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- 裁判・読売 (35)
- 裁判・黒薮 (46)
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対読売の裁判(被告:黒薮・新潮社)の控訴審(東京高裁)における争点のひとつは、読売が名誉毀損にあたると主張している記述が、「推定・評論」に該当するのか、それとも「事実の摘示」なのかという点である。
「推定・評論」とは文字通り、意見・評論・シミュレーションなどである。
これに対して「事実の摘示」とは、厳密にある事実を指摘することである。たとえば「2007年11月のYC久留米文化センター前の残紙率は4 9 . 6 %であった。」というように。
被告は、「事実の摘示」、あるいは「推定・評論」の根拠を示して、記述に誤りがないことを立証しなければならない。
東京地裁は、問題となった記述は「事実の摘示」であると判断した。それを前提にして、被告(新潮社、黒薮)に問題となった記述が真実であることの立証を求たのである。
しかし、記述は、「事実の摘示」ではなくて、「推定・評論」であるというのが被告の主張である。つまり原審判決は、立証対象そのものを完全に間違っているという主張である。
最近、どのような説明をすれば、この点を分かりやすく説明できるのかを考えている。
わたしは国語のテストで、次のような設問をすれば、地裁判決の誤りがを認識できるのではないか考えている。国語のテストで次の問題が出題されたらどう返答するだろうか。
【設問】『週刊新潮』に掲載された次の記述(読売が名誉毀損と主張している記述)を読んで、「推定・評論」の記述か、「事実の摘示」かを答えよ。
【問1】ちなみに、読売の18%(黒薮注:「押し紙」率18%の意味。この数字は滋賀県で行われた「押し紙」調査で明らかになったもの。)は、他社に比べてずば抜けて低い。が、その背景には、特殊な事情がある。実は、80年代から“押し紙”問題などに熱心に取り組んできた滋賀県新聞販売労組(滋賀販労)中心メンバーの大半がYCの関係者だったことが大きく影響している。
滋賀販労の沢田治元委員長(74)は、81年、関係者の間で『北田資料』と呼ばれる奈良県の読売新聞鶴舞直配所の“押し紙”に関する内部資料などを発掘し、国会へ持ち込んだ。これを受けて共産、社会、公明の国会議員らが、5年間で15回にも亘って新聞の闇を追及したのである。
沢田氏が回想する。
「読売の鶴舞直配所では、3割から4割が“押し紙”でした。店主の北田敬一さんは公正取引委員会にも“押し紙”の実態を告発しましたが、聞き入れてもらえませんでした。わたしは北田さんの叫びを忘れることができません。国会質問では常に記者席が満杯でしたが、新聞は一行も報じず、完全に黙殺したのです」
要するに、当時の沢田氏らの活動もあって、以後、滋賀県のYCでは全国的にも珍しく“押し紙”を拒否しやすい空気があったようだ。
しかし、読売新聞の場合、全国レベルでは30%~40%ぐらいの“押し紙”があると筆者は見ている。実際、久留米市のYC経営者と読売新聞との訴訟で明らかになったケースでは約50%だった。読売新聞が豪語する“1000万部”は、かなり怪しい。(1800/2800文字)

読売新聞社が、偽装部数(押し紙)報道をめぐって新潮社と黒薮哲哉氏を訴えた裁判の控訴審が10月13日に東京高裁で始まった。被告の黒薮氏の代理人として、新たに16人の弁護士が支援に乗り出した。その背景には、読売が黒薮氏に対して1年半の間に起こした3件の裁判が、ライター個人に対する言論弾圧だとの認識がある。
この3件による請求総額は実に約8千万円にものぼり、読売にとって不都合な言論を行う個人の抹殺を企てたものであることは明らか。弁護団から提出された控訴理由書は、本来認められている「推測・評論」が一審では「事実の摘示」と強弁され立証を求められるなど、原審判決が立証対象を誤っていたことを鋭く指摘している。(続きはマイニュースジャパン)

先月の26日に判決が下りた「押し紙」裁判(読売VS新潮)は、複数の問題を内包しているが、わたしが個人的に強い衝撃を受けたのは、フォトジャーナリズムの手法を司法が全面否定したことである。
村上裁判長には、「押し紙」(偽装部数)の存在を示す写真が多数証拠として提出された。これらの中には、週刊新潮編集部が撮影したもの、元新聞セールス員で読売最大の販売会社「ユース」で働いた経験をもつ森敏之氏が撮影したものなどが含まれている。
写真は昔からジャーナリズム活動の重要な構成要素で、事実を裏付けるための有力な証拠になってきた。ところが今回の裁判で村上裁判長は、その写真を1枚たりとも証拠として認めなかったのだ。(400/1200文字、◇現場を取材したのか?)

