1. 「メディア王」電通をとりまくメディア状況が激変、背景にネットメディアの台頭

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2016年11月25日 (金曜日)

「メディア王」電通をとりまくメディア状況が激変、背景にネットメディアの台頭

電通を中心に動いてきた日本のメディア業界の激変を、博報堂の元社員で、『原発プロパガンダ』(岩波新書)などの著書がある本間龍氏に解説してもらった。

 執筆者:本間龍(作家)

電通の落日が始まっている。広告業界のガリバーと讃えられ、スポンサーの代弁者としてメディアに圧倒的な影響力を誇ってきた同社に、ここ2ヶ月ほどの間に2度も本社や支社に捜査が入り、あっという間に「ブラック企業」の烙印を押されてしまったのだ。これは恐らく創業以来、初めての危機だろう。絶対王者として君臨してきた電通に何が起きたのかを検証する。

世間的には新入社員自殺事件によって「ブラック企業」としての悪名が拡まったが、実は同社の躓きは、昨年の夏から秋にかけて大騒ぎになった「五輪エンブレム事件」から始まっていたのだと私は考えている。

事の始まりは電通にとって「とるに足らない」レベルで、いつもの通りメディアもロクに報道せずうやむやになると踏んだのだろうが、電通の権勢が及ばないネット上のSNSの個人パワーはあっという間に既存メディアを巻き込み、一度は決まった公式エンブレムと佐野研二朗というデザイナーを失墜させ、電通の思惑を葬り去った。あれが全ての始まりだったと思われる。

東京五輪は全ての業務が電通の完全独占だから、当然エンブレム選定も電通の意向が働いていた。一度は公式エンブレムに選ばれた佐野氏の選考過程の不透明さが指摘され、さらには佐野氏自身のパクリ疑惑が問題視されての辞退となったのだが、電通から出向していた槙英俊マーケティング局長と、選考で審査委員を務めた企画財務局クリエイティブディレクターの高崎卓馬氏が責任を取る形で出向を解かれ、電通に戻った。

これだけでも電通の威信は相当傷ついたはずだ。ただし、この一連の騒ぎで電通の名前がメディアに出ることはほとんど無かった。佐野氏はフリーだからとことん叩けるが、その選定に関わった電通の存在について、ほとんどのメディアはスルーしていた。

◇メディアコントロールが不能に

そしてその騒ぎの記憶がまだ完全に消えぬ今年の4月ごろパナマ文書が世界を賑わせたが、そこに「DENTSU SECURITIES INC」(英領バージン諸島)という企業名があった。電通は関連会社ではないとして否定してあまり話題にならなかったが、そのすぐ後の5月には五輪誘致の裏金疑惑が飛び出した。英ガーディアンが電通を名指しし、フランス検察が調査していると報じたのだ。

支払われた2億3千万円という巨額と、現在は存在しないペーパー会社を利用したということで裏金であったという信憑性が高く、さすがに国内メディアも大きく報道した。これに対し電通は知らぬ存ぜぬで押し通し、民放の報道番組では電通の名が伏せられ、ガーディアン紙が掲載した関係図から勝手に電通の名前を消去したり、単に「D社」と書かれたりした。

しかし、先のエンブレム問題で佐野研二郎を追い詰めたネット民はそれを見逃さず、ネット上ではメディアの弱腰が強く非難された。つまり、事の真偽はともかくとして、「電通に逆らえないメディア」「電通の名を出さないメディア」という現象が一層明らかとなり、それに対して多くの国民の間で不信感が高まっていったのだ。

そして9月末には、電通のネット関連業務における不正請求事件が発覚した。こちらも発端は英フィナンシャルタイムズの記事だったが、ウオールストリートジャーナルも追随、やはりネット上で騒ぎとなり、日経が短い記事を書くに及んで、電通は記者会見を余儀なくされた。

