1. メディアが報じない2012年の注目裁判、 ミュージックゲート裁判 背景に利益追求に固執するレコード業界の病理

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2012年12月31日 (月曜日)

メディアが報じない2012年の注目裁判、 ミュージックゲート裁判 背景に利益追求に固執するレコード業界の病理

キャンディーズの「春一番」や「微笑がえし」などで有名な作曲家・穂口雄右氏を被告とする裁判が東京地裁で進行しているのをご存知だろうか?

この裁判は、ソニー・ミュージックレコーズ、日本コロムビア、キングレコードなど日本を代表するレコード会社31社が著作権違反を理由に、穂口氏が経営するミュージックゲート社(株)に対して、2億3000万円の支払いを求めたものである。提訴は、2011年8月19日。裁判の開始からすでに1年が経過し、徐々にこの高額訴訟の背景にあるものが浮上してきた。

この裁判は表向きは単なる損害賠償裁判であるが、深く掘り下げていくと、テレビ番組に象徴的に現れている日本の芸能界の劣化と深い関わりがあるようだ。裁判の舞台裏に病理がかいま見える。  が、それにもかかわらずメディアではほとんど報じられていない。

◆SLAPPが広がる中で

ミュージックゲート社は、YouTube上にある動画(ほとんどが合法)が、スマートフォンなど移動通信機器で視聴できるように、「ファイル変換」を行うTubeFireというサービスを提供していた。(提訴後にサービスは休眠)

周知のようにYouTubeは、PCやスマートフォンを所有すればだれでも手軽にアクセルできるサービスである。従ってこれらのネット環境がある場所ならどこでもYouTubeの番組を楽しむことができる。

そこに登場したのがTubeFireである。TubeFireでYouTube上にある楽曲・動画のファイル変換を行えば、スマートフォン以外の移動通信機器でもYouTubeと同じ合法楽曲・合法動画を楽しむことができる。

TubeFireのアクセス数は、1日で優に10万件を超えていた。移動通信機器の愛用者から大きな支持を得ていたのである。TubeFireが日常の中に著作権に縛られない音楽がある生活を生みだすうえで大きな貢献をしたことは言うまでない。

ところが2011年8月にレコード会社31社が、突然、ミュージックゲート社に対して裁判を提起したのである。事前の警告も交渉の申し入れもなかった。

米国在住の穂口氏は、新聞記者が東京の事務所に取材に訪れた旨の連絡をスタッフから受けて、はじめて裁判が起されていることを知ったという。賠償額は、なんと2億3000万円だった。

当時、SLAPP(口封じを目的にした高額訴訟)の取材をしていたわたしは、当然、この訴訟に関心をそそられた。

ちょうどその2カ月前にもユニクロが文藝春秋社に対して2億2000万円の支払いを求める訴訟を起こしていた。しかも、ユニクロの弁護団は裁判の成功報酬として6000万円もの大金を約されていたのだ。  ユニクロ裁判を脳裏の片隅に置きつつ、ミュージックゲート裁判の訴状を読んだとき、わたしは2億円台の賠償額が当たり前になってきたことに衝撃を受けた。

また、穂口氏を被告とした裁判は、利益最優先の大企業による提訴ではなく、文化的な資質を備えているはずの音楽関係者による提訴である事実にも釈然としないものを感じた。お金には無頓着な人が多いというのが、わたしが音楽関係者に対していだいていたイメージだった。

2億3000万円のお金を支払うように求め、ビジネス関係の訴訟に強い法律事務所と連携して裁判を起した事実に、わたしは暗い好奇心を刺激された。

ちなみにわたしは裁判の当初からある予測を立てていた。それはレコード会社側が、ミュージックゲート社だけではなくて、次にはYouTubeに対しても、高額訴訟を起こすのではないかという予測である。

と、いうのもTubeFireが提供するサービスは、後に詳しく説明するように、YouTubeなくして成立しないからだ。また、音楽の無料配信によってレコード会社が被害を被っているというのであれば、TubeFireよりもYouTubeの方がはるかに影響が大きいからだ。  が、結局、YouTubeに対して訴状が出されることはなかった。

◆何を根拠にした提訴なのか?

