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 2009年度の更新は本日で終わります。新年は1月6日からスタートする予定です。

  わたしにとって今年最大の成果は、著作権裁判に勝訴したことです。改めて言うまでもなく、いびつな言論妨害を打ち破った最大の勝因は弁護団の戦略が正しかったことです。勝訴によりわたしは読売からペンの自由を回復しました。

 もっとも読売によるわたしに対する誹謗中傷は、舞台を名誉毀損裁判に変え、弁護士を代えて続いていますが。準備書面は、裁判所で閲覧可能。事件番号は次の通りです。

 名誉毀損裁判(東京高裁):平成21年(ネ)第5834号 損害賠償等請求事件。

  名誉毀損裁判(東京地裁・読売VS週刊新潮+黒薮):平成21年(ワ)第23459号 謝罪広告等請求事件。

 読者には、準備書面に書かれている内容や書き手の品性を5年、10年の期間で繰り返し検証していただきたい。自分の価値判断を基準にして、他人の記事を批判することは正当な行為ですが、自分の価値観に合わないものを司法の力で押しつぶそうとするのは、言論人としてあるまじき行為です。恥を知るべきでしょう。

 わたしは検閲制度やかつての特高警察の思想を連想します。言論の自由が危うい時代であるからこそ、出版関係者にとって対読売の裁判は重要な意味を持ちます。

 言論人がペンによる論争よりも、裁判に頼っているのは、なさけない限りです。これも新聞衰退のあらわれなのでしょうか?

 今年も裁判が足枷になり、携帯電話・基地局問題とラテンアメリカの取材が実現しませんでした。特にラテンアメリカの取材は、08年に読売から裁判を起こされて取材をキャンセルしたまま現在に至っています。

 その結果、新聞販売黒書で扱うラテンアメリカのテーマは、実際に取材した1980年代のものが中心になってしまいました。

 携帯電話の基地局問題については、新年から本格的に取材します。すでにスケジュールも組んでおり、スタートを待つばかりです。

  新聞販売黒書の有料化は、「個人の時代」におけるフリーライターのあり方とジャーナリズムを考えるための実験的な試みでもあります。完全無料化を望む声も多いようですが、情報がすべて無料になれば、完全に広告に依存しないかぎり、フリーライターという職業そのものが成り立ちません。

 その広告に依存したジャーナリズムの失敗は、日本の新聞に顕著に表れています。と、すれば新しい道を探らなければなりません。

 将来的には、新聞販売黒書の読者からの取材要請を受けることも検討していきます。読者拡大にご協力をいただければ幸いです。

 2010年度は、次のようなテーマを取材する予定です。

■巨大メディアは、国民の知る権利を守る上で有益なのか?本当に必要なのか、1000万部のメディア?

■「21世紀臨調」に群がる新聞人たち。

■メディア界に政界フィクサーは必要か?

■警察と新聞社の癒着を考える。

■新聞業界からの政治献金を検証する。

■闇社会と新聞セールスの問題を再検証する。

■渡邉恒雄批判。

■「押し紙」排除後の産経新聞。

■紙面広告と「押し紙」。

■外国人新聞奨学生と海外ブローカーの介在。

■正力松太郎とCIAの関係。

■正力松太郎と特高警察。

■電子新聞。

■「押し紙」をタブー視する新聞研究の滑稽さ。

■テレビ局と新聞社。

■人権問題としての新聞販売問題。

◆◆「押し紙」を告発する住民運動をスタートさせます。すでに寄付金20万円が集まり予算を確保しています。高屋肇さん(毎日懇話会・名誉館員、「押し紙」裁判の原告)を代表に、黒薮を世話人にして、1月中に発足予定です。

  これにより「押し紙」問題、広告問題、販売店に対する恫喝、それにスラップを新聞業界の外へアピールします。

  これはもともと読売の裁判攻勢に対する対抗策として浮上したものですが、読売だけではなくて、系統を問わずに運動を展開します。(2400/2400文字・全文公開)

 「押し紙」の目的は、主として販売収入とABC部数のかさ上げである。従来は、販売収入のかさ上げが一次的な目的という見方が大勢を占めていた。ところが最近は、むしろABC部数のかさ上げを第一目的と考える見方が有力になっている。

 と、いうのも販売収入の一部を構成する「押し紙」代金で生じる販売店の負担は、折込チラシの水増しと補助金によって、かなりの部分が相殺されているからだ。

◇「押し紙」排除で広告収入が一気に吹っ飛ぶ

 「押し紙」によってABC部数をかさ上げして、紙面広告の営業を有利に展開するというのが新聞社の戦略である。

 新聞研究者の中には、日本の新聞社は米国の新聞社とは異なり、広告収入よりも販売収入に依存しているから、米国の新聞社のような経営難にはならないと主張する人も多いが、「押し紙」で広告収入をバブル状態に保ってきた事情があるので、「押し紙」が排除されたならば、広告収入も一気に吹っ飛んでしまう。

◇「押し紙」排除に反対
 毎日新聞・箕面販売所の「押し紙」裁判で、毎日が裁判所へ提出した裁判資料を検証してみると、日本の新聞社が採用してきた「押し紙」を柱としたビジネスモデルが濃厚に反映されている。

 たとえば山藤修一(仮名・近畿販売三部長)氏の陳述書を検証してみよう。山藤部長は、毎日新聞は販売店から減部数の申し出があっても、必ずしもそれに応じることはないと述べている。このような対処方法は、独禁法の特殊指定に抵触するのだが。以下、山藤部長の記述を引用してみよう。

(略)部数減に直ちに応ずるという無責任な対応は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招くなど、販売店の急激な収支悪化を招きかねず、健全な販売店経営の維持との観点からも、そのような対応は避けなければならないと思います。(略)

 (略)新聞販売店主さんからの一方的な申し入れで、協議することもなく、直ちに、部数を減らすことが出来るというのでは、あまりに不公平であって、これでは、新聞販売委託自体が成り立たないのではないかと懸念します。(略)

 (略)1470部から900部への大幅な部数減については、安易な部数減は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招くため出来るだけ避けたい対応であり、原告の池田(仮名)さんも覚えていると思いますが、当時も、私は、原告の池田さんに対し、こんなに減数してしまうと、人件費等の経費すら支出できない恐れがあり、補助金の一部にき支給もできなくなるし、年齢・販売意欲も考え合わせると、経営が成り立たなくなるので、考え直した方が良いと伝えていました。

 毎日の山藤部長は、「押し紙」の排除は「折込広告の収入」を減らすので、「押し紙」を維持した方が販売店のためにはメリットがあると主張しているのであるが、ここには、折込広告や紙面広告のクライアントに対する自責の念は感じられない。恐ろしい態度と言わざるをえない。

 広告のクライアントが、損害賠償訴訟を起こせば、毎日に勝ち目はないだろう。

 (参考記事:毎日新聞140万部“水増し詐欺”の決定的資料
 

◇揚げ足取りが常套手段
 なお、山藤部長の陳述書には、店主の個人攻撃とも思える個所が少なからずある。たとえば「留守番電話に再三、至急連絡をとの伝言を行っても、何らの連絡もない」等。

 この種の個人攻撃は、池田さんのケースに限ったことではない。真村裁判の原告である真村久三さんをはじめ、その他の販売店訴訟の原告・店主に対しても類似した攻撃が一般化している。いくつか具体例をあげてみよう。

、高級車に乗っているから、経営難に陥ったというのはおかしい。

、ゴルフに熱中していたから怠け者。

、家のローンを組んでいたから、「押し紙」で経営難になったというのは嘘。

、自宅に化粧品会社の看板を出していたから副業をしている。

 1~4のような例が事実かどうかは重要ではない。どのような人物であろうが、「揚げ足取り」の対象にすれば、なにか攻撃材料が出てくるのはあたりまえである。このような攻撃の方法は、生活保護を受けている人に対して、家に暖房があるから贅沢だと言っているのと同じレベルだ。

  「押し紙」裁判の焦点は、「押し紙」の有無と損害賠償の程度であるから、それ以外のテーマは別の裁判で争うべきだろう。(2400/2400文字・全文公開

 新聞各社が経営難に陥っている大きな原因のひとつに広告収入の落ち込みがある。聞くところによると、中央紙の場合、かつては1面(全面)広告は4000万円ぐらいの値段がついたが、現在では500万円を切ることもあるという。