そして多くの国内メディアもこれを報道せざるを得なくなった。それでもまだ、各社の見出しは「不適切取引」「不適切請求」という抑えた表現で、「不正請求」と強く批判したところはなかった。しかし、度重なる失態は、確実に電通のブランドイメージを侵食し、現場の記者たちにはその傲慢な対応に批判が高まっていた。

◇過労死事件

私は多くの雑誌や放送局の記者達と接しているが、電通広報の評判はすこぶる悪い。何を聞いても不明瞭な返事しかせず、そもそも質問をしても答えない場合が多い。また、後で返答すると言いながら、いつまで経っても返事が来ない等々、多くの記者達が口を揃えて憤慨している。

これだけ次々と不祥事が起きているのに、広報には当事者意識が欠落しているというのだ。今まで長らく王者のように君臨し、都合の悪い報道は無視してきた癖から抜けられないのだろう。

それが10月7日の、新入社員の過労死が労災認定されたという記者会見報道で沸点に達する。全国紙全が記事化、民放テレビ局は第一報だけだが、ほとんど全局が報道した。さらにネット上では、自殺した女子社員と記者会見した母親の写真が猛烈な勢いで拡散した。

東大卒の女子社員だったことや、入社して僅か半年余りで自殺に追い込まれたこと、さらには自殺直前までツイッターに呟きを遺していたことなども拡散に勢いをつけた。

◇NHKの報道で決定打に

またNHKが企業の過労死問題に絡めて様々な番組でこの事件を取り上げ、急速に事件の認知度が上がっていったところで、10月14日には東京労働局が抜き打ち強制調査を実施。電通本社に整列した係官らが入館していく様子はNHKはじめ全民放で放映された。

さらに10月18日には、昨年8月に三田労基署が電通本社に対し是正勧告を出していたこと、また20日には、3年前にも男性社員が死亡して労災認定されていたとNHKが報じ、これが決定的な「後追い報道」となって民放・新聞・雑誌メディアも追随、「電通=ブラック企業」という認識が猛烈な勢いで拡散、定着するに至った。

長らくメディアを統べる王として君臨してきた電通も、これだけ次々と不祥事が暴かれてはメディアコントロールする術もなかった。まさに絶対起きるはずのない「革命」が起きたのだった。

10月14日の東京労働局による強制調査を受けた後、電通は10月18日に時間外労働時間の上限を70から65時間に引き下げると発表したのを皮切りに、なりふり構わぬ対策を講じ始めた。24日からは22時から翌朝5時までの業務禁止・全館消灯を開始。

さらに11月1日には「労働環境改革本部」を立ち上げ、11月17日には、電通の精神的支柱として長らく社員手帳に掲載してきた、第四代社長吉田秀雄氏の遺訓「電通鬼十則」を手帳から外すことを検討中と発表。また22日には、毎年札幌・東京・名古屋・大阪・福岡の5都市で盛大に開催してきた「電通年賀会」も来年は中止すると発表した。

◇石井社長が官邸へ

まるで何かにせき立てられるように労務改革に邁進(表向きはそう見える)しだした理由は何かと探っていたところ、なんと電通の石井社長が官邸に呼び出されていた、というスクープ情報が飛び込んできた。

10月中旬、新入社員自殺の労災認定報道で電通パッシングの嵐が吹き始めた頃、石井直(ただし)社長が密かに官邸に呼ばれ、安倍首相から直々に注意を受けていたというのだ。そしてその中身とは、

「これまでの一連の事件によるイメージ悪化は、電通が担当している東京オリンピック業務に支障を来すおそれがあるから、これ以上の悪化を防ぎ、一刻も早く事態を終息するように」

と、いうものだったという。

傲慢さで鳴らした電通も、さすがに国の最高権力者からの厳命はただごとではないと焦ったのか、その後は前述したような改革を矢継ぎ早に実施してきた。不自然とも見える改善策の乱発にはこうした背景があったと考えれば確かに納得がいく。官邸側が労働局による強制調査情報を掴み、それによる電通のさらなるイメージ悪化がオリンピック業務にも影響すると先読みしたのは、非常に正しい予測だったと言えるだろう。

◇電通のイメージ悪化の影響は?