ジャーナリズムによる裁判の検証とは、たとえば判決文に十分な理由づけがなされているか否かを見極める作業である。判事が「結論先にありき」の判決を書けば、舌足らずの記述になることが多い。
読売VS新潮社(+黒薮)の「押し紙」裁判は、3名の判事が担当した。村上正敏(裁判長)、加下牧子、林優香子の各氏である。
判決文には、杜撰な記述が随所に見られる。それをすべて指摘すると膨大な量になるので、ここではとりあえず「カ 書籍や記事等
の存在」(22ページ)という部分について、わたしの意見を述べる。
結論を先に言えば、3人の判事は大変は過ちを犯している。
「カ 書籍や記事等の存在」の部分は、次のような記述になっている。
被告らは、読売新聞に関して「押し紙」が存在することを記載した書籍等(乙6号、8から11まで、14)を書証として提出する。
しかし、これらの書籍等の記載を裏付ける証拠はなく、これをもって「押し紙」が存在することを認めることはできない。
屈辱的な司法認定を受けた書籍は、次の3作品である。
魚住昭『渡邊恒雄 メディアと権力』(講談社)
森下 琉『押し紙』(同時代社)
河内孝『新聞社 破綻したビジネスモデル』(新潮社)
これら3冊は、「裏付けがない」という司法認定を受けたのである。(1100/1300文字、◇判事が書籍を読んでいない可能性)

既報したように、読売VS新潮社の「押し紙」裁判は、読売の勝訴だった。27日付けの読売は、「新潮社に賠償命令…新聞部数巡る記事で本社勝訴」というタイトルで、次にように判決を伝えている。
◇記憶に留めるべき宮本証言
この裁判の法廷で、わたしに最も強い印象を与えたのは、2010年11月16日に行われた証人尋問の中で、読売の専務取締役販売担当・宮本友丘氏が行った次の証言である。
はからずも、宮本証言がそのまま今回の判決に反映された。それゆえに読者には、ぜひ、次の証言を記憶に留めてほしい。
なお、読売側の代理人は、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士である。
喜田村:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所に御説明ください。
宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。(1000/2400文字、◇宮本氏の陳述書
、◇判決に不信の声も)

読売VS新潮の「押し紙」裁判の判決に対して、ネット上に多量の評論・感想があふれている。以下、体表的なものを紹介しよう。
【TWITTERの検索「押し紙」】
http://bit.ly/kxapKN
【ブログ「今だけ委員長の独り言】
http://bit.ly/lTqg47
【2チャンネル】
http://bit.ly/m2i15v

【裁判の判決】
読売新聞社VS新潮社(+黒薮)の名誉棄損裁判(東京地裁)は26日の午後に判決が言い渡され、読売新聞社が勝訴した。判決は読売の主張を一方的に認めた内容になっている。詳細は、後日。

喜田村洋一弁護士に対する懲戒請求で、 わたしは去る20日、準備書面(1)と(2)を第2東京弁護士会へ提出した。これは喜田村洋一弁護士側の弁明書に対する反論である。
このうち準備書面(1)では、今回の懲戒請求の本質的な部分を簡潔に指摘した。懲戒請求に至った原因が理解できるように構成した。
今回の事件は、日本の司法史上、おそらく初めてのケースである。
以下、準備書面(1)の全文をリンクにより公開する。
http://www.geocities.jp/shinbunhanbai/kokusyo110525.html
(全文公開)

