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本日(30日)で喜田村洋一自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求を申し立てて1年になった。この1年の間に、双方が多量の書面を提出した。
今、喜田村側の書面を再検証してみると、喜田村側の近藤真弁護士らが執筆した文書の内容が的を得たものであるか否かがより明確になる。そこで改めて喜田村側の書面を紹介してみよう。
近藤弁護士らは、懲戒請求申立書に対する答弁書に「懲戒請求者(黒薮)による取材・表現の姿勢について」と題するコーナーを設けて、わたしの執筆活動がいかに未熟でレベルが低いものであるかを論じている。
その中にわたしが書いた東電の「計画停電」に疑問を呈した記事(「黒書」などに掲載)の批判がある。近藤氏らの主張が的を得たものであるかどうかは、震災後に東電が露呈した不誠実な態度をみれば、おのずから明らかになる。近藤氏らは、次のようにわたしを批判しているのだが、読者はどのように感じるだろうか。
(4)
「本当に電力は不足しているのか? 東電の『計画停電』」(平成23年3月16日付け)(乙20)[黒薮注:黒書の記事]
懲戒請求者は、東北関東大震災に伴う東京電力の計画停電に関する記事で、「東電は電力が不足しているという『宣伝』を展開することで、原発がダウンすれば都市機能がパニックに陥るという暗黙のメッセージを送っているのではないかという疑いである。と、言うのも、今回の原発事故で、国民の間に原発を容認しない空気が広がり、今後の原発推進が難しくなるからだ」との陰謀論を展開している。
上記記事では、「もちろん単なる懸念であるから、確証はない」と断っているものの、これに先だって、Twitter(http://twitter.com/kuroyabu)では特にそのような断りもなく「東北の広域で24時間の停電。常識的には、電力は不足していません。
それにもかかわらず首都圏では計画停電するのは、原発の『必要悪論』のPRとしか考えられません。それとも素人の論考なのか?」「3炉が止まって停電するなら、10炉でパニックです。それだけで戦争になって原発が攻撃されたら、敗北です。実際に、こんなことはあり得ないでしょう」(乙21)と、ほぼ断定的な主張をしている。
薄弱な根拠で、名誉毀損的な陰謀論を展開しており、ジャーナリストの名に値しない。
他人のTWITTERまで執拗に監視する執念には驚いたが、残念ながら東電の言動が人々に不信感を与えている事実は、いまや否定しようがない。
◇第3種郵便物の基準違反も事実が立証
さらに読売による第3種郵便物の基準違反を指摘した記事(「黒書」に掲載)に対しても、批判を加えてる。次のような内容だ。(1800/3200文字)

今月の1月30日は、喜田村洋一自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求を第2東京弁護士会に申し立てて1年にあたる日である。これまでに双方から提出された書面は次の通りである。
黒薮側:懲戒請求申立書
喜田村側:弁明書
黒薮側:準備書面(1)、準備書面(2)
喜田村側:準備書面(1)
黒薮側:準備書面(3)、準備書面(4)
◇これまでの経緯
懲戒請求申立の発端は古く2002年までさかのぼる。この年、YC広川の真村久三店主が読売から商契約の解除を通告されたことを受けて、読売新聞社を相手に地位保全裁判を起こした。
裁判は高裁から最高裁まで真村氏の勝訴だった。
裁判が進行していた時期、読売はYC広川を「飼い殺し」にしていた。しかし、敗訴が濃厚になると、それまでの政策を改めざるを得なくなった。そこで係争中に中止していた担当員による訪店を再開する旨を真村氏に知らせた。
真村氏が弁護士に読売の真意を確認してもらったところ、次のメールが弁護士事務所へ送られてきた。
前略
読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。
当社販売局として、通常の訪店です。
以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。
わたしはこの回答書を新聞販売黒書に掲載した。すると江崎氏がEメールで回答書の削除を求める内容の催告書を送付してきた。
そこで今度は、その催告書を新聞販売黒書に掲載した。これに対して江崎氏は、催告書は自分で作成した著作物であるから、削除するように求めて、東京地裁へ仮処分命令を申し立てた。判決は、江崎氏に軍配が上がった。
そこでわたしは本訴で争うことにした。
2009年3月30日に言い渡された判決は、わたしの勝訴だった。さらに東京地裁は重要な事実認定を行った。提訴の根拠は、催告書が江崎氏が書いた著作物であるから削除すべきだというものだったが、催告書の作成者を江崎氏の代理人である喜田村洋一弁護士か彼の事務所スタッフの可能性が高いと認定したのである。
つまり喜田村弁護士が催告書を作成したにもかかわらず、催告書の名義を江崎氏に偽って提訴に及んだのである。裁判を起こす権利がないのに裁判を起こしたのである。そこで催告書を作成したとされる喜田村弁護士に対して懲戒請求を申し立てたのである。
このような行為は弁護士職務基本規定75条の次の条文に抵触するというのがわたしの主張である。
【75条】弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
◇参考資料:
知的財産高裁判決:催告書の作成者が江崎氏ではなくて、喜田村弁護士か彼の事務所スタッフの可能性が高いと認定している。
黒薮:懲戒請求申立書
黒薮:準備書面(1)
黒薮:準備書面(4)【全文公開】

9日に第2東京弁護士会に、喜田村洋一弁護士に対する懲戒請求申立・準備書面(4)を提出した。「黒書」の読者を想定して、なるべく分かりやすい準備書面を作成した。
なお、「黒書」で連載した草案とは、若干異なる部分があることを申し添えておく。改めて言うまでもなく、公式の書面は今回紹介するものである。
準備書面(4)
1、はじめに
本準備書面(4)は、懲戒対象弁護士から提出された準備書面(1)に対する反論である。まず、最初に対象弁護士側が執筆した準備書面全体を通じて、論理の破綻がみられるので、この点を指摘し、次に個々の主張に対する反論を行う。
2、準備書面(1)に見る論理の破たん
対象弁護士の準備書面(1)には、論理に著しい矛盾が生じている。
対象弁護士は、名誉毀損裁判2(読売VS新潮社+黒薮)で懲戒請求者が敗訴したにもかかわらず、みずからのウエブサイト「メディア黒書」で、判決を厳しく批判したことを指摘して、次のように批判している。
「なお、懲戒請求者は、名誉棄損裁判2の判決の後、反省の態度を見せないことは言うまでもなく、驚くべきことに公然と裁判所批判を行っている。」
この文脈からすると、裁判所の判決は尊重されるべき絶対的なものであって、それを公然と批判することは「驚くべきこと」に値するという意味になる。
しかし、一般の人々が絶対に持ちえない人を裁く特権を国家から与えられた者が表明した見解(判決)に対して、異議を申し立てる権限がないとすれば、大変なことになる。判決の批判は違法行為ではないことは言うまでない。
事実、対象弁護士も、準備書面(1)の「第2」で約30ページに渡って本件著作権裁判の判決を厳しく批判している。たとえば、本件催告書の作成者を懲戒対象弁護士か彼の事務所スタッフである可能性が高いと判断した判決を、「本件著作権訴訟判決の判断は誤ったものである」と記述している。
さらに「メールデータに関して、本件著作権訴訟の担当裁判官の感覚は、弁護士や企業の法務室とは乖離があることは否めず、実態に即した判断をしているとは言えない」とまで断言している。
ちなみに対象弁護士の論法に即して、対象弁護士の態度を評価するならば、次のようになる。
「なお、対象弁護士は、著作権裁判の判決の後、反省の態度を見せないことは言うまでもなく、驚くべきことに公然と裁判所批判を行っている。」
念を押すまでもなく、本件著作権裁判の判決は、最高裁も認定(甲18号証)している。従って、最高裁の判決が誤りであると立証できるだけの記述内容が準備書面(1)にあるかどうかを、以下慎重に検証する。
以下、準備書面(4)の全文:
■懲戒請求者による準備書面(4)
その他、参考資料:
■懲戒請求書

