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お知らせ

 日本新聞協会のホームページによると、2001年に公取委が設置した著作物再販協議会が廃止されたようだ。

 著作物再販協議会については10月25日、公正取引委員会から新聞協会に対し、協議会を廃止し、今後は毎年1回、新聞、書籍・雑誌、音楽用CDの3業種別にヒアリングを実施するとの申し出があった。

 同協議会は2001年、著作物再販制度が当面存置となったことを受け、制度の弾力的運用の取り組み状況について意見交換するために公取委が設置した。

 新聞社からの会員2人のほか、出版・音楽CD業界の代表者、大学教授ら有識者、消費者団体代表などで構成し、08年まで毎年1回開催していた。しかし、景品表示法の所管が公取委から消費者庁に移管されることが閣議決定したことを受け、09年以降は開催を休止していた。

 公取委は、今年度中に1回目のヒアリングを開きたいとしている。来月度の委員会までに、在京6紙と地方紙から各1人、計2人を出席者として決める

 
  再販問題(厳密には新聞特殊指定の問題)は、最近では2006年の上半期に撤廃案が浮上した。これを受けて新聞業界が特殊指定を守るための大キャンペーンを展開したことは記憶に新しい。

  たとえば2006年4月19日には、プレスセンターで約250人の国会議員と新聞人が懇談会と盛大なパーティーを開いている。社民党の福島みずほ党首は、

「そうそうたる国会議員の勢揃いで本会議場が移動したような気がする」(『新聞通信』06年4月24日)

 と、発言した。深い思索もなく当たり前のように行ったことが、実は新聞史に大きな汚点を残したのである。解釈によっては、日本のジャーナリズムが信頼に値しないということを、新聞人みずからが宣言した日でもあった。

◇新聞関係者から政治献金
  この時期と前後して、多額の政治献金が新聞業界から政界へ流れていたことも、明らかになっている。たとえば次に示すのは、山本一太議員が新聞関係者から受けた大口献金の例である。

551万円(2004年度

560万円(2005年度

561万円(2006年度)
554万円(2007年度

  再販制度を維持する運動の裏側で、新聞関係者たちは自民党の政治家へ政治献金を送っていたのである。

  その見返りなのか、山本議員らは5月19日に独禁法の改正案を自民党の産業経済部会に提出した。その内容は、特殊指定を取り扱う権限を公取委から取り上げることなどだった。それにより公取委による特殊指定の撤廃を阻止しようとしたのである。

  それから5年、再販制度は現在も健在だ。一方、景品を使った新聞拡販も昔のままだ。「押し紙」は激増しているというのが一般的な見方である。【◇新聞社はなぜ、再販制度の撤廃を恐れるのか?◇政治家と取引をしたが・・・】

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 「押し紙」を取り締まろうとしない公取委に批判の声があがって久しい。取締どころか、新聞社の「押し紙」政策を法的な面からサポートしている。

 が、彼らが販売店に溢れている過剰な新聞は「押し紙」ではないと強弁するためには、それなりの根拠が必要だ。そこで公取委は、販売店に搬入される新聞を次のように分類して定義している。

 積み紙:販売店が自主的に仕入れた結果、過剰になった新聞。

 押し紙:新聞社が押し付けた結果、過剰になった新聞。

  残紙 :販売店で過剰になった新聞の総称。

 こうした定義は、この記事の最後に引用した公取委の元委員・伊従寛氏の意見書(「押し紙」裁判で読売を支援する立場から提出したもの。)でも明確に確認できる。

◇日本の権力構造の一部
 しかし、こうした言葉の分類が、「押し紙」を隠して、その責任を販売店に転嫁することを目的とした操作であることは言うまでもない。

 そもそも言葉の定義というものは、実質的にどのような場面で言葉が使われているかで決まる。実際のシチュエーション(状況)から切り離して、頭の中で言葉の定義を決めるわけではない。それゆえに言葉の定義は、時代や社会の変化の中で変化していく。

 「押し紙」という言葉は、現在では残紙一般の意味で使われている。しかも、押し付けた新聞という推定が前提になっている。推定であるから、必ずしも押し売りした事実が立証できなければ、使えないというものではない。

