1. 電通、高橋まつりさん遺族と和解の陰で、下請け企業に過重労働のしわ寄せが発生中

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2017年01月23日 (月曜日)

電通、高橋まつりさん遺族と和解の陰で、下請け企業に過重労働のしわ寄せが発生中

執筆者:本間龍(作家)

1月20日、電通は自殺した高橋まつりさんの母親との和解文書に調印し、高橋さんの死因が過労死だったと正式に認めて謝罪した。電通は18項目にわたる合意文書を作成、和解金を支払い、毎年12月1日には遺族に報告することも約した。過労死を巡る合意内容としては、前例がないほど被害者遺族に配慮した内容となった。

だがもちろん、この合意は電通が自発的に行ったものではない。交渉は昨年2月から始まっていたのに、電通側が高橋さんの自殺は恋愛問題のこじれであると主張して謝罪を拒否したため、和解できなかった。それが10月の過労死認定発表を機に世論の袋だたきに会い、官邸や厚労省の徹底追及による刑事事件化で、仕方なく合意を結んだというのが実情だ。経営陣の初動の間違いが引き起こした影響はあまりにも甚大だった。

実際、先月28日には労働局によって会社としての電通と高橋さんの上司が書類送検されたが、捜査は7000人の社員全員の労働時間を1年間に渡って精査するなどまだ続いており、送検される者がさらに増えると予想されている。

◇下請け企業へのしわ寄せ

電通が今まで遺族に謝罪しなかったのは、東京地検に刑事訴追を受けた際に遺族との民事裁判で謝罪していると裁判で不利になるからだが、労働局や厚生省の強行姿勢からしてもはや捜査方面の刑事訴追は避けられず、それなら遺族には謝罪して僅かでも印象を良くしたいとの計算が働いたのだろう。どこまでも計算高い連中である。

だが、電通本体がなりふり構わず労務環境改善に突っ走ることは、新たな悲劇を生む可能性がある。電通社員が仕事を出来なくなった分を、協力会社などの下請け企業が代行する仕組みになっているからだ。

広告代理店の仕事は究極の家内制手工業であり、非常に多くの人手が関与している。例えば大きな企業のテレビCMプレゼンテーションともなれば、コピーライター、デザイナーが数名ずつにマーケティングプランナー、それを販促に結びつけるセールスプロモーション担当など、最低でも10人以上のチームが必要だ。その彼らが複数の案を作るとなると、企画案やプレゼンボードなども膨大な量となるが、多くの場合それらを制作するのが下請けの協力会社スタッフである。彼らは電通(博報堂も同様)社員の打ち合わせに寄り添い、あらゆる雑務をこなして業務を助けている。今、その彼らに過重な業務がのしかかっているのだ。

現在、電通は22時で全館消灯し館内での業務は一切できない。また、22時以降のメールのやり取りも自粛されているため、実質的に22時から翌日5時までが「真空時間」となっている。だが取引先企業の担当者は仕事をしているし、まさにその時間帯に不測の事態が発生する場合があるため、本来は電通社員が働いていたその時間の業務を、下請け企業の社員が代行せざるを得ない状況となっているのだ。
例えば、数日以内に放映開始されるCMの内容が、スポンサー側の事情で急遽変更になる場合がある。その決定が下されれば変更は一刻を争うから、夜中でも作業をしなければならない。他にも、新聞掲載の広告がきちんと掲載されるか、その日の紙面でスポンサーのネガティブ記事(事故や事件)と広告がかち合っていないかなどのチェックも夜中の印刷直前に行われるから、そこにも立ち会いが必要だ。CM撮影だって22時を超えて深夜になる場合が多々ある。今、そうした作業の確認業務がほとんど下請け社員に振られているのだ。

だが下請け社員はあくまで補助的なポジションだから、スポンサーと揉めたりした場合の決定権がない。当然、電通が幾らでその業務を請け負っているか分からないから、価格や予算の話もできない。スポンサーからCMで大至急ここを直せと言われても、修正費の交渉すら出来ないし、下手したら自社の持ち出しになる危険性もある。とにかく不確定要素が多くて過大なストレスになるし、何よりも時間的な部分で作業量が膨大に増加しているが、現在のところそれらのほとんどが「サービス残業」的な扱いになってしまっている。これでは、電通社員の働けなくなった分を単純に、しかもタダで下請け企業に放り投げていることになってしまう。こんな理不尽な話はない。

◇解決策はフィー方式を採用

では、そうした下請け企業の苦境を救うためにどうすればいいのか。全てを一気に解決することは出来ないが、とりあえず労働対価としてきちんと業務に見合う報酬を払うことから始めるべきだ。そのやり方としては、電通と協力会社間で拘束時間や人件費が明確になるフィー制度による支払いを義務化するのが有効だと思われる。

日本の広告業界では、一つの業務をワンパッケージとして請け負い、そこに管理進行料として利益を上乗せするコミッションベースの取引が一般的だが、欧米ではより細かく人件費や労働時間が設定されるフィー方式が殆どであり、日本でも日産をはじめ幾つかの企業が採用しているが、まだ圧倒的に少数だ。しかし、このコミッション方式こそ、長年日本の広告業界で真の労働コストをうやむやにし、過剰なサービスを生んできた現況である。

だから日本の広告業界も、これを機に全体的にフィー方式への転換を図るべきだ。業界最大手の電通が率先してスポンサーや下請け企業とフィー方式を採用すれば、費用がかなり明確となって余計なサービス労働が減少する。

もちろん、下請け企業との間でフィーによる支払い方式に転換すれば、電通の支払いが増加して収益は一時的に減少するだろう。しかし、そうしたところから改善していかなければ、結局は弱い処にしわ寄せをしただけで、根本的な解決は出来ない。電通が本気で改革をしようとするのか、厳しくウオッチを続けていく。