司法修習制度で国費が支出されてきた事実をご存知だろうか?。2010年度の司法修習生の給費にかかる国の予算は76億円。基本給は約25万円で、年2回の賞与もあった。
この制度は、昨年の11月をもって中止された。
それにともない賛否両論が出ている。改めていうまでもなく、弁護士の諸団体は、制度の廃止に反対している。たとえば、第2東京弁護士会は、次のような声明を発表している。
司法修習生の給費制の問題は、単なる個人の資格取得に関する問題ではなく、司法制度の人的基盤の確保と国民の権利の守り手の育成に関する問題である。
わたしは制度の廃止に賛成する立場ではない。しかし、制度の廃止を求める声があがっても仕方がないような憂うべき実態があることも事実である。
たとえば訴権を濫用するケースの多発である。弁護士が高額訴訟をもちかけて、弁護士報酬を稼ぐ手口である。いわゆる金さえ徴収できれば、誰の弁護でも引き受ける米国流の「訴訟ビジネス」の横行だ。(700/2400文字)

今年の3月30日に喜田村洋一弁護士の代理人・近藤真弁護士らから提出された「弁明書」に、「黒書」の記事を批判する次のような記述がある。「黒書」の記事が、「明らかな誤報が多く、正確性を欠いていること」の例として、わたしが読売の「第3種郵便物の基準違反」を指摘した記事を引き合いに出している。以下、その部分全体を引用してみよう。
1 明らかな誤報が多く、正確性を欠いていること
(1)「読売が第3種郵便物の基準違反」(平成21年2月19日頁)(乙16号)
懲戒請求者が上記タイトルで掲載した記事には、「新聞などの定期刊行物を対象にした郵送料の特別割引制度--第3種郵便物の許可を受けるためには、一定の条件をクリアーしなければならない」「読売新聞がこの規定をクリアーしていないことが分かった」と記載されている。
第3種郵便とは、郵便事業株式会社の承認を受けた雑誌等の定期刊行物を低廉な料金で送付することができる制度であるが、懲戒請求者の上記記事は、読売新聞が第3種郵便物の承認基準に違反したとするものである。
しかし、読売新聞は、第3郵便物の承認基準を満たして承認を受けているのであり、この記事は明らかに誤報である(乙17)。懲戒請求者が上記のように違反を断定した根拠は不明であるが、承認基準の理解を誤ったとしか考えられない。
◇第3種郵便物とは
第3種郵便物の承認を受けるための条件のひとつに、次の規定がある。
全体の印刷部分に占める広告(法令の規定に基づき掲載されるものを除き、心身障がい者用低料第三種郵便物は、外装に掲載される広告(法令の規定に基づき掲載されるものを除きます。)の割合が5割以下であること。
たとえば40ページの紙面で、広告のスペースが20ページを超えると第3種郵便物としての承認を得られない。だから広告のスペースを計算すれば、違反しているか否かは簡単に分かる。
そこでわたしは読売が規定に違反している実例として、2008年11月22日付け読売新聞をマイニュースジャパンで取り上げたのである。
http://www.mynewsjapan.com/reports/1004
この記事のリンクを自分のサイトである「メディア黒書」から張った。それに読売が噛みついたのである。
◇郵便事業KKが読売に書面
読売は、郵便事業株式会社の山口一弥社長から得た次の書面を証拠として提出して、わたしの主張を否定した。
(略)現在、貴社の定期刊行物(題号:読売新聞)は第三種郵便物の承認条件を具備し、郵便法の適合するものとして取り扱っております。
わたしは、2009年11月22日付け読売新聞を指して問題を指摘しているのに、この点にはふれずに、「条件はクリアーしています」と強弁したのだ。実際に11月22日付けの読売新聞を検証すれば、違反は明らかになる。
◇最近の違反例
わたしが指摘してきた新聞の第3種郵便物の規定違反の例は、最近の読売紙面でも観察できる。(2200/3000文字)