 一般の人々にとっは、販売店に過剰になっている新聞は、すべて「押し紙」なのだ。それにもかかわらず、なぜ、公取委は「押し紙」、「積み紙」、「残紙」と分類するのだろうか。それはあえて「積み紙」を定義することで、過剰紙の責任を販売店に転嫁できるからである。

 新聞社を守るための方策と言っても過言ではないだろう。

  しかし、新聞社による優越的地位の濫用は、裁判所も認定している。この事実を公取委はどう考えているのだろうか?(参考:読売の優越的地位の濫用を認定した真村裁判の福岡高裁判決)。

 新聞社と公取委の論理はまったく同じだ。なぜ、両者は同じ論理で武装しているのだろか。答えは簡単で、両者とも日本の権力構造の一部に組み込まれているからだ。(1500/3000文字、◇公取委の元委員・伊従氏の意見書)

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 公正取引委員会が、「押し紙」を放置していることが、多くの人々の不信感をかっているが、その背景がだいぶ明らかになってきた。

 「押し紙」裁判(読売VS週刊新潮+黒薮)で、元公正取引委員会委員の伊従寛氏は読売のために意見書(8月9日付け)提出した。これは両者が親密な関係にあることの証とも言えるだろう。

 実際、伊従氏の論理は、読売のそれと極めて似ている。たとえば、

 「新聞販売店は、それぞれ排他的なテリトリーを有し、独自の新聞販売部数拡大政策を展開して顧客を獲得する努力を行っているのであり、この面から自主的な「積み紙」が生じるのである」

 「自主的な『積み紙』が生じる」とは、販売店が自分で注文部数を決めているという意味である。伊従氏は、読売の「押し紙」を否定しているのだ。

 しかし、福岡高裁は真村裁判の判決で、2007年、読売の優越的地位の濫用を認定した。(判決全文

 伊従氏の意見書から重要部分を引用してみよう。

【引用】
日本の新聞社の場合、新聞の98%は消費者に宅配されて販売されており、各社は基本的に、自らの専門網を形成して販売活動を展開し、競争を行っている。

一方、各販売店には、合理的・効率的な販売のために一定のテリトリー(販売地域)が定められ、その地域において販売店は排他的な新聞供給を受けている。

企業がこのような販売組織の下で販促活動を行う場合、販売組織に対して自社製品の販売数値目標を示すことは、取引上、競争上、極めて自然であり、多くの業界でこの方法が用いられている。

例えば、自動車会社は(900/1800)

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 新聞の卸価格を新聞社が一方的に値上げする行為は許されるのだろうか。そんな疑問を提示する問題が北海で起こっている。

 舞台になっているのは、北海道帯広市に本社がある十勝毎日新聞である。同社は夕刊のみを発行する日刊紙である。最近は、IP電話サービスやケーブルテレビ、それに携帯電話サイトの運営など多角経営にも乗り出している。

  グループ企業としては、帯広シティーケーブル、第一ホテル、十勝ビールなどがある。いわば北海道の有力企業のひとつである。

 問題の発端は、同社の販売局員が2010年1月22日に、帯広市内近郊店を対象にして、同年3月から卸価格を210円に引き上げることを告げたことである。従来の卸価格は、1745円。(小売価格は2500円)
                     
 従って値上げ後の卸価格は、1872円になる。もし、小売価格も同時に値上げするのであれば、許容範囲かも知れないが、小売価格はそのまま2500円で据え置かれるという。

◇問題を整理すると・・・

、従来の卸価格は1745円で、小売価格は2500円。

、3月からは卸価格が1955円になり、小売価格は従来どおり2500円。

、対象となるのは、帯広市内近郊の販売店。

 実際、3月1日から卸価格が変更になったという。

◇明白な特殊指定違反
 今回、十勝毎日新聞が実施した販売政策は、どのような問題を孕んでいるのだろうか?新聞特殊指定について、多少の知識がある者なら、誰でも理解できるはずだ。

 新聞特殊指定に明記されている次の禁止事項に注意してほしい。

  日刊新聞(以下「新聞」という。)の発行を業とする者(以下「発行業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、異なる定価を付し、又は定価を割り引いて新聞を販売すること。ただし、学校教育教材用であること、大量一括購読者向けであることその他正当かつ合理的な理由をもってするこれらの行為については、この限りでない。

