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手元に読売新聞の宮本友丘副社長が、対「週刊新潮」(+黒薮)の裁判で提出した陳述書がある。書かれている内容が事実かどうかは別として、興味深い内容なので、抜き書きの形で紹介する。YCの店主さんにぜひ検証してほしい。以下、引用である。
///////////////////
■被告らは、本件訴訟において、朝日新聞や毎日新聞、産経新聞など他社の販売関係者の話などを証拠として提出していますが、全く意味がないと思います。販売店による部数の自由増減と、発行本社による厳正な部数管理は、読売の伝統であり、他の新聞社とはまったく異なるからです。(9P/10P)
■読売新聞社においては、新聞販売店が独自の判断で注文部数を自由に増減できる「自由増減主義」が、販売政策の基本原則です。定数を注文するのは販売店であって、発行本社ではなく、販売店の経営者が独自の裁量で決めています。(3P)
■残念なことではありますが、新聞販売店が実際の部数をごまかし、水増しした部数を注文するケースがまれにあることも事実です。これは、新聞社が指示したり、押し付けたりしたわけではなく、販売店自らの意思で注文する行為であって、「押し紙」ではなく、「積み紙」と呼ばれています。(6P)
以下、詳細は次の通りである。
■「週刊新潮」の記事では、「押し紙」という、読売新聞社が販売店に押し付けている新聞があると書かれていますが、読売新聞社においてそのような「押し紙」は一切存在しません。読売新聞東京本社、大阪本社、西部本社のいずれかを被告として、新聞販売店契約の解除をめぐって訴訟が提起されたことは何度かありますが、その中で「押し紙」が認定された判決が全くないことからも、それは明らかです。
読売新聞社においては、新聞販売店が独自の判断で注文部数を自由に増減できる「自由増減主義」が、販売政策の基本原則です。定数を注文するのは販売店であって、発行本社ではなく、販売店の経営者が独自の裁量で決めています。(3P)
■過去、新聞業界において、不公正な販売が問題となった時代もありましたが、読売新聞は、業界の旗振り役となって正常化してきた歴史があり、こうした点からも、他の新聞社とは決定的に異なるのです。(4P)
■まず、裁判所に理解していただきたいのは、新聞社が新聞販売店に対して優越的な地位にあるわけではないことです。新聞社は、販売店に対して、テリトリー制に基づき独占販売権を与えており、購読者の氏名住所等の情報は販売店しか持っておらず、新聞社は一切把握していません。(5P)
■年間目標は、1店あたり平均4~5部の増紙に過ぎませんが、直近の5年間をみても、達成した販売店は全体の5割~7割程度しかありません。創刊135周年の節目の2009年は全社を挙げて増紙運動を展開しましたが、その年ですら、74%でした。仮に、被告新潮社などが言うように読売新聞社が優越的地位を濫用して、目標を達成しない販売店を次々と改廃していれば、毎年、3割~5割の販売店が改廃されていることになりますが、そのような事実は全くありません。(5P/6P)
■残念なことではありますが、新聞販売店が実際の部数をごまかし、水増しした部数を注文するケースがまれにあることも事実です。これは、新聞社が指示したり、押し付けたりしたわけではなく、販売店自らの意思で注文する行為であって、「押し紙」ではなく、「積み紙」と呼ばれています。(6P)
■(略)過去の裁判例にあるように、悪質な新聞販売店では、二重帳簿を作成したり、架空の読者を作り出したりして新聞社に報告するなど、様々な手段を使って、虚偽報告が発覚するのを防ごうとします。新聞社の販売店担当者は、毎月1回は必ず訪店して、業務報告を受け、経営指導を行っていますが、販売店は新聞社とは別個の独立した事業主体であり、強引に帳簿類をチェックすることはできず、巧妙な隠蔽工作を図られれば見抜くことは容易なことではありません。
■読売新聞社は2年に一度、社団法人日本ABC協会(以下「ABC協会」といいます)から、部数について公査を受けています。ABC協会は、日本で唯一、新聞の部数を公正に調査、認証する機関です。国内において、第三者の立場から客観的に新聞部数を調べる組織は、ABC協会をおいて他には存在しません。被告新潮社らは、ABC協会の公査は信用性がないと主張していますが、それならば広告主は一体どこに部数の確認を求めれば良いのでしょうか。(7P)
■一方、残紙とは、発行本社が販売店に送付し、販売店が読者に配達・販売した後に残った新聞のことなので、非販売部数のすべてが残紙となり、廃棄されるわけではありません。例えば、雨に濡れたため交換した新聞や試読紙は、非販売部数に入りますが、残紙には入りません。よって、注文部数に対して最終的に廃棄される新聞の割合は、非販売率(黒薮注:4・9%)よりもさらに低くなるわけです。(8P)
■読売新聞の販売店は全国に5300店、支店を含めれば7700店に上がります。仮に「押し紙」が存在したなら、読売新聞社と販売店の信頼関係は一気に崩れます。恐らく、販売店経営者はだれも新聞社の言うことを聞かなくなるでしょう。読売新聞社において、新聞販売店とは共存共栄、運命共同体の関係なのです。
被告らは、本件訴訟において、朝日新聞や毎日新聞、産経新聞など他社の販売関係者の話などを証拠として提出していますが、全く意味がないと思います。販売店による部数の自由増減と、発行本社による厳正な部数管理は、読売の伝統であり、他の新聞社とはまったく異なるからです。(9P/10P)【全文公開】

第2次真村訴訟の本訴判決が、3月15日、9時50分から福岡地裁で言い渡される。「黒書」では、10時ごろに判決結果を速報する。
この裁判の最大の争点は、契約の満期に伴う販売店改廃が認められるか否かという点である。仮処分申立では、真村氏が読売に勝訴している。(厳密に言えば、読売は敗訴を受けて、現在、最高裁判所に特別抗告を申し立てている。)
仮に真村さんが勝訴すれば、契約書の満期に伴う改廃を認めない判例ができるので、販売店救済の道が大きく開かれることになる。新聞社による「切り捨て御免」が認められなくなる可能性が高い。(全文公開)

