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2019年09月06日 (金曜日)

読売700万部の時代へ突入、年間で約41万部減、宮本友丘専務が2010年に「押し紙をしたことは1回もございません」と証言

2019年7月度の新聞のABC部数が明らかになった。最新のものである。
今回発表されたデータの最大の特徴は、読売が800万部を割ったことである。厳密に言えば読売は、6月度ではじめて800万部の大台を割り、7月にはさらに部数を減らした。年間の減部数が約41万部もあることから判断して、読売は700万部の時代に突入したと言っても過言ではない。部数の回復は期待できない。

なお、読売の年間の減部数41万部は、京都新聞の発行部数に相当する。

朝日新聞は、550万部を切っており、まもなく「朝日400万部」の時代に突入する可能性が高い。

「紙」媒体の衰退は激しく、終末期に入ったとみて間違いない。中央紙の7月部数は次の通りである。()内は前年同月比。

朝日:5,450,087 (-391,864)
毎日:2,345,448(-387,605)
読売:7,974,170(-412,327)
日経:2,299,521(-108,201)
産経:1,364,878(-99,846)

 

◆ABC部数には「押し紙」が含まれている
しかし、ABC部数には「押し紙」が大量に含まれているので、ABC部数の減部数が、かならずしも配達部数の減部数を意味するわけではない。販売店の経営が立ち行かなくなり、やむなく「押し紙」を減らした結果、ABC部数が減ったという見方もできる。とはいえ「押し紙」を減らすということは、経営が苦しくなっている証拠なので、新聞業界が苦境に立たされている事情はかわりない。

それを反映するかのように、産経新聞社は、大阪でも東京でも、「押し紙」裁判の法廷に立たされている。南日本新聞では、販売店5店による集団訴訟が起きている。

「押し紙」裁判の判例は、販売店が有利な方向へ傾きはじめているので、店主は自己破産したり自殺するよりも、訴訟を起こして損害を取り戻すべきだろう。特に集団訴訟が有効で、筆者が知る限り、販売店が敗訴したケースは1件もない。「押し紙」の証拠を保存していれば、少なくとも和解勝訴できる。

 

◆読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません
 なお、新聞社の中には、「押し紙」は一度もしたことがないと公言しているところもある。読売である。参考までに、宮本友丘専務(当時)が、「押し紙」裁判の法廷で行った証言(2010年11月16日、東京地裁)を紹介しておこう。喜田村洋一・自由人権協会代表理事の質問に答えるかたちで、次のように証言した。

喜田村弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所にご説明ください。

宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村弁護士:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村弁護士:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。

 

【参考記事】読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由

2019年04月26日 (金曜日)

議院大阪12区の補選、宮本たけし候補の敗因は、野党共闘とカウンター運動とTVドキュメンタリー

衆議院の大阪12区の補欠選挙で、宮本たけし氏が大敗した。宮本氏は、共産党を離れて、「野党共闘」の候補として立候補したのだが、接戦どころか他の候補にまったく対抗できなかった。

1 藤田文武 :日本維新の会 新 35,183 票
2北川晋平: 自由民主党 新 27,898 票
3たるとこ伸二: 無所属 元 23,460 票
4宮本たけし: 無所属 現 8,201 票

客観的にみて4人の候補の中では、宮本氏が最も議員にふさわしい。プロの政治家である。だれでもプロ野球の選手になれないように、本来、国会議員も政治のプロがなるべきで、その意味で宮本氏の力量は他の候補と比較にならないほどずば抜けている。国会質問を視聴すればそれは判然とする。

本来、たるとこ氏などに負けるはずがないのだが。

しかし、たるとこ氏にも及ばず最下位だった。【続きはウェブマガジン】

2015年09月29日 (火曜日)

「押し紙」否定論者の読売・宮本友丘副社長がABC協会の理事に就任していた、実配部数を反映しないABC部数問題に解決策はあるのか?

【サマリー】  「押し紙」否定論(読売に「押し紙」は存在しないという理論)に立つ読売の副社長・宮本友丘氏が、日本ABC協会の理事に就任していることが分かった。ABC部数は、新聞の実配部数を反映していない。その原因は、ABC部数の中に、広義の「押し紙」(残紙)が含まれているからだ。

 宮本理事にABC部数の問題にメスを入れる力はあるのだろうか?