次に紹介するのは、懲戒請求者(黒薮)の準備書面(4)の草案である。最終回である。
X)利害侵害がなかったことについて(34ページ)
まず、この項目に関して最初に指摘しておきたい事は、対象弁護士が客観的な事実を正確に把握していない点である。対象弁護士は準備書面(1)で懲戒請求者が江崎氏に対して本件催告書の内容に関する「問い合わせメールをした直後から本件サイト上で本件催告書の公開を予告していた」と述べている。
具体的にメールとは、次のものを指す。
1、2007年12月22日 9:34分
2、2007年12月22日 18:33分
3、2007年12月24日 20:18分
本件催告書を懲戒請求者が受け取ったのは、21日の18時26分である。対象弁護士が言う「問い合わせメールをした直後」とは、これらのメールを指しているものと思われるが、いずれのメールも、本件催告書の公開を予告する記述は存在しない。
おそらく対象弁護士は、「2」のメールにある次の記述と勘違いしているのではないかと思う。
「質問事項は公開を前提としておりますのでご了承ください。」
懲戒請求者は、「質問事項の公開」は予告したが、「本件催告書の公開」は予告していない。
何を根拠に懲戒請求者が「問い合わせメールをした直後から本件サイト上で本件催告書の公開を予告していた」と記してるのか不明だ。議論の前提となる客観的な事実の把握を誤っているのではないか。
さらに対象弁護士は、「本件催告書が届いたことを『報道』したいのであれば、その内容を必要な範囲で紹介したり、あるいは裏づけが必要であれば本件催告書が届いた事実自体を示す程度に一部のみの掲載をすれば足りるのであり、全文をそのままデッドコピーの方法で掲載する必要はない」と自論を主張している。
どのような報道が最適かの判断は個人差があり、それについての基準を司法の場で主張すること自体が、言論・表現の自由という観点からすれば不適切であることを表明した上で、参考までに次のことを申し上げたい。
対象弁護士は、「裏づけが必要であれば本件催告書が届いた事実自体を示す程度に一部のみの掲載をすれば足りる」と言うが、これは掲載スペースに著しい制限がある紙メディアについての一般論である。
しかし、ネットの場合はスペースに制限がない。従って可能であれば、なるべく豊富な裏付け資料を公開するのが常識になっている。それがネットメディアの強みであり、特徴にほかならない。懲戒請求者は、当たりまえの原則に従ったに過ぎない。
Y)排斥期間について(35ページ)
排斥期間については、懲戒請求者の準備書面(3)で展開した主張を参考にされたい。結論を言えば、排斥期間は過ぎていない。
4、言論弾圧との主張[42ページ)
この項目についての反論は、懲戒請求者が名誉棄損裁判2で、東京高裁へ提出した控訴理由書(■甲号証)を参考にされたい。
ただ、「(3)懲戒請求者の主張に対する反論」(42ページ)については、特に重要な点なので懲戒請求者の考えを述べる。まず、対象弁護士の主張を引用してみよう。
「ア、訴訟を選択する合理的必要性について
懲戒請求者は、読者の多い報道機関であれば、言論によって対抗すべきと考えているようである。しかし、その根拠が不明である。報道機関が言論によって対抗することも、訴訟によって対抗することも、権利として保障されており、自由である。懲戒請求者の主張は、報道機関の裁判を受ける権利を否定するに等しく、独自の見解であり、かつ、暴論である。
名誉棄損裁判2が懲戒請求者の記事の違法性を認めたように、違法な言論に対して、訴訟で対抗することは、明らかに合理性がある。懲戒請求者の主張は、反論にも値しない、荒唐無稽な主張と言わざるを得ない。
イ、裁判で抑圧する戦略が存在すること
裁判で相手方を抑圧する戦略があるか否かという点を措いても、懲戒請求者が言及する訴訟は、本件とは全く関係のない訴訟のことであり、そのような無関係な訴訟の存在から、懲戒請求者に対して提起した訴訟の目的を推認するというのは、乱暴な議論である。」
書面の構成上ここでは、まず、(イ)について、次に(ア)について懲戒請求者の主張を展開する。
■対象弁護士の主張(イ)について
(イ)の記述は、懲戒請求者の準備書面(2)にある次の記述に対する反論だと思われる。
「(B)多発する「口封じ裁判」
懲戒請求者は、ひとつには訴権の濫用、あるいはSLAPPという新しい大問題を喚起するために本件懲戒請求を提起した。近年、「口封じ」目的ではないかと推測される訴訟が多発している。
周知となっている例としては、訴訟そのものを違法とした武富士裁判がある。メディアによる武富士批判を封じ込めるために、武富士を取材対象にしていたフリーライターを次々と裁判にかけた事件である。たとえば三宅勝久氏は、1億円を請求された。結果は武富士の敗訴だった。
その後もJR総連などが西岡研介氏に対して50件の裁判を起こした事件、月刊誌『サイゾー』にコメントを出したジャーナリスト烏賀陽弘道氏だけを被告にし、版元は訴外として、5000万円を請求したオリコン訴訟などが起きている。
読売が懲戒請求者に対して起こした一連の高額訴訟は、このような流れの延長線上にある。裁判を悪用した「口封じ」が広がる中で起きたのである。
しかも、懲戒請求者が巻き込まれた訴訟は、武富士のようにメディアを持たない一般企業による提訴ではなくて、1000万部のメディア企業による提訴である。巨大メディアが「口封じ裁判」を断行したところに深い病理があるのだ。と、なれば懲戒請求を通じて、懲戒対象弁護士の責任を追及するのは当然だ。
法律家から六法全書を奪い取れば、仕事が出来なくなるように、出版人から言論を奪えば、仕事が出来なくなる。それを認識しているはずの巨大メディア企業が、裁判で言論・表現の自由を封じ込めようとした事実は重い。」
対象弁護士は、「懲戒請求者が言及する訴訟は、本件とは全く関係のない訴訟」と主張するが、懲戒請求者は武富士裁判、JR総連裁判、それにオリコン訴訟などをSLAPPだと考えている。SLAPPが存在することは、懲戒弁護士も認識していると推測される。
と、いうのも懲戒弁護士は、SLAPPの概念が存在する米国の司法界の状況に通じている上に、SLAPPの典型であるJR総連裁判の被告代理人を務めているからだ。
SLAPPについて知らないとは、およそ考えられない。
■対象弁護士の主張(ア)について
確かに言論機関も裁判を受ける権利は有している。しかし、懲戒請求者はこの権利の有無を論じているわけではない。
巨大メディアが個人のブログを相手に総計で約8000万円にもなる高額訴訟を起こす必然的な理由はなく、SLAPPが「流行」している状況の下で、対象弁護士らもSLAPPを選択した可能性が高いと主張しているのである。訴権の濫用についての主張であって、メディア企業が訴権を有するか否かを論じているのではない。
ここでも対象弁護士は、文脈を読み違えている。
よほど言論活動のレベルが低いメディア企業は別として、標準的な能力を有する読売新聞社が、あえて裁判を選択した理由を考察する時、SLAPPを選択した可能性が高いと主張しているのである。
さらに次のことも強調しておきたい。言論機関が裁判を受ける権利を有していることは事実である。しかし、対象弁護士らのように、本件催告書の名義人を偽って訴訟を提起する権利はないはずだ。
5、結論
最後に本件懲戒請求の趣旨を繰り返し強調しておきたい。
懲戒請求者は、対象弁護士が本件催告者の作成者を偽り、著作権の保護の対象とはなり得ない文書を著作物であると強弁し、訴訟行為等に及んだ事などを弁護士倫理違背であると主張して本件懲戒請求を行っているものである。
弁護士としてあるまじき行為を認定した本件著作権裁判の判決が最高裁で確定したのを受けて本件懲戒請求を申し立てたのである。
かりにこのような行為が黙認され、放置されるのなら、司法の秩序は崩壊する。(全文公開)

