1. アスカの業務を麻痺させた博報堂の変則的な金銭請求方法、郵政事件の検証も不可欠

大手広告代理店に関連する記事

2016年10月11日 (火曜日)

アスカの業務を麻痺させた博報堂の変則的な金銭請求方法、郵政事件の検証も不可欠

博報堂とアスカコーポレーションの係争で、鍵を握る博報堂の営業マン・清原亮一(仮名)氏の陳述書を閲覧した。9月15日付けのこの陳述書は、2015年秋に博報堂がアスカに対して起こした約6億1000万円の未払金を請求する訴訟のなかで作成・提出されたものである。

興味深いことに、この陳述書は、メディア黒書が指摘してきた両企業の取り引き形態をおおむね認めている。メディア黒書では、アスカの南部社長と清原氏が直接にPR活動について話し合い、業務内容を決めていたと報じてきた。

陳述書の冒頭で清原氏は、次のように述べている。

 当社と被告との間の広告取引は、全て、代表取締役である南部昭行氏(以下、「南部社長」と言います)から直接了承をいただいて進めてきたものであり、当社の請求が過剰・不当ということはあり得ないですし、覚書や債務承認契約の効力に問題はありません。

南部社長から「直接了承」を得ていたから、アスカは未払金にあたる約6億円を支払うべきだという論理である。

◇2人のキーマン・南部社長と清原氏

話は横道にそれるが、メディア黒書には、アスカが博報堂に騙されたのはチェック体制に不備があったからではないかとの指摘が複数よせられている。この指摘は確かに一面では当を得ているが、それよりも博報堂側の戦略が巧みだった事情がある。

たとえば博報堂は、筆者が調査した限りでは、アスカと取り引きをしていた全期間に渡って後付けの見積書を発行している。改めて言うまでもなく、見積書は、本来であればPR業務を提案する段階で提出するものだが、博報堂はPR業務が完了してから、しかも翌月の半ばに提出していたのである。

陳述書の中で清原氏は、広告取引のプロセスのうち、初期段階で、「当社から南部社長への企画及び見積金額の提案」を行っていた旨を陳述しているが、実際に見積書が提出されているのは、常にPR業務が完了した後だった。

アスカが側が、後付け見積書に抗議すると、「事前御見積書」という奇妙な書面を提出するようになったが、これが提出されていたのも、やはりPR業務が完了した後だった。日付けも月末日のままだった。

この「事前御見積書」も、やがて従来の「見積書」に戻ってしまった。

さらにこれらの見積書を清原氏が実際に、南部社長に手渡すのは、アスカの経理の「締日」にあたる15日前後だった。もちろんその際に請求書も提出していた。つまり「締日」の当日か、その前後に見積書と請求書を同時に提出していたのである。これでは南部社長は、書面を綿密に確認する時間がない。

当時の南部社長ら経営陣は、清原氏を全面的に信頼しており、同氏の労をねぎらって、お歳暮を欠かさない関係だった。こうした間柄だったので、南部社長は、あえて見積書と請求書の中身を精査しなかったようだ。

裁判では、清原氏と南部社長が尋問に出廷するものと思われる。法廷での対決になる模様。裁判の最も大きな注目点である。幸いに両氏とも存命されている。健康なようだ。両者のどちらが欠けても、事件の真相は闇の中に消える。

◇後付けの見積書に終始した博報堂

清原氏の陳述書には、金額の提案については、事前に口頭で実施していた旨がほのめかされている。既に引用した次のくだりである。

  「当社から南部社長への企画及び見積金額の提案」

その一方で、見積書を提出していた時期は、PR業務が終わった後だったことも認めている。ただし、次のような弁解じみたニュアンスになっている。

 「請求書を発送する際は、その費用の明細がわかるように、見積書を添付しておりました。」

清原氏は、どうやら、PR業務に関する金額は、口頭で説明して、請求時にそれを再確認するための見積書を請求書に添えて提出していたというものである。しかし、こうした方法は変則的で博報堂クラスの大企業としては異例だ。正常な取引ではない。経理の基本原則に反している。アスカ側はそれを是正させるために、事前に見積書を提出するように求めているが、それにも応じていない。