 価格が下落した原因としては、世界的な不況を指摘する声が多いが、それだけではない。むしろ抜本的な原因は、広告主や消費者が求めるニーズに新聞広告が対応できなくなっていることが大きいのではないかと思う。

  紙面広告とインターネット広告では、消費者動向を知る上で、後者の方がはるかに有利だ。アクセス解析が出来るからだ。新聞広告では、広告効果すら把握できない。これではデータ不足で、市場競争を勝ち抜くことはできない。

  プロ野球でも今は、データが重視される時代なのだ。

 ちなみに日本の総広告費は、来年にもインターネット広告が新聞の紙面広告を上回るのではないかと言われている。新聞の購読者がどんどん減り、インターネットの使用者が逆に増え続けている状況のもとで、紙面広告を重視する企業は少ない。ほとんどメリットがないからだ。

 紙面広告は、インターネット広告に太刀打ちできないところまで来ている。

◇「押し紙」隠しと恫喝裁判
 新聞広告が広告主から見捨てられはじめている状況の下で、「押し紙」問題は新聞社にとって手痛い。「押し紙」には、チラシの水増し行為が付随しているので、この問題が経済界に浸透すればするほど、新聞広告離れに拍車がかかるだろう。

 読売がわたしに対して3件の裁判を仕掛けてきた背景も、このあたりにあるのかも知れない。少なくともわたしの知人たちは、そんなふうに考えている。

 たとえば著作権裁判では、読売の喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)が、問題となった催告書(わたしの解釈では怪文書)を作成したにもかかわらず、法務室長が作成した著作物という虚偽の前提に立って裁判を起こした可能性が認定された。【東京地裁で閲覧可能:事件番号は、平成20年(ワ)第4874号】

 しかし、わたしを弾圧したところで「押し紙」問題が解決するわけではない。「押し紙」は客観的な存在で、問題はそこから波及しているからだ。

◇安易な部数減は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招く
 毎日新聞・箕面販売所の「押し紙」問題を、紙面広告という観点から検証してみよう。本稿「①」で報じたように、毎日の代理人弁護士は、「押し紙」や折込チラシの水増し行為を正当化しているとも受け取れる書面を裁判所に提出している。具体的には、次の個所である。

※安易な部数減は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招く

※570部もの減数は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招く

 このような論理はまさに我田引水で、折込チラシを破棄される広告主の立場を考慮していない。チラシ破棄に良心に痛みを感じた店主が正常化を願い、「押し紙」の排除を要求しているのに、毎日は逆に、「押し紙」を排除すれば、折込チラシの収入が減るので思いとどまるべきだと言わんばかりの論理を展開している。

 しかし、「押し紙」が排除されて、不利益を被るのは店主ではない。実は、毎日新聞社こそが大きな不利益を被る。

 「押し紙」が排除されたならば、必然的にABC部数が減るので、紙面広告の媒体価値が下がる。その結果、紙面広告の収入にも影響を及ぼすからだ。

 こんなふうに考えると、「押し紙」によりABC部数をかさ上げする新聞社の行為は、まさに詐欺に等しい。たとえば260万部しか配達していないのに、400万部配達していると公言して、広告営業すれば騙しである。

◇毎日の広告主
 毎日新聞には、どのような企業が紙面広告を掲載しているのだろうか?注意を喚起する意味を込めて、12月26日付の毎日新聞から、おもな広告主をピックアップしてみよう。(参考:広告主リスト

1面:朝日出版、講談社出版サービスセンター、東海教育研究所、双葉社、法学書院、光村推古書院、

2面:幻冬舎

3面:講談社

4面:アストラゼネカ(全面)

5面:毎日新聞社

8面:加茂繊維株式会社

13面:かぶちゃん農園

14面:国土交通省関東地方整備局

15面:神戸製鋼グループ

16面:MBS、TBS

17面:日東印刷

19面:インペリアル・アートギャラリー

20面:ドコモ(全面)

21面:毎日新聞旅行

22面:ゴルフネットワーク

23面:八ツ目製薬

24面:ウェブクルー

25面:山田建設、グランド・ウエル

27面:わかもと製薬

28面:日本サプリメント

29面:BS11、毎日新聞東京センター

30面:WOWOW(4000/4000文字・全文公開

 毎日新聞と共同通信の提携問題に波紋が広がるなか、毎日新聞社の運命を左右しかねないもうひとつの重要事項が水面下で進行している。「水面下」と表現したのは、ジャーナリズムの光が当たらない領域であるからだ。

 毎日新聞・箕面販売所の所長が提起した「押し紙」裁判が終焉に近づく状況の下で、被告の毎日が物議をかもしそうな準備書面を提出した。

 折込チラシの水増し行為を毎日がみずから指揮していたとも解釈しうる内容で、他の毎日関連の販売店訴訟にも大きな影響を及ぼしそうだ。 広告主の怒りをかうのは必至だ。

◇箕面販売所の「押し紙」裁判
 この裁判は、2007年に同販売所の所長が、「押し紙」で被った損害・約6300万円の賠償を求めて大阪地裁に提訴したものである。裁判の最大の特徴は、所長が「押し紙」を断った証拠が明確に残っていることだ。

 これまでの「押し紙」裁判では、勝敗の分かれ目は、店主がはっきりと「押し紙」を断ったか否かにかかっていた。残紙があったことは立証できても、それを断った証拠がなかったために、損害賠償請求は認められなかった。

  これに対して、箕面販売所の所長は、内容証明郵便で再三にわたって新聞の搬入部数を指定していた。それにもかかわらず、毎日は過剰な新聞を搬入していたのだ。当然、内容証明郵便が「押し紙」を断った証拠として残っている。

 改めて言うまでもなく、この「押し紙」裁判では、店主が勝訴する確率が圧倒的に高い。実際、裁判所は和解を勧告し、その中で毎日に1900万円を(元)店主に支払うように提案した。しかし、毎日はこれを拒否。裁判は来年の1月25日に、元店主の本人尋問を行う段取りとなった。

◇毎日にとって命取りの準備書面
 こうした状況のもとで、毎日の高木茂太市弁護士らは、「準備書面(9)」を提出してきた。ところが、わたしが一読したところ、この準備書面の前半には、毎日の命取りにもなりかねないことが書いてあるのだ。正直なところ、わたし自身、びっくりした。

 毎日の主張は、新聞部数の「減数」は、店主の一方的な申し入れで決まるのではなくて、「原告・被告双方の意思の合致(合意)を要する」というのだ。つまり販売店も一定の部数は、負担する義務があると主張しているのだ。たとえば、高木弁護士らは次のように明記している。

(略)新聞販売業務の委託者たる販売店主は、担当する区域の購読者に対し、一定の責務を負っているにもかかわらず、販売店主は、一方的な通知を行うことによって、直ちに、部数を減らすべきことが出来るというのは、新聞販売委託契約における受託者(販売店主)の義務を不当にも看過し、被告側に過度に不利益を強いるものでしかないのではないか、(略)

 難解な文章である。わたしなりの解釈は次のようになる。

1、販売店は担当地区の部数に責任をもっている。

2、それゆえに、販売店が一方的な通知で部数を減らせると考えるのは、販売店の義務を看過し、新聞社に不利益をもたらす。

 改めて言うまでもなく、このような毎日独特の論理が通用するはずがない。と、いうのも独禁法の新聞特殊指定が、不公正な取引方法を次のように定義しているからだ。

 販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む)

 毎日の持論が法律よりも優先されるはずがない。こんなことは法学生でも知っているのではないだろうか?