R)「請求書」と代理人催告書(28頁)
ここで言う「請求書」とは、対象弁護士がマイニュースジャパンの渡邉正裕編集長に送りつけた書面である。これはマイニュースジャパンが掲載したある記事の情報源を開示するように請求したものである。
懲戒対象者はこの請求書と、本件催告書や代理人催告書の形式が類似していることを理由に、対象弁護士が共通の作成者である可能性を指摘した。懲戒請求者の準備書面(1)からその部分を引用してみよう。
「なお、懲戒対象弁護士は約5年前の2006年9月15日にもマイニュースジャパンに「請求書」(甲14号証)を送付している。この文書の書式は、本件催告書や代理人催告書と同様に1行20行で入力され、文末が「不一」になっている。
また、「不一」の次の行、日付を記した部分のレイアウト(段落・スペースの設定)や住所・氏名を記した部分のレイアウトも全く同じだ。3通とも懲戒対象弁護士が作成した可能性が極めて強い。
「請求書」という文書の性質上、文章構成は催告書とは若干異なるが、冒頭に請求対象となる書類がネットに掲載されている事実を伝え、それが法的な観点からどのような違法行為であるかを指摘し、最後に請求内容を突き付けるという形は共通している。
文章のトーン、リズム、あるいはメリハリはそっくりで、文章鑑定をするまでもなく、同一の人物が執筆したものであることは、容易に推測できる。
代理人催告書の書式は、弁明書が主張するように、「同じ相手には同じ書面で対応している」ことを示すために本件催告書をモデルとした結果ではなくて、懲戒対象弁護士が業務の中で日常的に使っているものであると考えることで、説明がつく。」
これに対して対象弁護士は、懲戒請求者が指摘した形式は、「催告書や請求書では当たり前に用いられるもので、執筆者を特定できるような特徴ではない」と反論している。
しかし、不特定多数の中から、一人の執筆者を特定することは難しいとしても、すでに存在している代理人催告書と本件催告書、それに本件請求書を比較するなかで、著しい共通点があるか否かの判断は容易だ。
たとえば、3つの書面ではいずれも、「冠略」「不一」などが使われている。「冠略」「不一」といった言葉は、一般化しているとはいえ、他にも類似した言葉が多数存在するなかで、これらの2つの言葉を組み合わせて使う例は限定される。
確かに偶然にこのような言葉の選択になった可能性もあるが、少なくとも3通の書面がいずれも対象弁護士の手でかかれた可能性を否定する要素は存在しない。
S)作成者を特定する必要があるとの主張について(29頁)
弁明書は、「対象弁護士の依頼者たる西部本社や江崎法務室長において重要なのは、交渉の妨げとなる文書掲載を取り止めさせることであり、これを申し入れる催告書の作成者が誰であるかを対外的に確定させることではない」と言う。つまり本件催告書の作成者を偽る必要はなかったという主張である。
しかし、作成者を偽った理由は推測し得る。本件催告書の内容が、本件回答書が著作物であると強弁するなど、「怪文書」の類であることを考慮したとき、それを読売の代理人である対象弁護士の名前で送付すれば、メディア企業の信頼が失墜することにもなりかねない。それゆえに江崎氏氏の個人名義になった可能性がある。
もっとも、これは推測にすぎないが、少なくとも「作成者を偽る必要性など全くなかった」とする対象弁護士の主張は失当である。理由は十分に推測し得る。
ちなみに知的財産高裁は、本件催告書が「江崎名義」になった背景について次のように述べている。
「原告は、原告が自ら執筆していないのに、あえて事実と異なる主張をして、争点を増やす動機は存在しないと主張する。しかし、読売新聞西部本社又は原告代理人が被告に対して訴えを提起した際に生じる影響等を考慮して、原告が本件催告書を作成したこととして訴えを提起することに、動機がないわけではない。」
少なくとも「動機」があったことは認定している。
さらに補足しておくが、本件催告書の「作成者が誰であるかを対外的に確定させること」が重要でないのであれば、なぜ、江崎氏は著作者人格権を理由に本件催告書の削除を求めたのか、わけが分からない。
T)「動機」に関する判示と懲戒請求者の主張(恫喝目的)について(30頁)
対象弁護士は、知的財産高裁判決の次の部分の解釈について反論している。
「原告は、原告が自ら執筆していないのに、あえて事実と異なる主張をして、争点を増やす動機は存在しないと主張する。しかし、読売新聞西部本社又は原告代理人が被告に対して訴えを提起した際に生じる影響等を考慮して、原告が本件催告書を作成したこととして訴えを提起することに、動機がないわけではない。」
懲戒請求者は「動機」とは具体的には、巨大メディアが裁判を悪用して言論弾圧を断行した場合のイメージダウンを回避することであると主張した。一方、対象弁護士は、「『動機』の内容は全く示しておらす不合理である」と主張する。対象弁護士の準備書面(1)は、次のように言う。
「懲戒請求者の主張は、本件著作権訴訟判決の判示を全く離れて、言論弾圧があったとの懲戒請求者の独自の解釈を展開するものに過ぎない」
なお、懲戒弁護士が準備書面(1)で行った高裁判決の引用には、誤読の原因となる重大な引用のミスがある。準備書面(1)は、
「訴えを提起した際に生じる影響等を考慮して、原告が本件催告書を作成したことに、動機がないわけではない」(30頁20行目)
と、なっているが、原文は次の通りである。
「訴えを提起した際に生じる影響等を考慮して、原告が本件催告書を作成したこととして訴えを提起することに、動機がないわけではない」
言論弾圧の主張については、「甲5号証」で詳しく展開しているので、ここでは繰り返さない。ただ、一般論として次の点を加筆しておきたい。
対象弁護士は、「懲戒請求者は、『口封じ裁判』が社会問題になっているとまで述べるが、そのような事実は一切なく、違法な名誉毀損等の言論が行われた場合に相応の法的手段がとられているというに過ぎない」と言うが、「口封じ裁判」は、武富士がフリーライターらに対して提起した高額訴訟をはじめとして、大きな社会問題になっている。(3800/5800文字)


以下の文章は、弁護士懲戒請求の準備書面(4)の草案⑤である。
O)「著作物の定義」について(第2(5)(イ)aⅲ)
対象弁護士は、江崎氏が考える著作物の概念は誤ったものではないと主張する。その根拠として次のように述べている。
「本件催告書の創作性がある部分を(黒薮注:本人尋問で被告側弁護士から)問われ、『全体を、こういう文章に作ろうといって私が考えて作ったんで、それで創作性があると思います』と、述べており、その著作物性や創作性の概念の理解は、誤ったものとは言えない。」
これは主観と実在を区別しない暴論である。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という古びた観念論哲学の考え方である。「思うこと」と実在することはまったく別である。明確に区別しなければならない。
「全体を、こういう文章に作ろう」と考えた結果、具体的に本件催告書のどの部分に創作性が現れたのかを示して、それに創作性があるのかどうかを判断するのが常識である。
O)創作的表現に関する質問について(第2(5)(イ)aⅲ)
対象弁護士は、本件著作権裁判の判決を批判して次のように述べている。
「江崎法務室長が『具体的な創作表現を指摘でき』なかったことを『不自然』と述べて、同人の作成者に関する主張を排斥する根拠の1つとしているが(一審判決31頁)、そもそも江崎法務室長に創作的表現に関する質問をして答えさせること自体に意味がなく、またこれを作成者に関する認定根拠に挙げた判決も不合理と言わざるを得ない。」
それゆえに江崎法務室長が創作表現の箇所を指摘できなったことを理由に、「同人が本件催告書を作成したことを否定する根拠とすることも誤りである」と主張する。
しかし、本件催告書には、著作権法の知識がなければ、成立しえない表現が含まれている。たとえば次の箇所である。
「上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未発表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)」
著作者人格権に基づいた主張であるが、短い文章の中にも豊かな法知識が現れている。とすれば、みずから著作物であると主張している本件催告書のどこに創作性があるのかといった初歩的な質問に応えられないはずがない。
催告書に現れた豊かな法知識と、本人尋問で明らかになった著作物に関する主観的な主張のギャップはあまりにも大きく、不自然という以外にない。
P)ワープロソフト名とメールの不存在について
対象弁護士は、江崎氏が本件催告書を作成した際に使ったワープロソフトを忘れていたり、メールデータを有していない理由について、「江崎法務室長にとっても、対象弁護士にとっても、その業務の性質上、裁判事件に関与することは、一般人と異なり、特別なことではない」と、述べている。特別なことではないがゆえに、注意が散漫になり、誤って破棄したと言いたいようだ。
しかし、江崎氏が本件催告書を作成してから、東京地裁に仮処分を申し立てるまでの日数は、数日である。さらに本裁に入るまでの期間も約2カ月である。事件の舞台が裁判所になっているにもかかわらず、原告本人が裁判の勝敗にかかわる重要な紙面を破棄したという主張は不自然きわまる。常識的にはありえない。
訴因の発生から提訴まで数年を要しているというようなケースは別として、本件著作権裁判の場合、訴因の発生から仮処分の申し立てまでは数日である。しかも、仮処分を申し立てた時点から、本裁になる高い可能性があった。と、すれば関連するデータを2重にも3重にも保管しておくのがむしろ自然だ。
懲戒対象弁護士についても、同じことが言える。クライアントである江崎氏の勝敗にかかわる重要書類を、裁判の進行中に代理人弁護士が紛失することなどは通常はあり得ない。(2300/4000文字)

