民主党の小沢一郎幹事長の政治資金問題がマスコミを賑している。わたしはこの件に関して、世論誘導の可能性を感じている。あくまで仮説という前提で推論を展開してみたい。

 2月7日付の朝日、読売、毎日の各紙は、申し合わせたように政治に関する世論調査の結果を1面のトップで報じた。中央紙だけではなくて、東京新聞も共同通信による世論調査の結果を掲載している。

 わたしは東京に住んでいるので、地方紙の紙面は現時点では確認できないが、東京新聞と同様に共同通信の配信記事を載せているのではないかと推測する。仮にそれが当を得た予測とすれば、日本全国で発行される約4500万部の新聞の大半が、1面でほぼ同じ内容を伝えたことになる。

 さらに新聞社とテレビ局は系列化しているので、世論調査の結果はテレビでも報じられる可能性が大きい。かくて大半の日本人は、なんらかのかたちで世論調査の情報に接することになった。

◇世論誘導「自民か、民主か?」
 小沢氏の進退に関する世論調査の結果を集約すると、小沢氏は辞任すべきだという世論が大勢を占めたようだ。それが大きく報じられた。参考までに調査結果を伝える朝、読、毎、それに東京(共同)の見出しを引用してみよう。

朝日:「小沢幹事長辞任を」68%

読売:小沢幹事長「辞任を」74%

毎日:不起訴でも「辞任を」69%

東京:「小沢氏辞任を」72%

 それにしてもなぜ同じ日に、同じような世論調査の結果を発表したのだろうか?とても偶然とは思えない。

◇小沢氏は元自民党の構造改革推進派
 新聞関係者が自覚しているか否かは別として、わたしは小沢氏に対するバッシングには、日本の権力構造全体がかかわっていると推測している。小沢氏をバッシングすることで、自民党と民主党のバランスを取り戻そうという意図があるのではないか?。だから小沢氏は逮捕されなかった。検察は最初から逮捕するつもりもなかったのでは。

 小沢氏の政治資金問題を考えるとき、大きな背景として自民党の衰退と民主党の躍進という状況がある。この両党は、新聞報道により対立しているかのように描かれていても、基本的には自民党の右派と左派ぐらいの違いしかない。日本の財界は、両党をコントロールすることによって、2大政党制を維持しようとしているようだ。

  自民党と小沢氏の同一性を的確に指摘した記述を紹介しよう。一ツ橋大学の渡辺治教授が、1993年の小沢氏による「政変」について述べたくだりである。

 財界が要求する、農村や都市自営業に対する保護を取り外し自由競争に任せる道は、自民党議員の支持基盤の縮小・喪失をもたらすものであるだけに、(黒薮注:自民党は)おいそれと財界の要求(黒薮注:構造改革のこと)を受け入れるわけにはいかなかったのである。

 そこで、業を煮やした財界は、自民党内の小沢一郎ら改革推進派に肩入れをして、一九九三年の政変をもたらした。政変による政権の座からの転落と細川政権が実現した「政治改革」によって、自民党は転向を余儀なくされたのであった。

  政権の座から滑り落ちた直後、財界は「無情」にも、それまで毎年行ってきた、一二〇億円にのぼる自民党への献金斡旋を中止してしまった。自民党は青くなった。

自民党はなりふりかまわず社会党と組んで、村山政権を樹立し政権の座に返り咲くとともに、「構造改革」の推進に踏み切ることによって転向を表明した。こうして、自民党は「構造改革」推進政治へと舵を切ったのである。
                  (『構造改革政治の時代』花伝社)

 ところが自民党は、構造改革にもたついた。森首相に至っては、メディアからさんざにバカにされ、無能のイメージを刻印された。そこに彗星のごとく登場して情け容赦なく構造改革を断行したのが小泉首相である。新聞もそれを支援した。

 こんなふうに考えると、小沢氏の方針は、根本的には自民党の路線と同じだ。
小沢氏が最初に提唱したことを、小泉氏が実現したのだから、「対立」どころの構図ではない。小沢氏は、自民党よりも財貨よりともいえる。

 むろん民主党の中には、リベラルな議員もいるが、小沢氏が幹事長に座っている事実は、この党の性格を象徴しているのではないか。

◇巨大部数による世論誘導
 日本の権力構造の構成員は、小沢氏を排除したいわけではない。二大政党制を維持することで、ぼろもうけが出来る現在の体制の延命を図るために、小沢氏の政治資金問題を持ち出して、自民党とのバランスを取った可能性の方が高い。

 第1に不自然なのは、問題となっている政治資金問題は、2004年から07年ごろにかけての案件である。今になって問題にしたこと自体がおかしい。

  第2に世論調査の結果発表日が、同じなのが不自然だ。

  第3に、世論調査の質問が「自民か、民主か?」といった設定になっている。(共同の調査項目は、現時点では確認できない)これは意図的な質問設定ではないか?