では、なぜ電通のイメージ悪化が「オリンピック業務に支障を来す」のか。それは、今回の一連の事件でもし社長以下関係者が逮捕されたり、会社が刑事訴追されたりすれば、電通は官庁関係業務の指名・受注停止となる恐れがあるからだ。そしてもしそうなれば、2020年東京オリンピックの業務も税金が投入される「官製業務」だから、こちらも一定期間の業務停止となる可能性がある。

そうなれば、オリンピック業務は電通の独占受注だから替えが効かず、関連業務が全て停止するという、とんでもない事態が起こりうる。博報堂や他代理店に業務を代行させようとしても、電通の業務停止期間中だけいきなり五輪業務をやれと言われて出来るはずがない。

現在42社にのぼっているオリンピックスポンサー契約は全て電通が各社と結んでいるのであり、もし関連の仕事を他社にやらせるなら、契約をやり直さなければならない。それに、仕掛かりの仕事を途中でバトンタッチするなど、現実には有り得ないだろう。また、各スポンサーのCM放映権という一番収益率の高い業務は電通に残し、カウントダウンイベントなど人手ばかりかかって儲からない業務だけを他代理店にやらせようとしても、どこも受注しないだろう。簡単に代替えなど出来ないのだ。

ただ当然ながら、今回の労働業務におけるような刑事訴追で五輪業務まで停止させられるのか、という法解釈上の問題はある。さらに、官邸が検察に圧力をかけ、軽い処分に止めるという手段もあるだろう。しかし、労働局からの書類送検はもはや決定的であり、社会的にはその時点で「法令違反企業」という負の評価が確定する。

つまり、このまま電通に業務を続行させると、「法令違反企業に世界的イベントをやらせるのか」という社会全体からの強い批判に晒され、電通と共に五輪イメージの更なる悪化が起きてしまうのだ。

安倍首相にとって、自身が先頭に立って誘致した五輪の失敗など絶対にあってはならない悪夢であり、それを回避するためには一刻も早く電通の不祥事を終息させなければならないが、自身が旗を振る「労働改革」実現のためには電通の処分を甘くすることも出来ず、相当頭を悩ますことになるだろう。

首相の懸念をよそに、事態は刻々と、しかも想像以上に悪化した。3年前にも過労死による労災認定があったこと、本社をはじめ各地の支社が何度も労働環境の是正勧告を受けていたのに無視していたことが続々と発覚し、11月7日には遂に本支社に強制捜査を受けるに及んで、電通のブランドイメージは10月中旬より遙かに悪化。現在では完全に「ブラック企業の代名詞」へと失墜した。年末に発表される「ブラック企業大賞」(過去に東電や和民などが受賞)の受賞も確実と言われるような現在の状況を、2ヶ月前に誰が予測できただろうか。

長い間、電通はメディアの「電通の不祥事は報道せず」という暗黙のルール(電通コード)によって守られてきた。しかし新入社員自殺事件の反響があまりにも大きかったのと、続けての当局による立ち入りはさすがに各社とも報道せざるを得ず、電通コードも遂に崩壊した。

◇SNSの威力

これには、電通の権勢が及ばないネット上の個人SNSが果たした役割が非常に大きい。亡くなった新入社員や告発する母親の写真が瞬時に拡散して同情と怒りを誘い、既存メディアはその勢いを無視できなかった。ここまで事態が悪化したのは、新入社員自殺事件への対応の失敗が最大の要因だったと言えるだろう。

そして、電通事件はまだ何も終わっていない。ネット関連業務不正請求事件の全容解明と発表は年末の予定だし、労働局の書類送検を受けて東京地検がどう動くかも注目される。その時、官庁関連の業務停止問題も当然クローズアップされる。電通の経営を直撃する様々な問題は、来年からが本番なのだ。