◇繰り返し「『折込広告の収入』の大幅な減少を招く」
 しかし、この記述よりも問題なのは、折込チラシの水増し行為を準備書面の中で認めていることである。

  難解な文章であるが、核心部分をそのまま引用してみよう。

 そもそも、被告としては、原告からの申し入れがあった場合、これを無視することなく、その都度、申し入れ内容を確認の上(必要な場合には、経営資料等の提出を求めて)、合理的な部数につき判断を行うとともに、他方において、安易な部数減は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招くなど、販売店の急激な収支悪化を招きかねないため、原告の健全な販売店経営の維持との観点も、総合的に考慮の上、可能な範囲で、最大限応じてきたものであって、直ちに、「違法」とする原告指摘は、かかる経緯を看過するものでしかない。

 店主が減部数を求めたのは、配達していない残紙があったからだ。当然、残紙にも折込チラシがセットになっている。

  この点を前提にして、高木弁護士らは、「安易は部数減は、『折込広告の収入』の大幅な減少を招く」と書いているわけだから、折込チラシの水増し行為により、毎日が利益を得ていることを認めたことになる。

  また、「被告としては、原告からの申し入れがあった場合、これを無視することなく、その都度、申し入れ内容を確認の上(必要な場合には、経営資料等の提出を求めて)、合理的な部数につき判断を行う」と述べているわけだから、
販売店の「押し紙」も把握しているということである。

 さらに次の記述も、折込チラシの水増しを主導していることを示す動かぬ証拠と言えるだろう。

 なお、この安易な部数減は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招くとの点については、甲第3号証記載の、平成17年5月19日行われた原告からの「900部」への減数要請に際しても、被告は、かかる要請に対して、直ちにこれに同意したものではなく、原告の年齢・販売意欲等、諸事情に照らし、

  かつ、被告担当者において、570部もの減数は、「折込広告の収入」の大幅な減少を招くとともに、補助金の一部につき支給ができなくなることを説明し、販売店の経営が維持できなくなるのではないかとの懸念まで示すも、それでも構わないとの、原告の認識を得た上で、ならばやむなしと応じたものの、残念ながら、平成20年12月末日をもって、原告は新聞販売店を廃業・終了するに至っているところである。

 この文章からも、毎日が折込チラシの水増しを知っていることが判明する。しかも、「押し紙」を減らせば「『折込広告の収入』の大幅な減少を招く」ことを、2度も繰り返し(赤文字)店主に種々のアドバイスを行っているのだ。(参考:広告主リスト

◇他の毎日裁判に与える影響
 高木弁護士らの筆によるこの準備書面(9)は、「押し紙」と折込チラシの水増しを柱とした毎日の販売政策を示す決定的な証拠である。今後、次の点に注目していきたい。

1、他の「押し紙」裁判で、毎日のビジネスモデルを示す証拠になる。

2、広告主が折込チラシの詐欺で裁判を起こした場合、詐欺の証拠になる可能性が高い。

3、公正取引委員会が、この準備書面をどう判断するか。(4000/4000文字・全文公開

 念を押すまでもなく、新聞社の本来の目的は、ジャーナリズム活動である。ジャーナリズム活動は、自分たちの主張をビラに印刷して配布することから出発し、規模が大きくなるにつれて、会社を母体とした組織的なものに変化していった。

 ところが日本の新聞社は、新聞社の目的を見失っているようだ。それを示す典型例としては、新聞業と興行の合体を恥じない体質がある。たとえば読売とジャイアンツの関係。ジャイアンツが優勝すると、朝刊の1面にそのニュースが掲載されたりする。大半の国民にとっていは、あまり重要なニュースではないはずだが。

 その他、春の選抜高校野球と毎日新聞社、夏の甲子園と朝日新聞の関係はよく知られている。イベントを盛り上げて、それを記事にして、新聞を売るというのが、企業戦略として定着しているようだ。

 スポーツだけではなくて、新聞社の中には、木下サーカスの入場券を販売店に押し売りしたことがある社もある。

◇「お受験」に便乗の朝日
 しかし、新聞社の「副業」は、イベントだけではない。大学受験の分野にまで食い込んでいる。

 わたしの手元に『朝日新聞と暮らそう』と題するパンフがある。これはポストに投函されていたものである。朝日新聞の購読勧誘するための案内書である。

  このパンフには紙面の紹介に加えて、朝日新聞の記事が大学の入試問題として頻繁に採用されていることを伝えている。つまり受験生がいる家庭に向けて、朝日新聞をアピールしているのだ。宣伝文を引用してみよう。
 
   今年の大学入試も朝日新聞からの出題がダントツ─。
   主要国立大や有名私立大など全国260大学で出題されました。問題数は500、使用記事は542で、ともにこれまでの調査で最も多くなりました。例年通り、他の全国紙を圧倒する実績で「大学入試に強い朝日」はすっかり定着しました。 

 受験体制に便乗して、部数の拡販を狙っているのである。

◇朝日とベネッセ
  『新聞通信』(12月17日付)によると、朝日新聞とベネッセ・コーぺレーションは、「語彙・読解力検定」を開発・実施する共同事業を推進することで合意したという。

 朝日新聞社とベネッセコーぺレーションは、教育分野における共同事業として「語彙・読解力検定」を開発、実施することで合意し、10日午後、朝日・秋山耿太郎社長、ベネッセ・福島保社長が出席し、東京・千代田区の学士会館で共同記者会見を行った。

 この検定は、朝日新聞の持つ幅広い記事データベースをもとに、教育事業を長年行ってきたベネッセ・コーポレーションの持つ辞典のデータベース、模擬テストの作成、分析ノウハウを生かして実施するもの。

◇新聞社とは何か?
 興行やイベントの母体になったり、受験体制に便乗することを、経営の副次的な柱にしている日本の新聞社の正体はなにか?。おそらく新聞社は、ジャーナリズム活動の重要性を認識している人々の集まりではないだろう。新聞という「宣伝」媒体を使って、各種事業を展開しようという発想の方が優先しているのではないだろうか。

 朝日新聞社が受験体制に便乗していることについていえば、このような状況のもとで、日本の教育問題に焦点を当てた報道ができるのかという危惧を感じる。日本の受験体制に問題が多いことは、これまでも指摘されてきたはずだ。

 事実、腐った金に操られて、悪事に手を貸す残忍非道な超エリートも受験体制により「排出」されているようだ。官僚たちの腐敗も、このあたりに原因があるのでは。(2250/3300文字

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 新聞販売店にとって、12月の集金は緊張の連続らしい。

「今年いっぱいで、新聞を止めてください」

  と、告げられる恐れがあるからだ。新聞の実配部数は、年々減り続けているが、とりわけ12月は、購読中止を宣告される確率が高い。

 このような状況を見越してか、年末から年始にかけて、新聞拡販に力を注入する新聞社が多いようだ。つい先日も、わたしの仕事場に毎日新聞の勧誘員がやってきて、コンビニの商品券6000円と引き換えに新聞購読を迫った。いくら断っても帰らない。

 一旦、立ち去ったかと思うと、10分後に再びドアのチャイムを鳴らし、6000円の商品券を持参したと繰り返した。

 ちなみに勧誘時に6000円の商品券を提供する行為は、ルール違反である。新聞業界の取り決めは、景品の上限額が6カ月の購読料の8%であるから、 2000円程度に抑えなければならない。

 産経新聞は見本紙を使って、拡販活動を展開している。新聞は紙面内容で勝負するものであるから、最もまっとうな勧誘方法だといえるだろう。産経は、「押し紙」も廃止しており、日本の新聞社の中で販売に関しては、もっとも正常な販売政策を取っている。

◇購読紙の「乗り換え」
 最近、ある販売店主から、毎日と産経、それに日経の将来には暗雲が立ち込めているのではないかという話を聞いた。この店主が指摘する負の要素は、これらの新聞社が専売店網で他社に劣ることである。確かに毎日、産経、日経は、それぞれの専売店を持っているが、朝日や読売、地方紙に比較すると割合が少ない。

 自社の専売店がない地域では、必然的に、朝日、読売、あるいは地方紙などに配達を依頼せざるを得ない。

「日経は、専売店が少なく、他社に配達を依頼しているのでかえってコストが削減できているという考えもありますが、今後は状況が変わってくると思います」

  この店主さんが言うには、新聞業界が斜陽化してくると、他紙の配達を依頼されている専売店が、読者に購読紙の乗り換えを勧誘する現象が生じてくるというのだ。たとえば、B社の販売店が日経から依頼を受けて日経を配達しているとする。

 景気の良かった時代は、真面目に日経を届けていても、肝心の自社の部数が減ってくると、日経から自社の新聞へ乗り換えを勧誘するようになる可能性が高いというのだ。

・・・・しかし、日経は特殊な経済情報を掲載していますから、簡単に乗り換えは起きないのではないでしょうか?