次に紹介するのは、13日に第2東京弁護士会に提出した黒薮側の準備書面(3)の全文である。「3年間の除斥期間の主張に対する反論」である。除斥期間とは、俗に言う「時効」のことである。
喜田村側が排除期間の終了を理由に、申立の却下を求めていることに対する反論である。
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平成23年(コ)第11号
懲戒請求者 黒 薮 哲 哉
対象弁護士 喜 田 村 洋 一
準備書面(3)
2011年(平成23年)10月13日
第二東京弁護士会 綱紀委員会 御中
懲戒請求者 黒 薮 哲 哉
3年間の除斥期間の主張に対する反論
対象弁護士は、除斥期間を、本件催告者が作成された時から3年間と主張している。懲戒請求者は、本件催告書の作成の時期は、除斥期間の起算点にはならないと考える。その理由は次の通りである。
懲戒請求者は、対象弁護士が本件催告者の作成者を偽り、著作権の保護の対象とはなり得ない文書を著作物であると強弁し、訴訟行為等に及んだ事を弁護士倫理違背であると主張して本件懲戒請求を行っているものである。
従って、本件で除斥期間が問題となる行為の終了時期は、本件催告書の作成された時期ではなく、対象弁護が本件催告書の作成者を偽り、著作権法を盾に違法・不当な著作権裁判を提起し遂行した行為の終了した時期である。
懲戒請求者は、2009年4月6日付で、本件著作権裁判の一審判決に対する知的財産高等裁判所への控訴申立て手続きを行い、2009年9月16日の同高裁判決に対しても、最高裁への上告・上告受理申立て手続きを行っている。
このように、本件懲戒申立が受理された2011年(平成23年)1月31日時点から遡ること3年前の2008年1月時点において対象弁護士の非違行為は、なお継続途中である。
従って、本件懲戒申立時点は、3年の除斥期間は今だ経過していない。
なお、この見解は、内容虚偽の調停申立てをしたことを懲戒請求の事由とした場合における弁護士法63条の除斥期間の起算日を、調停申立時を基準とするのではなく、調停申立の取下日とすべきであると判断した日弁連綱紀委員会の見解でもある。(事案番号 平成22年綱第236~同238号)(全文公開)

以下の文章は、弁護士懲戒請求の準備書面(3)の草案である。
l)思考展開と記述[第2(5)(イ)aⅰ]
懲戒請求者は、準備書面(2)の中で、江崎氏には本件催告書を作成するために必要な著作権法の知識に乏しく、本件著作権裁判の判決が認定したように、本当の作成者は対象弁護士か彼の事務所スタッフの可能性が高いという主張を展開した。
その根拠のひとつとして、対象弁護士が弁明書に記述した次の文章を引用した。本件催告書を作成する際に、作成者がたどった考察の軌跡を記した記述である。
「具体的な民事上の救済方法や刑事告訴等に触れる選択肢もあったが、抽象的な記述に止めた。任意の遂行を実現するためには、この程度の記載が適正であると判断した」
このような思考展開は、著作権法の知識に乏しい者には出来ないというのが懲戒請求者の見解である。
これに対して対象弁護士は、準備書面(1)の中で、判断主体が江崎法務室長であったことは認めたが、「著作権法の専門的な知識までは必要としない内容である」と反論している。(800/2800文字)

以下の文章は、弁護士懲戒請求の準備書面(3)の草案である。なお、喜田村氏の代理人を務めているのは、読売の販売政策を熱心にサポートしてきた近藤真弁護士ら3名である。
h)本件催告書の著作物性について[第1(4)ウ(ア)]
対象弁護士は本件著作権仮処分で東京地裁が、江崎氏の主張を認めて、本件催告書を「新聞販売黒書」から削除するように命じたことを根拠に、「知的財産部の裁判官がいったんは上記のように著作物性を認める判断をしていることは、十分に考慮されるべきである」と主張する。
これに対する懲戒請求者の反論は、すでに準備書面(2)で述べた通りである。仮処分は、緊急性を要する場合などに、仮の判決を下し、本裁で十分に時間をかけて事案を検証するのが、司法制度の仕組みである。そして仮処分で江崎氏を勝訴させた東京地裁が、本裁では、懲戒請求者を勝訴させたのであるから、東京地裁の公式の判断は、本件催告書に著作物性はないというものである。
さらに仮処分で江崎氏を勝訴させた裁判官・佐野は、本訴でも、裁判官を務めている事実も、参考までに付け加えておく。
i)催告書の表現[第1(4)ウ(イ)]
懲戒請求者は準備書面(2)、対象弁護士が本件催告書の簡潔性を理由に著作物性を主張していることに反論して、不要なことを書かないビジネス文書と、作家・志賀直哉の文体などに見られる詩的な表現を伴った簡潔性は別である主張した。東京地裁の判決も「相手方に説明する必要のない事柄については、適宜省略するのが通常」として著作物性を否認する判断を示した。
これに対して、対象弁護士は準備書面(1)で次のように反論している。
しかし、弁明書での主張は、単に本件催告書の簡潔性を述べるのではなく、催告書の目的との関係で必要な事項を取捨選択して表現を創作したことを、著作物性と判断した根拠として述べるものであり、懲戒請求者の主張は前提が誤っている。
引用文によると、対象弁護士は、本件催告書を作成するにあたって、「必要な事項を取捨選択して表現を創作した」と主張している。これは具体的に何を意味する
のか、曖昧な印象を受けるが、文字通りに解釈すれば、「必要な情報だけを本件催告書に取捨選択して入れる事」=「創作性」ということになる。
端的に言えば、「取捨選択」=「創作性」ということになる。
東京地裁の判決にある「相手方に説明する必要のない事柄については、適宜省略するのが通常」という文章の意味は、言葉を換えれば、「取捨選択」=「創作性」にはなり得ないという事である。
対象弁護士は、「必要な事項を取捨選択」することが創作性であると主張するのであれば、本件催告書のどこに「必要な事項を取捨選択」したことで生まれた創作性が生じているのかを明らかにすべきだろう。
j)著作権法第1条につて [第1(4)ウ(ウ)]
懲戒請求者は、著作権法第1条で、著作権法の目的を「文化の発展に寄与すること」と定めていることを理由に、「怪文書」であり「恫喝文書」である本件催告書が保護対象にはならないと主張した。これに対して対象弁護士は、「懲戒請求者が主張する著作権法の解釈は独自のものに過ぎない」と反論している。
ちなみに第1条は次の通りである。
「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。 」
この程度の平坦な文章に独自の「解釈」など存在する余地はない。また、法律の条項がどうにでも解釈できるのであれば、法律が用を足さないことは言うまでもない。(2100/5200文字)