読売新聞社VS週刊新潮の裁判は、26日に判決が言い渡される。詳細は次の通りである。
日時:5月26日(木) 13時15分
場所:東京地裁 526号法廷
(なお、自由報道協会主催の記者会見は、17時からニコニコ動画で生中継される。)
判決の勝敗にはかかわりなく、係争の舞台は東京高裁へ移る可能性が高い。従って「黒書」でも、「押し紙」報道を強化していく。同時に「押し紙」政策の根底になる部数至上主義についても、切り込んだ批判が不可欠だ。
◇「押し紙」とはなにか?
「押し紙」とは、実配部数を超えて販売店に搬入される新聞のことである。たとえば実配部数が1000部であるにも、かかわらず1500部の新聞が販売店に搬入されたならば、差異の500部が「押し紙」だ。この500部は、卸代金の徴収対象になる。(600/2000文字、◇現在進行中の「押し紙」裁判)


去る2月25日は、著作権裁判の提訴3周年である。この裁判は、すでにわたしの勝訴が確定しているが、「反訴」の意味合いが強い損害賠償裁判(福岡地裁)と、読売側の代理人を務めた喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)に対する懲戒請求のプロセスが進行中なので、裁判の引き金となった事件、そのものに決着が着いたわけではない。
「戦後処理」として、戦犯の責任追及と損害賠償が不可欠であるように、道理のない裁判を起こした者の責任を追及する作業にも終止符はない。
事件の概略は、読売の江崎法務室長がわたしに送付してきた催告書を、わたしが新聞販売黒書に掲載したところ、江崎氏が削除を求めて提訴に至ったものである。
(事件の詳細は、http://www.kokusyo.jp/blog/387)
繰り返し報じてきたように判決は、催告書に著作物性があるか否かを判断する以前に、催告書の作成者が江崎氏ではなく、喜田村弁護士かかれの事務所スタッフの可能性が極めて高いと判断して、訴えを退けた。催告書の作成者を偽っていたわけだから、訴訟そのものが成り立たない。
具体的な提訴のプロセスは次の通りである。
①喜田村弁護士が催告書を作成。
②その催告書を江崎法務室長の名義に偽ってわたしに送付。
③喜田村弁護士が、催告書は江崎氏が作成した著作物という虚偽の事実を前提に訴状を作成。江崎氏がわたしを提訴した。
ちなみに高裁判決で特筆しておかなければならないのは、これも繰り返しになるが、虚偽の事実を前提に提訴に至った読売の動機が、言論の抑圧にあった可能性を示唆している点である。判決は次のように述べている。
読売新聞西部本社又は原告代理人が被告に対して訴えを提起した際に生ずる影響等を考慮して、原告が本件催告書を作成したこととして訴えを提起することに、動機がないわけではない
◇催告書事件の背景に「押し紙」問題
さて、催告書事件の背景に何があるのだろうか?改めて念を押すまでもなく、それは「押し紙」問題である。司法制度を濫用してまでも「押し紙」報道を抑圧しようとした結果、起こった事件と言えよう。それだけ問題が深刻なのだ。
新聞業界の存続にかかわる言論弾圧事件とも解釈しうる催告書事件を新聞が1行も報じなかった背景は容易に推測できる。「押し紙」が読売に限った問題ではないという事情である。新聞業界が連帯して隠し続けてきた新聞ジャーナリズムの恥であるからだ。
「押し紙」が販売店の経営を圧迫していることは論を待たない。かりに新聞記者、あるいは新聞社のOBが「押し紙」を内部告発してくれたなら、多くの新聞販売店が救済される。しかし、実際には彼らは何もしない。
同じ業界の底辺にいる人々に対する冷酷なまでの無関心。わたしには彼らが何のために生涯の仕事としてジャーナリズムを選んだのか、さっぱり理解できない。
◇朝日新聞の「押し紙」問題
著作権裁判の提訴から3年。「押し紙」問題はますます深刻になり、多くの新聞社が従来のビジネスモデルを改めざるを得ない状況にまで追い込まれている。
内部資料などをもとに、朝日新聞の深刻な実態を検証してみよう。(2200/3600文字)