レコード会社31社が提訴の根拠にしたのは、TubeFireが「『YouTUBE』上にアップロードされた音源や動画をダウンロードすることができ、(黒薮注:視聴者が)CDやDVDを購入したり、正規の音楽配信サイトからダウンロードしたりすることなく、音楽や映像を視聴」(訴状)できるサービスを提供しているという分析である。

しかも、TubeFireが「音源や動画を変換した電子ファイルを、直に被告の管理するサーバに?蔵置?しているので、(仮に、当該電子ファイルが『YouTube』上では削除されていたとしても)利用者からの要求があれば、電子ファイルを送信することにより、利用者は『TUBEFIRE』のサーバから、直接、音源や動画をダウンロードすることができるようになっている」という。

これらの主張を整理すると、TubeFireを利用すれば、YouTubeで視聴できる楽曲・動画を、いつでも自由自在にダウンロード・保存することが出来るという論旨になる。かりにそれが事実であれば、音質に特別なこだわりを持たないのであれば、CDも、DVDも不要になる。このような状況をTubeFireが生みだした結果、レコード会社が損害を受けたので、2億3000万円を支払えという主張である。

訴状によると違法にダウンロードされたファイルの総数は1万431ファイル。厳密な数字を提示してきたのである。2億3000万円という額は、ファイル数1万431件をひとつの根拠として試算した額である。

ところが後述するように、レコード会社側は、訴状で主張の根拠としていた1万431ファイルを証拠として提出することが出来なかった。提出した証拠ファイルの数は、わずか128個。何を根拠に訴状で1万431ファイルという厳密な数字を訴状に明記したのか、現在のところ判然としていない。

今後、裁判所に新証拠が提出される可能性もあるが、現段階ではその確率は極めて低い。 ? わたしがこの裁判にSLAPPの側面があるのではないかと疑っているゆえんである。純粋な意味での損害の回復とは別の何らかの目的で提訴が先走ってしまった印象をぬぐえない。

ちなみに高額訴訟を起こすことで被告の行動を抑制するSLAPP「戦略」は、今世紀の初頭にサラ金の武富士がフリージャーナリストを次々に提訴したのを皮切りに、急激に広がった。米国にはSLAPPを規制する法律があるが、日本の司法界では、SLAPPの概念すら曖昧になっている。訴権の濫用という概念があるだけだ。

◆穂口氏の主張

レコード会社側の提訴に対して、穂口氏はどのような反論を試みているのだろうか。以下、2つの観点を紹介しよう。

まず、第1に穂口氏は、レコード会社側が展開しているTubeFireがダウンロードのサービスであるという主張の誤りを指摘する。TubeFireは、汎用ファイルの「変換サービス」であるというのが穂口氏の主張である。

ちなみに通信の効率化を図るためにファイルを変換するサービスは違法行為ではない。また、通信障害の回避を目的として変換ファイルを一時的に複製することも、著作権法で認められている。YouTubeが著作権法違反に問われないゆえんにほかならない。

第2の観点は、YouTubeやTubeFireが備えている著作権保護システムである。ます、YouTubeの著作権保護のシステムについて説明しよう。楽曲・動画の権利者は自分の作品から作成された動画や音声が、YouTubeにアップロードされていないかを自動的にサーチすることができる。そして該当するものが見つかった場合、次の3つの対策を選択できる。

1、「収益化する」 2、「統計情報を収集する」 3、「YouTube からブロックする」

その他にもYouTubeは、ほぼ完璧な著作権保護システムを構築している。 詳しくはYouTubeの著作権センターのサイトを参照にしてほしい。 (ここをクリック=YouTubeの著作権センター )

YouTubeの著作権保護システムが機能していれば、その下流にあたるTubeFireが著作権違反を犯す可能性は極めて少ない。

しかも、TubeFireも著作権を保護するための独自のシステムを構築している。  その代表的なものは、YouTubeに新しい動画・楽曲がアップロードされた後、48時間はファイル交換サービスを提供しないシステムである。