以下の文章は、弁護士懲戒請求の準備書面(3)の草案である。
e)本件催告書の中身:デッドコピーについて[第2(3)エ]
対象弁護士は、懲戒請求者が本件回答書の全文を「新聞販売黒書(現:メディア黒書」に掲載した行為がデッドーコピーに該当すると主張し、それを根拠に本件催告書における催告(懲戒請求者は「怪文書」、「恫喝文書」と主張している。)の正当性を主張した。
(だだし催告書には、本件回答書の掲載がデッドコピーにあたるから削除しろとは書いていない。本件回答書が著作物であるという主張に基づいて削除するように催告している。)
これに対して懲戒請求者は、準備書面(2)で、デットコピーは報道目的で普通に行われている行為であることを指摘し、辻本清美議員のホームページを具体例としてあげた。
http://www.kiyomi.gr.jp/2004/jimukyoku.htm
そこには対象弁護士のクライアントである辻本氏が巻き込まれた公設秘書の給与流用をめぐる事件に関連して毎日新聞が掲載した社説に対する質問状が掲載されている。
さらにこの質問に対する毎日からの回答の全文が掲載されている。しかも、毎日からの回答文の宛名は、次のようになっている。
「辻元清美前衆院議員代理人弁護士 喜田村 洋一様」
この件に関して対象弁護士は、準備書面(1)で次のように反論している。
まず、対象弁護士がしたと主張されるデッドコピーについて、実際には辻本清美氏がホームページに掲載したものであり、対象弁護士の名前が表示されているのは、掲載された「回答」の宛先としてであって、懲戒請求者が述べるように辻本氏との「連名」で紹介したものではない(懲戒請求者のこのような誤導を厭わない姿勢が、ジャーナリストとしての資質を疑わせることは明らかである)。
しかし、クライアントの辻本氏が勝手に「回答」のデットコピーを掲載したのであれば、デットコピーが違法であると主張する対象弁護士はなぜそれを削除させなかったのか、合理的な説明がない。クライアントである辻本氏にアドバイスするのが自然ではないか?デットコピーは報道目的でごく普通に行われている行為という認識が対象弁護士にあったから注意しなかったのではないか?
さらにデッドコピーについて言及すれば、懲戒請求者が準備書面(2)で述べたように、読売新聞紙上でもデットコピーは観察できる。(甲15号証)これについて対象弁護士はどう釈明するのだろうか。
f)回答書が著作物という暴論
本件回答書は、本件著作権裁判の発端になった文書である。読売の江崎法務室長が、江上武幸弁護士からの問い合わせに対して回答した次の文書である。
「前略
読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。
当社販売局として、通常の訪店です。
以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。」
この文書を懲戒請求者が「新聞販売黒書」に掲載したところ、江崎名義の本件催告書がメールで懲戒請求者のもとへ送付されたのである。本件催告書の内容は、上に引用した文書(回答書)が著作物に該当するので削除せよというものだった。
ちなみに著作権法では著作物を、次のように定義している。
「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」
懲戒請求者は、このような著作権法の定義に回答書がまったく該当しないと判断した。しかし、江崎名義の本件催告書は催告に従わなければ、法的手段も辞さない旨をほのめかしていた。このような状況から、懲戒請求者は本件回答書を「怪文書」、あるいは「恫喝文書」とみなして、「新聞販売黒書」に掲載した。
これに対して対象弁護士は、準備書面(1)で、「懲戒請求者は、本件回答書が著作物と評価される余地がないかのように主張しているが、これも誤りである」と前置きして、判例を紹介している。
まず、文書が短いものであっても、著作物性が認められた判例をあげている。具体的には、語呂合わせ、交通標語などに著作物性を認めた例である。
しかし、語呂合わせや交通標語に著作物に該当するものがあるのは、むしろ当たり前である。語呂合わせや交通標語には、いわゆるひな型が存在しないから、創作力がなければ、書けない場合が多いからだ。
さらに対象弁護士は、「東京高判平成14年10月29日・最高裁ホームページ「(別冊ジュリスト179号「メディア判例百選」)から、次の記述を引用している。再度、引用してみよう。(注:公式のタイトルは「インターネット上の書込みの無断転載」)
「著作物性が認められるための創作性の要件は厳格に解釈すべきではなく、むしろ、表現者の個性が何らかの形で発揮されていれば足りるという程度に、緩やかに解釈し、具体的な著作物性の判断に当たっては、決り文句による時候のあいさつなど、創作性がないことが明らかである場合を除いては、著作物性を認める方向で判断するのが相当である」
「創作性が低いものについては、複製行為と評価できるのはいわばデッドコピーについてのみであって、少し表現が変えられれば、もはや複製評価とは評価できない場合がある、というように、創作性の程度を表現者以外の者の行為に対する評価の要素の一つとして考えるのが相当である」
この判例を根拠にして、対象弁護士は準備書面(1)で次のように主張している。
このような見地に立ち、本件回答書も、「(黒薮注:決り文句による)時候のあいさつなど、創作性がないことが明らかである場合」にあたらず、著作物性が認められ、懲戒請求者がしたようなデットコピーに対しては著作権法上の保護を受け得ると考えることも不合理ではなく、そのように第三者に対して主張することが、相当な範囲を逸脱したものであるとは到底評価し得ない。
つまり対象弁護士は、本件回答書が「時候のあいさつなど、創作性がないことが明らかである場合」に該当しないので、「著作物性を認める方向で判断するのが相当」であり、事実、著作物性が認められるので、デッドコピーは違法だと主張しているのだ。
そこで本件回答書に、「決り文句による時候のあいさつ」レベルを超えた表現が存在するのかどうかを検証してみる。まず、冒頭からの3行。
「前略
読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。」
これは明らかに「時候のあいさつ」のレベルを超える表現ではない。ビジネス文書の決り文句である。
次に順序は逆になるが、末尾の文を引用する。
「以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。」
これも「時候のあいさつ」レベルを超える表現ではない。やはりビジネス文書の決り文句である。
さて、本件回答書の本文は、次のように記述されている。
「当社販売局として、通常の訪店です。」
さて、この文章は著作物の要件である創作性があるだろうか?恐らく創作性があると判断する人はだれもいない。第一、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲」のどこに属するのだろうか?。
ちなみにこのような文章に著作物性がある判断した場合、社会全体にどのような不都合が生じるのだろうか。これについては、対象弁護士が引用した「インターネット上の書込みの無断転載」の判例が参考になる。
「ある表現の著作物性を認めるということは、それが著作権法による保護を受ける限度においては、表現者にその表現の独占を許すことになるから、表現者以外の者の表現の自由に対する配慮が必要となることはもちろんである。」
「当社販売局として、通常の訪店です。」という表現を著作権法で保護するならば、全国の新聞社販売局員はこの表現を使えないことになる。
結論として対象弁護士が紹介した判例等と、本件回答書を同列に考えることはできない。異質のものである。
本件回答書に著作物性は全くない。もし、このような文書を著作物として認定するのであれば、著作権法で定めた著作物の定義が無用になる。もちろん表現の自由が脅かされることは言うまでもない。
結論として、本件催告書の中で、本件回答書の著作物性を理由に削除を求めた催告は、常識の範囲を逸脱している。(全文公開)