店主:日経は、確かに経済の専門誌ですが、ビジネスの専門家から見れば、かならずしも専門的な情報を提供しているとは限りません。経営学を勉強している人にとっては、有意義な新聞ですが、プロの事業家の視点から見れば、ものたりない情報だと思いますよ。

 それに現在は、ビジネスが国際化しているでしょう。ですから日本国内よりもむしろ世界規模で経済ニュースを取材しなければ、ニーズには応えられません。日経にそれだけの体制がありますか?(1900/2700文字

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 12月21日はなんの日かごぞんじだろうか?。2年前、すなわち2007年のこの日は、読売新聞社の江崎法務室長と自由人権協会の代表理事で弁護士の喜田村洋一氏が、「協働・協力」して、黒薮に恫喝まがいの催告書を送りつけてきた日である。

 催告書の内容は、これまで繰り返し新聞販売黒書で伝えてきたが、言論の自由にかかわる大問題なので、再度、内容を伝えておきたい。

 催告書で彼らが突き付けた要求は、新聞販売黒書に掲載した下記の文書を、削除せよというものだった。そして、要求に応じない場合は、法的手段を取ることも辞さない旨を伝えてきたのである。しかも、法的手段の中身が刑事告訴であることもほのめかしていた。

前略
 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。
 当社販売局として、通常の訪店です。
 以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。

 削除を求める理由としては、この文書が江崎氏の著作物であるからなどというものだった。しかし、著作権法でいう著作物とは、次の定義を満たさなければならない。

  思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

 だれが判断しても江崎氏の文書は、著作物の定義には当てはまらない。しかも、この文章の削除を求めた催告書は、実は江崎氏が執筆したものではなくて、喜田村弁護士か彼のスタッフが執筆した可能性が高い、と後に東京地裁と東京高裁が認定したのである。

(ちなみに裁判では、江崎氏の最初の文書ではなくて、催告書の削除を求めてきた。内容そのものに問題があったからではないかという見方もある)


◇誰が誹謗中傷の張本人なのか?

 その後、江崎氏が所属する読売は、わたしに対して2件の名誉毀損裁判を起こした。計3件の裁判で、原告の代理人に就任したのが、喜田村洋一弁護士だった。

  さらに喜田村弁護士は、真村裁判や平山裁判(いずれも福岡の販売店訴訟)でも、読売の代理人を務めて、読売の販売政策をサポートしてきた。真村裁判の準備書面の中では、黒薮と真村氏に対する根拠のない批判を繰り返している。たとえば、次の文書である。


  加えて、(真村さんが)別件訴訟を提起した2008年5月29日、インターネット上のウェブサイト「My News Japan」に、被告を誹謗中傷する記事とあわせて、訴状が掲載されたが(乙18)、この時点では、被告には訴状は送達すらされていなかった。被告は、外部メディアを通じて、原告による別件訴訟提起の事実を知らせたのである。

 提訴日に「My News Japan」に原告の訴状が公開され、原告本人のコメントや写真までも掲載されていたことからすると、原告が用意周到に、記事を執筆した自称フリージャーナリスト・黒薮哲哉(以下「黒薮」という)と共働し、事前に公表の準備をしていたこと、原告が被告を攻撃する意思を有していたことは明らかである。

◇喜田村弁護士が全文掲載を非難
 さて催告書が焦点になった著作権裁判で、原告側(江崎氏)が問題とした事柄のひとつに、わたしが催告書の全文を掲載したことがある。たとえば2009年1月28日に行われた本人尋問で、この点をめぐって喜田村弁護士と黒薮の間に、次のようなやりとりがあった。

喜田村:例えば、催告書の全文掲載ではなくて、読売新聞社の法務室長から回答書の掲載を削除せよという催告書が届いたということを報じるたけでは不十分なんでしょうか。

黒薮:不十分ですね。(2400/5200文字)

 「押し紙」という言葉が市民権を得てきた。かつて、この言葉を耳にすると、「押し花」の類似語と誤解するひとが後を絶たなかった。それを避けるために、「押し紙」よりも「偽装部数」の方が的を得た表現ではないかという意見もあった。

◇「押し紙」とは過剰な新聞のこと
 「押し紙」の定義は、現在とひと昔まえでは、若干変化している。約10年前まで、新聞公正取引規約(新聞業界が原案を作成して公取委が認定したもの)は、販売店に余っている新聞を次の3種類に分類していた。

「押し紙」:新聞社が販売店に対して強制的に買い取らせる結果、生じる 過剰紙。

「積み紙」:新聞販売店が折込チラシの受注を増やすことを目的に、自主的に受け入れている過剰紙。

「残紙」 :「押し紙」と「積み紙」を総括した過剰紙。

    ところがこれらの分類と定義は、1998年(平成10年)に新聞公正取引規約の改定が行われた際に、同規約からすべて削除された。すなわち現在は、公式には「押し紙」も「積み紙」も「残紙」も存在しないことになっている。定義そのものが不在になっているのだ。

 もちろんこのような新聞の分類方法は、極めて専門的なものであって、現在、巷に流布している「押し紙」という言葉は、優越的地位の濫用を告発する側の視点を重視して、広く過剰紙、あるいは残紙の意味で使用されてる。 

 従って、「押し紙」問題というのは、販売店に過剰になっている新聞に関する諸問題を意味する。環境破壊のテーマも、そのひとつである。

 なぜ、この点をわたしが明記したのかと言えば、「押し紙」裁判になると、新聞社は、販売店に余っているのは、「押し紙」ではなくて、「残紙」だと主張するからだ。しかし、「残紙」という定義は、新聞社の集合体である新聞公正取引協議会が10年以上も前に、みずから捨て去った概念なのだ。

◇「押し紙」という言葉の認知度
 最近、「押し紙」という言葉が市民権を得てきた。それを裏づける証言が相次いでいる。たとえば福岡の販売店訴訟の支援者が言う。

「福岡市で『押し紙』問題を訴えるチラシを配布していたときに、通行人の一人が足を止めて、『押し紙』って新聞社がやっている不正でしょうと話しかけられました」

 「呟き」のサイト「Twitter」で「押し紙」検察してみると、次のような「呟き」が掲載されている。

「デフレ下で日経新聞・店頭売り20円値上げ。コスト高の販売店温存は姑息。用紙・印刷コスト値上がりの影響を言うなら「押し紙」を全廃したら?」

「さいきん、ビジネスホテルによく『朝刊サービス(キャンペーン中)』と掲げて、タダの新聞がてんこ盛りに置いてあるんだけど。あれ、『押し紙』の新しい処分方法なのではないかと穿ってみている。」

「出版の業界も委託販売制だったり、新聞は押し紙があったりといろいろ酷すぎますよねえ。」

「[MM読了]「押し紙」という新聞のタブー―販売店に押し込まれた配達されない新聞 (宝島社新書 301) 」

 ちなみに「『押し紙』という新聞のタブー」(宝島新書)は、わたしの拙書である。

◇司法は変化の兆し、公取委は新聞社に配慮か?
 「押し紙」は、新聞社のビジネスモデルの問題だけではなくて、環境問題でもある。(2200/3300文字

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  現在、継続中の裁判のうち、新聞販売黒書でリポートしたことがある裁判の件数は14件である。内訳は、読売が9件、朝日が1件、毎日が2件、山陽新聞が1件、訴訟準備が1件である。

  すでに終了したものを含めると20件を超えるのではないかと思う。現在進行しているが、新聞販売黒書では取り上げたことがない裁判を含めると、さらに件数は増える。

 たとえば読売VS読売新聞・水呑販売店の元店主など。

 ちなみに産経は、販売店へ搬入する部数をすでに適正なものに改めており、新たな訴訟が提訴されるリスクは少ない。

 販売店訴訟は大別して、「押し紙」裁判と地位保全裁判に分類できる。わたしに対して読売が仕掛けた名誉毀損裁判などは、販売店訴訟の副次的なものとして位置づけられる。

◇「押し紙」裁判
 「押し紙」裁判とは、新聞販売店に実配部数を超えて搬入された新聞により被った損害の賠償を求める裁判である。たとえば1000部しか配達していない販売店に対して、1500部を搬入し、差異の500部分の卸代金を請求された場合、販売店はそれによって生じた損害額の返却を求める。