真村裁判の仮処分申立・保全抗告(福岡高裁)の判決は、契約の満期を理由とした新聞社による一方的な改廃を認めないという画期的な内容だ。この判決が新聞業界に及ぼす影響は計り知れない。と、いうのも販売店を苦しめてきたのが、契約満期による更新拒否であったからだ。
更新拒否を警戒するがゆえに、店主さんらは担当員のご機嫌を取らざるを得ない。「押し紙」を拒否できない理由も、多量の景品を使った新聞拡販を拒否できないのも、契約更新を拒否される恐怖感があるからだ。
いわば契約書に明記されている契約期間(1年~5年)が、販売店を無権利状態に置いてきたのだ。
ところが、福岡高裁の判決がとうとう新聞社と販売店の不平等な関係にメスを入れたのである。
◇沖縄タイムスの事件
契約の満期を理由とした更新拒否が問題となった典型的な事件のひとつに、2000年に起きた沖縄タイムスの元店主・金城初子さん(当時61歳)の解任事件がある。金城さんは、30年近く沖縄タイムスの販売店を経営していた。
沖縄タイムスが契約更新を拒否した発端は、97年の契約改定である。販売店は、開業に際して新聞社に保証金を預けるのだが、タイムス社がこの保証金の金利の引き下げを提案したところ、金城さんは納得できずに返答を保留した。
その後、両者のあいだで何度か交渉が繰り返されたようだが決着しなかった。そこでタイムス社は、契約期間の終了を理由に更新を拒否したのである。
金城さんは那覇地裁に提訴したが、訴えは認められなかった。高裁も最高裁も金城さんの敗訴だった。
◇京都新聞の事件
契約満期による更新拒否ではないが、店主の死亡により改廃させられ、一家の家業としての新聞販売業が奪われてしまった例もある。2001年に発生した京都新聞の藤ノ森販売所の例である。
藤ノ森販売所の店主だった池内巌さんは、9月3日に他界された。家業なので奥さんは、自分が後を継ぐつもりだった。ところが初七日が開けると、担当員が池内家を訪れて改廃を言い渡したのである。
遺族の心情を配慮しないやり方が読者の大きな批判を受け、裁判になったが、奥さんが病に倒れたこともあって、和解で解決した。
こんなふうに不公平な契約書が原因で、販売店の「切り捨てごめん」がまかり通ってきたのだ。
◇福岡高裁が片務契約にメス
YC広川の真村さんも2008年7月に、契約満期を理由に読売から契約更新を拒否された。その結果、読売との間で(第2次)真村裁判になったのである。
沖縄タイムス、京都新聞、読売新聞の3件のケースで共通している点がある。それは店主が長年に渡って、特に大きな問題を起こすこともなく、販売店を経営してきた事実である。また、販売店経営にかなり多額の投資をしていることである。
福岡高裁の判決は、上記のような販売店の実態を重視したようだ。多額の金を投資させておいて、問題も起こしていない店主に対して契約更新を拒否する自由を認めれば、販売店の発言権を保証できない。対等な商取引の条件が奪われてしまうのである。
たとえばある店主が1年更新の契約書にサインして、店舗の修繕や営業経費に5000万円の投資をしたが、翌年に更新拒否をされたとする。この店主は借金を抱えて巷へ投げ出されることになる。
現代の新聞の商取引では、このような異常な手口が認められてきたのだ。契約が満期になれば、契約更新を拒否しても何の問題にもならなかったのである。
司法もこのような改廃を認めてきた。
ところが福岡高裁の判決は、販売店主が新聞社との取引が困難になるほど信頼関係を破壊しない限り、たとえ契約が満期になっても、一方的な契約更新の拒否は認められないと判断したのだ。販売店には、家業的な性質があるからだ。
今回の判決は販売店と新聞社の関係を見直す道を開きかねない。
わたしには裁判所が現在の片務契約を見直すように提言しているように感じる。司法の「正義」を実感させる判決だ。
今月の15日には、真村裁判の本訴の判決が福岡地裁である。これに真村氏が勝訴すれば、また、販売店の無権利状態が一歩是正されることになる。(全文公開)