「押し紙」否定論(読売に「押し紙」は存在しないという理論)に立つ読売の副社長・宮本友丘氏が、日本ABC協会の理事に就任していることが分かった。宮本氏は、週刊新潮が掲載した「押し紙」問題の記事に対して、読売が名誉毀損で新潮社とわたしを提訴した際に証人尋問に立った人物である。そして「読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません」と証言したのである。

読売の代理人・喜田村洋一・自由人権協会代表理事の質問に答えるかたちで、次のように証言した。

 喜田村弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所にご説明ください。

宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村弁護士:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村弁護士:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。

◇新聞協会、「残紙のことですか?」

「押し紙」問題を考える際には、「押し紙」の定義を明確にしなければならない。が、「押し紙」の定義はひとつだけではない。

「押し紙」は存在しないと主張している新聞人にとって、「押し紙」とは、新聞社が販売店に押し売りをした「証拠がある新聞」のことである。彼らにとって、証拠がない新聞は「残紙」である。あるいは「積み紙」。そんなふうに「押し紙」と残紙を使い分けることで、厳密な意味での「押し紙」は存在しないという理論を堂々と展開してきたのだ。

実際、宮本氏は上記の裁判の陳述書の中でも次のように述べている。

読売新聞社においては、新聞販売店が独自の判断で注文部数を自由に増減できる「自由増減主義」が、販売政策の基本原則です。定数を注文するのは販売店であって、発行本社ではなく、販売店の経営社が独自の裁量で決めています。

こうした「押し紙」否定論は新聞人たちの独自の主張であって、一般的に「押し紙」という場合は、新聞販売店で過剰になっている新聞全般を意味する。押し売りの証拠があろうとなかろうと関係がない。

社会通念からして、販売予定のない新聞を購入することなどありえず、とすればそれはなんらかの口実で押し売りされた新聞に違いないと考えるのが一般的だからだ。確かに新聞社に対する忠誠心などから、販売予定のない新聞を受け入れている販売店もあるが、一般の人々はこうした特殊な裏事情は関知していない。多量の新聞が過剰に販売店にあふれ、廃棄されている事実を、重大な社会問題として認識し、広義の意味で「押し紙」問題と呼んでいるのである。

が、新聞人は後者の事情から視線をそらしてきた。それどころか、「押し紙」という言葉を、みずからの造語「残紙」にすり替えて、問題の直視を避けてきたのである。かつてわたしは新聞協会の職員に、協会は「押し紙」の存在を認めているのか否かを尋ねたことがある。その時、職員は、

「残紙のことですか?」

と、切り返してきたのであった。これはあまりにもしばしば見られる新聞人の対応にほかならない。みずからの過ちは絶対に認めない彼らの体質をよく反映している。

◇公益性が極めて高い「押し紙」問題

新聞のABC部数に広義の「押し紙」、あるいは残紙が含まれてることは、新聞関係者の間ではすでに周知の事実となっている。ABC部数は、実際に配達している新聞部数を反映しなければ意味がない。広告主が、PR活動の基礎データとして利用するからだ。

つまりABC部数においては、過剰になっているいる新聞の性質が「押し紙」であるか、それとも「残紙」であるかという点は重要ではない。過剰になった新聞の中身が「押し紙」であろうと、「残紙」であろうと、ABC部数が実配部数を正しく反映していない実態こそが問題なのだ。

ABC協会の読売・宮本友丘理事は、この問題にどう向き合うのだろうか。

読売VS新潮社の裁判では、ABC部数が実配部数を反映していない問題は争点にはならなかった。争点になったのは、「押し紙」に関する記述そのものが、読売の名誉を毀損したか否かという点だった。当然といえば、それまでだが、これは同時に担当裁判官の視野の狭さを物語っている。

このあたりが日本の裁判官のトンチンカンな部分なのである。公益性が極めて高い問題に対しては、名誉毀損の問題とは別に、訴因となった事件の本質的な部分を検証するのが欧米の常識である。

そもそも名誉毀損の問題は、新聞人がみずからのペンと紙面で反論すれば、それですむことではないだろうか。何のために30年、あるいは40年ものあいだ記者を続けてきたのだろうか。

2015年08月25日 (火曜日)