 「押し紙」の蓄積が膨大になり、請求額が1億円を超えることもある。

 現在のところ「押し紙」裁判で、販売店が勝訴したケースはない。裁判所は販売店に過剰な新聞が余っている事実は認定するが、販売店がそれを断った証拠がないことを理由に、販売店の訴えを退けてきた。

  「『押し紙』を断った証拠」があるか否かが勝敗の分かれ目になっているようだ。が、冷静に考えれば、この論理はおかしい。「押し紙」を含む販売政策に従わない販売店を強制廃業へと追い込むのが新聞社の方針になっているからだ。

◇地位保全裁判
 新聞社が販売店を改廃した場合、あるいは改廃を通告した場合、販売店が地位保全を求めて起こす裁判である。改廃理由の代表的なものとしては、次のようなものがある。

1、営業成績が悪い。

2、暴力団関係者との関係を持っている。

3、部数の虚偽報告をしていた。

 このうち「3」は常に持ち出される。部数の虚偽報告とは具体的に何を意味するのだろうか?

 新聞社は販売店に対して、定期的に新聞の部数内訳の報告をさせる。たとえば次のような部数内訳になっているとする。

搬入部数:2000部
実配部数:1200部
予備部数: 800部

 上記の内訳を、正直に報告した場合、「予備部数」の800部が過剰になっている実態が記録として残る。この800部は、第3者から見れば独禁法が禁じている「押し紙」である。

 そこで販売店は800部を隠すための改ざんを求められる。独禁法に抵触すれば、「押し紙」政策が破たんする糸口になりかねないからだ。

 上記の数字を例にして、具体例を示せば、たとえば次のように改ざんする。

搬入部数:2000部
実配部数:1950部
予備部数:  50部

 こうして書類の上では、「押し紙」が存在しないように装うのだ。(50部は純粋な予備部数)。販売店がこのような改ざん作業を拒否すると、販売政策に従順ではないと見なされる。その結果、改廃に追い込まれることもある。

 もっとも、新聞社は販売店に対して、露骨に改ざん作業を求めるわけではない。暗黙の了解が両者の間にあるのだ。そのために、裁判で「改ざん命令」を立証することは不可能に近い。

 このような事情の下で「虚偽報告」が慣行化している。しかし、新聞社が販売店を改廃する時は、「虚偽報告」を逆手に取ってくる。つまり「部数の内訳を偽って報告していた」として、信頼関係の破たんを理由に改廃を正当化するのだ。これが新聞人と呼ばれる人々の実態である。

◇訴訟リスト
 新聞販売黒書で取り上げたことのある14件の訴訟の詳細は次の通りである。(2700/4900文字)

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 日本の新聞に見られるように巨大部数を持つメディアは、純粋なジャーナリズムとして機能し、国民にとって本当に有益なのだろうか? われわれはある環境の中に埋没してしまうと、「異常」を「異常」と感じなくなる。外界に順応してしまい、物事の客観的な実態が見えなくなることがままある。

 次に示すのは、世界新聞協会(World Association of Newspapers)が発表した2008年度の新聞発行部数ランキングである。

1、読売新聞           1406万部
2、朝日新聞                  1212
3、毎日新聞                   558
4、日経新聞                   463
5、中日新聞                   451
6、Bild                      354
7、Rederence News             318
8、The Times of Indeia        314
9、The Sun                    298
10、People's Daily             280

 日本の新聞社の場合、夕刊部数を含んでいるとはいえ、圧倒的に多い部数を記録している。「押し紙」が3割から4割あるとしても、上位独占の状態は不動だ。   

  しかも、日本には新聞社の社数が少ない。基本的に1道府県に1紙と、中央紙だけである。これに対して、たとえば全米には約1400社の新聞社がある。

  こうした状況下で生じるのが情報の寡占化である。記者クラブで発表された情報が、中央紙と共同通信を通じて、全国の津々浦々まで浸透する。地方紙に独自性があるとはいえ、中央の情報は共同により配信されているわけだから、全国民が記者クラブで発表された情報に接して、それを物事の判断材料のひとつにしていることになる。

 しかも、新聞を通じて得る情報は、信憑性が高いという先入観がある。

◇正力氏、CAIに「協働・協力」
 このような「異常」が生まれたのは、戦時体制下で新聞社の1県1紙制が定着した後である。大本営発表をそのまま新聞各紙で報じるのが「ジャーナリズム」の役目になった。その結果、大半の日本人は、大本営の情報にほんろうされ、日本軍の優勢を信じて疑わなかったのである。

  敗戦により新聞もGHQの指導下に置かれる。GHQの指導方針について、東京経済大学の有山輝雄教授は次のように言う。

・・・・アメリカが、日本を民主化しようとしたといっても、一面では自分たちの国益を優先したわけです。考え方によっては、日本の新聞社の戦争責任を追及して、新聞社を全部つぶすことも選択としてはもっていたわけです。

  しかし、アメリカは、国益を守るためには今ある新聞社を利用する方が都合がいいと考え、新聞の制度それ自体はいじらなかった。(拙著『新聞ジャーナリズムの正義を問う』(リム出版新社)

 実際、読売の正力松太郎(暗号名:ポダム)氏がCAIと「協働・協力」していた事実が、最近になって研究者の手で発掘された。米国は正力氏が発行する読売を通じて、日本の世論を新米へ誘導しようとしたのである。このあたりの事情については、『原発・正力・CIA』(有馬哲夫著・新潮新書)に詳しい。
 
◇「俺には幸か不幸か1千万部がある」
 巨大メディアによって、世論を誘導する「策略」は、戦後、日本が民主化される中で解消したわけではない。今、現在も健在といっても過言ではないだろう。

 ジャーナリストの魚住昭氏は、『メディアと権力』(講談社)の中で、渡邉恒雄氏の次のような発言を引用している。新聞というメディアの危険性が読み取れる。

 世の中を自分の思う方向に持っていこうと思っても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か1千万部ある。1千万部の力で総理を動かせる。小渕総理とは毎週のように電話で話すし、小沢一郎ともやっている。

  政党勢力だって、自自連立だって思うままだし、所得税や法人税の引き下げだって、読売新聞が一年前に書いた通りになる。こんなうれしいことはないわね。これで不満足だなんて言ったらバチが当たるわ。

◇対抗言論の不在は日本の悲劇
 巨大メディアの危険性は、端的に言えば、同じ規模の対抗言論が存在しないことに尽きる。「中央紙+共同」の情報に、対等な立場で反論なり評論できるメディアがないために、世論誘導が簡単にできる状況があることである。しかも、世論誘導を実施する新聞社は、渡邉氏の例でも明らかなように、政界と癒着している。

 1000万部のメディアに対しては、1000万部の対抗言論があって初めて対等な論戦の舞台が整うのではないだろうか。こんなふうに考えると、日本の場合、巨大メディアの存在そのものが重大な社会問題と言えるだろう。社会進歩を妨げる壁になっている。従って、このようなメディアは一旦解体し、部数至上主義を検証した後、再編するのが望ましい。

◇権力構造に組み込まれた新聞社
 大半の人々は、日本の民主主義は成熟しているものと勘違いしている。(2700/3200文字

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 出版関係者にとって見過ごせない言論抑圧が発生した。マイニュースジャパンの渡邊正裕編集長が『ZAITEN』(12月号・旧「財界展望」)に執筆した「企業ミシュラン・日本経済新聞の巻」に対して、日経新聞の代理人弁護士が抗議の文書を送りつけてきたのだ。文書は、渡部氏と『ZAITEN』編集部に宛てたものである。

  マイニュースジャパンに掲載された事実経過の報告によると、送付文書の中で、日経の弁護士は、「法的措置も検討しております」「強く警告するものです」などと述べている。また、日本の名誉毀損裁判の仕組み(真実性などの立証責任が被告側にかせられる規則)を説明して、それが被告にとっていかに難題であるかも説明している。