真村裁判の仮処分申立・保全抗告(福岡高裁)で、新聞販売店の救済に繋がる画期的な判決が下りた。昨日の【速報】に続き、判決を検証した。
判決を読んで九州の法曹界では、新聞社に対する認識が大きく変化してきたことを実感した。原告の真村さん、支援者の方々、弁護団(江上武幸弁護士ら16名)に敬意を表したい。
なお、敗訴した読売側の弁護団は、喜田村洋一弁護士ら4名である。
以下、判決内容を紹介しよう。
◇準委任契約であるが・・
新聞販売店の契約は、準委任契約である。準委任契約は、請負契約と比較するとその性質が分かりやすい。請負契約というのは、ある特定の仕事の完成と引き替えに報酬が支払われる契約である。これに対して準委任契約は、特定の業務を裁量で実施することを委託する契約である。
販売店のケースに則していえば、販売店の仕事は新聞販売業務全般を網羅することで、特定の仕事の完成、たとえば店舗の改装など、完成と引き替えに報酬を払うタイプの契約ではない。と、なれば販売店は準委任契約の下で、ある程度の裁量を与えられて、業務に励むことになる。
準委任契約の場合、事前に解約の通知をするなど一定の条件を満たせば、各当事者は、いつでも契約を解除することができる。
(参考)
民法第651条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
真村さんのケースでは、読売は契約の終了を機として、契約更新しない方針を打ち出し、1か月前に真村さんに通知した。そして実際に契約の満期が終わると、新聞の供給を中止したのである。
単純に考えると、読売が真村さんとの契約を打ち切った行為は法に則した正当な行為のようにも感じられるが、裁判所は別の判断を示した。その具体的な内容について検証してみよう。
◇自動更新条項に注目
まず、裁判所が注目したのは、新聞販売店の業務上の慣行である。ほとんどの場合、自動的に契約が更新されている既成事実がある。
本件新聞販売店契約は、当初は3年、更新後は1年という期限の定めのある契約であるとはいえ、契約期間満了時の1か月前に各当事者から更新拒絶の意思表示がないときは契約が更新されたものとする自動更新条項があり、通常、相当の期間にわたって存続することが予定されている上に、実際にも、契約期間が相当長期に及ぶことが通例(略)
販売店の経営者もそのような長期間の取引を前提として事業計画を立てていると考えられていることからすると、契約が長期に及ぶ場合、実質的に見て期限の定めがない場合と同様の状態になっているということができる。
裁判所は、新聞社と販売店の関係を、「実質的に見て期限の定めがない場合と同様の状態」と認定したのである。
実際、契約が長期に及ぶことを前提として、販売店は事業計画を立てる。大半の店主は家業として長期に渡って販売店を経営することを念頭に、仕事をしているのである。
真村さんの場合も例外ではなくて、次のような投資を実施してきた。
1、開業の際の「代償金」1200万円
2、店舗確保のための賃貸契約の締結
3、店舗の増改築
4、従業員の雇用
5、セール団に対する報酬支払い
6、新聞拡販の諸経費
このように多額の投資を行ってきたのである。真村さんが新聞販売業を生活の基盤としてきたことはいうまでもない。と、すれば真村さんの人生設計を破綻させかねない容易な契約解除は認められないというのが裁判所の考え方だ。
裁判所は、慣行として新聞業界に定着している自動更新条項を重視したのである。
◇新聞販売店の役割を重視
判決はさらに販売店主が担っている宅配業務の重要性という観点からも、真村さんの地位を保全する必要性を認めている。新聞販売店は、新聞を戸別配達する重要な任務を担っている。従って「信頼できる人物を人選した上で契約締結に及ぶ」と判断したのだ。
真村さんの場合、平成2年11月に契約を締結し、その後、更新を繰り返してきた。その前提になっているのは、読売が真村さんを「新聞販売店経営者として適任である」と判断していたとする解釈だ。こうした事情を考慮して、判決は言う。
以上のような継続的契約である本件新聞販売店契約の性質及び実情等を考慮すると、本件契約書上では契約満期終了前に1が月前の猶予期間をもうける旨の要件は付されているものの、その要件のみで更新拒絶権の行使ができると解することはできず、また、本件新聞販売店契約が準委任の性質を併有するとしても、上記のような契約の性質からすれば、更新拒絶権の行使が自由であると解することはできない。
それでは裁判所は、契約解除を認めるためにはどのような要件が必要と判断したのだろうか?。判決は次のように言う。
抗告人が本件新聞販売店契約の更新拒絶をするためには、信義則上、正当事由、すなわち、相手方が本件新聞販売店契約を締結した趣旨に反し、信頼関係を破壊したことにより、同契約関係の継続が困難であって、同契約を終了するのが相当な事由が存在することを要すと解すべきである。
このような観点から裁判所は、真村さんにあるまじき行為があったとする読売の主張に照らし合わせて改廃の正当性を検証する。しかし、読売の主張は全て退けられている。
◇「押し紙」反対のスローガン、「一概に虚偽とは言えない」
読売が示した解除理由には、幼稚きわまりないものもある。たとえば真村さんが支援者と一緒に、「読売新聞が部数を偽装している旨の記載」があるチラシなどを配布したというものである。これに対する裁判所の見解は次の通りである。結論を先に言えば、チラシの内容が虚偽とは言えないと判断したのだ。
前訴高裁判決において「(抗告人には、)一方で定数と実配数が異なることを知りながら、あえて定数と実配数を一致させることはせず、定数だけをABC協会に報告して広告料計算の基礎としているという態度が見られるのであり、これは自らの利益のためには定数と実配数の齟齬をある程度容認するかのような姿勢であると評されても仕方のないところである。」とされているのであり、ちらしの記載のうち、定数と実配数の違いについて言及している箇所の記載が、一概に虚偽であるとも断言できないことからすると、相手方が、抗告人の社会的信用・評価を毀損し、抗告人との間の信頼関係を破壊する行為を行ったと認めることはできない。
また、読売は真村さんの支援者が「新聞社は押し紙・販売店いじめ・環境破壊をやめろ」と書いた横断幕やのぼりを立てたことを理由に、信頼関係の破壊を主張した。これに対して判決は次のように述べている。
同横断幕やのぼりの記載内容は、前訴高裁判決の内容に照らして一概に虚偽であるとも断言できず、また、抗告人に行った行為は、相手方がYC広川の新聞販売店の地位及び相手方の経済的利益を維持するための手段と評価できるものであることからすると、相手方が抗告人の社会的信用・評価を毀損し、抗告人との間の信頼関係を破壊したとまでは認めることができない。
横断幕やチラシのスローガン「新聞社は押し紙・販売店いじめ・環境破壊をやめろ」が、虚偽とは言えないと判断したのだ。
【判決文の全文は、本ページ左の「資料室」からアクセス可能(会員限定)】
(全文公開)

【臨時ニュース】 
福岡高等裁判所は、YC広川(元店主・真村久三)の仮処分申立事件で、真村氏勝訴の判決を下した。
この事件は2008年7月に真村氏が販売店を強制改廃された後、福岡地裁で地位保全を申し立てたもの。福岡地裁が真村氏の訴えを認めたのに対して、読売は異議を申し立てた。しかし、異議審でも真村氏が勝訴。その後、読売は福岡高裁へ保全抗告を申し立てたが、福岡高裁も読売の訴えを退けた。これにより「仮裁判」は真村氏の勝訴が決定した。(全文公開)

YCに「押し紙」は1部も存在しないと断言している読売新聞社(喜田村洋一弁護士ら)であるが、福岡の平山裁判の証人調べの調書に、興味深い発言が記録されている。米満販売局次長の発言で、自分たちはABC部数で競争をしているというのだ。
実配部数を競うというのであれば理解できるが、ABC部数を競っているというのだ。米満氏の頭の中では、実配部数とABC部数という2つの概念があるらしい。そしてABC部数をより重要視しているように見受けられる。
以下、裁判官の質問と米満氏の回答を調書から引用しておこう。
裁判官:先ほどのあなたのお話の中で、原告の代理人から定数の増加と実配数の増加とどちらが重要なのかというふうに聞かれて、どちらも重要ですというふうにお答えになったと思うんですけども、実配数の増加というのは、それだけ顧客、読者が増えるということだから重要なのかなというのは分かるんですが、定数が増えることが重要というのはどういう意味で重要とおっしゃっているんですか。
米満証人:これは各社との部数の紙勢というのは取り紙、いわゆる定数ですね。これで評価を受けることになりますから、そういう意味で重要だというふうに申し上げたわけです。
裁判官:評価を受けるというのは、それは広告料の問題ですか。
米満証人: いえ、競争ですね。朝日に勝つか、負けるかという、発行部数としてですね。そういった意味では、ABCの部数で我々は競争をやっておりますので、そこに当然のことながら朝日よりは多く出したいと、読者を持ちたいということは、当然考えますので。(1100/1800文字、 ◇広告主不在の「押し紙」否定説)