なぜ、48時間なのか?それはYouTubeで公開された違法作品は、YouTubeの著作権保護システムによりおよそ48時間以内に削除されるからだ。

他にも、キャッシュサーバに蓄積された「ファイル変換」済みデータを、定期的に削除更新するシステムなどがある。これにより変換済みのファイルは、通常、7日程度で削除される。また、48時間を経過したファイルも、その後に著作権侵害が判明した場合には、対象ファイルを即座に削除する著作権保護システムを備えていた。

◆レコード会社側は証拠を提出できず

さて、裁判の中でレコード会社側が訴状に明記した「違法ダウンロード」ファイル・1万431個は、何を根拠にした数字なのかという疑問が浮上した。この数字を根拠として、2億3000万円のお金を支払うべきだと主張しているわけだから、明らかにしなければならない点である。

穂口氏は、「違法ダウンロード」ファイル・1万431個の証拠を開示すように求めた。もともとTubeFireのサービスはファイル転換であって、ダウンロード・保存ではないのだから、1万431個の根拠を開示するように求めるのは当然の要求である。

これに対してレコード会社側は2012年9月に、争点になったファイルについての説明を明記した準備書面(4)を提出した。

しかし、この準備書面で明らかにした「違法ダウンロード」のファイル数は、わずかに128ファイルだった。しかも、これらのファイルをサーチするために使ったツールは、自分たちで開発したソフトだった。第3者による調査ではない。

この段階になってレコード会社側が訴状に明記した「違法ダウンロード」1万431ファイルという数字は、何を根拠にしたものなのか、まったく訳が分からなくなったのである。通常は、1万431個の「違法ダウンロード」ファイルが存在することを確認し、証拠を押さえたうえで、訴状を執筆するものだが、そのようなプロセスを踏んでいなかったようだ。念のために訴状の記述を紹介しよう。

原告らは、被告の管理するサーバに蔵置されている本件音源等に係る電子ファイル数を調査したところ、本件サービスにおいて複製等されていた本件音源等のMP3ファイル等の総数は、1万431ファイルであり、原告ごとのその数は、別紙ファイル数・損害賠償額一覧表中の各『TUBEFIREに蔵置されているファイル数』欄記載のとおりであった。

さらに次のような記述も、何を根拠にしたのか、さっぱり分からない。以下、記述を引用してみよう。

なお、平成23年7月14日乃至同月29日までの間、「YouYube」上にアップロードされている電子ファイルのうち、国情報が日本である電子ファイルで、かつ、「YouTube」上の「音楽」カテゴリーにあたる電子ファイルから無作為に500件抽出し、被告の管理するサーバに蔵置されている数を調査したところ、約99パーセントにあたる494件が蔵置されていた。そして、蔵置されているファイルのうち、違法に蔵置されたと言い得るものは、少なくとも471件であり、これは、蔵置されているファイルの約95%にあたる。(略)

また、同様に、「YouTube」上にアップロードされている電子ファイルのうち、国情報が日本である電子ファイルから無作為に500件抽出し、被告の管理するサーバーに蔵置されている数を調査したところ、415件が蔵置され、そのうち、違法であると言い得るものは、少なくとも約65パーセントにあたる270件であった。

数字の根拠が謎として浮上したのである。

◆穂口氏をターンゲットにした理由

かりに根拠が乏しいのに高額な金額を要求して、穂口氏を法廷に引っ張り出したとなれば、少なくとも訴権の濫用に該当する。提訴の目的が、穂口氏の活動を抑制することにあれば、SLAPPということになる。

改めて言うまでもなく、裁判を起された側は、提訴が原因で精神的にも経済的にも負担を被る。  ミュージックゲート社は、提訴された結果、TubeFireの「休眠」を余儀なくされた上に、弁護士を雇わなければならない。さらに穂口氏が作曲家であることを考慮すると、精神的な不安が集中力を妨げ、創作活動に大きな影響を与えかねない。