  「自民か、民主か?」と言った対句の表現を使うと、第三者の存在が薄れる特徴がある。これは文章心理学でも確認されている原理である。

  世論調査の質問設定を見ただけで、二大政党制への世論誘導の意図が見え見えだ。権力構造の一部である新聞社が、世論誘導に協力したところで不思議はない。あるいは検察の策略に引っかかった?。

  メディアによる洗脳の流れは、「小泉劇場」(自民の応援)、「政権交代」(民主の応援)、「小沢バッシング」(自民の応援)というかたちになっている。

 小沢氏に関係した疑惑そのものはすべて解明されるのが望ましいが、小沢氏をめぐる一連の動きの背景に、2大政党制により現在の権力構造を維持しようとする大きな力が働いている可能性がある。

  新聞の情報を鵜呑みにしていると、洗脳されてしまう。新聞の横並び報道に裏には、想像以上に大きな意図が隠されている可能性がある。 (3800/3800文字、全文公開

 読売の渡邊恒雄会長は、同社の販売政策にどの程度かかわってきたのだろうか?。業界紙などの報道によると、渡邉氏は現在の経済状況の下でも、「読売1000万部」の堅持を呼び掛けているようだ。

◇「渡辺社長の販売第一主義」
 高齢とはいえ読売のトップが販売政策を指導することになんら不思議はないが、販売店サイドから苦情がわたしの耳に入っているのも事実である。その大半は、いくら渡邉氏の指示とはいえ、新聞離れの時勢で現状の部数を維持するのは至難の業だというのだ。

 渡邉氏と販売政策のかかわりを、『読売新聞百二十年史』を手がかりに検証してみよう。『読売新聞百二十年史』の583ページに、渡辺氏と新聞販売政策の関係を示す記述がある。見出しは、「渡辺社長の販売第一主義」である。

 九一年七月八、九の両日、東京読売会と読売七日会の平成三年度総会が東京・紀尾井町のホテル・ニューオータニで開かれた。務台名誉会長の逝去に伴い本社の経営陣が新しい体制になってから初めての販売総会で、あいさつに立った渡辺恒雄社長は、

紙面と社論に自信を示すと同時に「これからは販売第一主義を採る」と宣言、言論の自由を守るため、労務難に直面している宅配制度の維持に全力をあげる方針を明らかにした。

 渡邉氏が読売の販売第一主義を決定した事実が記録されている。渡辺氏が打ち出した方針は、販売関係者にも大きな影響を及ぼしたようだ。『読売新聞百二十年史』には、次のような記述がある。

 「販売第一主義」の表明は販売の第一線に携わるYSCの人々の間に大きな反響を呼んだ。販売総会での渡辺社長のあいさつを受けて、酒井通友・東京読売会会長は「務台名誉会長を亡くし、失意のどん底にあったが、本社は電光石火の速さで新たな指導体制を確立した。

これは、いかなる危機にも動じない務台イズムの継承を内外に知らしめたと言え、誠に心強い。『販売第一主義』を聞いて、ありがたいと思うとともに責任の重さを痛感している」と述べた。

また川合勝田・読売七日会会長は「販売が重要だとおっしゃる渡辺社長の言葉に対し、われわれは心機一転やらなければならない」と決意を示した。

◇部数を力に政界へ
 渡邉氏が販売第一主義を採用したのは、部数を力に、読売の影響力を強める意図があったからかも知れない。事実、渡邉氏はその後、改憲論を打ち出したり、政治家との関係を密にするようになる。(1300/2300文字◇販売政策で人生を狂わされた店主も

 『新聞通信』(1月14日)が読売新聞社の今年の年賀詞交換会における渡邉恒雄会長のあいさつを大きく紹介している。同紙によると、渡邉会長は、「世界最大部数を誇る1000万部を死守して新年を迎えたことは非常にうれしい」と述べている。

 この1000万部が発行部数なのか、それとも実配部数なのかには言及していない。実はこの点が最も肝心なのだが。

  新聞は公器を自称しているわけだから、みずから実配部数を明らかにするのが筋だろう。発行部数しか公表しないのは筋違いだ。

◇渡邉氏は世界情勢を読みまちがえている
 さて、渡邉氏はあいさつの中で日本の政治状況にも言及して自論を展開している。たとえば鳩山内閣の評価については次のように述べる。

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