最近、名誉毀損裁判で高額の賠償を命じられるケースが増えている。『ジャーナリストが危ない』(花伝社)に掲載された「言論・メディア関係高額判決リスト」によると、高額の支払いを命じられた例に次のような判例がある。
1,FOCUSに対して1980万円の支払い命令。医療法人林田会・林田実理事長が提訴した裁判。対象となった記事は、「交通事故死亡での巨額保険金への不自然な関与があると指摘した写真記事」である。
なお、このケースでは、FOCUSの記事を紹介した週刊新潮に対しても、990万円の支払いを命じている。
2,週刊文春に対して1100万円。梅津知敏・美登子氏が提訴した裁判。対象となった記事は、「福岡1家殺害事件の被害親族が捜査陣の標的にあるとした記事」である。
3,週刊文春に対して920万円。別府大学名誉教授の遺族である賀川トシコ・洋・真氏が提訴した裁判。対象となった記事は、「考古学者の遺跡発掘に捏造疑惑があるとした記事」である。
かつて名誉毀損裁判では、敗訴しても賠償額が巨額になることはなかった。ところが最近は、額が極端に高くなっている。
◇米国流の「訴訟ビジネス」
賠償額が高額化する一方で、最近、裁判を悪用して言論を抑圧するケースも増えている。典型的な例としては、訴訟そのものが違法とされた武富士裁や、わたしが当事者となった対読売の著作権裁判がある。
わたしは賠償額の高額化と連動して言論封じ目的の「裁判」が増えているような印象を受けている。両者は表裏関係にあるようだ。
賠償額を高く設定することで、勝訴した場合、弁護士報酬も相対的に増える。しかも、名誉毀損裁判の場合は、「真実性」や「相当性」の立証責任が被告にあるので、訴えた側が圧倒的に優位になる。ここにビジネスとしての名誉毀損訴訟が成り立つ温床があるのだ。
ちなみに「訴訟ビジネス」の発祥地は米国らしい。とはいえ米国の弁護士の全員が「訴訟ビジネス」を展開しているわけではない。むしろ一部の弁護士による悪しき先例が、日本に輸入されたといえるだろう。
◇訴状の中で弁護士費用200万円の見積もり
さて、自分が体験した裁判のケースを検証してみよう。2008年3月、わたしは新聞販売黒書に掲載したYC久留米文化センター前の強制改廃事件の記事が名誉毀損にあたるとして、読売から2330万円を請求する裁判を起こされた。(判決はわたしの勝訴。)(1500/2000文字)

喜田村洋一弁護士の懲戒請求に関連して、東京第2弁護士会から、下記の通知が送られてきた。
貴殿からの、平成23年1月31日受付の懲戒の請求について、弁護士法第58条第2項の規定により、本会は綱紀委員会に調査を求めましたので通知します。
記
1,事案の表示 平成23年(コ)第11号
喜田村 洋一
懲戒請求の根拠となっている著作権裁判の書面は、喜田村氏が作成した準備書面も含めてすべて保管している。今後、喜田村氏の著作物についての主張などを順次公開していく予定だ。読者は、次のような文章を著作物だと主張する喜田村氏の論理を知ることになるだろう。
「前略
読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。
当社販売局として、通常の訪店です。
以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。」(全文)

読売新聞社の江崎法務室長がわたし宛てに催告書を送付して、22日で3年になる。2007年のこの日、江崎氏からわたしのPCに一通のメールが届いた。それには次のようなPDFファイルが添付されていた。
http://www.geocities.jp/shinbunhanbai/kokusyo1219.html
この催告書は、江崎氏がYC店主の代理人弁護士に送った次の回答書について述べたものである。
前略
読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。
当社販売局として、通常の訪店です。
以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。
催告書には上記の文章が、「特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物」だと主張している箇所がある。
しかし、著作物というからには次の定義に該当しなければならない。
思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
著作権法の定義からすると、回答書は著作物ではない。つまり催告書に書かれたことは、デタラメということになる。
◇社会新報への内容証明送付が意味するもの
皮肉なことに、裁判所は催告書の作成者は江崎氏ではないと判断した。それに代わって催告書の作成者として認定したのは、喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)である。