わたしはこの裁判の大きな背景には、レコード業界がTubeFireによって業績が悪化したと考えている事情があるように思う。実際、日本レコード協会の調べによると、CDアルバムの生産金額は、2002年が約3713億円だったが、2011年には約1653億円に激減している。

業績悪化の原因が、YouTubeやTubeFireによる無料の音楽配信サービスやCD海賊版の普及、さらには楽曲の違法ダウンロードにあると考えたレコード関係者が、穂口氏をターンゲットに絞って裁判を起した可能性が高い。著名な作曲家が著作権法を踏みにじって裁判にかけられ、2億3000万円を請求されているというストーリーを組み立てれば、それだけでもCD離れを起している層に対する警鐘効果は抜群なものがある。新世代の音楽リスナーが萎縮して、著作権に敏感になることは容易に想像できる。

無秩序な規制緩和が進行する中で、若い世代の間に深刻な貧困がますます広がっている。彼らがCDに頼らずに新しい手法で、生活の中に音楽を取り入れていく傾向は、今後、ますます顕著になっていくだろう。こうした状況の下でレコード会社は危機感を募らせて、穂口氏を高額訴訟にかけることで、音楽リスナーに警告を発したのではないか。それがわたしの仮説である。

◆深刻な社会病理

事実、レコード会社はこのところ著作権に対して異常なほど神経を尖らせている。たとえば違法ダウンロードに懲罰を課する改正著作権法(10月から施行)の施行直前には、音楽関係者が「STOP!違法ダウンロード広報委員会」なるものを設立した。? 同委員会のホームページにアクセスして、最初に飛び込んでくるのは、次の標語である。

ご存知ですか、音楽・映像の違法ダウンロードは、刑事罰の対象になることがあります

「著作権料を受け取るのは、わたしたちですから、違反者は警察に訴えますよ」と宣言しているに等しい内容だ。あらゆる方法を駆使して著作権違反を摘発したいという意思が露骨に現れている。露骨な利己主義である。

苦境に立たされているレコード会社の事情は理解できる。しかし、十分な根拠がないことを前提に、「揚げ足取り」のようなかたちで高額訴訟を起こせば人権侵害になる。弁護士も弁護士倫理の問題が生じて、自分の職をリスクにかけることになりかねない。

著作権法が正しく運用されなければならないことは言うまでもない。しかし、最近は、それとは逆に、むしろ著作権を道具に露骨なビジネスを展開する動きが顕著になっている。

たとえば放送局が音楽出版を経営して、そこに所属する歌手を優先的に自社のテレビに出演させる現象が起こっている。それにより流行歌が、恣意的に作られ、多額の著作権料が音楽出版に流れ込む。

米国ではFCC(Federal Communications Commission連邦通信委員会)などの監督機関を通じて放送局の公共性を厳重に監視しているが、日本には厳格な監督機関が存在しないため、このようなビジネスモデルが可能になっているのだ。関係法が不明なために、放送局が音楽出版を経営することを禁止できないのである。

その結果、電波という公共の財産を独占して、利益誘導を図るモデルが生まれたのだ。  この問題については、「黒書」で関連サイトを紹介しているので参照にしてほしい。調査報道の手法であきれた実態を暴いている。

(参考記事=吉本興業に群がる放送とパンチコの面々、ソフトバンクも、改正著作権法で利権?)

現在の芸能界やレコード業界のあさましい実態、著作権法改正による違反者の懲罰化、それに穂口氏に対する根拠の乏しい2億円訴訟は個々ばらばらの現象ではない。互いに関連している。音楽文化の普及よりも、いかにして音楽をビジネスに直結させてDCなどの売り上げを伸ばすかが当然のことのように追求される風潮の中で、社会病理が次から次へと浮上している。

そこでは人間性すらも喪失されてしまう。そして、本当に音楽を愛し、自分が感じ取った歌の素晴らしさを、多くの人々と共用しようとしているアーティストが法廷に立たされる悲劇も起こりうるのだ。  ミュージックゲート裁判は、このような脈絡の中で考えなければならない。