 記事の内容は、労使の癒着やパワハラの実態をレポートしたものである。

◇リベラルな経済誌『ZAITEN』
  『ZAITEN』は、日本で出版されている月刊誌の中では、リベラルな雑誌のひとつで、これまでも新聞社の問題をたびたび取り上げてきた。わたし自身も過去に2回、記事を執筆したことがある。「押し紙」問題と、新聞の紙面広告に関するルポルタージュだった。

 新聞社を批判する雑誌は、このところめっきり少なくなっている。「押し紙」問題に関していえば、メジャーな雑誌では、『週刊新潮』、『SAPIO』、『週刊ダイヤモンド』、『週刊東洋経済』、『紙の爆弾』、『サイゾー』、『創』ぐらいではないだろうか。

  雑誌も新聞社批判にはしり込みする傾向がり、これらの雑誌の新聞社に関する報道は、国民の知る権利に応える重要な役割を果たしている。『ZAITEN』もこうした雑誌のひとつである。

◇武富士VSフリーライター
 過去にもフリーライターが執筆した記事をめぐって企業から訴えられた例はある。その典型は、武富士が三宅勝久、山岡俊介、寺澤有、野田敬生のフリーライターに対して訴訟を提起したケースである。

 しかし、この裁判は訴訟そのものが違法とされ、武富士が敗訴した。実質的に言論封じのための訴訟と認定されたのである。

 その後、フリーライターを被告にした裁判が続発する。被告になったのは、斎藤貴男、西岡俊介、烏賀陽弘道といったライターである。さらにこれら一連の裁判が社会問題になった後、わたしが読売から訴えられた。しかも、3件の訴訟を持ちかけられたのである。

 渡邉氏に対する日経からのアクションは、訴訟には至っていないが、わたしのケースと同じ流れである。つまりメディア企業が、フリーライターをターゲットにしたケースである。厳密に言えば、烏賀陽弘道を訴えたオリコンもメディア企業であるから、メディア企業VSフリーライターの流れは、烏賀陽氏のケースから始まっているとも言える。

◇プロ野球の乱闘事件では、だれも告訴しない
 わたしは一般企業がフリーライターを訴えるのと、メディア企業がフリーライターを訴えるのでは、かなり事情が異なると考えている。改めて言うまでもなく、後者の方が格段に悪質だ。(1800/3100文字)

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 毎日新聞社と共同通信社、それに共同加盟社との提携問題が波紋を広げている。新聞販売黒書にも問い合わせたがあった。

  この問題の発端は、11月26日に毎日新聞社と共同通信社、共同通信加盟社の3者が記者会を開いて、「包括提携」を宣言したことである。

 その後、一部の地方紙から事実に反するとの抗議があったらしい。これを受けて共同通信社の石川聡社長が、12月4日、記者会見を開き、地方紙が毎日と提携するかどうかは、個々が判断する問題という見解を明らかにしたのである。

 要するにすべての地方紙が、毎日との「包括提携」に合意しているのではないということである。もともと地方紙と中央紙は、ライバル関係にあるので、わざわざライバルを支援する必要はないというのが地方紙のスタンスではないかと思う。

 また、毎日と提携したところで、地方紙が得るメリットがあるとは思えない。中央のニュースは、すでに共同から配信を受けているからだ。

 そもそも毎日の経営陣は、提携で経営難から脱し切れると考えているのだろうか。たとえ共同や地方紙との提携が実現したとしても、毎日の経営が改善することはあり得ないというのが、販売店サイドの見方である。

「『押し紙』の損害賠償訴訟を考えているが、訴訟の最中に社が倒産すれば、勝訴しても意味がないのでは」

「毎日新聞社はいつまでもつでしょうか?」

 販売店サイドは、すでに販売網の崩壊を覚悟しているのだ。

◇「押し紙」相殺システムの崩壊
 共同や地方紙との連携プレーが成功しても、毎日の生き残りが難しいとする見方の根拠になっているのは、販売店が対峙している凄まじい「押し紙」の実態である。さらに折込チラシの激減である。

 すでに新聞販売黒書でも繰り返し報じてきたように、毎日販売店の中には、豊中販売所(大阪府)、蛍ヶ池(同)のように「押し紙」率が70%を超えた例もある。これら2店はすでに廃業している。

 元店主の高屋肇(毎日懇話会名誉会員)さんによると、「押し紙」を断れば、強制改廃されかねないので、「押し紙」を受け入れているうちに、どんどん増えていったという。他の店主さんに話を聞いても、同じような証言をされる。

 「押し紙」が多量にあっても、なんとか販売店経営が維持できてきたのは、折込チラシの需要が多かったからである。折込チラシの水増しで稼いだ不正収入で、「押し紙」の損害を相殺していたから、経営が維持できたのだ。極めて単純明快な原理である。

 ところがその折込チラシは、急激な勢いで減り続けている。東京都折込広告組合のデータ(2009年9月)によると、東京、神奈川、千葉、埼玉の首都圏の折込チラシは、23カ月連続で減。

 このままのペースで減り続けると、「押し紙」の損害を相殺するシステムが確実に機能しなくなる。その結果、販売店は赤字経営に陥り、最悪の場合には倒産に追い込まれる。

 販売店の後継者は、なかなか見つからないらしい。「泥船」に乗るようなものであるからだ。8月に強制改廃で販売店をつぶされた都内の店主・梶原(仮名)さんが言う。

「わたしの後に販売店を引き継ぐ人がいないので、現在は社が店を管理しています。このような店を『社管』といいます。その社管がどんどん増えています」

 皮肉なことに、ある意味では合理化どころではなくなっている。跡継ぎがいない販売店を社が管理せざるを得ない状況が生まれているのだ。梶原さんが言う。

「最近、新聞通信社(業界紙)から、今年の販売店名簿が発売されました。それによると、わたしが調べた限りでは、都内だけで9店の販売店主が交代していました」

◇梶原さんの販売店の「押し紙」
 梶原さんが経営していた毎日販売店の「押し紙」も凄まじかった。手元の資料から抜粋して紹介してみよう。数字は朝刊のもの。()の中は「押し紙」部数を示す。(2400/3800文字)

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 読売新聞社が新聞販売黒書を訴えた名誉毀損裁判の控訴審(東京高裁)の日程が決まった。

日時:2010年2月25日、13時30分

場所:東京高裁 511号法廷

  ところでこの裁判の読売側代理人を務めてきた喜田村洋一弁護士(自由人権協会の代表理事)が代理人を降板された。降板の理由は不明。

 喜田村洋一弁護士は、対読売の係争が始まった2008年の初頭から、わたしの取材対象だった。既に刻んだ足跡は消えないので、最後まで代理人を務めてほしかった。喜田村氏が書いた準備書面(東京地裁で閲覧可能、[平成20年(ワ)第4874号])だけでは十分とは言えない。

 取材対象にした理由のうち、直接裁判に関係しているものに限定して、ここで紹介しておきたい。読者が、読売とわたしの係争を理解する手がかりになるからだ。

◇武富士から読売へ
 現在、わたしは読売(あるいは、読売新聞社の社員個人)を相手に3件の裁判を闘っている。著作権裁判と2件の名誉毀損裁判である。読売から請求されている金額は、約8000万円。武富士裁判のケースと同様に高額になった。

  喜田村弁護士は、これら3つの裁判で、読売の代理人を務めてきた人物である。過去に薬害エイズ事件の被告・安部英被告や、ロス疑惑事件の三浦和義被告を無罪にした弁護士としても知られている。もっとも、これらの事件については、ジャーナリズムの視点から再検証すべきではないかとの声が、かなりあるようだが。

◇著作権裁判
 著作権裁判では、読売の江崎法務室長がわたしにメールで送付した催告書が焦点になった。催告書を新聞販売黒書に掲載したところ、江崎氏が削除を求めて仮処分命令を申し立て、後に提訴に及んだのである。

  判決では、催告書の作成者は喜田村弁護士か、彼のスタッフである可能性が高いと認定された。東京地裁も東京高裁も同様の判断を示した。つまり催告書の作成者を江崎氏と偽って、裁判を起こしていたのだ。

