として天下りする実態が明らかになったからには、判決の再検証が必要になるだろう。裁判のようにデリケートな事柄に関しては、たった1人の判事の行動により、検証対象になる判決が膨大なものになりかねない。
司法制度改革を主張するのであれば、裁判員制度の導入よりも、「天下り」の禁止を優先すべきではないか?(600/1900文字)

福島第一原発の事故から、まもなく1年になる。この間、過去に提起された原発関連の住民訴訟の判決がことごとく間違いであったことが事実で立証された。福島の悲劇を見て、原発を問題視しな住民はおそらく一人もいないだろう。
そこで浮上してくるのは、社会的に重大な影響を及ぼす判決を下した裁判官の責任である。判決に裁判官の名前が記されているのは、「私が下した判決には、私が責任を持ちます」と言う意味である。
人間である以上は、だれでも間違いを犯す。それゆえに判事も間違った判決を下すことがある。しかし、判事には人を裁くという特別の権限が国から与えられている。普通の人々が絶対に持ちえない特権を与えられている。
と、なれば判決が間違いであったことが事実をもって明らかになった場合は、なんらかの処分を受けるのが妥当ではないだろうか?少なくとも謝罪すべきだろう。それが社会通念である。(500/1600文字)

日本でトップ5に入る規模を誇るTMI総合法律事務所(東京・港区)に、最高裁の判事3人が天下っている事実が判明した。泉徳治、才口千晴、今井功の各氏だ。TMIは「読売VS清武」裁判で、読売側の代理人を務めている。さらに、最高裁は様々な研究会や懇談会を設置しているが、そこに2人の読売関係者が委員として抜擢されていることも分かった。
読売から請求額が計約8千万円にのぼる訴訟を起こされている黒薮哲哉氏の裁判でも、そのうち1件でTMIが読売の代理人に入ってから、高裁まで勝ち進んでいたにもかかわらず、昨年12月、口頭弁論を開く旨の通知があり、最高裁で判決が覆る見通しとなるなど、異例の事態となっている。日本の司法制度に公平な裁判の土壌はあるのか、検証した。(続きはマイニュースジャパン)

最高裁のHPは、最高裁長官と判事の人事がどのようにして決められるのかを明記している。
最高裁判所長官は,内閣の指名に基づいて天皇によって任命されます。また,14人の最高裁判所判事は,内閣によって任命され,天皇の認証を受けます。
引用文が述べているように人事権を握っているのは内閣である。
先日、自分で作成した「日本の権力構造図」を「黒書」に掲載したところ、「これでは国策に反する判決は絶対に下らないのではないか」という読者からの感想が寄せられた。また、新聞・テレビが権力構造に組み込まれているのであれば、「マスメディアの存在意義がない」のでは、という指摘もあった。

わたしは日本の司法制度やマスコミがまったく無意味と言っているわけではない。たとえば朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、北海道新聞などには優れた報道も見られる。しかし、これは記者個人の大変な努力によって実現していることであって、ジャーナリズム企業として巨大権力に対峙している結果ではない。(600/2000文字)

日本の権力構造を図にしてみた。それぞれの領域の関係は次のようになる。思いつくままに箇条書きしてみる。
1、財界は政治献金を提供することで、政策決定をコントロールする。
2、司法制度の長である最高裁長官は内閣によって任命される。従って、行政から独立した権力ではない。
3、司法制度改革を打ちだし、予算を準備してきたのも内閣である。
4、裁判所は、刑事事件の大半を有罪にする。(400/900文字)

