1. プロの眼が見た博報堂事件、テレビ視聴率の改ざんをめぐりアスカコーポレーションが提起した42億円訴訟①

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2016年12月22日 (木曜日)

プロの眼が見た博報堂事件、テレビ視聴率の改ざんをめぐりアスカコーポレーションが提起した42億円訴訟①

執筆者:本間龍(作家)

前回まで数回、(株)アスカが博報堂に対して起こしている約15億円の訴訟内容を検討してきた。訴状項目は15点にもなり、広告のプロがその内容を見れば、思わず首を傾げてしまうというか、残念ながらこれはかなり水増ししていることがすぐに分かってしまう程度のものがほとんどであった。

そこで今回はもう一件の訴訟である、TVCM(注:テレビコマーシャル)の過剰請求について述べてみたい。

こちらは総額で約42億円、前述の制作費関係とは金額が桁違いに大きいものだ。もしこれが裁判で認められるようなことがあれば、博報堂の信用に大変なダメージを与えるだろう。訴状内容は以下の2点に大別される。

A)視聴率偽装による不正請求
B)放送しなかった番組、CMの不正請求

◇博報堂の不可解な番組視聴率表と見積書

アスカは博報堂を通じて通販番組の買い切りと通常のスポットCM購入を行なっていたが、その際、博報堂が提出した番組視聴率表を参考にしていた。これはどのスポンサーも同じだ。テレビCMの放映料は全国放送なら数千万、数億円となる取引だから、この視聴率表の持つ意味は非常に大きい。

博報堂は提案の際、担当者が視聴率表を持参し説明し、その後殆どを持ち帰っていたというが、これは非常に不自然だ。当然ながら、そうした参考資料は全てスポンサー側に渡すものだからだ。

さらに、博報堂側が提出していた見積書を見ると、これもテレビ局やビデオリサーチの出す書式ではなく、博報堂が作った見積もりになっている。しかもコピーを見ると、博報堂のテレビ放送担当部署発行のものではなく、営業局で作った手打ちの形式に見える。そうした例は皆無ではないが、テレビ担当部署からの書式を手打ちで打ち変えるため、当然ながら数字の誤記載などのミスが生じやすい。

視聴率は、仮に1000万人の視聴者がいたとすれば、僅か0、1%の違いでも約1万人の視聴者数が違ってくる。こうした手打ち見積もりではいとも簡単に偽装できるため、あまりこうした出し方はしない。コンマ以下の違いでも、後で問題になるからだ。

◇ビデオリサーチの数字よりも高い数字を提示

そしてこの博報堂が提出した視聴率に不信感を持ったアスカ側は、ビデオリサーチの協力を得て、博報堂が提出した視聴率表と照らし合わせた。その結果、非常に多くの番組で、いずれもビデオリサーチが提出した数字よりも高い数字が提出されていたことが判明した。視聴率には「個人」と「世帯」の2種類があるが、特に「世帯」における違いが目立つ。例を挙げると(いずれも2007年当時、数字はパーセンテージ)

・みのもんたの朝ズバ    博報堂提案書3,3      ビデオリサーチ3,2
・ちちんぷいぷい         〃   8,9            〃    7,0
・NEWS23          〃   8,1            〃    8,0
・ヒルナンデス          〃  14,1            〃    11,1
・相棒(再放送枠)        〃  10,2      〃    9,8
・ひろしま満点ママ        〃   7,4      〃    6,9

などがある。

■視聴率改ざんの一覧表(エクセル)

0,1%単位の小さな差から3%程度のかなり大きな差まであるのだが、このような視聴率の差異はアスカ側が突き止めただけでも50番組以上にものぼっている。さすがにこうなると、これは単なる「間違い」では済まされないものだ。仮に博報堂がケアレスミスだったなどと言ったなら、広告代理店として全く信用されなくなってしまうだろう。

アスカはこれだけの数字の差異には、視聴率を高めに見せることによってこれらの番組を購入させようとした意図的なものだ、と主張している。番組購入の最大要件は視聴率なのだから、これは当然の言い分だろう。

◇論理性が欠落した博報堂の答弁

しかし、これらの指摘に対し博報堂が裁判所に提出した「答弁書」では奇妙な理屈で反論している。それを簡単にまとめると、

A 番組の視聴率は、番組購入に際して、いくつかの判断材料の1つにすぎない

 視聴率は過去のデータであり、1つの目安に過ぎない。実際の視聴率を保証するものではない

というのだが、スポンサーは自社の予算と視聴率を勘案して番組を選ぶのであり、その最大の判断材料である視聴率を「いくつかの判断材料の1つに過ぎない」とことさら過少に扱おうとするのは不自然だ。テレビ局がコンマ1%の差に一喜一憂してしのぎを削るのは、スポンサーの番組購入動機が一にも二にも視聴率至上主義だからである。

さらに、なぜこれだけ多くの数字の差異が生じたのかという肝心な点に対する反論は、

「視聴率データを取得するために最適と思われる条件を設定してデータを入手し、企画提案書にデータを転載した」

「アスカが指摘した視聴率の誤差は、単にアスカが今回の裁判資料を作成するために設定した条件が、当時博報堂側が設定した条件と異なっていたことによるもの」

としているが、これも非常に奇妙な論理だ。「視聴率データを取得するために最適と思われる条件を設定してデータを入手し」とあるが、これではまるで条件設定で数字はいくらでも変わると言っているようだし、さらにはビデオリサーチ以外の、何か別の視聴率調査会社のデータを使用したようにも聞こえてしまう。

しかし、当時アスカの企画提案において使用された視聴率データはビデオリサーチのものだけであり、それを前提に博報堂とアスカは交渉していた。数字は簡潔であり、アスカが入手したビデオリサーチの数字を博報堂もそのまま提出していればいいだけの話で、「視聴率データを取得するために最適と思われる条件を設定してデータを入手」する必要などないのだ。

また、誤差の原因を「アスカの数字は当時博報堂が設定した条件と異なっていたからだ」というのならば、その「当時の博報堂の設定条件」なるものを提出すべきだろう。これだけ大量の誤差が出ているのに、「それは計算の仕方が違うからだ」と言うだけでは、弁明にならない。この件に関しては引き続き論考していく。(続)