  しかし、わたしがこの裁判でより関心を寄せていたのは、催告書の掲載をめぐる法的根拠よりも、催告書の内容そのものだった。書かれていた内容が暗い好奇心を喚起し、無関心ではいられなくなったのだ。

  催告書の内容は、新聞販売黒書からある文書を削除するようわたしに求めたものだった。ある文書とは、読売の江崎法務室長が販売店経営者の代理人弁護士に宛てた文書だった。

前略
 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。
 2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。
 当社販売局として、通常の訪店です。
 以上、ご連絡申し上げます。よろしくお願いいたします。

 催告書は、この文書が江崎氏の著作物であること、従ってわたしに公表権はなく、削除しなければならない旨を主張していた。しかも、要求に応じないのであれば、法的な対抗策も辞さないというのだった。刑事裁判をも仄めかしてきたのである。わたしは脅されているのではないかと思った。

◇著作権法でいう著作物とは
  しかし、著作権法でいう著作物には、一定の定義があって、巷に氾濫している不特定多数の文書すべてに該当するわけではない。その定義とは、次の通りである。

 思想又は感情を創造的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

  著作権法の定義に照らし合わせると、江崎氏の文書は誰が読んでも著作物とは判断できない。ところが喜田村弁護士は、催告書の中で堂々と江崎氏の文書が著作物だと述べているのだ。(催告書は、最高裁で決着が着いて、裁判が終わってから始まる検証で公開する)。
 
 わたしは弁護士や研究者、ジャーナリストなど50名ぐらいの人々に、江崎氏の文書を示して、「著作物だと思うか?」と質問してみた。しかし、著作物だと思うと答えた人はいなかった。

 かりに喜田村弁護士が、江崎氏の文書が著作物ではないと知りながら、著作物だというフィクションを前提に、わたしを訴える可能性を示唆したとすれば、恫喝行為ということにならないだろうか。このような疑問があるので、わたしは喜田村弁護士を取材対象にしたのだ。

 裁判は現在、最高裁が舞台になっている。最高裁がどのような判断を示そうが、裁判の引き金となった江崎氏による販売店経営者宛ての文書が、著作物ではないとすれば、喜田村弁護は内容がでたらめの催告書を作成したことになる。そして江崎氏がそれをわたしに送付したのである。目的は、言論抑圧だった可能性が強い。

 東京地裁は、怪文書とも解釈しうる催告書を新聞販売黒書から削除すべきか否かを1年に渡って検証したのである。もちろんわたしの弁護団は、江崎氏の文書そのものを最初から問題視していた。

  このような事実経過を、喜田村氏が代表理事を務める自由人権協会や読売が所属する日本新聞協会は、どのように考えるのだろうか?特に自由人権協会は見解を示すべきだろう。

 余談になるが、武富士の代理人を務めたメンバーの中にも、自由人権協会所属の弁護士がいたように記憶している。

◇名誉毀損裁判①、弁護士費用200万円を請求
 名誉毀損裁判①については、高裁の段階に入ったところなので、この場で自分の主張を展開することは控える。ただ、請求された金額と提訴に至るプロセスについて、重要な事実を明記しておきたい。

 わたしは読売から、2330万円を要求されているが、その請求額が妥当と言えるのか、疑問を抱いている。法人に対する請求額ならともかく、読売は個人に対してこれだけの大金を請求してきたのである。読売社員の1・5年分ぐらいの額ではないか。

 喜田村弁護士は、この点について、読売にどのようなアドバイスを行ったのだろうか?あるいはそこに被告の人権に対する配慮はあったのだろうか?請求額の中には、弁護士費用として200万円も含まれている。これは喜田村弁護士の取り分である。それを示す記述を訴状から引用しておこう。

  原告らは、本訴の追行を弁護士に委任したが、その弁護士費用の相当額は本件不法行為と相当因果関係にある損害として、被告が負担すべきものである。その金額は、本訴の難易度や消費すべき時間などを勘定すれば原告一人当り50万円(合計200万円)が相当である。

 ちなみに原告は次の4者である。

 読売新聞西部本社(小島敦)、江崎徹志、長脇正裕、池本光男

 裁判に至るプロセスは双方の話し合いが決裂して、提訴に至ったというものではない。読売は、名誉を毀損されたとする記事の訂正を求めることもなければ、わたしが提供した反論権を行使することもなく、さらには仮処分命令の申し立ても行わずに、いきなり高額訴訟を提起したのある。ウエブサイトの記事であるから、訂正には5分もかからないはずなのだが。

  わたしは読売が「誤り」が訂正されることを望んでいたのかすら、疑わざるをえなかった。裁判を提起した場合、第1回の口頭弁論まで45日ぐらいの日数を要するのだが。

 この点についても、喜田村弁護士が読売に対してどのようなアドバイスを行ったのかを知りたい。(この裁判の地裁判決は、黒薮の勝訴)。

◇名誉毀損裁判2 推論に対する名誉毀損
 第3の訴訟は、わたしが『週刊新潮』に執筆した記事をめぐるものである。訴えられたのは、わたしと新潮社である。

 この裁判についても地裁の段階なので、わたしの主張はこの場では公開しないが、出版関係者に重大な影響を及ぼす領域に限定して論評する。(4800/6400文字)

    「ベトナム戦争の後、報道規制が厳しくなり、戦争の最前を取材できなくなった」
  新聞社のこんな言い訳を聞いたことがないだろうか。紹介したビデオは、1989年11月、中米のエルサルバドル内戦で、FMLN(ファラブンド・マルチ民族解放戦線)が首都サンサルバドールに接近し、政府軍との間で激しい戦闘になったときのもの。まさに最前線の映像である。

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 『週刊新潮』(12月17日)が、真村事件に深く関与したとされる折込広告代理店社長でYCの経営者でもある杉山繁喜容疑者を元暴力団員と報じている。(同誌129ページ)。その真相はともかくも、新聞販売の関係者の中に、元暴力団員が多いという話はよく聞く。関西のある販売店主の話を紹介しよう。

◇新聞拡販でも縄張り争い
「純粋な暴力団員は、ほとんどいないと思いますが、元組員とか、組員と懇意な関係にある人はかなり多いと思います。彼らの多くは、新聞のセールス団を経営しています」

 なぜ、新聞拡販と「元暴力団」が結び着くのか。前出の店主が言う。

「それはライバル社との縄張り争いがあるからです。また、強引なセールスをしなければ、購読契約が取れません」

  わたしはこれまでセールス団の関係者をかなり取材してきたが、その中で凄まじい話を何度も耳にした。特に1990年代には、拡販戦争が激しかったこともあって、異常なセールスが行われていたようだ。具体例を紹介しよう。

 『新聞通信』(12月7日)によると、日本ABC協会が発表した第25回新聞部数定期公査の結果が公表され、平均非販売率は、9・0%を記録した。前回の8・7%からさらに悪化したことになる。

◇「非販売率」とは、実質「押し紙」
 「非販売率」という言葉は耳なれないが、要するに販売店に配達されずに残っている残紙、あるいは「押し紙」のことである。ABC協会の公査ですらも、「押し紙」が9%になったのだ。

 新聞関係者が強い影響力を持つABC協会の公査ですら、9%の「押し紙」が確認された意味は大きい。
                                   
  また、同紙の報道によると、次回の第26回の定期公査からは、「販売店調査の対象店への通知を前々日から前日に変更」するという。公査の前に新聞社が、販売店へ通知しているのは、すでに周知の事実となっている。書類を改ざんするのが目的だと言われている。それにもかかわらず9%が「押し紙」という結果が出たのである。

  しかし、通知日を1日早めたところで、現在はPC上でデータ操作ができるので、これにより特に大きな変化は起きないだろう。

  ABC部数の信用は今や完全に地に落ちている。「押し紙」を含んでいるからだ。それにもかかわらずABC部数を新聞の実配部数と勘違いしている人が少なくない。弁護士の中にも、発行部数と実配部数を混同するなど、初歩的な知識を欠いている人がいる。そのことは、新聞関連の裁判の準備書面を閲覧すれば分かる。