次に紹介するのは、喜田村洋一弁護士に対する懲戒請求事件で、喜田村側から提出された準備書面(1)に対する反論の草案である。草案であるから、公式のものではない。準備書面(1)のページ数が多いので、反論を作成するごとに、内容を公開することにした。従って、繰り返しになるが公式の反論ではない。
1、はじめに
本準備書面(3)は、懲戒対象弁護士から提出された準備書面(1)に対する反論である。まず、最初に対象弁護士側が執筆した準備書面全体を通じて、論理の破綻がみられるので、この点を指摘し、次に個々の主張に対する反論を行う。
2、準備書面(1)に見る論理の破たん
準備書面(1)は、論理に著しい矛盾が生じている。
対象弁護士は、名誉毀損裁判2(読売VS新潮社+黒薮)で懲戒請求者が敗訴したにもかかわらず、みずからのウエブサイト「メディア黒書」で、判決を厳しく批判したことを指摘して、次のように批判している。
「なお、懲戒請求者は、名誉棄損裁判2の判決の後、反省の態度を見せないことは言うまでもなく、驚くべきことに公然と裁判所批判を行っている。」
この文脈からすると、裁判所の判決は尊重されるべき絶対的なものであって、それを公然と批判することは「驚くべきこと」に値するという意味になる。
ところが対象弁護士は、準備書面(1)の「第2」で約30ページに渡って本件著作権裁判の判決を批判している。たとえば、本件催告書の作成者を懲戒対象弁護士か彼の事務所スタッフである可能性が高いと判断した判決を、「本件著作権訴訟判決の判断は誤ったものである」と記述している。
さらに「メールデータに関して、本件著作権訴訟の担当裁判官の感覚は、弁護士や企業の法務室とは乖離があることは否めず、実態に即した判断をしているとは言えない」とまで断言している。
ちなみに対象弁護士の上記論法に即して、対象弁護士の態度を評価するならば、次のようになる。
「なお、対象弁護士は、著作権裁判の判決の後、反省の態度を見せないことは言うまでもなく、驚くべきことに公然と裁判所批判を行っている。」
念を押すまでもなく、本件著作権裁判の判決は、最高裁も認定している。従って、最高裁の判決が誤りであると立証できるだけの記述内容が準備書面(1)にあるかどうかを、以下慎重に検証する。
3、著作権裁判に至る事実経緯についての反論
A)真村氏の解任理由について[第2(2)イ(ア)]
対象弁護士は、真村訴訟(前訴)の原告である真村久三氏に対して、読売が新聞販売店契約の更新を拒絶した理由を次のように述べている。更新拒絶の理由を、営業区の一部譲渡を真村氏が断ったこと等が原因であると、懲戒請求者が主張したことに対する反論である。
「(略)西部本社が『改廃』すなわち真村との新聞販売店契約の更新拒絶をしたのは、区域の一部譲渡、あるいは『癒着した有力店主』などが原因ではなく、真村が販売店契約上の報告義務に違反し、西部本社に対して、新聞の実配数(読者に対して配達している部数)の虚偽報告をしていたなど、信頼関係を破壊する行動があったと考えたためである。」
しかし、真村訴訟の福岡高裁判決は、新聞販売店契約の更新拒否の理由について次のように認定している。対象弁護士の上記記述とは大きく異なる。
「一審被告(読売)の本件新聞販売店契約の更新拒絶は、ある意味では一審原告真村が、広川店の区域分割の申し入れを断ったことに対する意趣返しの面があり(同一審原告が分割に応じていれば、契約更新をしていたと思われる。)、また、同分割申入れの背景に○○[黒薮注:有力店主]らと○○[黒薮注:販売局員]とが意志を通じた策動の如きものが窺われることを考慮すると、一審被告の更新拒絶に正当な事由があるとはいい難い。」(2500/3800文字)

喜田村洋一自由人権協会・代表理事に対する弁護士懲戒請求で、喜田村側から準備書面(1)が提出されている。この中に、わたしが申し立てを行った平成23年1月31日は、すでに3年の除斥期間を過ぎているという主張がある。
除斥期間とは、「時効」のようなものだ。厳密に言えば、「時効」ではなく、申し立ての原因が発生してから、実際に申し立てを起こすまでの有効期間のことである。それを過ぎると、申し立ては無効になる。期限切れを理由に、申し立てを却下させようとしているようだ。(400/1800文字)

喜田村弁護士側が作成した準備書面(1)(近藤真弁護士らが執筆)は、論理が破綻している。近藤弁護士らが展開している個々の主張に対して反論すれば、膨大な量になるが、枝葉末節にこだわることなく全体の構成を見ると、この準備書面の筆者が場当たり的な主張しか展開していないことが分かる。
丸谷才一氏は『文章読本』の第4章、「達意ということ」の中で、文章による伝達のルールについて次のように述べている。
しかしある文章(この場合は明治憲法全体)の伝達の能力は、単にそのなかの文の一つ一つ(この場合は条文)が明晰であるかどうかだけで論ずべきものではない。個々の文がたとへ明晰で誤解の余地がなくとも、それらが互ひに矛盾していたのでは、読者はたちまち了解困難に陥り、眼を白黒させるしかなくなるだろう。すなわち文章においては第一に個々の文がちゃんと内容を伝達し、しかも第二に、互いに辻褄が合う仕掛けになっていることが要求されるのである。
ところが明治憲法はこの第二の条件も満たしていない。そのことが最もあらわなのは巨民の権利の条項で、第十九条から第三十条まで、あれやこれやとうるさく保留をつけながらではあるにせよとにかく権利を保障しているのに、その反面、まず第八条の緊急勅令で、次に第一四条の戒厳令で、そしてさらに第三十一条の非常大権で、それらの権利を根こそぎ奪い取るのである。
このような撞着は、(略)文章論の立場で言えば混乱と支離滅裂のしるしだろう。そこには文章が常に持たなければならない秩序がまったくない。
丸谷氏は、個々の文章が正確に意味を伝達していても、全体の構成に即して文章を解釈したとき、論理に矛盾があれば、達意という文章最大の目的を果たしていないというのだ。
さて、このような観点から準備書面(1)を読むと、論理が破綻していることに気付く。
たとえば近藤弁護士らは、問題となった催告書の作成者は、江崎法務室長ではなくて、喜田村洋一弁護士であると主張する。
このような論点は、改めて言うまでもなく、催告書の作成者を喜田村弁護士か、彼の事務所スタッフである可能性が極めて高いと認定した知的高裁判決を批判することを意味する。事実、喜田村弁護士らが敗訴したにもかかわらず、近藤弁護士らは次のように裁判所を批判している。
弁明書で述べたとおり、本件催告書は、懲戒請求者(黒薮)が主張するように対象弁護士(喜田村)が作成したものではなく、江崎法務室長が作成したものであり、そのように認定しなかった本件著作権訴訟判決の判断は誤ったものである。
ところが準備書面(1)の後半になると、わたしの裁判所批判(新潮VS読売の「押し紙」裁判の判決を批判した件)を取り上げ、裁判所批判そのものが許すべからぬ行為のような論調を展開しているのだ。具体的には、次の記述である。
なお、懲戒請求者は、名誉棄損裁判2の判決の後、反省の態度を見せないことは言うまでもなく、驚くべきことに公然と裁判所批判を行っている。(略)
近藤弁護士らの態度は、自分たちが準備書面(1)で多くのページを割いて判決を批判することは許されるが、わたしが批判することは「驚くべきこと」であり、許されないというものである。これでは論理に一貫性がなく、場当たり的な主張を展開しているとしか、解釈できない。(全文公開)

喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求で、喜田村側から準備書面(1)が提出された。非常に気にかかる記述があるので、手短に紹介しておきたい。
まず、真村裁判の原告・真村久三さんが販売店の改廃を迫られた理由についてである。わたしは、読売が「有力店主」S氏に対する配慮から、真村さんに配達区域の一部返上を求めたにもかかわらず、それを拒否したからだと準備書面に記述していた。これに対して喜田村側(近藤真弁護士ら3名)は、次のように反論してきた。
西部本社が「改廃」すなわち真村との新聞販売店契約の更新拒絶をしたのは、区域の一部譲渡、あるいは「癒着した有力店主」などが原因ではなく、真村が販売店契約上の報告義務に違反し、西部本社に対して、新聞の実配数(読者に対して配達をしている部数)の虚偽報告をしていたなど、信頼関係を破壊する行為があったと考えたためである。
真村さんの虚偽報告が原因だと主張しているのだ。
しかし、虚偽報告というのは、あくまで読売の主張であって、事件の経緯からして本当の理由は、真村氏が販売区域の一部返上を断ったからと判断するのが妥当だ。S氏は真村さんに対する暴行事件も起こしている。2009年12月には、傷害で逮捕されている。
近藤弁護士らは、第2東京弁護士会の関係者が真村事件の詳細を知らないことを幸いに、S氏をかばい、事実を歪曲した記述を展開している。少なくともわたしには、そんなふうに感じられる。弁護士なら真村氏の人権にもっと配慮すべきだろう。(真村氏は、第1次訴訟で完全勝訴している。)
全国の販売店主は、「押し紙」制度の存在を視野に入れない近藤弁護士らの上記記述に対して、どのような感想を持つだろうか?「黒書」への情報提供を求める。(全文公開)

喜田村洋一・自由人権協会代表理事に対する弁護士懲戒請求。喜田村側の準備書面(1)が26日に到着した。準備書面の内容は争点からずれている印象を受ける。中心的な争点は、虚偽の事実を前提に裁判を起こす行為をほう助しておきながら、弁護士活動を続ける資格があるのかという点である。弁護士倫理の問題である。
また、喜田村側は、わたしが新潮社VS読売の名誉棄損「押し紙」裁判で、裁判所が読売に軍配をあげたことを、「黒書」で批判したことを取り上げている。(「黒書」の参考記事:http://www.kokusyo.jp/blog/575)
が、問題は、So What?(だからどうしたの?)ということである。言論の自由が存在する国では、「おかみ」に対する批判を許されているからだ。
なお、これまでの経緯は次の通りである。
今年の1月に第2東京弁護士会に対して、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士の懲戒を申し立てた。その後、喜田村氏の代理人(近藤真弁護士ら)から反論があり、それに対して、わたしも再反論を提出した。
第2東京弁護士会に判決の時期を問い合わせたところ、申し立てから半年が目途になるとのことだった。従ってまもなく判決が下るものと思われる。
この懲戒請求は、喜田村氏らが虚偽の事実を前提にして、わたしを裁判(著作権裁判。黒薮の勝訴が確定)にかけたことに対して申し立てたものである。つまり一種のでっちあげ事件である。
(参考資料)
懲戒請求の根拠となった東京高裁(知財)の判決。
問題になった催告書の作成者を偽っていた事実が明らかになった。
準備書面(1)
事件の本質を的確に指摘している。
準備書面(2)
相手方からの反論に対する反論。(全文公開)

人権擁護団体を自称する自由人権協会という組織がある。同協会のホームページによると、次のような目的で設立されているらしい。
社団法人自由人権協会(JCLU)は、1947年、新しい日本国憲法が制定された日本においても基本的人権の擁護を唯一の目的とする市民組織が必要との、ロジャー・ボールドウィンACLU代表(当時)の示唆を受けて設立されたNGOです。さまざまな政治的立場を超えて、市民として意見を表明し、重要な人権事件を支援してきました。社会の中で自分の権利主張が適切にできない人々の自由が脅かされるときはすべての人々の自由が脅かされる、との信念を共有する党派を超えた組織として、日本社会の礎となることをめざしています。
「社会の中で自分の権利主張が適切にできない人々の自由が脅かされるときはすべての人々の自由が脅かされる、との信念を共有する党派を超えた組織として、日本社会の礎となることをめざして」いるそうだ。
代表理事には、次の4名が名前を連ねている。(敬称略)
紙谷雅子
田中宏
喜田村洋一
三宅弘 (800/1600文字)

今週(8月19日の時点)は新しい動きはなかった。これまでの経緯は次の通りである。
今年の1月に第2東京弁護士会に対して、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士の懲戒を申し立てた。その後、喜田村氏の代理人(近藤真弁護士ら)から反論があり、それに対して、わたしも再反論を提出した。
第2東京弁護士会に判決の時期を問い合わせたところ、申し立てから半年が目途になるとのことだった。従ってまもなく判決が下るものと思われる。
この懲戒請求は、喜田村氏らが虚偽の事実を前提にして、わたしを裁判(著作権裁判。黒薮の勝訴が確定)にかけたことに対して申し立てたものである。つまり一種のでっちあげ事件である。
(参考資料)
懲戒請求の根拠となった東京高裁(知財)の判決。
問題になった催告書の作成者を偽っていた事実が明らかになった。
準備書面(1)
事件の本質を的確に指摘している。
準備書面(2)
相手方からの反論に対する反論。

今年の1月に第2東京弁護士会に対して、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士の懲戒を申し立てた。その後、喜田村氏の代理人(近藤真弁護士ら)から反論があり、それに対して、わたしも再反論を提出した。
第2東京弁護士会に判決の時期を問い合わせたところ、申し立てから半年が目途になるとのことだった。従ってまもなく判決が下るものと思われる。
この懲戒請求は、喜田村氏らが虚偽の事実を前提にして、わたしを裁判(著作権裁判。黒薮の勝訴が確定)にかけたことに対して申し立てたものである。つまり一種のでっちあげ事件である。
(参考資料)
懲戒請求の根拠となった東京高裁(知財)の判決。
問題になった催告書の作成者を偽っていた事実が明らかになった。
準備書面(1)
事件の本質を的確に指摘している。
準備書面(2)
相手方からの反論に対する反
(700/1400文字、◇自由人権協会に対する疑問)

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