著作権裁判の訴状(自由人権協会代表理事・喜田村洋一弁護士が作成)を改めて読み返してみた。この裁判は読売の江崎法務室長が、新聞販売黒書に掲載された催告書の削除を求めたものである。提訴は2008年2月。
削除を求める根拠としたのは、催告書が自分の著作物であるという主張などだった。しかし、東京地裁と東京高裁は、催告書の作成者を喜田村弁護士か彼の事務所スタッフの可能性が極めて高いと認定した。
今、改めて訴状を読み返してみると、状況をでっちあげて裁判にかけた跡がはっきりと残っている。次の箇所が嘘の記述である。
本件著作物は原告がその思考判断に基づき執筆し、その名義で被告に送付したものであるから、その著作者は原告である。
判決によると、「著作者」は喜田村弁護士の可能性が高い。
その後、読売が起こした週刊新潮の記事を巡る裁判の訴状にも、おかしな部分が見受けられる。この裁判は、わたしが読売の「押し紙」率を30%~40%と推定・評論した記述などに対して起こされたものである。
ところが訴状では、わたしが読売の「押し紙」率が30%~40%という事実を摘示したことになっているのだ。つまり「推定・評論の記述」を「事実の摘示」にすりかえているのだ。そして喜田村弁護士は、法廷で後者を立証するように求めてきたのである。
著作権裁判における戦略とどこか共通していないだろうか?喜田村弁護士が所属する東京第2弁護士会は、このような事実についてどう考えるのだろうか?【全文公開】

「押し紙」裁判は終盤に入った。2日に、新潮社側の証拠調べが行われ、わたしのほか編集者とデスクが出廷した。16日には、読売側の証拠調べが行われた。そして早ければ来春にも判決が下される見込みだ。
この裁判は『週刊新潮』に掲載した記事の中で、わたしが読売の「押し紙」率を30%から40%と推定したことなどに対して、読売が名誉を毀損されたとして約5500万円の損害賠償を求めたものである。
終盤になって好奇心を刺激する現象が現れている。まず、記事の中でわたしが紹介した滋賀クロスメディアによる購読紙と「押し紙」調査について、「購読不明の件数が多い点は懸念材料ではありますが、信頼性は非常に高いと思います。」とコメントした東京大学名誉教授の竹内啓氏が態度を翻し、読売のために陳述書を提出したことである。竹内氏は「『(読売新聞などの)発行部数が水増しされていることは明らかである』という発言は撤回する」と述べている。
また、公取会の元委員・伊従寛氏が読売を擁護する意見書を提出した。

16日に、読売VS新潮社(+黒薮)裁判の読売側証拠調べが行われた。出廷した読売の販売幹部が、「押し紙」を全面的に否定したのが印象に残った。これまで一度も販売店に新聞を押し付けたことがないと言ったのである。
しかし、反対尋問では、読売の優越的地位の濫用を認定した真村裁判の判決を知っていることを認めた。
尋問を傍聴しながら、わたしは全国の新聞販売店主に証拠調べの詳細を知らせたいと強く思った。と、いうのも販売店の実態を最もよく知っている証人たちが、新聞を一度も押し付けたことがないという読売幹部の証言を、どう感じるのかを知りたいからだ。
幸いに裁判の記録は保存される。従って2010年の11月16日に東京地裁の526号法廷で、どのような証言がなされたのかは、5年後、10年後、あるいは15年後にも検証できる。
その意味で16日の証人調べは貴重な記録になるだろう。
裁判は、2月に結審して3月には判決が出る予定。
この裁判でわたしがもっとも不可解に感じていたのは、読売が提出した訴状の内容である。拙著『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)の中でもふれたが、そもそも問題となった『週刊新潮』の記事は、読売の「押し紙」が30%~40%になると推測・評論したものである。
※『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)の60ページを参照
ところが喜田村洋一弁護士と藤原家康弁護士(それぞれ自由人権協会の代表理事と事務局長)が作成した訴状では、わたしが「30%~40%」という事実を摘示したようなニュアンスになっているのだ。
2008年7月9日付けの読売新聞も、同じようなニュアンスで提訴を報じている。わたしはこの記事自体も問題だと考えている。
事実、訴状を読んだときに、わたし自身がびっくりした。事実を摘示した記憶がなかったからだ。裁判の前提事実が微妙にねじ曲げられているのだ。
そういえばわたしに対して読売の法務室長が、2008年2月に仕掛けてきた著作権裁判の前提もおかしかった。法務室長が作成した文書をわたしが新聞販売黒書に掲載したことが訴因であったが、後に問題文書の作成者は、法務室長ではなくて、喜田村弁護士か彼の事務所スタッフの可能性が高いと認定されたのだ。つまり裁判の前提が嘘だったのだ。
わたしは2つの裁判に共通したものを感じる。それは恣意的な事実の歪曲である。少なくとも著作権裁判では、裁判の前提事実が虚偽であったことを裁判所が認定している。
事実をねじ曲げてでも裁判を提起したかったということではないだろうか?
これらの裁判は、今後、再検証を重ねながら真実を見極めていくことになる。
仮に推測したことを言葉にする行為が法的に禁じられたならば、ジャーナリズム活動はできなくなる。(全文公開)