「黒書」の読者から、最高裁に関する興味深い論文を紹介いただいた。明治大学教授西川伸一氏の論文で「最高裁事務総局の実像に迫る」と、題する論文である。
この論文の中で特に気になることが1点ある。次の記述である。
最高裁裁判官15人の出身別構成は、裁判官6、弁護士4、検察官2、行政官1,外交官1、大学教授1が慣例化している(ただし、現在は行政官2、外交官0)。すなわち、最高裁裁判官のうち9人は裁判官の経験がなく、さらに3人は司法試験を経ていない。
最高裁は法律の運用や解釈に最終判断を行うことから、狭い法律専門家的観点に縛られない識見をそこに反映させるため、というのがその理由である。 各枠に欠員が出れば同じ枠から後任が選ばれる。
たとえば、9月2日に定年退官した才口千晴最高裁判事は弁護士出身であった。その後任には、やはり弁護士の宮川光治が就いた。
「最高裁裁判官のうち9人は裁判官の経験がなく、さらに3人は司法試験を経ていない」と言うのだ。つまり司法試験に合格していない者が人を裁いているのである。「狭い法律専門家的観点に縛られない識見をそこに反映させるため」というのがその理由らしい。
このような考え方そのものは誤っているとは思わない。法律の知識だけで社会や人間の全体像が把握できるはずがないからだ。しかし、実際問題として、最高裁の判事に、各分野の専門家を上回る見識がある者がいるのか極めて疑問が多い。(800/1400文字)

たとえば次のような状況の下で公平な裁判はできるのだろうか? B新聞の社会部が裁判官についての特集記事を書くために、裁判官Cを取材した。そして裁判官Cを高く評価する記事を掲載した。
その後、B社が名誉毀損を理由に週刊誌Dを提訴した。裁判を担当したのはかつてB社の社会部が特集で取り上げた裁判官Cだった。判決はB社に軍配が上がった。
読売新聞社会部が新聞に連載して、1冊にまとめた『ドキュメント裁判官』(中公新書)という単行本がある。その前書きには、次のような記述がる。
二〇〇一年二月、読売新聞の朝刊で、裁判官をテーマにした連載「裁く」をスタートさせることになったとき、私は取材班に、「裁判のことは、それを担当した裁判官に直接、聞いてみようじゃないか」と提案した。
当時も、それ以前も、記者が裁判官を仕事場に訪ねると、門前払いされることがほとんどだった。法律の規定もあって、判決を出すまでに裁判官がどんな話し合い(評議)をしたかについては、公開してはならないことになっている。「しゃべるだろうか」。取材班の誰もが不安を感じつつ、あらゆる手段を講じ、多くの、本当に数多くの現職、元職裁判官たちにインタビューを試みた。
この本の第4章「素顔の裁判官」で、綿引穣・綿引万里子夫妻が登場する。2人とも裁判官である 読売社会部は綿引夫妻をかなり綿密に取材したようだ。実際、本文の中に次のような記述がある。
穣判事には3日間、万里子判事には四日間の〝密着取材〝を試みた。(1000/2800文字)

裁判員制度を定着させるプロセスの中、2008年12月に最高裁が「裁判員制度の運用等に関する有識者懇談会」を設置したことはご存知だろうか?
有識者会議は、現在までに14回の会合を開いている。委員は8名。
この中には、なんと元読売新聞社論説委員の桝井成夫氏が含まれている。
読売は現在、福岡県を中心に複数の販売店訴訟の当事者である。こうした状況の時に、読売関係者が最高裁と人脈を形成した場合、判決に影響を及ぼさないのか心配だ。
渡邉恒雄氏が法廷闘争に自信をもっていると発言した背景も想像できる。
最高裁が桝井氏をなぜ委員に抜擢したのかは不明だ。一般論からいえばメディア企業の内部に支援者がほしかったということではないだろうか。メディアを無視すれば裁判員制度のPRに支障をきたしかねない
ちなみに第1回の会合で、桝井氏は次のように発言している。
(桝井委員)
司法制度改革のさなかに新聞社で論説委員を務めており,裁判員制度誕生に至るまでの取材を行った。制度実施に当たって重要な検討課題もまだまだ残っているとはいえ,この制度がうまくいけば,刑事裁判はもとより,社会全体がよくなると思っている。社会に定着するかどうかが一番重要であり,経済情勢の悪化など,逆風が強い時期であるからこそ,制度定着のためにしっかり考えていくべきである。この懇談会はその点からも重要なものだと考えている。(第1回)
桝井氏は、最高裁が設置している「明日の裁判所を考える懇談会」の委員も務めている。
その他、読売新聞社調査研究本部主任研究員の金丸文夫氏が「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会」の委員を務めている。(冒頭の写真は、金丸氏が喜田村洋一弁護士らと執筆した著書)。
読売以外のメディア関係者も、次に示すように最高裁内部の委員会に参加している。
◆裁判員制度広報企画評価等検討会委員名簿:音好宏(上智大学文学部新聞学科教授)
◆最高裁判所長官公邸の整備に関する有識者委員会: 土屋美明( 社団法人共同通信社論説委員)
◆裁判の迅速化に係る検証に関する検討会委員:野間万友美(株式会社テレビ朝日報道局ニュース情報センター外報部課長)
◆下級裁判所裁判官指名諮問委員会 地域委員会:
神谷達(中日新聞社相談役)
今中亘(中国新聞社顧問)
本多八潮(元時事通信社高松支局長) 【全文公開】