読売新聞社の幹部が、「押し紙」についてどのような認識を持っているのか、販売店主のだれもが興味を持っているに違いない。11月16日に東京地裁で行われた対読売(被告は、新潮社と黒薮)の証拠調べの調書が完成した。
このうち宮本友丘(読売の専務取締役)氏の証言を紹介しよう。「押し紙」について読売の幹部がどのように考えているのかがよく分かる。広告主と販売店関係者は、宮本氏の発言をどう受け止めるだろうか?
証言は、読売の喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)の質問に答えるかたちで行われた。
喜田村:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。
宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。
喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。
宮本:はい。
喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。
宮本:はい。
(略)
喜田村:被告の側では、押し紙というものがあるんだということの御主張なんですけれども、なぜその押し紙が出てくるのかということについて、読売新聞社が販売店に対してノルマを課すと。そうすると販売店はノルマを達成しないと改廃されてしまうと。そうすると販売店のほうでは読者がいない紙であっても注文をして、結局これが押し紙になっていくんだと、こんなような御主張になっているんですけれども、読売新聞社においてそのようなノルマの押しつけ、あるいはノルマが未達成だということによってお店が改廃されるということはあるんでしょうか。
宮本:今まで1件もございません。
◇事実を歪曲して提訴
なおこの記事に掲載した喜田村弁護士の最初(再引用)の質問には、歪曲された箇所がある。
この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。
喜田村氏は、「この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。」と述べているが、この内容は事実の歪曲である。
この週刊新潮の記事は、読売の「押し紙」が30%~40%であると事実を摘示したものではない。さまざまな「押し紙」のデータを使ってシミュレーションした結果、わたしの推測として30%~40%と述べたものである。
推測・評論の記述が、喜田村弁護士らの手で事実の摘示にすりかえられてしまっているのだ。しかも、それを前提として裁判を起訴したのである。
もし、「推測・評論」と「事実の摘示」の違いが分からないのであれば、裁判以前の問題がある。違いを理解した上で、事実を歪曲したのであれば、極めて悪意に満ちていると言わざるを得ない。
◇著作権裁判でも事実のねつ造、最高裁が認定
実は2008年に読売の江崎法務室長がわたしを提訴した著作権裁判でも、起訴の前提事実に嘘があった。この裁判の起訴には、江崎氏が作成した著作物を、わたしが無断で新聞販売黒書に掲載したという前提があった。
ところが裁判の中で、問題となった「著作物」を作成したのは、江崎氏ではなくて、喜田村弁護士であることが認定されたのだ。つまり虚偽のストーリーをでっち上げて、裁判を起こしたのである。
(参考:著作権裁判の高裁判決)
このように喜田村弁護士は1年半のあいだに、事実のねじ曲げるという類似した手口を使って裁判を2件も起こしたのである。さらにこのほかに、「黒書」に対する2230万円の高額訴訟(黒薮の勝訴)もある。
◇事実を歪曲した読売の提訴報道

平山裁判の証拠調べが27日(水)に、福岡地裁で行われる。詳細は次の通りである。
日時:10月27日(水) 10時~17時
場所:福岡地裁 301号法廷(大法廷)
証人:平山春雄(原告)さん
平山千代子さん
読売・米満局次長
読売・長脇部長
YC元店主Nさん
この裁判は、2008年3月にYC久留米文化センター前を改廃された元店主が、地位保全を求めて起こしたものである。改廃理由は、「押し紙」を断った事との見方が強い。
販売店訴訟の証拠調べで、大法廷(100席)が使われるのは異例。それだけこの事件の関心が高いことを示している。
◇ YC大牟田明治・元店主の証言に注目
わたしが最も注目しているのは、元店主のNさんの証言である。Nさんは、平山さんと一緒に「押し紙」を断ったが、販売店の改廃を免れた。その後、店主を辞任したようだが、このあたりの経緯を明かしてほしいものだ。
Nさんが経営していたYC大牟田明治の「押し紙」に関するテータは、「読売VS週刊新潮+黒薮)の裁判でも、提出されている。Nさんが「押し紙」が断った直後の2007年11月に、個人的に取材して読売の実態も聞き出した。その時の取材記録と、法廷での証言が一致するかも注目したい。
◇平山訴訟とは何か?
平山裁判の発端は、2007年6月に下された真村裁判の福岡高裁判決にある。「黒書」で繰り返し伝えてきたように、高裁判決は、読売による優越的地位の濫用を認定した。
真村裁判は、YC広川の真村久三さんが2001年に提起した地位保全裁判である。読売は真村さんの首を切ろうと、さまざまな理由を持ち出してきた。その中で最後まで争点となったのが、「押し紙」だった。
YC広川には若干ではあるが、「押し紙」があった。ところが真村さんは、「押し紙」を実配新聞として事務処理し、読売に報告していた。
なぜ、真村さんは本当の部数内訳を報告できなかったのだろうか。それは読売の方針として「読売1000万部」という目標があったからだ。販売店と新聞社の圧倒的な力の差がある現在の状況下では、虚偽報告をしても、「1000万部」の数あわせに協力せざるを得なかったのである。
しかし、読売は真村さんの「善意」ともいえる虚偽報告を逆手に取って、首を切るための理由にした。虚偽報告により信頼関係が崩壊したと。
裁判所は真村さん側の訴えを認めた。虚偽報告は事実としても、それをもってして改廃理由にはあたらないと判断したのである。その背景として、優越的地位の下では、虚偽報告せざるを得なかったと判断したのである。
◇YC3店主が、「押し紙」を拒否
全国の販売店主たちが喜んだことは言うまでもない。と、言うのも虚偽報告をせざるを得ない情況におかれていたのは、真村さん1人ではなかったからだ。
平山さんも虚偽報告していた。平山さんは、搬入部数の約5割の「押し紙」を背負わされていた。しかし、それを断れば、虚偽報告を理由に販売店をつぶされかねないと考え、黙って耐えていたのだ。
しかし、真村裁判の勝訴により、部数の虚偽報告を改廃理由として認めない裁判所の見解が明らかになった。そこで平山さんと、YC大牟田明治のN店主、それにYC大牟田中央のK店主の3店主が、弁護士を通じて、「押し紙」を断った。それが2007年の秋だった。
◇読売、黒薮に2230万円を請求
2008年の3月1日の夕方、わたしは真村さんから、緊急の電話を受けた。
平山さんが経営するYC久留米文化センター前が、強制改廃されたという。
この日の夕刻、読売の江崎法務室長など3名が前触れもなく、平山さん経営のYCに押しかけ、その場で通告書を読み上げて、取り引き契約を終結した。その後、読売の関連会社の人物が、店内にあった折込チラシを運び出したのである。(2700/3500文字)

