1. 博報堂事件、アスカが博報堂の不正請求を見落とし続けた理由

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2016年09月29日 (木曜日)

博報堂事件、アスカが博報堂の不正請求を見落とし続けた理由

アスカコーポレーションと博報堂の係争で、解明しなければならない疑問のひとつに、「なぜアスカは、博報堂から請求される金額をよく精査せずにそのまま支払っていたのか?」という点がある。これは極めて大事なポイントである。

博報堂がアスカのPR業務を独占したのは2008年からである。それから裁判の提訴に至るまでの期間は約8年間。アスカがこの期間の経理を検証したところ、不正な請求の実態が明るみに出て、総額で約63億円にものぼる巨額訴訟へと発展したのである。

たとえば不正請求の例として、朝日放送がらみの事件を紹介しよう。

◇休止した番組から放送料金を請求

東日本大震災の4日後、2011年3月15日の深夜、朝日放送はアスカの通販番組「噂のお買い得セレクション」を放送する予定だった。ところが震災の影響で中止を決めた。当然、放送料金を請求することは出来ない。

ところが博報堂は、「噂のお買い得セレクション」の放送料を請求し、アスカもそれに応じた。同じことが、テレビ北海やテレビ愛知で放送予定だった通販番組でも起こった。

■裏付けの証拠(朝日放送)

■裏付けの証拠(テレビ北海道)

■裏付けの証拠(テレビ愛知)

また、CMが放送されたことを証明するCMコードが放送確認書上で非表示になっているCMが累積で約1500件あるのだが、これらのCM放送料もアスカは支払っていた。仮に本当にCMが放送されていなければ、これも不正請求である。

こんなふうに疑義だらけの請求が積もりに積もって、博報堂に対する損害賠償額が約63億円にも膨れあがったのである。

◇精査の期間を与えなかった営業マン

なぜ、アスカは誤って不正請求に応じ続けたのか?

この問題を考える際、筆者は2つの点を重層的に考慮する必要があると考えている。

まず第1に、PR戦略が極めて重要な位置を占める通販会社の心理である。改めていうまでもなくアスカのPR戦略を進めている博報堂は、アスカにとっては重要なパートナーである。そのパートナーとは、なるべく良好な関係を維持したいという意識が働く。それが博報堂からの請求を厳密に精査する姿勢を若干弱めていた事情があったのではないか。が、これはマイナーな要素である。

不正請求が決済され続けた主要な理由は、アスカが見積もり内容と請求内容を精査する時間を、博報堂の営業マン・清原(仮名 ACM 部長待遇)氏が与えなかったからである。これが決定的な理由といえよう。

メディア黒書で既報してきたように、博報堂は奇妙な見積書を提出していた。

見積書はPR業務に関する予算案の提示であるから、PR業務を遂行する前の段階で提示しなければならない。たとえば10月にCMを放送するとすれば、遅くても8月か9月に見積書を提出するのが常識だ。

ところが博報堂は、PR業務が終わってから、後付けで見積書を提出していたのだ。上記の例でいえば、10月のCM放送がすでに終わった段階、つまり10月末日(31日)付けの見積書だった。しかも、日付こそ月末日になっていたとはいえ、実際に清原氏が見積書をアスカに届けていたのは、さらに遅く、アスカの経理部門の請求書「締め日」である15日か、その前後だったという。つまり見積書と請求書を同時に提出していたのだ。

たとえ見積書と請求書を同時に提出しても、請求書の「締め日」までに十分な日数があれば、2つの書面内容を精査でき、不正請求を防止できていた可能性が高い。ところが博報堂の営業マンは、その時間をアスカに与えなかったのだ。

書面類の精査をほとんど不可能にするこのような構図がある一方で、「①」の心理が働き不正請求がそのまま、まかり通ってきたのである。

◇締め切りのスキを突く戦略

清原氏が商談のためにアスカを訪れるのは、毎月、たいてい15日前後だった。商談は2時間にも3時間にも及んでいたという。そこでは長期にわたる販促の方針なども話し合われた。
南部社長はある程度の予算枠で話を進めた。それは清原氏を信頼していたと同時に、事前の見積書がなかったからだ。

広告・販促に関する商談は常に南部社長と清原氏の2人で行われていた。業務内容や提案内容の説明は清原氏の部下が行うこともあったが、「お金の話」はいつも南部社長と清原氏の2人だけだった。
商談を終えた直後、清原氏は、

「後2~3分で済みますのでちょっと宜しいですか?」

と必ず南部社長との2人の時間を求めたという。

「特にテレビ番組の提案は清原氏が必ず南部社長と2人だけになるシチュエーションを求めてきました。提案内容の説明に同席していた部下達を先に帰らせ、2人での商談がはじまるのです。『テレビの話』と『お金の話』はその時に行われるのが常でした」

商談を終えた清原氏は、南部社長に大量の書面を残していった。その中には、見積書や請求書も含まれていた。南部社長は、すぐに次の取引先との打合せに入る。これでは「締め日」のうちに、ひとつひとつの書面を精査することは出来ない。

当然、これらの書面の中には、承認するはずがない内容が多数含まれていた。
たとえアスカの社員が疑義を唱えても、清原氏から「社長の承認を得ている」と言われれば、それ以上はなにも言えなかった。

◇「博報堂さんはズルイ」

ある時、後付けの見積書に痺れを切らした南部社長は、清原氏を含む博報堂スタッフが多数出席した会議の席で、博報堂を批判した。

「博報堂さんはズルイ。何度言っても事前に見積書を提出しない。いつでも後出しじゃんけんじゃないか!」

南部社長に叱責されて、博報堂は「事前御見積書」なる奇妙な書面を提出するようになる。しかし、書面のタイトルを「御見積書」から「事前御見積書」に変更しただけで、日付は従来どおり月末日になっていた。

アスカのケースは、郵政事件とよく似ている。日本郵便と博報堂の取り引きでは、広告代理店一元化(郵政4社の業務をすべて博報堂が独占)の下で契約書すらなかった。そして子会社への高額請求の常態化などが問題になったのである。子会社の幹部は、請求が割高だと思いながらも、請求された額に従わざるを得なかったのだ。

日本最大規模の企業ですら、こうした「商法」に気づかなかったのだから、アスカが気がづくはずがない。