最高裁判所は、16日、裁判員制度の合憲性を認定する初めての判決を下した。しかも、15人の裁判官全員が合憲とする判断だった。
この裁判の発端となったのは、覚せい剤取締法違反事件。被告のフィリピン人女性が有罪の判決を受けたが、弁護側は「裁判官ではない裁判員が審理に関与するのは、被告の裁判を受ける権利を侵害し憲法違反にあたる」などと主張していた。
これに対して最高裁は、合憲の判断を下したのである。
◇複雑な問題を孕んだ裁判員制度
裁判員制度は徐々に定着してきた感があるが、制度を導入するなかで、最高裁と新聞社の特別な関係が浮上した。その典型例としては、最高裁が地方紙と共催でフィーラムを開催し、それについての新聞記事を新聞が掲載した事件である。協働したPR作戦である。
関与した新聞社は次の通りである。
裁判員制度広報推進協議会(最高裁判所事務総局秘書課長兼広報課長、法務省大臣官房長、日本弁護士連合会副会長で構成)が2005年9月27日に発表した「裁判員制度の円滑な実施のための広報啓発の全体計画」は、広報活動を次のように位置づけている。
裁判員制度が円滑に実施されるためには、制度実施までの間に、同制度についての国民の理解と関心を深めるとともに、裁判に参加することへの国民の不安が解消させるよう様々な面で参加環境を整備するなどし、国民の主体的な参加を実現するための施策を尽くす必要がある。
こうした状況の下で最高裁にとって、メディアとの関係が特別な意味を帯びるようになったのである。
同文書には、問題となったフォーラムや新聞社についても次のように言及している。
また、広く全国の国民を対象に、制度の存在、意義等を周知するため、裁判官など法律専門家が参加して広く国民と対話するフォーラム等を全国各地で開催する。さらに、あまねく情報に接することができるよう専用ホームページを設定し、全国紙・地方紙、さらには各種雑誌に広告を掲載するなど、多くの国民の目に触れる機会のある広報を推進し、制度を広く国民に周知してその関心を高める。
◇司法、立法、行政
もともとこの制度は、1997年12月3日、 橋本内閣に設置された行政改革会議が最終報告の中で、司法制度改革の必要性を指摘したことに端を発する。
しかし、司法制度改革についての案そのものは、それよりも遥か以前からあった。1988年、最高裁は、竹崎博允判事(当時46歳、2008年、最高裁長官に就任)を米国に派遣して調査に乗り出した。それから約10年の歳月を経て、司法制度改革は動き始めたのである。
1999年7月、当時の小渕内閣の下で、司法制度改革審議会が設置された。審議会は2001年6月、「司法制度改革審議会意見書 -- 21世紀の日本を支える司法制度」を発表。その中で裁判員制度が例題にあがったのである。
その後、司法制度改革推進法が成立して本格的に司法改革が始まったのである。
こんなふうに見ると、司法制度改革は司法、立法、行政が一体となって押し進めてきたと言えよう。さらにこれらにメディアが加わり、広報の役割を果たしたのである。その中心にたったのが現在の最高裁判所長官の竹崎博允判事である。
竹崎氏は、後日、内閣の任命により、高裁長官から一挙に最高裁長官に抜擢されたのである。このような昇進が異例であることは論をまたない。
◇再び清武裁判の公平性について
さて、わたしが司法制度改革のプロセスを持ちだしてきたのは、最高裁とメディアの関係を再検証するためである。すでに述べたように、最高裁と新聞社は「ギブ・アンド・テイク」の関係にある。
最高裁は、新聞社に広告料を提供する。これに対して新聞社は裁判員制度を記事でPRする。こうした「あうん」の関係が成立した時、そこに癒着が生じるのは言うまでもない。
読売の渡邉恒雄氏は、法廷闘争に絶対の自信を持っている旨の発言をしているが、その背景にある最高裁と新聞業界の親密な関係を見越したうえでの発言かも知れない。
新聞社がかかわった裁判といえば、清武裁判が全国的に有名だ。最高裁と新聞業界の間に客観的な利害関係が存在している状況の下では、「公平な裁判」は幻想に化す恐れがある。
まず、優先しなければならないのは、刑事裁判の改革ではなく、公平な民事裁判の実現ではないだろうか。(全文公開)