「押し紙」問題と言論弾圧(SLAPP)を考えるための2つの裁判の高裁判決を紹介する。
1、真村裁判・福岡高裁判決:この裁判では、読売による販売店に対する優越的地位の濫用が認定された。「押し紙」問題を考える上で、極めて重要な判決である。
2、黒薮裁判・知的財産高裁判決:この裁判は、読売の江崎法務室長が黒薮を提訴したもの。理由は江崎氏が執筆した黒薮宛ての催告書を、わたしが「黒書」に掲載したこと。江崎氏は催告書は自分が執筆したものであるから、著作権は自分にある。従って「黒書」に掲載したことは不当だと訴えた。
ところが判決は、催告書の本当の執筆者は江崎氏ではなくて、喜田村洋一弁護士か彼のスタッフの可能性が高いと認定。虚偽の事実をでっちあげて、わたしを裁判にかけていたことが認定された。(リンクは自由にどうぞ)

真村裁判(第2次)の尋問が、10月5日に福岡地裁で開かれる。詳細は次の通りである。
日時:10月5日 午前10:30分~5時
場所:福岡地裁 303号法廷
真村裁判もまもなく10年になる。最初は単なる弱小販売店と読売の係争に過ぎなかった。ところが裁判の争点が、「押し紙」だったこともあって、全国の関心を集めるようになった。
特に第2次裁判に入ってからは、日本国民救援会も全面支援に乗り出した。その結果、真村裁判を通じて、「押し紙」問題が全国に広がった。
これに触発されて、東京では元毎日新聞の店主が、今年の春に「押し紙」裁判を起こした。こちらの裁判は、東京地評や全印総連などの組合が支援に乗り出している。今後、全労連が動いてくれると、もっと大きな運動になるだろう。
真村裁判の判決がいつになるのかは不明だが、2011年には出るのではないかと思う。読者の要望も強いので、それまでは新聞販売黒書も「押し紙」問題を報じる。
真村裁判の概要は: http://www.kokusyo.jp/blog/178
また、高裁判決は:http://www.geocities.jp/shinbunhanbai/newpage21.html
◇真村裁判から派生した2つの裁判 (900/1500文字)

右の写真には、「読売新聞 本日の朝刊です。自由にお持ち下さい」と書かれている。これはフリーペーパーになったという意味なのだろうか。もし、そうであれば「読売1000万部は永久に不滅」かも知れない。それとも「見本紙」?。
「本日の朝刊です。自由にお持ち下さい」はどういう意味なのか?情報提供を求む。
なお、自由人権協会の代表理事で読売をサポートしてきた喜田村洋一弁護士は、読売には「押し紙」は、一切存在しないと主張している。

「押し紙」裁判で読売が、興味深い書面を提出した。それは公正取引委員会の関係者が、読売新聞社の擁護するための作成した意見書である。
意見書を提出したのは、元公正取引委員の伊従寛氏と、元公正取引委員会事務総局取引部長の山本康孝氏の2名。
このうち伊従寛氏の意見書の内容を抜粋してみよう。
◇「押し紙」と「積み紙」
平成7年7月の公正取引委員会の「一般日刊新聞紙の流通実態等に関する調査報告書」(乙第7号証の1)は、「押し紙」と「積み紙」とを明確に区別して定義している。「押し紙」とは、「新聞発行本社が新聞販売業者(主として新聞販売店)に対して、新聞販売店の注文部数を超えて新聞を提供すること」とし、これに対して、「積み紙」とは、「新聞販売店が新聞購読部数(有代)に予備紙等(有代)を加えた部数を超えて新聞を注文すること」であると定義している(同報告書第1の2(8);3頁)。この「積み紙」は新聞販売店の自由意思で注文する行為であって、新聞発行本社の行う「押し紙」とは全く異なっている。
(略)
つまり、「積み紙」は、新聞販売店が自らの利益のために自主的に注文部数を増やすものであって、「押し紙」とは明確に区別されるべきものである。
わざわざわたしが解説しなくても、この文章を読めば、公正取引委員会が、普通の人々が「押し紙」と呼んでいる過剰紙を、ほとんど摘発してこなかった理由が推測できる。たとえ新聞が過剰になっていても、それは販売店が自らの利益(おそらく折込詐欺)のために注文したものだと公言しているのだ。これは読売の見解とまったく一緒だ。
公取委の元委員が堂々と読売を支援し、このような発言をしていることは、注目に値する。公取委の体質を示す貴重な資料でもある。
◇部数至上主義について、
部数至上主義や編集倫理についても、次のように読売を擁護している。
新聞社は消費者の日常の社会生活に必要な内外の情報やその解説・評論を、中立・公正な立場に立って編集し、それを掲載した新聞を毎日迅速に消費者に提供することを使命としている。これが新聞社の至上理念である。事実、新聞社の団体である日本新聞協会は、「新聞倫理綱領」の中で、「新聞の責務は、正確で公正な記事と責任ある評論によってこうした要望にこたえ、公共的、文化的使命を果たすことである」と公に宣言しているのである。新聞の販売部数の拡大は、こうした新聞の社会的使命に付随する二次的な努力目標である。この二次的目標のみを切り離してそれを「新聞社の部数至上主義」とする被告らの主張は、新聞社が営利至上主義を採っていると判断するものであり、新聞社に対しての謂われのない非難を浴びせるものである。
◇高まる公取委への不信感
新聞販売店の経営者たちが、かねてから抱いてきた大きな疑問のひとつは、公取委は、なぜ「押し紙」を取り締まらないのかという点である。これだけ「押し紙」が過剰になり、販売店の経営を圧迫しているのに、なぜ、公取委は「押し紙」を取り締まってくれないのかという素朴な疑問である。
わたしの持論を言えば、それは新聞社も公取委も日本の権力構造の歯車になっているからにほかならない。
販売店主たちは昔から頻繁に、公正取引委員会に「押し紙」を告発してきた。が、公取委が「押し紙」を取り締まったのは、わたしが知る限りでは、一九九七年の北國新聞の例があるだけだ。
1980年代の初頭には、奈良県の鶴舞直売所の北田敬一所長が、公取委に「押し紙」を内部告発した。しかし、公取委は摘発しなかった。が、北田氏が提出した内部資料は、その後、国会でも取り上げられ、大きな問題になっている。
数年前には、毎日新聞・箕面販売所の杉生所長が、大阪の公取委に「押し紙」を告発したが、公取委はやはり何もしなかった。
さらに真村裁判の判決も公取委の手に渡っている。(わたしが取材の際に手渡した。)真村裁判では「押し紙」を認定しているわけだから、取り締まってしかるべきだが、公取委は何もしてない。
こんなふうに公取委は、本当に第三者の立場から、商取引を監視しているのか、非常に疑問が残るのだ。(全文公開)

