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新聞とテレビは速報を命としたメディアである。新聞の紙面、あるいはテレビの画面に現れるニュースは、なんの疑いもなく重要ニュースとして受け入れられる。
事実、新聞人がインターネットによるニュース配信を批判するときに、ネットでは重要ニュースがランク付けされていないことをやり玉にあげる。ランク付けがないので、どのニュースが重要なのか、「教養に乏しい一般読者」には判断できないというのだ。
このような論理は、言葉を換えれば、新聞人が重要ニュースのランク付をして国民に知らせているから、これらの媒体は国民にとって不可欠なジャーナリズムということになる。
かつて新聞研究者の新井直之氏は、『ジャーナリズム』(東洋経済新報社)の中で次のように述べた。
新聞社や放送局の性格を見ていくためには、ある事実をどのように報道しているか、を見るとともに、どのようなニュースについて伝えていないか、を見ることが重要になってくる。ジャーナリズムを批判するときに欠くことができない視点は、『どのような記事を載せているか』ではなく、『どのような記事を載せていないか』なのである。
◇報じられなかった4・14中央集会
4月14日、東京の日比谷野外音楽堂で「沖縄県民と連帯し、普天間基地の即時・無条件撤去を求める4・14中央集会」が開かれた。参加者は5000人。集会の後、デモ行進も行われたという。
この中央集会を開いた人々の基地についてのスタンスはあくまで「基地撤去」である。しかし、自民党も民主党も、「撤去」ではなくて、「移転」を基本的なスタンスにしている。
つまりこの中央集会は、政府と自民党の方針に真っ向から「NO」を突き付ける集会だった。
◇「基地撤去」も重要な選択肢
翌、15日の朝刊を見て、わたしは唖然とした。中央紙は、この大きな集会についての記事を1行も載せていなかった。地方紙は確認できなかったが、インターネットで調べた限りは、やはりどこも報じていない。
報じたのは、政党機関紙の「しんぶん赤旗」だけだった。が、「しんぶん赤旗」が報じるのは、共産党の政策から見て当たり前のことであるから、特に評価には値しない。
問題は、一般紙とテレビが報じなかったことである。わたしは沖縄関係のテーマでは対馬丸事件を取材したことがあるが、その時の感触では、米軍基地の撤去を求める人がかなり多かった。つまり基地の撤去を求める人々は、圧倒的多数ではないにしろ、少なくとも一定の世論を形成しているのだ。
と、すれば4・14集会は、報道しなければならなかった。「基地撤去」も重要な選択肢のひとつであるからだ。
◇権力構造の一部
メディアはなぜ、4・14集会を報じなかったのだろうか?。答えは簡単で、基地の撤去を希望している人が多い事実が広まると、政府の方針がとん挫するからだ。
日本の新聞・テレビが権力構造に組み込まれていることが、4・14集会が報道されなかった事実を通じて明確になった。
新聞人たちが学校教育の現場へ持ち込もうとしている新聞は、内容そのものがかなり政府よりに偏向していると言わなければならない。(全文公開)

