TMI総合法律事務所に最高裁の元判事らが顧問弁護士として次々と再就職している問題の続報である。顧問弁護士以外にも次のような肩書きで官僚や公取委の関係者が再就職していることが分かった。括弧内は主な経歴。敬称略。
【客員弁護士】
杉本和行 (財務事務次官)
村上光鵄 (東京高等裁判所部総括判事〈長官代行・財政経済事件集中部〉
【TMI総合法律事務所顧問】
松山隆英(公正取引委員会事務総長)
これで公平な裁判が出来るのか疑問がある。なぜ、制度を変えないのだろうか?温存することで、現在の権力構造を守る方向で判決を下させる余地を残すことができるからではないだろうか?
ただ、このような実態が以前からあったのか、最近のことなのか、あるいは全国の他の法律事務所でも類似した実態があるのかは不明だ。
ちなみに最高裁の判事を任命する権限を持つのは内閣である。三権分立の考え方からすれば、これ自体がおかしなことだ。
【全文公開】

15日付け「黒書」の記事で、読売の代理人を務めているTMI総合法律事務所の顧問弁護士に、最高裁の元判事が2名が就任していることを報じた。その後、くわしく調査したところ、この法律事務所には、10名の顧問弁護が在籍しており、そのうちの3名が元最高裁判事であるほか、元知的財産高等裁判所長、 大阪高等検察庁検事長、公安調査庁次長、広島高等裁判所長官、検事総長などが再就職していることが分かった。
TMI総合法律事務所の弁護士らは、最近、読売の裁判で代理人を務めており、清武裁判でも登場してきた。公正な裁判ができるのか、大きな疑問がある。
再就職した弁護士のおもな経歴は次ぎの通りである。かっこ内が主な経歴。敬称略。
塚原朋一(知的財産高等裁判所長)
才口千晴(最高裁判事)
泉徳治(最高裁判所判事)
今井治(最高裁判所判事)
頃安健司(大阪高等検察庁検事長)
三谷紘(公安調査庁次長、公正取引委員会委員)
相良朋紀(最高裁判所司法研修所長、仙台高等裁判所長官、広島高等裁判所長官)
樋渡利秋(東京高等検察庁検事長、検事総長)
小幡葉子(白鷗大学法科大学院教授)
野木正彦(日新製鋼株式会社勤務)
仮にAさんとBさんが法廷闘争を展開しているとする。裁判官をCとする。かりにAさんの弁護士が元判事で、C判事と年賀状をやとりしたり、雑談する中であれば、おそらく公平な裁判は不可能だろう。不可能と考えるのが社会通念である。(続)【全文公開】

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