◇年間で982億円の不正収入
 

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 『読売新聞』(12月4日)の社説は、葛飾ビラ配布事件の最高裁判決を取り上げている。この社説は、論理に破たんが生じている。書かれた内容を評価する以前に、論理そのものに矛盾があるのだ。

◇葛飾ビラ配布事件
  葛飾ビラ配布事件というのは、東京・葛飾区の僧侶で共産党員の荒川庸生さんが、「ビラ・チラシ禁止」の張り紙があるマンションに立ち入って、共産党のビラをポスティングしていたところ、住民が警察に通報し、駆けつけてきた警官が荒川さんを逮捕した事件である。東京地裁は荒川さんに無罪を言い渡したが、高裁で罰金5万円の有罪。最高裁も高裁判決を支持した。

 この最高裁の判断について読売は、「過去の判例に沿った妥当な判断といえる」と主張する。ところがこの文脈に続いて、突如として先行する文章を頭から否定する一文が来る。

 ただ、「ビラ・チラシ禁止」などと表示した集合住宅での配布行為に、広く刑事罰を科すというのは、現実的ではない。

 「広く刑事罰を科すというのは、現実的ではない」のであれば、罰金5万円の刑罰をかした最高裁の判断は誤っているということにならないだろうか。それよりほかの意味に解釈することはできない。これでは、最高裁の判断を支持しているのか、批判しているのかさっぱり分からない。

◇『君命も受けざる所あり』
  新聞文化賞の受賞者で読売の主筆である渡邉恒雄氏の『君命も受けざる所あり』(日経新聞)にも、意味がよく通じない文脈が見受けられる。

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 毎日新聞社と共同通信、さらには地方紙の業務提携がどこまで具体化するのかは別として、最近の新聞業界の動きとして顕著に浮上しているのが、グループ化の流れである。朝日、読売、日経の提携はその典型といえよう。

 毎日、共同、地方紙も同類の経営理念のようだ。もっとも提携の真の目的は不明だが、少なくともグループとして再編することが新聞社が生き残る道であるという認識では一致しているようだ。だからこそ、毎日と共同はたとえ外見だけでも、記者会見という形で、提携のパフォーマンスを行ったのだ。

 が、ジャーナリズム企業をグループ化することで、本当にジャーナリズムの質は高まるのだろうか。この点について、わたしは強い疑念を抱いている。

◇巨大な発行部数は、世論誘導の温床
 読売のような巨大な発行部数は、世論誘導の温床になる。たとえば読売が何らかのキャンペーンを展開した場合、1000万部の対抗メディアがあれば対等な論争が成り立つ。しかし、実際にはそんなものは存在しない。従って読売の一方的な世論誘導が可能になる。

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 毎日新聞社と共同通信社、それに共同通信加盟社の3社による提携が話題になっている。『毎日JP』(11月26日)によると、提携の中身は次のようなものである。

 包括提携の大きな柱は毎日新聞社が(1)各県を拠点とする共同加盟社の一部から地方版記事配信の協力を受ける(2)共同通信社に加盟する--など。官公庁や企業の発表記事などを中心に、両者から記事配信を受けることにより、本社の記者は独自の視点で取材を進め、強みとしてきた調査報道や解説記事をより充実させる。

  記者会見などをベースにした発表ものの記事を、共同通信社や同社に加盟している地方紙から受け、毎日新聞の記者は調査報道や解説に重点を置くということのようだ。米国ではこのようなジャーナリズム活動が定着している。つまり発表ものを専門とする通信社と、調査報道を専門とする新聞社の役割分担が明確になっている。

◇毎日報道をうのみ
  新聞研究者の中には、このような動きをうのみにして、期待を寄せている人もいるようだ。たとえば春原昭彦・上智大名誉教授(新聞史)は、

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 読売新聞西部本社と極めて親密な関係にあり、2001年頃から福岡県の久留米市を中心とするエリアで発生した一連の“販売店係争”で読売販売局と「協働・協力」関係にあった杉山繁喜店主が、2日、傷害容疑で逮捕された。産経新聞のネット版などが報じた

  福岡の販売店係争については、『新聞販売の闇と戦う』(江上武幸・真村久三著、花伝社)に詳しい。

  このところ読売新聞社に関係した不祥事が増えているようだ。産経新聞のネット版で報じられたものだけでも、次のような事件がある。

読売子会社の元課長を1000万円詐欺容疑で逮捕 大阪地検特捜部

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 山陽新聞岡輝販売センターの元所長が、「押し紙」裁判を提起して、1年半になる。この間、原告と被告で何度か準備書面の交換が行われた。

 ※訴状
  ※準備書面・原告(1)~(5)/被告(1)~(4)
 ※動画‐チラシ回収の場面

 この裁判でも、新聞社は「押し紙」などそもそも存在しないと主張している。たとえば平成21年3月6日付けの山陽新聞・準備書面(4)は、次のように述べている。

 原告は販売会社による「押し紙」が民法709条の不法行為であると主張しているが、被告らは訴状添付の一覧表の「押し紙」の数量については全面的に争っている。そもそも販売会社による「押し紙」という概念が存在しないことは従来の主張のとおりである(販売会社には告示第9号の適用がない)。

  「押し紙」が存在しないというのであれば、なぜ、岡山県議会は、『晴れの国おかやま』の水増し問題を議題として取り上げているのだろうか?

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 読売の準備書面[4]で述べられた問題箇所を指摘すると際限がない。いずれ全文を紹介する機会があるかも知れない。興味がある読者は、福岡地裁で閲覧されることを勧める。事件番号と事件名は、「平成21年(ワ)第1083号 販売店地位確認等請求事件」である。準備書面の作成者は、自由人権協会理事の喜田村洋一弁護士ら4名。

◇事件の経緯
 さて、真村さんと読売の係争が始まったのは、2001年の5月である。真村さんは読売から、配達地区の一部返上を求められた。これを断った事に端を発して係争になり、2009年12月現在も解決に至っていない。

 この事件は、時系列的に2つの時期に区分することができる。1期は最高裁で真村さんの地位保全が決定する2007年12月までの時期である。

 第2期は、最高裁の決定が出た後の時期である。とはいえこれで係争が終わったわけではなかった。最高裁が地位保全を決定した7ヶ月後、読売は真村さんの経営するYCを強制改廃した。2008年7月の事だった。

 これにより係争の舞台は、再び裁判所に逆戻りする。

 真村さんに対する読売の主張は、膨大なページにのぼる読売側の準備書面に記録されている。その中には、誹謗・中傷とも受け取れる内容のものがかなり含まれている。本サイトで昨日と一昨日、2回に渡って紹介したのは、ほんの一部にすぎない。

 最高裁の決定が出る前の時期に、読売が行った真村さんに対する攻撃は、見方によっては許容範囲かも知れない。裁判所が最終的な判断を下すまでは、自分の考えを主張する権利があるからだ。

 ところが読売は最高裁で決着がついた後も、問題を蒸し返して、真村さんを攻撃しているのだ。新聞人らしく言論で攻撃するのであれば、まだしも司法の場で攻撃を繰り返している。

◇延々と個人攻撃
 わたしは真村事件というのは、重大な人権侵害事件だと考えている。前代未聞の事件である。なにが前代未聞かといえば、大新聞社がなんの後ろ盾もない個人を、8年間に渡って攻撃し続けていることである。しかも、攻撃の中身は、わたしから見ると誹謗・中傷である。

 8年間も個人攻撃を繰り返されたら、普通の神経の持ち主であれば、うつ病になりかねない。

  わたしは真村事件は、日本新聞協会や新聞労連で重大視すべき事件だと思う。介入すべきではないか。人権問題ではないかと思う。

  故斉藤茂男氏が、よく「社会病理」という言葉を使われていたが、エリート集団が一個人を執拗に追いつめている状況の裏に、わたしは社会病理が潜んでいるように感じる。その正体が何であるかを短絡的に決めつけることはできないが、わたしは受験体制や新自由主義が何らかの影響を及ぼしている可能性があると思う。

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ゴーストライター
堂々と「押し紙」を回収。「押し紙」世界一。
新聞販売黒書の主宰者・黒薮哲哉の著書紹介
配達されずに破棄される折込チラシ
 
 
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