『週刊新潮』に掲載した記事をめぐり、読売から名誉棄損で提訴されている関係で、読売側の裁判資料が次々と手に入る。裁判の終盤になって、読売は大量の書面を提出してきた。
その中に東京大学名誉教授の竹内啓氏の陳述書がある。
実は竹内名誉教授は、読売が問題にした記事の中で、次のようなコメントを寄せた人物である。滋賀クロスメディアが実施した購読紙調査の信頼度についてのコメントである。
その手法は、統計調査として非常にまともだと思います。電話、戸別訪問、そしてポストの確認と、かなり綿密な調査ができている。購読判明件数も14万件と多いですし、購読不明の件数が多い点は懸念材料ではありますが、信頼性は非常に高いと思います。
つまり滋賀クロスメディアの調査結果を高く評価していたのだ。
ところが今回提出された陳述書では、「読売新聞グループ本社法務部から連絡を受け」、新潮側が裁判所に提出した資料などに目を通した結果、「『滋賀クロスメディア』による調査の信頼性に重大な疑問を抱かざるを得ないとの結論に達した。」と、見解を翻している。
なぜ、読売の法務室から竹内教授に連絡があったのかはよく分からない。この陳述書は読売が竹内教授に依頼したものなのか、それとも竹内教授がみずから志願して作成したのかも分からない。読売が竹内教授を取材したのであれば、それについての記事を自社で作成して公表するのが筋道だ。
そういえば、2008年2月に、読売が江崎法務室長がわたしを著作権法違反で提訴したことを、社会新報が報じた時も、法務室の人物が社会新報にコンタクト(内容証明等)を取っている。
竹内名誉教授がどのような意見を表明しようが、それは自由である。また、見解を180度変更してもかまわない。
しかし、自分の発言が社会に及ぼした責任については、どのように考えているのだろうか。この点を明確にしなければ、元々、コメント自体が主観的で無責任なものだったということになり、研究者としての資質や姿勢が問われることになる。
見解を変更したのであれば、なんらかのメディアでそれを公表すべきではないだろうか。それが研究者としての良識だろう。陳述書に書くだけでは不十分だ。裁判の関係者以外には伝わらない。(全文公開)

日本国民救援会は、8月2日の第55回全国大会で、平山訴訟の公平は判決を求める決議を採択した。全文は、次の通りである。
この裁判では、真村訴訟と同様に読売側の代理人を、もうひとつの大きな人権擁護団体・自由人権協会の代表理事・喜田村洋一弁護士が務める構図になっている。喜田村弁護士は、一貫して読売に「押し紙」は一切存在しないと公言している。裁判所の判断が注目される。
平山春雄氏の新聞販売店地位確認をもとめる公正判決要請決議
平山春雄さんが経営する、福岡県の読売新聞久留米文化センター前店では、近時の急速な読者の新聞離れや、増紙目標の未達成などで、07年頃には読者に配達されないいわゆる「押し紙」の数が、仕入れの約50%近くにも達し経営を圧迫していました。
そのため平山さんは、07年11月に勇気を振り絞って弁護士を通じて読売新聞社に対し「押し紙」の返上を申し出ました。その当時のことを平山さんは、「新聞販売店を始めてから27年目にしてやっと本来の新聞販売店の経営ができるようになり、心が晴れる思いがしました。」と述べています。
しかし、読売新聞社は平山さんに対して、翌年の08年3月1日には、一方的に契約の破棄を通告し、新聞の供給を停止して強制廃業に追い込みました。契約破棄の理由は、平山さんが実配数の数を実際より多く見せかけていたことが、虚偽報告にあたるというものでした。
新聞社は、実際の読者の数ではなく、いわゆる押し紙を含んだ販売店への卸部数を読者の数であるかのようにして外部に公表し、部数の大きさを競っています。このような新聞社の販売政策は、紙面広告料や折込広告料の不正取得、紙資源の無駄遣い等の問題を発生させており、新聞社にあるまじきビジネスモデルであるとして、古くから国会で問題にされ、有識者からの批判が寄せられてきました。
しかし、ごく1部の新聞社を除き、ほとんどの新聞社は、現在でもそのような批判に耳を傾ける姿勢が見られません。
特に、読売新聞社は、1000万部の読者を抱える世界最大の新聞社であることを誇りにしており、その結果、読売新聞の販売店は読者の数がいかに減少しようとも、読者の減少を正直に報告出来ない状態におかれています。このような読売新聞販売店の置かれている苦しい立場について、平山さんと同じように読売新聞販売店の地位確認の裁判を闘った真村久三さんの福岡高裁判決において、販売店の読者の数に関する「虚偽報告」は、部数至上主義や利益第一主義の経営体質にも原因があるとして、読売新聞社を厳しく批判しました。
平山さんの強制廃業は、実態とかけ離れた1000万部を保持し続ける読売新聞社が、全国の販売店へのいわば見せしめとして強行した決して許されない行為です。
平山さんと同様に、押し紙の返上が出来ないため経営に苦しんでいる販売店が、全国では数多く存在していると思われます。
私たちは、貴裁判所が、公正な審理のうえ平山春雄さんの販売店の地位を認める判決を言い渡し、押し紙問題の解決と販売店の権利保護に尽力されるよう強く希望します。
以上、決議する。
2010年8月2日
日本国民救援会第55回全国大会
福岡地方裁判所第1民事部
裁判長 田中 哲郎 殿(全文公開)