2009年3月30日、東京地裁は、著作権裁判の判決が下りた。判決は、単に被告(黒薮)を勝訴させたというだけではなくて、原告の江崎法務室長らの悪質な手口を暴いた恐るべき内容だった。
この裁判には、問題となった文書(催告書)の作成者が江崎法務室長という前提があった。ところが裁判所は、催告書の作成者は、喜田村洋一弁護士か彼の事務所の者と判断したのである。つまり真っ赤な嘘を前提に裁判を起こしていたことが認定されのだ。
高裁もほぼ同じ判断を示した。参考までに、高裁判決を紹介しておこう。
(参考:著作権裁判・高裁判決)
さて、次に紹介するのは、09年3月30日の地裁判決の後に弁護団が発表した声明である。事件の本質を実に的確に指摘している。以下、全文を公開しよう。
【弁護団声名】
本日、東京地裁民事29部は原告江崎徹志氏による被告黒薮哲哉氏に対する侵害差止請求事件について、極めて妥当な判断をし、被告勝訴の判決を下した。
われわれ弁護団は、この至極当然の判断をした本判決を歓迎する。
この裁判の原告は、読売新聞西部本社法務室長の地位にある江崎徹志氏個人の体裁を取ってはいるが、原告江崎氏の背後にあるのは、紛れもなく読売新聞社である。
読売新聞社は、言うまでもなく我が国で最大手の報道機関であり、世界有数の大企業である。つまり、本件訴訟は、世界有数の報道機関が、一ジャーナリストを相手どって起こしたものである。
読売新聞社は、新聞販売に関わる数々の問題を取り上げてきた黒薮氏の報道を封殺することを目論んだ。報道機関であるはずの読売新聞社は、こともあろうに、言論に言論で対抗することなく、突如として裁判を起こし、司法制度を利用した言論弾圧を行おうとしたのである。
本判決は、報道機関による言論弾圧という前代未聞の裁判について、読売新聞社の愚行を断罪した判決である。
報道機関が何よりも重んじるべきは、報道・言論の自由である。報道・言論の自由なくして、健全な報道機関たりえるはずもない。報道機関は、本来、報道・言論が侵害されれば、声を上げてその行為を批判しなければならない。まして、日本を代表する読売新聞社は、報道・言論に対する侵害行為があれば、他の報道機関に率先して報道・言論の自由を叫ぶべき立場にある。
しかしながら、本件裁判においては、報道の自由・言論の自由を守るべき読売新聞社が一ジャーナリストである黒薮氏の報道・言論を封殺しようとしたのである。
これは報道機関として自殺行為ともいうべき行為である。
読売新聞社は、かかる報道機関としてあるべき姿を自ら脱ぎ捨てた。率先して守るべき報道・言論の自由を捨て去り、被告の報道を封じ込めようとしたのである。
言論には、言論で対抗する。
それが報道機関としてのあるべき姿勢である。読売新聞社は、新聞社として、最も守るべき価値である報道・言論の自由を自ら放棄した。
巨大な社会的権力が一ジャーナリストの言論を封殺する。それがこの裁判の本質である。
この裁判の発端は、真村訴訟に遡る。敗色が濃厚になったと考えた読売新聞社は、真村氏の販売店への担当員の訪店再開に関連し、「通常の訪店です。」と記載された回答書なる文書をFAXしてきた。黒薮氏が、この回答書を「新聞販売黒書」に掲載したところ、読売新聞社はこの掲載が著作権法に違反するとして、削除を求める催告書を送付してきたのである。
黒薮氏がこの催告書をも「新聞販売黒書」に掲載したところ、原告がこの催告書の削除を求めたのが、本件裁判である。
読売新聞社は、回答書の掲載を裁判では問題にせず、催告書のみを訴訟の対象として選択した。つまり、黒薮氏による回答書の掲載が著作権法に違反しないことを読売新聞社は知っていたのである。読売新聞社は、本件回答書の掲載が著作権法に違反していないことを知りながら、著作権法に違反している旨の虚偽の内容の催告書を送付したことになる。
しかも、東京地裁は、「作成者が原告であると考えることはできない」と判示した。本件催告書の「実質的な作成者は、原告とは認められず、原告代理人(又は同代理人事務所の者)である可能性が高い」と判断したのである。読売新聞社は、本件催告書の作成者が江崎氏ではないことを知りながら、本件訴訟を起こしたことになる。
つまり、読売新聞社は、本件訴訟それ自体が本来成り立たない請求であることを知りながら、虚偽の事実を根拠として裁判を起こしたのである。
本判決は、最大手の報道機関たる読売新聞社が、虚偽の事実を根拠に一ジャーナリストの言論を封殺しようとしたという前代未聞の事件について、読売新聞社の請求を斥けるという当然の判断を下した。
読売新聞社は、自らの愚考を反省するとともに、報道機関・言論機関であることを深く自覚し、報道の自由・言論の自由を封殺するような行為を二度と行うべきではない。
読売新聞社は、本日の判決に素直に服し控訴を断念すべきことは当然である。われわれ弁護団は、読売新聞社が報道の自由・言論の自由を守るべき報道機関としての自らの立場について深く自覚することを求めるとともに、言論には、言論で対抗するという当然の理が持つ意味を今一度、考えることを切望し、今後は報道機関・言論機関としてあるべき行動をとることを強く求めるものである。
◇武富士から読売へ、言論は苦手?
出版の仕事に携わる者の誇りは、言論の力で自分の主張を展開することである。たとえばA党がB党と共同歩調を取る状況を作りたいのであれば、ペンの力を駆使して、キャンペーンを張る。
これに対して筆力を持たぬ者は、政治献金をしたり、政界フィクサーなどを演じて、密室でA党とB党を連携させようとする。が、それを一概に批判することは出来ないかも知れない。と、いうのも彼らは実質的にペンで世論を動かす力がないからだ。

