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新聞社はみずら実配部数を公表せよ、拒否した新聞社に対しては公共広告の出稿中止を

 ABC部数についての誤解が広がっているようだ。ABC部数は、新聞の発行部数を示すデータであるが、大半の人々は「発行部数」=「実配部数」と勘違いしている。

 と、言うのも常識的に考えれば、過剰な部数を印刷すれば経費の無駄づかいになるので、実配部数になるべく近い部数を発行するのが常識という先入観があるからだ。常識的にはそれがビジネスのマネージメントである。

 しかし、日本の新聞業界には「押し紙」の慣行がある。新聞関係者は、「押し紙」の存在を全面否定しているが、少なくとも過剰な新聞が販売店に溢れ、場合によっては「押し紙」小屋が建設され、残紙を定期的に古紙業者が回収していることは、周知の事実になっている。

 と、すれば「発行部数」=「実配部数」ではない。両者は異なり、はなはだしいケースになると、発行部数の7割が非「実配部数」になっていた例もある。

◇ABC部数は実配部数
 ABC部数は、紙面広告の営業の際に重要なツールになる。クライアントの大半は、ABC部数は実配部数であると信じて疑わないので、広告の掲載紙を選択する場合、発行部数を重要な選択基準にする。

 このような原理が部数至上主義を引き起こすひとつの要因になってきた。巨大部数の王国を築きあげることで、広告営業を優位に展開できるのだ。そのために、恫喝による新聞拡販も正当化される。

 が、繰り返しになるが、そのABC部数は実配部数ではない。

◇新聞社がみずから実配部数の公開を
 先日、発足した「全国『押し紙』ネットワーク」のひとつの目標は、新聞社に対して、みずから実配部数の公表を求めることである。しかし、新聞社は「押し紙」は絶対に存在しないと断言しているわけだから、そう簡単に実配部数を公表するとは思えない。

 そこで具体的な対策として浮上してくるのは、新聞に広報紙を折り込んだり、公共広告を出稿している官庁や地方自治体を通じて、新聞社に実配部数を公表させることである。拒否した新聞社については、広報紙と公共広告の出稿を凍結する。

  このような手続きを踏んでおけば、広報紙と公共広告の適正な配布方法をめぐる住民訴訟も提起できるのではないか?

 冷静に考えれば分かることだが、新聞社は公共広告や広報紙を「もっとよこせ」と要求(08年)したのだから、まず自ら実配部数を公表すべきである。実配部数を秘密して、広告をよこせと言うのはおかしい。

◇読売VS週刊新潮(+黒薮)
 余談になるが、新聞社に実配部数を公表させるという発想は、読売VS週刊新潮(+黒薮)の裁判の中で生まれた。読売の喜田村洋一弁護士がわたしに対して、読売新聞の3割から4割が「押し紙」であることの真実性、あるいは相当性を立証するように求めたからである。

  本来、道義的な面から部数の実態を明らかにしなければならないのは、広報紙や公共広告による収入を得ている新聞社の側ではないだろうか。なぜ、納税者の側が新聞の発行部数を調査・検証する責任を負うのか、まったくわけが分からない。(1600/2500
文字、◇公共の広報紙破棄の具体例

◇公共の広報紙破棄の具体例 
 参考までに山陽新聞を例に広報紙が破棄された具体例を紹介しておこう。
 
  山陽新聞・岡輝販売センターのケースである。年度は05年。新聞の実配部数は、時期により多少の変動はあるが、おおむね1700部程度である。
ところが岡輝販売センターに搬入された公共チラシの枚数は次の通りである。

 晴れの国おかやま(3月)       2350枚
 中国財務局(6月)                       2400枚
 自民党(9月)                            2200枚
 民主党(9月)                            2150枚
 岡山財務事務所(11月)        2400枚
 岡山環境管理課(11月)                2400枚

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ゴーストライター
堂々と「押し紙」を回収。「押し紙」世界一。
新聞販売黒書の主宰者・黒薮哲哉の著書紹介
配達されずに破棄される折込チラシ
 
 
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