1. 博報堂の事件の争点、騙されたことに気づいた後も、アスカに未払金の支払い義務は生じるのか?

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2016年10月17日 (月曜日)

博報堂の事件の争点、騙されたことに気づいた後も、アスカに未払金の支払い義務は生じるのか?

騙されてお金を支払い、しかも、そのお金を支払うことを書面などで確約した後になって、騙されていたことに気づいた場合、騙された側に支払い義務はあるのだろうか?

博報堂とアスカコーポレーションの裁判では、この点が争点のひとつとなっている。現在、両者のあいだに3件の裁判(博報堂が原告のものが1件、アスカが原告のものが2件)が提起されているが、このうち、博報堂が起こした「6億円」訴訟では、この点が最大の争点になりそうだ。

既報したように、博報堂は昨年の秋、アスカに対して約6億1000万円の未払金の支払を求める裁判を起こした。この金額は、博報堂が請け負ったPR業務から生じた未払金である。未払金は、一次的に経営が悪化したためである。

博報堂は、未払金の回収を確実に進めるために、アスカに対して分割支払いの覚書を作成させたり、支払い計画を提出させたりした。

ところが博報堂が提訴した後、アスカが博報堂との過去の取引を精査したところ、疑惑が次々と浮上したのである。「6億円訴訟」の請求項目には入っていないが、最も分かりやすい不正の典型としては、テレビCMを制作するに際して、博報堂がアスカに対して提示した番組提案書に、改ざんした視聴率を記入して、番組枠を買い取らせていた事件である。この事件を見るだけでも、博報堂の悪質さが想像できるだろう。(事件の構図については、次の記事を参照にしてほしい)

■【解説】奇怪な後付け見積書が多量に、博報堂事件の構図はどうなっているのか?

◇民法第119条(無効な行為の追認)

民法119条は次のように述べている。

「民法第119条(無効な行為の追認)

無効な行為は、追認によっても、その効力を生じない。ただし、当事者がその行為の無効であることを知って追認をしたときは、新たな行為をしたものとみなす。」

「6億円」訴訟でいう「追認」とは、博報堂がアスカに対して作成させた未払金の支払を履行させるための覚書を意味する。博報堂は、この覚書を根拠にアスカに支払いを求めているのだ。

しかし、アスカは、「追認」時には、博報堂による「騙しの手口」に気づいていなかったわけだから、支払い義務があるかどうかを判断するためには、「騙しの手口」があったかどうかを検証する必要がある。それが先決だ。

「騙しの手口」が事実であれば、アスカに支払い義務はない。逆に博報堂が真っ当な仕事をしていれば、アスカに支払い義務が生じる。それを検証するのがこの裁判である。

ところが「6億円訴訟」の博報堂側の書面(遠藤常二弁護士作成)を読む限りでは、個々のPR業務の中身の正当性に関する主張するよりも、むしろアスカの南部社長が個々のPR業務に対する報酬支払を承認しているから、支払い義務が生じるという主張に重きを置いているような印象を受ける。明らかに焦点がぼやけている。少なくとも筆者は、そんなふうに感じた。

◇見積書提出をどう解釈するか?

博報堂は一連の書面で、アスカの南部社長の追認を得るためのプロセスが正当なものであったことを主張している。この点と、個々のPR業務の中身に「騙しの手口」がなかったのかという点も、まったくの別の問題である。手続き論と、業務の中身の検証は別である。ここでも書面の焦点がぼけている。

この点を念頭に置いたうえで、支払いに至るプロセスについての、博報堂・遠藤常二弁護士の準備書面1の記述を紹介しよう。遠藤弁護士によると、プロセスは次のようなものだった。

①南部社長から原告への広告取引の依頼
②原告から南部社長へ企画の提案
③南部社長による企画提案への承諾 
④南部社長への見積もり提示
⑤原告による広告制作・納品
⑥南部社長の承諾後、請求書作成
⑦支払い