日本で最も古い人権擁護団体、日本国民救援会は、8月初旬に開催した第55回全国大会で、新聞販売店の訴訟に関連して2つの決議を採択した。真村裁判と平山裁判である。いずれも裁判所に対して、公正な判決を要請するものである。
これを受けて決議書は関係者の手で、18日、福岡地裁に届けられた。
真村裁判についての決議は次の通りである。
真村久三氏の新聞販売店地位確認をもとめる公正判決要請決議
読売新聞社は、01年6月に、福岡県の読売新聞広川店を経営する真村久三氏に対し、①営業努力不足・業績不振、②実配数の虚偽報告などを口実に新聞販売店契約の更新をしない旨通告し、真村さんの新聞販売店を強制的に廃業させようとしました。
真村さんは、仮処分決定を得て販売店経営を続けながら、本裁判を提起し、地裁・高裁とも真村さんが勝訴し、07年12月の最高裁判決で販売店の地位を認める判決が確定しました。
福岡高裁は、読売新聞社が特定の有力店主の利益のために真村さんの販売店の販売区域の分割を求めたのに対し、真村さんが弁護士を通じてこの申し入れを拒否したことに対する意趣返しの面があると事件の背景を指摘すると共に、更新拒絶の口実とされた実配数の虚偽報告についても、新聞社間の激しい部数競争の下で、販売店が実配数に応じた減紙が自由に出来ず、多量の押し紙を抱えている実情に理解を示し、読売新聞社の公表部数第1主義の経営体質と優越的地位の濫用に基づく販売店いじめを厳しく糾弾しました。
読売新聞社は、本来社会の「木鐸」として、このような司法の判断と指摘を真摯に受け止め、この間、真村さんの販売店を死に店扱いしたことにより真村さんに与えた損害を補填するなど、誠意ある態度に転換することが期待されました。
しかし、読売新聞社は、期待とは全く逆に、真村さんが7年にも及ぶ裁判の結果、ようやく確保した販売の権利を、6ヶ月後に再び強制的に剥奪するという、真村さんの人権を無視した極めて非人道的な報復行為に出ました。
真村さんは、再びやむなく地位保全の仮処分申請を行わざるを得ませんでした。仮処分を認めた福岡地裁は、読売新聞社には「自らの行為によって損なわれた真村氏との信頼関係を回復し、将来にわたって良好な取引関係を継続していくために、真摯に真村氏との交渉・話し合いに取り組む義務」があると述べています。(2010,1,15仮処分異議審決定)
しかし、読売新聞社は、真村さんに対し、新聞供給の再開を求めた仮処分決定に従うことを拒否し、司法の権威を公然と蹂躙する態度を示しています。
読売新聞社は、もはや言論機関としての良識さえかなぐり捨てていると評価されてもやむを得ません。
よって、私たちは、貴裁判所が、公正な審理のうえ真村久三さんの販売店の地位確認の判決を言い渡すよう要請いたします。以上、決議する。
2010年8月2日
日本国民救援会第55回全国大会
福岡地方裁判所第2民事部
裁判長 西井 和徒 殿 (全文公開)

10月から11月にかけて、新聞関係の3件の重要な裁判がやまばを迎える。平山裁判、真村裁判、それに週刊新潮(+黒薮)VS読売の裁判である。いずれも証人調べが予定されているのだ。
平山裁判というのは、2008年3月1日にYC久留米文化センター前の平山春男店主を読売が一方的に解任した事件を裁く地位保全裁判である。解任される3カ月前に平山さんは、「押し紙」を断っていた。配達している新聞が約1000部しかないのに、毎朝、約2000部が搬入されていたのだ。
搬入される新聞の約半分は「押し紙」だった。
真村裁判というのは、読売から配達地区の一部を返上するように求められたYC広川の真村久三店主が申し出を断ったところ、販売店の改廃を迫られた事件を裁く地位保全裁判だ。結果は、地裁、高裁、最高裁とも真村さんの勝訴だった。
しかし、読売は判決が確定した約半年後の2008年7月に、真村さんの店を一方的に廃業に追い込んだ。裁判では、読売による強制改廃の是非と同時に、真村さんが被った損害の賠償も争点になっている。
週刊新潮(+黒薮)VS読売裁判は、週刊新潮に掲載されたわたしの署名記事を巡って、名誉毀損の是非が争われているものだ。わたしが読売の「押し紙」率を30~40%と推定したことに対して、読売はこれを全的に否定。名誉を棄損されたとして裁判を起こしたのである。
これら3件の裁判で読売の代理人を務めているのは、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士である。喜田村氏は、薬害エイズ裁判の安部英被告を無罪にした立役者でもある。ロス疑惑の三浦和義氏も「無罪」にした。
そして今、読売に「押し紙」は存在しないと熱心に主張している。
それだけに多くの販売店主や読者が好奇心を刺激され、新聞販売に関するこれら3件の裁判の行方に注目している。喜田村弁護士の主張が正しいか否かは、5年後、10年後、あるいは15年後に再検証されることになるだろう。
◇渡邉会長は、「押し紙」についての見解を
一方、読売の最高責任者は、渡邉恒雄会長である。(1200/1800文字)