去る10月25日、わたしは自由人権協会に対して質問状をメール送付した。これは著作権裁判の検証作業の一端として実施したものである。
(参考:著作権裁判の高裁判決)
(参考:事件の経緯)
質問状の内容は、読売がらみの著作権裁判の判決で、同協会の代表理事である喜田村洋一弁護士らが虚偽の事実を前提に、わたしを提訴していたことが認定された経緯を説明した上で、次の2点を問い合わせたものである。
1、貴協会はこの事件を把握されていたのでしょうか。
2、この事件は言論弾圧事件とも解釈できますが、貴協会は人権擁護団体として、司法関係者であり貴協会の代表理事である喜田村氏が関与したこの事件をどのようにお考えでしょうか。また、再発防止のための策を提案される用意はあるでしょうか。
11月8日の時点では、回答はない。自由人権協会の事務局によると、質問状は、事務局長へメール転送したという。
なお、武富士によるフリーライター提訴事件でも、自由人権協会の弘中惇一郎弁護士らが、サラ金の武富士サイドの代理人を務めたことがある。判決は、武富士の敗訴。
自由人権協会に所属する弁護士たちが、訴権の濫用とも解釈できる訴訟をサポートしてきた事実を、同協会はどのように考えているのだろうか?住民の前に明らかにすべきではないか?
【質問状の全文】

読売・法務室長VS黒薮の著作権裁判・高裁判決:問題となった催告書の作成者を偽ってわたしを起訴していたことを高裁が認定した。大阪地検の事件と類似している。
詳細は:http://www.kokusyo.jp/blog/387

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