「押し紙」70年⑧、日露戦争の時代から「押し紙」があった、読売・宮本友丘元専務は自社の「押し紙」を全面的に否定

【サマリー】日本新聞販売協会が編集した『新聞販売百年史』によると、日露戦争の当時から「責任紙」と呼ばれる「押し紙」が存在した。しかし、それは表向きは契約によって取り決められたノルマにあたるために、「押し紙」には該当しないという論理の根拠でもあった。

 問題は、こうしたゆがんだ論理が現在にまで受け継がれ、新聞販売店に配達されない新聞が多量に残っている事実があるにもかかわらず、「押し紙」とは見なされていないことだ。弁護士の中にも、自由人権協会代表理事の喜田村洋一弁護士のように読売には「押し紙」が存在しないという見解の者がいる。

「押し紙」の歴史をさかのぼると、実は日露戦争の時代に行き着く。少なくとも日露戦争のころには、すでに「押し紙」が慣行になっていたとする記述が新聞販売に関する文献の中にある。

先日、国会図書館で閲覧を申し込んだ資料が開示されるのを待つあいだ、新聞関係の便覧が収録された棚の前で書籍を物色した。すると『新聞販売百年史』という本が視線にとまった。発行元は、日販協(日本新聞販売協会)である。

日販協は全国の新聞販売店の同業組合である。現在は、政治連盟を作って政界工作を行うなど問題が多い組織だが、かつては「押し紙」問題にも果敢に取り組んでいた。当然のことだが、新聞販売に関する情報に関しては詳しい。

『新聞販売百年史』の「拡張紙、責任紙と積み紙、抱紙」と題する節(487ページ)に、「押し紙」に関する記述がある。もっとも「押し紙」という言葉の代わりに、「責任紙」という言葉を使っているが、文脈からすれば「押し紙」の意味である。以下、ポイントとなる部分を引用してみよう。

この恒例拡販、不定期の拡張を問わず、拡張の場合は、本社と売捌人との間に、責任部数の契約を行うのを常とした。たとえば、

1,何月何日現在の取扱部数を基本数と定め

1,其の基本数以上に増した部数を純増と称し

1,純増1部に付き金銭幾何の拡張料を交付する

1,従って若干の増紙部数を契約する。其の引受け部数に対して、同数若くは幾倍、または幾数の拡張紙を幾日間交付する。

1,増紙は2ヶ月または3ヶ月の縛りとする

 といった条項がとりきめられるのである。この場合の引受部数はすなわち「責任紙」であって、それを「縛り」と称し、2ヶ月~3ヶ月間は、引受数のものが売れても売れなくても、代金は売捌人として本社へ支払わねばならないのである。責任紙とは引受部数に対するある契約期間代金支払いの責任あることを意味する。

この責任紙の制度もまたいつごろから始まったか不明であるが、日露戦争後盛んに行われるようになった。しかしこれは売捌人としては可なり苦痛なものである。

■出典PDF

厳密に法的な観点からすれば、責任紙の部数を契約で取り決めているわけだから、「押し紙」には該当しないが、新聞販売店と新聞社が対等な立場にあったとは考えられず、この責任紙 を拒否すれば、販売店は経営を持続させてもらえない事情があったと推測される。その意味では、やはり責任紙は「押し紙」を意味すると考えるのが妥当だ。

◇「押し紙をしたことは1回もございません」

日本新聞協会も、新聞社も「押し紙」は一部も存在しないという見解を取ってきた。明治時代の責任紙の論理がそのまま「押し紙」否定論の理論的主軸として受け継がれている。それゆえに配達されない新聞が新聞販売店に山積みになっていても、「あれは新聞社が押しつけた新聞ではない」という詭弁を弄することになるのだ。

参考までに、「押し紙」を否定する新聞経営者がどのように「押し紙」を否定するのか、具体例を紹介しよう。次の引用は、読売が『週刊新潮』とわたしに対して、名誉を毀損されたとして5500万円のお金を支払うように求めた「押し紙」裁判で、読売の宮本友丘専務(当時)が、読売の代理人である自由人権協会代表理事・喜田村洋一弁護士の質問に答えるかたちで証言した内容である。

喜田村:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所にご説明ください。

宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。

なお、喜田村弁護士は、YC久留米文化センター前店(福岡県)を廃業に追い込んだ裁判でも、読売の「押し紙」を否定している。YC広川の裁判でも、やはり「押し紙」の存在を否定した。