真村裁判(平成21年[ワ]第1083号販売店地位確認等請求事件)の読売側の準備書面(8)は、ジャーナリズム企業とはとても思えない内容だ。日本国憲法が保障した言論の自由に対する挑戦状のような印象を受けた。
この裁判は真村さんが読売新聞社に「死に店」扱いなどを受けたことが原因で生じた被害の賠償を求めて、2007年12月に最高裁が真村さんの地位を保全したのちに提起したものである。
その後、読売が真村さん経営のYCを一方的に改廃したために、すでに進行していた損害賠償裁判に地位保全裁判が統合されたものである。
読売は真村さんを解任する理由として、信頼関係の破壊などをあげている。実は、信頼関係を破壊したのは、真村さんではなくて、読売の側なのだが。
驚くべきことに、読売はその具体例として日本国憲法が保障した言論の自由にかかわる項目を上げている。たとえば、
1、真村さんが読売批判のビラ・パンフを配布したことである。
2、真村さんが江上武幸弁護士と一緒に『新聞販売の闇と闘う』を出版したことである。
3、真村さんが支援者と一緒に裁判所前などで、読売批判の街宣活動を展開したことである。
4、真村さんが「自称フリージャーナリスト黒薮」に情報を提供したり、黒薮がコーディネーターを務めたシンポジウムや報告会で読売を攻撃する発言をしたことである。
これらのことを読売の喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)らは、真村さんが提起した地位保全の仮処分申請の審尋でも主張していたが、「本裁判」でも同じような主張を持ち出している。
◇真村さんを失職させて何になる
しかし、係争中の人間が法廷の内外で自分の主張を展開するのは当然の権利ではないだろうか。それを読売の喜田村弁護士らは、真村さんを失職へ追い込む正当な理由として主張しているのだ。
そこには日本国憲法で謳われた言論の自由を保障しようという姿勢はまったく感じ取れない。(1400/2000文字、◇極端なエリート意識の裏返し、◇読売が個人攻撃を続けるのであれば・・)

2001年に、配達部数6百部弱に過ぎない1店主である真村久三さんが、自称1千万部を発行する読売新聞との裁判に巻き込まれてから10年近い歳月が流れた。
これまでの判決は、真村さんの6勝0敗。そして2月初旬、読売が判決を不服として保全抗告の申立て手続きを行い、裁判の舞台を福岡地裁から福岡高裁に移しての「第7戦」が決まった。
集会を写真撮影、裁判所に提出。「押し紙」パンフにいちゃもん。出版活動も批判・・・・(続きはマイニュースジャパン)

真村裁判で読売の渡邉恒雄主筆兼会長の尋問が実現するかどうかが福岡でも話題になっている。読売新聞販売店訴訟を支援する会(準備会)が、このところ県内のあちこちで配布しているビラでも、この話題が取り上げられている。
ビラは、まず次のように真村事件の概要を説明する。
1月15日、福岡地裁は、真村久三さんがYC広川店主としての地位確認をもとめた仮処分の異議審決定で、「(読売新聞社の)販売店契約更新拒絶は無効である」「債務者(読売新聞社)は、本件新聞販売店契約に基づき、債権者(真村さん)に本件販売区域における新聞販売店としての地位を回復させる義務を負っている。」として、真村さん勝利の決定をだしました。
真村さんは、01年7月の1回目の「契約更新拒絶」で、地裁の仮処分、本訴で地裁、高裁、最高裁、08年7月の2回目の「契約更新拒絶」で、地裁の仮処分、それに今回、それぞれ販売店としての地位が認められ6連勝しました。
渡邉氏の尋問が不可欠な理由として、ビラは次のように述べている。
しかし、読売新聞社は判決や決定を守ろうとする姿勢をみせていません。2月2日に、真村さんと弁護団は、判決に対する認識を聞くために渡邉恒雄主筆を証人申請しました。
読売が司法判断に従わない事情を問うために、真村さんの弁護団は渡邉氏の証人申請をしたという。まさに正当な理由である。
逆説的に言えば、もし、読売が司法判断に従っていれば、渡邉氏が尋問の対象にされることはなかっただろう。
住民が司法判断を無視すれば、大問題になるのであるから、新聞社による司法無視はさらに重大だ。裁判所は、証人申請を認めるべきだろう。却下する理由はなにもない。
渡邉氏は、法廷で読売が司法命令に従わない理由を説明すべきだろう。
◇渡邊氏の批判はタブーなのか?
わたしは真村裁判の当事者ではないが、取材者として渡邉氏の言動について確認したい点がたくさんある。たとえば、新聞社のトップが政界工作に関与することについて、どのように考えているのかという点である。
また、警察と新聞社の「協働」をどのように考えているのかという点である。さらには裁判を悪用した言論弾圧についての見解も聞きたい。まさかこれらの事実を把握していなかったとは言えないだろう。
わたしがかねてから不思議に思っているのは、渡邉氏の言動が新聞業界で受け入れられ、ほとんど批判の対象にはなっていないことである。批判があっても、単発的な「ガス抜き」程度で終わってしまう。
しかも、業績を讃えて、2007年には渡邉氏に新聞文化賞が贈られているのだ。受賞理由は次のようになっている。
渡邉恒雄氏は、半世紀余りにわたって新聞記者、新聞経営者として社業に尽くし、新聞界の発展および安定に力を注いだ。
卓越した経営手腕によって、読売新聞の発展に尽力し、社論の確立に強力なリーダーシップを発揮したほか、日本の文化水準の維持・向上のため活字文化の振興に積極的に取り組み、民主主義社会における新聞の役割を広く社会に浸透させた。
日本新聞協会長としては、新聞経営の根幹にかかわる再販制度の存続を果たすとともに、21世紀に向け新聞倫理水準の一層の向上をはかるため、新たな新聞倫理綱領を制定した。
これらの功績は新聞人として高く評価される。
読売が司法判断を無視している事実が明らかになったり、渡邉氏自身の政界工作が発覚した現在、新聞協会は渡邉氏の評価をどう定めるのだろうか。
渡邉氏の尋問が実現すれば、読売の体質が鮮明に見えてくるかも知れない。(全文公開)

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