ちなみに、正常な広告取引の在り方につては、日本アドバタイザーズ協会の『フェアな広告取引実践のすすめ』 など多くの啓蒙書があり、筆者が記憶している限り、口頭で価格を設定してり、後付け見積書を発行するように勧めたものは一冊もない。博報堂の関係者が執筆したものでさえ、そんなことは書いていない。

◇明らかな騙しの事実

かりに口頭で取り決めることを正常な広告取引として認めたとしても、その提案した業務内容に偽りがあれば、詐欺であることには変わりがない。金銭をだまし取ったことになる。

そして博報堂の業務に「騙しの手口」が使われていたことは、ほぼ立証できる。少なくとも筆者が検証した限りでは、報道するレベルに達している。

たとえばテレビCMなどの番組提案書にある番組枠に嘘の視聴率を提示して、番組枠を買い取らせていた事実は、アスカに残っている番組提案書とビデオリサーチの数値を対比し検討すれば、すぐに判明する。

これらの番組提案書を南部社長に提示していたのは清原氏である。

また、通販番組を休止にしておきながら、放送料を徴収した事実は、番組の中止を伝えた書面と、請求額が記された「後付け」の見積書を見れば判明する。

下記が具体例である。朝日報道のものを紹介しよう。

■朝日放送

◇郵政事件との関連

いずれにしてもアスカは、博報堂に騙されたことになるが、こうした被害を受けたのは、アスカだけではないだろう。取材の範囲を他のクライアントに広げる必要がある。たとえば郵政4社についても、今後、取引の実態を検証が不可欠だ。

周知のように2007年、小泉構造改革の象徴として郵政が民営化された。
郵政公社を4社に分割したのである。さらにこれら4社の持ち株会社・日本郵政が誕生した。

この時期、博報堂は日本郵政に対して裏工作を行い、郵政4社のPR業務を独占する権利を得た。裏工作とは、接待の繰り返しである。接待を受けたのは、C(秘書、後の次長)だった。接待の内容までは分かっていないが、総務省の報告書によると、これにより博報堂は郵政グループと大掛かりな取引をはじめる。

その結果、次のような実態が生まれた。

「博報堂には民営化後の平成19年度の同グループの広告宣伝費約192億円(公社から承継された契約に係る部分を含む)のうち約154億円(全体の約80%)が、平成20年度の同247億円のうち約223億円(同約90%)が各支払われている」(『日本郵政ガバナンス問題調査専門委員会報告書の「別添」・検証総括報告書』、2010年)【博報堂関連の記述は29ページから】

常識ではありえない数字である。当然、疑惑がある。検証が必要だ。

こうした取引に朝日新聞など一部のメディアは疑問を呈したが、結局、踏み込んだ調査報道は行わなかった。恰好の題材を取材しなかった。最も肝心な部分が闇に葬られたわけだが、これで博報堂に対する疑念が消えたわけではない。

なぜ、200億円を超えるような金が動き、郵政グループはそれに気づかなかったのだろうか。なぜ、郵政はこれだけ莫大な金を払ってしまったのか。

アスカで博報堂が使った同じ手口が、郵政グループでも採用されていなかったか、今後、綿密に検証する必要がある。

◇博報堂と電通

マスコミは、電通が広告取引の不正が指摘されたのを受け、自社で社内調査を行った後、謝罪したことを報じた。報道は電通が自分で不正を認めた結果である。

一方、博報堂の問題は、あまり報じられない。博報堂が不正を認めていないからである。博報堂は、少なくとも電通と同じように、内部調査を実施して、その結果を公表すべきだろう。さもなければコンプライアンスでも電通に劣ることになる。

同じ広告代理店の問題といっても、電通の最大の問題は、寡占化である。業務を独占してテレビや新聞に強い影響力を持っていることである。これも重大な問題だが、業務そのものにはあまり不備はない。

これに対して博報堂は、業務そのものに問題があるのだ。職能が劣っているうえに、アスカの例に見るような、騙しの手口を採用している。それゆえに内閣府の情報公開資料の中でも、完全に取引額が黒塗りになっている箇所があるのは、博報堂のものだけだ。他の広告代理店のものは一応公開されている。

博報堂には、最高検査庁から松田昇氏が再就職(広義の天下り)しているが、松田氏本人にも、正義の番人・元検事として一連の博報堂事件をどう考えるか、インタビューしてみたいものだ。