  具体的に言えば、新聞社が販売店に対して、「地域又は相手方により、異なる定価を付し、又は定価を割り引いて新聞を販売すること」を禁じているのだ。

 つまり十勝毎日新聞が採用した販売政策は、疑いなく独禁法に抵触している。

◇公取委に資料を提出
 4月27日、十勝毎日新聞の店主ら4人が公正取引委員会を訪れて、公取委の職員に、卸価格の差別的な引きあげの事実を報告し、指導を求めた。

 わたしは証人として店主らの内部告発に立ち会った。店主らによると、弁護士からも公取委に直接、事実関係を示す証拠が送付されているという。

◇公取委は特殊指定違反にメスを入れるのか?
 公取委は、これまで「押し紙」問題を放置してきた汚点がある。その結果、日本全国の販売店に「押し紙」があふれるという悲劇的な状況が生まれている。

 今回の陳情を受けて、公取委が真摯に事実関係を調査して、対策を打つかどうかが注目されている。

 繰り返しになるが、すでに特殊指定違反の証拠は公取委の職員の手に渡っている。公取委は、真剣に業務を遂行するだろうか?

   屁理屈を並べて、問題を先送りすることは許されない。(全文公開)

 最近、よく受ける問い合わせのひとつに、なぜ、大半の雑誌は「押し紙」問題にふれないのかという質問がある。新聞がみずからの足元の問題を取り上げないのは分かるが、雑誌も「押し紙」問題を避けている感が否定できないというのだ。それが不思議だという。

 たとえばメールでわたしに質問してきたAさんは、『週刊現代』(4月10日号)に掲載された「ふらつく新聞社、崩れ始めたテレビ局」と題する記事の次の個所に不信感を呈している。

 各新聞社が未曾有の不況にあえぐなか、読売だけは09年下半期の販売部数が約1001万部と1000万部の大台を堅持。しかも微増とはいえ、部数をしっかり伸ばしている。他の全国紙がすべて部数を減らしているなかで、これは特筆に値する。

 改めて言うまでもなく、これはABC部数=実配部数という誤まった認識を前提とした記述である。それゆえに販売店や「押し紙」についての知識がある人が読めば変に感じる。

◇読売に対する配慮が目立つ
  もちろん雑誌の中には、『週刊新潮』のように「押し紙」問題を正面から取り上げている社もある。その一方で、「押し紙」が存在しないことを前提として、新聞の衰退を報じている社もある。

 わたしの個人的な感想であるが、読売に気を使っている社が多いように感じる。確か『週刊東洋経済』の新聞・テレビ特集にも、読売だけが新聞業界で独り勝ちしているというニュアンスの記事があったように記憶している。

  もし、記述の根拠が明確になっていれば、説得力があるだろうが・・・。

◇共通の既得権である再販制度
 出版業界と新聞業界は、一見するとまったく接点がないようにも思えるが、実は既得権にかかわる共通した重要事項がある。それが再販制度である。

 ある出版社の社員が次のように話す。

「新聞再販が維持されているからこそ、出版再販も守られていると考えている出版人が多いようです。ですから公取委を刺激しかねない『押し紙』問題は出版社も腰が引けてしまうわけです」

  また、別の出版関係者は次のように話す。

「新聞業界は政界にパイプを持っています。その新聞業界のおかげで、自分たち出版業界も再販を守ってもらっているという意識があるのです」(1600/2200
文字、◇再販堅持の運動は、汚点なく正攻法で)

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  最近、新聞販売の関係者のあいだで、公取委に対する不信感が広がっている。「押し紙」が大問題になっているのに、あれこれと口実を設けては、新聞社の指導に乗り出さないことに対する不信感である。コンビニ商法には厳しくても、新聞社には甘い。
 
 意外なことに、公取委の不正義に対して、同じような思いを30年前、新聞販売の問題に取り組んでいた弁護士も抱いていたことが分かった。1983年の全販労新聞正常化集会で、森卓爾弁護士は公取委について次のような見解を明らかにしている。
 

 北田資料について、あれだけの資料がありながら公正取引委員会は押し紙の存在についてなかなか認定しようとはしませんでした。北田資料と比較して本件(毎日の「押し紙」裁判)では押し紙を立証する資料は皆無に等しいわけです。然し、私は押し紙の立証は人証である程度は出来ると考えております。北田資料について公正取引委員会が注文部数について資料を要求すること自体が間違っているのではないかと思います。
 

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