しかし、①~⑦は、若干事実とは異なっている。まず、博報堂が見積書を提出していたのは、「⑤原告による広告制作・納品」の後である。本来、見積書は、業務内容を提案する段階で提示するものなのだが。後付けの見積書は、正常な取引ではありえない。

しかも、実際が見積書が請求書と一緒にアスカに届けられていたのは、請求書の締日の前後だったので、アスカの経理が書面の中身を検証する時間がなかった。

見積書が後付けになっていた事実は、メディア黒書で入手している見積書の日付けが、すべてPR業務が完了した後の日付けになっていることでも分かる。

博報堂の言い分は、「②原告から南部社長へ企画を提案」した段階で、口頭で説明したことが、見積書を提示したのと同じ意味あいを持つというものらしいが、その提示した内容がそもそも真っ赤なウソであれば、⑦「支払い」の段階で、お金をだまし取ったことになる。当然、返金しなければならない。

「②」の段階で、改ざんした視聴率を番組提案書に記入した事実は、悪意を持った行為であることに疑いの余地はなく、刑法上の詐欺になるだろう。

◇清原氏と京都きもの友禅事件

アスカを担当していた博報堂の営業マン・清原氏について、筆者は聞き込み調査を行った。そこから清原氏の人間像が浮かび上がってくるわけだが、ある意味では頭が切れる人物である。批判の意味を込めているのか、肯定的に評価しているのかは不明だが、「切れ者」という評価が多い。

たとえばメディア黒書でも既報したが、(株)京都きもの友禅と(株)H.I.Sの事件である。清原氏は、アスカの通販誌に掲載する広告「契約」をこれらの企業から、2006年2月から2009年1月までのあいだに10回も取り付けた。当然、アスカの南部社長としては、清原氏の辣腕ぶりを高く評価する。実際、清原氏にお歳暮を贈るなど手厚く、彼の労を労っていたのである。

ところが博報堂が「6億円訴訟」を提起した後、清原氏の業績が欺瞞(ぎまん)だったことが発覚した。(株)京都きもの友禅と(株)H.I.Sは、清原氏が担当していた会社であり、しかも、出稿するにあたり、これらの企業の承諾を得ていなかったのだ。もちろん広告掲載料の入金もされていなかった。

これらの事実については、筆者も(株)京都きもの友禅と(株)H.I.Sを取材して事実関係を確認した。

なぜ、清原氏はこうした行動に走ったのだろうか?ここからは筆者の推測になるが、アスカの南部社長の信頼を得て、視聴率の偽装に代表されるような「騙しの手口」を広げるためだったのではないだろうか。事実、2008年からアスカは、自社のPR業務を博報堂に独占させたのである。

清原氏は、南部社長とふたりだけで交渉できる立場にのし上がったのだ。アスカの社員よりも、強い立場を確立したのである。

◇業績悪化

こうした事実をつなげてみると、清原氏は、確かに博報堂にとっては「切れ者」なのである。

しかし、博報堂がPR業務を独占した後、アスカの業績は急激に悪化していく。

アスカのCPOは、博報堂がPR業務を独占した2008年以降に急激に悪化した。CPOとは、新規の顧客一人を獲得するために費やした販促費用のことである。CPOの金額が低ければ、低いほど、効率的に新規の顧客を獲得していることになる。逆に金額が高ければ、高いほど販促費の規模に見合った顧客獲得が出来ていないことを意味する。

東急エージェンシーと電通の時代におけるCPOは、7万円程度(非公式の数字)で、博報堂の時代になってから、次のような金額になった。

2009年   220,876円
2010年   240,643円
2011年   220,019円
2012年   432,065円
2013年   922,760円
2014年 1,139,010円
2015年 1,538,897円

なお、見積書の日付けが後付けになっている事実からも明らかなように、博報堂が業務内容を取り決める際に、見積書を提出していないこを知りながら、見積により南部社長が支払いの承認を下したとする遠藤弁護士の主張は再考する必要がある。かりにこれに連動した虚偽の証拠が提出された場合、懲戒請求になりかねないレベルだ。